【サクラバクシンオー、次のレースは安田記念へ!】
そのニュースはすぐに広まった。春天2着と結果を残し、向かう先は宝塚記念ではなくマイルの安田記念。サクラバクシンオー本人の話題性もあり、楽しみにしているファンも多い。
だが、この情報で一番楽しみにしているのは出走するウマ娘達だ。特に、ヤマニンゼファーはスプリンターズステークスのリベンジも込めて一層トレーニングに励んでいる。
(前回はなすすべもなく突風に攫われてしまいました。ですが、今回に限ってはそうはいきません)
「バクシンオーさんがより強い風を吹かすことができるように、私も、あの時よりもずっと強くなりました。今回は負けませんよ?」
前回の安田記念覇者として意気込みは十分だった。
ダイイチルビーは特に変わらず。
「相手が誰であっても、私は己の走りを貫くのみ。一族に勝利をもたらす……変わりなく」
自分のレースで他のウマ娘を下して勝利を勝ち取ると宣言した。
また、サクラバクシンオーと同期のニシノフラワーも参戦する。
(バクシンオーさんが強くなってるのと同じくらい、私も強くなってる!)
「スプリンターズステークスの悔しさ、ここで晴らします!」
ヤマニンゼファーと同じく、打倒サクラバクシンオーに向けて気合を入れていた。
安田記念で一番注目を集めているのは前年度覇者のヤマニンゼファーではなく、サクラバクシンオーだ。やはり三冠ウマ娘というのが目を惹くのかもしれない。
「前走が長距離だけど、サクラバクシンオーはどの距離もいけるから!」
期待は高まるばかりだった。
そんな中でも、サクラバクシンオー陣営は変わらずトレーニングをしている。
「模範的な委員長の疾走は止まりません!トーウッ!」
「見事なまでにボールを追い越してるねぇ。ショットガンタッチはそういうものじゃないよ?」
「バクシンオーさ~ん!ボール、ボールを取ってくださ~い!?」
「ややっ!?これは失敗しましたねッ!」
……ちょっと不安が残るが、いつも通りということで誰も気にしていなかった。
前代未聞のオールラウンダーか、前年度覇者か、華麗なる一族か、桜を勝ち取った蕾か。安田記念は刻一刻と近づいていた。
◇
安田記念に出走する有力なウマ娘達のピックアップも終わり、バクシンオーと情報を共有。彼女はいつもと変わらずだった。
「ご安心ください!今度こそ模範的なバクシンを披露してみせましょう!」
「いつも模範的だと思うけどね」
「いえ!相手が誰であっても、勝ってこそですから!みなさんお強いので一筋縄ではいきませんが、今の私は絶好調ッ!どこまでも走って、それこそスピードの向こう側へといきましょうッ!」
とても心強い言葉だ。
「それじゃあ、今日のミーティングはこの辺で終わろうか。明日はいよいよ安田記念だし、ゆっくり休んで」
「はい!それではトレーナーさんもゆっくり休んでくださいね~約束ですよ~!」
バクシンオー達と別れて1人残される。それにしても、うん。
(ここまで意識が変わるなんて、思ってもいなかった)
前みたいに仕事をこなしていればいいと思っていた。ウマ娘と関わって、要望に応えて、彼女達を勝たせればいいと思っていた。転生したからにはトレーナーになるべき、貰ったチートを有効活用するにもそれが正解。特に何かがあるわけでもなく、そんな理由でトレーナーになった。この先も仕事をこなす日々に変わりはないだろうと思ってた。
(そうはならなかったみたいだけど)
やっぱり、サクラバクシンオーというウマ娘の出会いが一番大きい。彼女はアプリでもそうだったけど中々破天荒寄りのウマ娘だ。
考えるよりも即行動、先に身体が動くタイプ。それで失敗することもあるけれど、どことなく憎めないウマ娘。実は賢くて、思慮深い彼女。そんな彼女は前世で言う、推しに近い相手だった……と思う。一番育成していたし、多分そんな感じ。
元々理由なんてなかった。ただ気になって、目について。その程度の理由で育成して。気づいたら一番数をこなしていた。
ただ彼女のサポートをすればそれで良かった。色々と調べていくうちに彼女の目標は不可能ではないと思ったし、それができるだけの知識を蓄えることもできた。必要な理論や不必要なものを排除して、目標のために尽力した。
結果としてクラシック三冠を達成。次のジャパンカップは、初めて負けた。珍しく荒れた記憶がある。恥ずかしい限りだ。バクシンオーと腹を割って話して、彼女の本当の願いに触れた。今まで聞いてこなかった自分をぶん殴りたくなった。それはともかくとして、短距離で熱い勝負を繰り広げるために頑張ることにした。
(……まぁ僕が頑張るまでもなく、短距離の子達に火が点いたんだけど)
春天は負けた。もう彼女が負ける姿は見たくない。でも、今度の安田記念も……バクシンオーに匹敵するステータスの持ち主がいる。ヤマニンゼファーにダイイチルビーだ。ニシノフラワーも成長著しい。油断したら痛い目を見るだろう。
他に何か必要なものがあるだろうか?バクシンオーが勝つために、何かできることは……。
(……ベタでありきたりだけど、言っておくか。それと)
「……もうちょっと頑張るか」
安田記念についてもう少しだけまとめる。なんというか、トレーナーの仕事を──いつの間にか楽しいと思うようになったみたいだ。
◇
迎えた安田記念の日。雨が心配されていたが、無事に晴れた空が広がっていた。
《晴れ空広がります、東京レース場!春のマイル王者決定戦、安田記念の日がやってきました!芝1600mの戦い、絶好の良バ場日和です!今回集まったメンバーも有力者揃い、果たしてどのようなレースが見られるのか!》
《前回覇者のヤマニンゼファー、後方からの末脚が強力なダイイチルビーが参戦。さらにはシニア級に上がったばかりのニシノフラワーにサクラバクシンオーもいますからね。激しい勝負になるでしょう》
《一番人気はやはりサクラバクシンオー!無敗の三冠ウマ娘、春天は惜しくも敗れてしまいました!距離が短くなればそれだけ本領を発揮できると陣営は太鼓判!むしろ長くなった距離でもあれだけやれるのかとツッコみたくなるコメントです!》
出走するウマ娘達が姿を現す度に歓声が上がる東京レース場。そして──サクラバクシンオーが登場した時一際大きな歓声が響いた。
「今日もバクシンを見せてくれよ~!」
「今度こそ勝利だー!」
「頑張ってー!サクラバクシンオー!」
「さぁみなさん!学級委員長の登場ですよ~!どうか期待しててください!その期待に──応えてみせますとも~!」
大きく手を振り、気合を入れるように頬を叩くサクラバクシンオー。彼女は、いつになく気合が入っていた。
サクラバクシンオーの気合いをキタサンブラック達は感じ取る。
「ば、バクシンオーさん凄く気合が入ってる……何かあったんでしょうか?」
「トレーナー君、なにかやったのかい?」
「なんで僕が何かやった前提なのかな?ただまぁ……」
思い当たる節を探す高村。先程の控室での会話をアグネスタキオン達に漏らす。
「今回の安田記念も強い相手が揃っている。ジャパンカップみたいになるかもしれない。それでも君の勝利を信じてる……って言ったぐらい?」
「……ふぅン。ま、委員長君の気合が十分な理由が分かったねぇ」
「え、そうなの?」
呆れた表情のアグネスタキオン。キタサンブラックとドゥラメンテも何となく察しがついたようだ。
サクラバクシンオーは辺りを見渡しながら、控室でのやり取りを思い出す。
(私の勝利を信じている、ですか)
高村聖というトレーナーは、基本的に頑張ってや勝てるとは言ってくれるが、信じているとは言ってこなかった。それを今回は言ってくれた。そのことが、サクラバクシンオーにとっては何よりも嬉しかった。
ならば、その期待に応えるべきだと。そのためにもこのレースは勝つべきだとサクラバクシンオーは考える。
(えぇ、任せてくださいトレーナーさん。ジャパンカップに春天、どちらも私のバクシンが不足していたせいで、トレーナーさんに悔しい思いをさせてしまいました)
「しかーし!今回は見事なバクシンを披露しましょうッ!えぇ、とても自信がありますよ私はッ!模範的な学級委員長が、皆が憧れる模範的なバクシンで勝利を掴み取るッ!その時をどうかお待ちください!」
高らかに宣言するサクラバクシンオー。周りからの視線が鋭くなる。
(より強く、より研ぎ澄まされていますね。果たしてどのような風を吹かせるのか)
「お相手しましょう。前年度覇者として……あなたの暴風を、私の風で受け止めてみせます」
ヤマニンゼファー。
(これがレースで対峙する時のサクラバクシンオーさん、ですか。皆様が一目置いているのが良く分かります)
「ですが関係ありません。勝利の栄光を一族にもたらす……それだけです」
ダイイチルビー。
(私だって強くなりました。だから!)
「今日は負けません……あなたに勝ちます、バクシンオーさん!」
ニシノフラワー。他のウマ娘もやる気を上げていた。
準備運動を終え、ウマ娘達がゲートに収まる。サクラバクシンオーは最内の1枠1番だ。
《ウマ娘達がゲートに入ります。ヤマニンゼファーにダイイチルビー、両名共にスプリント路線への参戦も決定しており、短距離路線の盛り上がりに一役買っています。さらにはサクラバクシンオーも元々はスプリンター。最近は短距離ウマ娘達の活躍が凄まじいですね!》
《えぇ。中距離以下のレースでも、注目度が上がっているように感じられます。良い傾向ですね》
《1人、また1人と入っていくウマ娘達。マイル王を決める戦い安田記念、勝利の栄光は誰の手に渡るのか?非常に楽しみです!》
最後のウマ娘、ダイイチルビーがゲートへと入る。静かな空気を切り裂いて──バン!と。ゲートが開いた。ウマ娘が一斉にスタートを切る。
《最後のウマ娘がゲートに入ってっ、スタートしました!安田記念開幕です!おっと、5番のヴェナバラムが少し出遅れたか!11番のクレイジーインラブもスタートに手間取っている!それ以外は綺麗なスタートを切りました!》
「バクシンバクシーーーンッ!久しぶりの先頭ですよー!」
《最内からサクラバクシンオーはグングン上がって行く!サクラバクシンオーがハナを取る勢いだ!激しい先行争い、各ウマ娘ベストなポジションにつくことができるか!?》
安田記念が始まる。
なんかこれで終わりっぽい独白入ってるけどそんなことはない。