最終局面へと入る春の天皇賞。観客席はどよめきに包まれていた。
「う、うおおお!?ら、ライスシャワーが来たぁ!?」
「ちょ、マジかよ!」
「えぇ……」
困惑を隠せないファン。ふと我に返り、推しのウマ娘を応援する。
ライスシャワーは注目されていなかった。メジロマックイーンと同じステイヤーとはいえ、上位人気の3人と比べて実績があまりにも乏しかったからだ。1番人気のメジロマックイーンは名実ともに最強ステイヤー。春の天皇賞二連覇を果たし、今回の優勝候補筆頭である。
2番人気はサクラバクシンオー。無敗の三冠ウマ娘にして、敗北はトウカイテイオーに負けたジャパンカップのみ。加えてSMILE区分のG1全制覇という途方もない偉業を成し遂げていた。メジロマックイーンを負かすならこのウマ娘と評されるほど。
3番人気はトウカイテイオー。サクラバクシンオーと同じ無敗の三冠ウマ娘で秋天とJC覇者。さらには大阪杯でメジロマックイーンを下しており、サクラバクシンオーと並んだ人気を誇っている。
他にも大逃げウマ娘メジロパーマーにイクノディクタス、G1勝利はまだないものの実力を十分に示しているナイスネイチャ。その下にライスシャワーがいた。つまるところ、上位人気に比べるとそこまで注目されていないウマ娘。そんな彼女が、現在先頭を走るメジロマックイーンに肉薄し、勝とうという領域まできていた。悲鳴や歓喜よりも先に、戸惑いの方が生まれるのも仕方ないだろう。
ただ、高村は……苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「……っまずい、とてもまずいね」
「あぁ、気づいたかい?トレーナー君」
アグネスタキオンの言葉に頷く高村。2人は気づいていた。サクラバクシンオーが仕掛けたこと、内からメジロマックイーンを急襲しようとしていること、そしてその仕掛けが──
(元々バクシンオーはあまりマーク戦法を取らない。合ってないし、必要もないと思ってたから放置してたけど……!)
「ここにきて、仕掛けが遅れた。これは大分痛いね……!」
「……しかしまあ、委員長君の領域の出力は
アグネスタキオンは冷静に分析する。高村は拳を強く握りしめる。
果たして勝利は誰の手に渡るのか?
◇
メジロマックイーンの心には2つの感情があった。自分の領域が脅かされそうになっていることに対する恐れと共に、自分と並び立つ存在が来たという高揚感を確かに感じていた。
(負けるわけにはいきません……負ける、わけには!)
メジロの誇りにかけて絶対に勝つと、走るマックイーン。しかし、ライスシャワーはどんどん差を詰めてくる。
すでに領域も使えないほどに疲弊した。ここまでか……そんな時。
「バクシンバクシーーーンッッ!やはりみなさん素晴らしいバクシンです!」
「へっ?」
《内からサクラバクシンオー、内からサクラバクシンオーだ!?凄まじい勢いで上がっている!こちらもまた凄い末脚だ!メジロマックイーンとの差を詰めてくる!残り100m、メジロマックイーンとライスシャワー、そしてサクラバクシンオーが飛んできたぁぁぁぁ!》
「ですがこの学級委員長のバクシンも負けません!えぇ、模範的な学級委員長であるこの私は誰よりも速いですからッ!」
さすがのメジロマックイーンも、この状況には困惑せざるを得ない。
(ちょっとお待ちなさい!いくら何でも
重バ場を考慮すると、凄まじいスピードで上がっているサクラバクシンオー。間違いなく領域は使っているのだろうが、メジロマックイーンが知るものよりも
ライスシャワーが外からメジロマックイーンを抜く。それに続くように、サクラバクシンオーが内からメジロマックイーンを差す。スタミナが枯渇したメジロマックイーン、メジロパーマー、トウカイテイオーはズルズルと後退する。長距離最強が、陥落した。
後はライスシャワーとサクラバクシンオーの戦い。ただ、わずかに前に出ているライスシャワーの方が有利だ。
《メジロマックイーン陥落!マックイーン陥落!新世代の2人が飛び出してきた!内のサクラバクシンオーか外のライスシャワーか!?菊花賞とは逆の展開!サクラバクシンオーがライスシャワーを追いかける!ライスシャワー粘る!サクラバクシンオー追いすがる!ライスシャワーかサクラバクシンオーか!?》
《ライスシャワーとしてはなんとしても勝ちたいところ!雪辱を果たす時です!》
《内か外か!どちらが競り勝つか!?もう負けられない、負けたくないライスシャワー!それでも強さを見せつけるかサクラバクシンオー!》
気づけば歓声は消えていた。最後の直線の競り合い、ライスシャワーはがむしゃらに走る。
(勝つんだ……勝つんだ!もう負けたくない、バクシンオーさんに……っ!)
「勝つんだぁぁぁぁぁ!!」
勝利への執念がライスシャワーを突き動かしていた。
皐月賞では遠くで見ているだけだった。日本ダービーはあと少しまで追い詰めた。菊花賞は……日本ダービー以上に離された。
悔しかった。追いついたと思ったらまた離されて、悔しい思いをした。だから次こそは勝とうと努力を重ねた。同じ悔しい思いをしたミホノブルボンと切磋琢磨して、サクラバクシンオーに勝とうと頑張ってきた。
勝ちたい、勝ちたい。勝ちたい!それがライスシャワーの原動力となる。
サクラバクシンオーは感じ取っていた。ライスシャワーから発せられる思いを。勝ちたいという気持ちを。
(やはり良いバクシンです!私を倒そうと、私に勝とうと必死になっている!ならば……それに応えてこその学級委員長!)
「委員長のバクシンは止まりませんッ!バクシンバクシーーーンッッ!」
いつものように目の前の勝負に全力を出す。なにもかもを忘れて、ひたすらにバクシンする。彼女の渇きが、渇望が。領域の出力をさらに上げる。だが──
《ライスシャワーとサクラバクシンオー!全く並んだまま、いや!わずかにライスシャワー有利!わずかにライスシャワー有利!》
「「「……」」」
《ライスシャワー!ライスシャワーだ!6番人気の伏兵が!黒い刺客がサクラバクシンオーを競り落とす!淀の舞台に祝福を届けたライスシャワー!名優!帝王!驀進王!並み居る強豪を蹴散らして!ついに迎えた春の盾!G1初制覇ぁぁぁぁぁ!》
最終的にサクラバクシンオーはライスシャワーに僅かに追いつくことができず。クビ差で敗戦を喫した。
◇
静寂に包まれる京都レース場。およそG1とは思えないほどの空気が流れている。誰もが口をつぐみ、息を呑んでいる。
「……なぁ」
「……おい」
隣の観客と顔を見合わせる。一体どう反応したらいいものか、そんな表情をしていた。
ライスシャワーのトレーナーであるお兄さまはおめでとうと声をかけるつもりだった。いや、正確には現在進行形で送っている。
「おめでとーう!ライスー!俺達が勝ったんだー!」
ただ、その声は虚しく響くだけ。ライスシャワーに届いているかも分からない。
(クソ、クソ……!)
それでもお兄さまは声を張り上げる。ライスシャワーを応援する声は確かにあるのだと教えるために。その声は──確実に伝播していた。
ライスシャワーは荒い呼吸を繰り返す。俯き膝をついて、全てを出し尽くしたのだと実感する。
(ライスは……勝ったのかな?これで負けちゃってたら、
なんとか顔を上げ、掲示板へと目を向けると……1着のところに、自分の番号が表示されていた。ライスシャワーの勝利である。
(やった……けど)
「やっぱり、ライスが勝っても喜ばないよね……」
ライスシャワーには聞こえていなかった。今の状況が分からない、自分のことで手いっぱいで、京都レース場がどうなっているのか把握していない。ただ、自分が祝福されることはないのだろうとそう決めつけていた。
(マックイーンさんの記録を阻んだ。テイオーさんやバクシンオーさんの勝ちを奪った……きっと今頃、みんなガッカリしてる)
項垂れて立ち上がる気力が湧かないライスシャワー。ただ、それでもよかった。
(お兄さまやウララちゃん、ロブロイさんは優しいからきっと喜んでくれる。それに、少ないけど……ライスのファンも喜んでくれるから)
今はただ、こうして項垂れていよう──そんな時。
「天晴ですッッ!!ライスさんッッ!!」
「ひゃあああぁぁぁぁ!?」
突然聞こえた大声にビックリして、情けない悲鳴を上げるライスシャワー。見上げると、サクラバクシンオーが満面の笑みを浮かべてライスシャワーを見ていた。
「素晴らしいバクシンでしたよ、ライスさんッ!私のバクシンは一歩及ばず……ッ!まだまだバクシンが足りませんねッ!」
「ば、バクシンオーさ「しかし!次走る時は負けませんよッ!私はさらにバクシンに磨きをかけ、トレーナーさんの完璧なサポートで強くなります!次はさらなる進化を遂げたバクシンをお見せしましょうッ!」あ、あの!」
サクラバクシンオーの声に負けない声を出すライスシャワー。落ち着いたのか、サクラバクシンオーは口をつぐんだ。ホッと一息ついて、ライスシャワーは自虐する。
「ふぁ、ファンのみなさん、きっとガッカリしてるよね?ライスが勝っちゃったから、きっと溜息吐いてるよね?」
投げやりにそう口に出すライスシャワー。それに対するサクラバクシンオーの答えは──首をかしげることだった。
「はて?そんなことはありませんが」
「……嘘だ。きっとみんなガッカリしてる」
サクラバクシンオーの言葉が信じられず、懐疑的な目を向けるライスシャワー。徐々に気力が湧いてきていた。
「では!自分の目で確認してみましょう!さぁさぁ、委員長の手を取って!」
「わぁっ!?」
サクラバクシンオーに無理矢理引っ張られて立ち上がるライスシャワー。彼女が目にした光景は──
「「「おめでとーう!ライスシャワー!」」」
「……え?」
万雷の喝采と共に、自分の名前が呼ばれている光景だった。
「最後の直線、凄かったぞ~!他の子達もよく頑張った!」
「ぶっちゃけノーマークだったからガチでびっくりしたわ!言葉失ってたわ!」
「ぶっちゃけるんじゃねぇ!俺もそうだけど!」
……要約すると、先程までファンが無言だったのはライスシャワーが勝つとは思っていなかったからだ。新世代のステイヤーとはいえ、相手は無敗の三冠ウマ娘2人に現役最強のステイヤー。彼女らと比べて実績が乏しいライスシャワーが勝つとは誰も思わなかった。
だが、蓋を開けてみるとライスシャワーが最後の競り合いを制しての勝利。これには観客も度肝を抜かれた。というか最後の直線ではライスシャワーが上がってくる光景に言葉を失っていた。まさか来るとは思っていなかったから。
レースが終わった後も呆然としていたファンだが、ライスシャワーのトレーナー……お兄さまを筆頭に、ライスシャワーのファンが声を上げていることに気づいた。そして今、慌ててライスシャワーを祝福する声を上げていたのである。
キタサンブラック達が感じ取っていた異様な雰囲気はおおむね正しかった。上位人気の3人ばかりが注目されていて、彼女達の内誰かが勝つと思われていたのだから。
ただ、3人以外のウマ娘が勝つとは思っていなかったのだ。本当に眼中になかっただけである。それに、凄いレースでもあったので尚更言葉を失った。最初沈黙していたのは、状況を受け入れるのに時間がかかっていただけ。簡潔に言えば、キタサンブラック達の心配は杞憂に終わった。
呆然と佇むライスシャワー。震える声で、心の中で思っていた言葉を吐き出す。
「なんで……どうして……ライスを?」
「ちょわ?おかしなことを仰りますね、ライスさん!」
サクラバクシンオーはビシッ!とポーズを決めて、ライスシャワーに告げる。
「勝者が祝福されるのは当たり前のことです!ライスさんは勝ったのですから、当然のことかと!」
「でも、ライスは……」
「シャキっとしてくださいまし、ライスさん」
「マックイーンさん……」
メジロマックイーンが呆れ顔でライスシャワーを見る。彼女を叱咤するように、口を開いた。
「勝者には喜ぶ権利があります。そして私達敗者には悔しがる権利があります。勝ったあなたがそのような態度では、我々も報われませんわ」
「でも、でも……」
「それとも何?ライスってばボク達に勝ってとーぜん、なんて思ってたの?だからそんなに嬉しくないとか?」
「そんなことっ!」
「あ~悲しいな~。ライスにそんなこと思われてたなんて、ボクは悲しいな~!」
ライスシャワーを茶化すようにトウカイテイオーも交ざる。気づけばライスシャワーの表情は、明るくなっていた。
「も、もう!からかわないでよテイオーさん!」
「ニッシッシ♪負けて悔しいから、これぐらいはさせてもらわないと!」
「やれやれ。長距離を走り終わった後なのに元気ですな~。ネイチャさんは羨ましいよ」
「うわ、ネイチャなんかオバサンくさい」
「誰がオバサンくさいだ!アンタと同期でしょうがテイオー!」
「ピエェ!?ネイチャが怒った~!」
逃げるトウカイテイオーを追いかけるナイスネイチャ。そんな一幕は観客達の笑いを誘っていた。
「それではみなさん!元気よくライスさんを讃えましょう!せーのっ!」
「「「おめでとーう!ライスシャワー!」」」
「むむっ!声が小さいですよ!もっと大きな声で!せーのっ!」
「「「おめでとーう!ライスシャワー!」」」
沸き上がるライスシャワーコール。間違いなく彼女は祝福されていた。
観客の声援を噛みしめるライスシャワーに、メジロマックイーンは指を突きつけて宣言する。
「次は負けませんわ。あなたから必ず……最強ステイヤーの称号を取り戻します」
そう宣言して、メジロマックイーンは去っていく。ライスシャワーはメジロマックイーンの言葉に深く頷いた。
《淀の舞台に万雷の喝采を!ライスシャワーが春の季節に祝福を届けました!おめでとうライスシャワー!》
「や、やった……っ!」
ライスシャワーは目尻に涙を溜め、小さく握り拳を作る。自分を祝福してくれるファンへの気持ち、お兄さまやハルウララ達への感謝、サクラバクシンオーに勝ったこと……色んな気持ちを噛みしめるように叫んだ。
「ライス、やったよぉぉぉ!」
京都レース場に、祝福は確かに届けられた。
メジロマックイーンはふと振り返り、サクラバクシンオーを見据える。
「領域の出力が、確かに上がっていました。恐ろしいですわね……」
つまりは、まだまだ先があるということだ。すでに領域が完成しているのにも関わらず、サクラバクシンオーの思いに呼応するように領域がさらに進化する。
それはきっと、自分にも応用できると思い。
「トレーナーさんに相談してみましょうか。きっと、また彼女のトレーナーと話し合いができるでしょうし」
そう呟いて、ターフを後にした。
本ッッッッッッ当にお騒がせしました!おいは恥ずかしか!