ケイエスミラクルが初めてサクラバクシンオーというウマ娘を意識したのは、前回のスプリンターズステークスだ。元々友人であるヤマニンゼファーの応援に来たのだが、クラシック級の二冠ウマ娘が出走してくるというニュース、しかもそれが元々スプリンターとして評価を高めていたサクラバクシンオーだった。
(距離延長をしたけど、バクシンオーは元々スプリンターだってトレーナーさんは言ってた。それに……クラシック級ながら凄く強いって)
「いいか?ケイ。サクラバクシンオーがスプリント路線に来た場合、かなりの強敵になるだろう。お前でも勝てるかどうか分からない。だから、観ておいて損はない」
「そ、そんなにですか?トレーナーさん」
「あぁ……元々スプリンターなのにあそこまで育て上げたトレーナーには恐れを抱くよ、全く」
ケイエスミラクルのトレーナーが、将来短距離戦を脅かす存在になるかもしれないとまで言い切った相手。興味が湧くのは当然だった。なので、ヤマニンゼファーの応援をしつつも未来のライバルになるだろうサクラバクシンオーのレースを観る、それがケイエスミラクルの目的だった。本来は出走予定だったのだが、直前になって体調を崩したので取消。ちょっと残念に思うケイエスミラクルである。
レース当日。ダイイチルビーやダイタクヘリオスといった面々と合流し、スプリンターズステークスを観戦。主目的はヤマニンゼファーの応援だが、ダイイチルビー達もサクラバクシンオーが気になっている様子だった。
「ちゃんバクはマジエグみが深ち!よく一緒にトレしてんだけど~、超パないよ!」
「そんなに凄いんだ、バクシンオーって」
「具体的には、どのように?」
「んっとね~、実力が抜けすぎてて成層圏までヒアウィゴー!的な?同中じゃ敵なし!みたいな!」
一緒にトレーニングをすることがあるダイタクヘリオス曰く、サクラバクシンオーの強さは同世代でも抜けているとのことだった。現時点で敵う相手はいない、菊花賞の勝ちもほぼ確実だろうとダイタクヘリオスは答えていた。
ただ、スプリンターズステークスはシニアとの混合戦。サクラバクシンオーが同世代で抜けていると言っても、シニア級相手にはキツい勝負になるだろう、それがケイエスミラクル達の予想だった。
その予想は、
《最後の直線を迎えました!先頭はヤマニンゼファーとサクラバクシンオー!この2人による追い比べ!ここでニシノフラワーもギアを上げてきたか、ニシノフラワーも上がってくる!最後の直線、中山の坂が待ち受ける!》
最後の直線を迎えるスプリンターズステークス。ケイエスミラクル達が目撃したのは──ヤマニンゼファーが少しずつ引き離されていく姿。これにはケイエスミラクルも度肝を抜かれた。
(確かにゼファーは不調だ、短距離も最適というわけじゃない。けど……マイラーでそう変わらないはず!なのに)
「今の段階で、ここまで強いなんて……!」
ヤマニンゼファーとそう変わらない実力の持ち主。サクラバクシンオーというウマ娘のポテンシャルに、驚愕することになる。ダイイチルビー達も同様に驚いていた。
「ミラクルさん。今回のスプリンターズステークス……どのように感じましたか?」
レースが終わり、学園の寮に戻ってきた後。ダイイチルビーと今回のレースについて語り合うケイエスミラクル。ヤマニンゼファーは惜しくも2着に敗れた……と言いたいところだが。
「凄いね。クラシック級でゼファーと同等……領域を使ってないとはいえ、クラシック級の中でも頭抜けた実力の持ち主だ。ルビーは?」
「概ね同じですね。長距離の適性が分かりませんが、彼女を育て上げた人物のことです。問題がないほどに仕上げてくるでしょう。菊花賞の勝利は揺らがないかと」
「それにしても……ゼファーが最後引き離されてたなんて。追い比べでゼファーが負けた、か」
「ヘリオスさんがおっしゃったように、ゼファーさんは短距離が最適というわけではありません。調子も落としていました。それでも、マイラーの中では抜けた評価をされているのもまた事実。彼女を相手に、むしろ引き離すのは……驚嘆という他ないでしょう」
レース内容を考えると、惜しいとは言いづらい。ヤマニンゼファーもそれが分かっていたのか、レース後はサクラバクシンオーへのリベンジに燃えていた。
この時はまだ、ケイエスミラクルにとってライバルになる後輩程度の認識。それが変わったのは……ヤマニンゼファーからの言葉だろう。
後日、ヤマニンゼファーと会話をするケイエスミラクル。ゼファーが神妙な顔つきで放った言葉は、ケイエスミラクルにとっては意外なものだった。
「バクシンオーが、あまり良くない?」
「はい。体調面で悪いわけではなく、むしろそちらは好調なのですが……彼女の心は、非常に凪いでおります」
「な、凪いでる?静かな状態ってこと?」
「そう。私との追い比べの最中、彼女の風に凪を感じました。そして、その凪が俄風の恵風を妨げている……成長を妨げているのです」
ただ、ヤマニンゼファー自身も確証を持てずにいた。なので、サクラバクシンオーが出走するというジャパンカップに足を運ぶことになったのである。
サクラバクシンオーを観戦しに行ったジャパンカップ。ケイエスミラクルは──走るサクラバクシンオーに寂しさを感じた。
(なんだろう?上手く言えないけど……寂しそうにしている?)
領域に到達した、中距離最強格のトウカイテイオーと競り合っている。本来ならば恐ろしいことだ。賞賛するべきことだろう。だがケイエスミラクルは引っかかりを覚えた。走るサクラバクシンオーが、
確かに、楽しそうにはしている。強敵との競り合いに喜んでいるように見える。しかし、どうにも引っかかるのだ。少しの間考えて……ハッとするケイエスミラクル。
(もしかして、バクシンオーは……)
元々サクラバクシンオーというウマ娘はスプリンターとして多大な期待を寄せられていた。世界でも通用するスプリンター、歴代最強にもなれるとトレーナー達は口を揃えていた。彼女のスプリンターとしての才能は、それほどまでに圧倒的だったのである。
では、何故彼女が短距離ではなく距離延長をして戦いに臨むのか?もしかしたらと思い……そして今の彼女を見て、ケイエスミラクルは感じ取った。サクラバクシンオーは──強敵を求めているのだと。
(バクシンオーはかなりの自信家だ。その自信に見合うだけの実力を持っている。だからこそ、分かってしまうんだ)
今の短距離で
最初に感じたのは──自分に対する憤り。サクラバクシンオーが望むような強敵になれなかった自分に対する怒りだ。次に感じたのは、自分達は敵ではないと思われているかもしれないということに対する怒り。
(凄く傲慢な思考。自分は絶対に負けないという自負……あぁ成程)
「凄く──燃えるじゃないか……!」
敵ではないと思われている。ならば、無理矢理にでも敵と認識させよう。まずはそこから始めることにしたケイエスミラクルだった。サクラバクシンオーの意識を変えさせる、そのためにトレーニングを積んでいった。同じチームのヒシミラクルと共に。
「な、なして!?ケイちゃんだけで良いじゃないですか~!わたしが頑張る必要isどこ!?」
「お前、最近太ったらしいな?」
「ぎ、ギクゥ!?……あ、あ~!トレーナーさんいけないんだ~!乙女の秘密を覗き見るなんて!最低ですよ~!」
「……トレーナー室でぐうたらして、食っちゃ寝してたら嫌でも気づくわ!良いからテメェもトレーニング倍増だ!」
「ヒィ~ン!やっぱり~!」
ヒシミラクルに関してはあまり気乗りしていなかったが。
ケイエスミラクル以外の熱も上がっていた。打倒サクラバクシンオーに向けて、トレーニングに打ち込んでいる。
そして高松宮記念。レースを観戦しに来ていたサクラバクシンオーに宣戦布告をする。
「スプリンターズステークス……時代最速の座を賭けて、勝負しよう。バクシンオー。どっちが速いのか……おれ達と勝負だ!」
この時サクラバクシンオーはケイエスミラクル達をライバルと認定した。自分を脅かす敵として認識されたのである。
(ここはまだ通過点。それに、バクシンオーに勝たなきゃ意味がない!)
「ハァァァァァッ!」
「……ハッ。ケイのヤツ、高松宮記念が終わったばかりなのに全然気を抜いちゃいねぇ。こりゃ、次のレースも期待できるな」
「ケイちゃん気合入ってるな~。わたしはのんびりゆっくりとやりますか~」
「ミラ子も頑張れよ!お前は将来凄いステイヤーになるんだからな!」
「え、え~?本気ですかぁ?わたしが~?」
「ミラ子は凄い!よっ、二代目メジロマックイーン!」
「それは言い過ぎですよ!……もうちょっと気合入れるかぁ」
スプリンターズステークスでサクラバクシンオーに勝つ。その一心でトレーニングに打ち込む。夏合宿もダイイチルビーらとともに練習することでお互いを高め合った。
「バクバクとトレしたけど、あっちも激熱!ボルテマックスのメガファイヤーって感じ!」
「ミラクルさん、翻訳を」
「バクシンオーとトレーニングしたけど、あっちも凄く燃えてるみたい。おれ達との対戦を、とても楽しみにしているみたいだね」
「安田で彼女の風は進化を遂げていました。あの暴風に、私は打ち勝つ。今よりもっと鍛錬を積むしかないでしょう」
サクラバクシンオーがスプリンターズステークスでの対戦を楽しみにしている。喜びそうになるが、あくまでも目的は彼女に勝つこと。ヤマニンゼファー曰く、安田記念でさらに強くなっているとのことだった。サクラバクシンオーに勝つ、そのためにさらに強くなる。全員の気持ちは同じだった。
◇
来るキーンランドカップ。ケイエスミラクルがスプリンターズステークスの前哨戦に決めたレースだ。レース前、ケイエスミラクルは不思議なほど落ち着いていた。
(なんだろうね……色々と考えることはあるけど)
「勝とう……その先の、勝利に向けて」
呟いて、ゲートへと入る。静まりかえったレース場の空気を裂くようにゲートが開き、ウマ娘達が一斉に駆け出す。出遅れのない綺麗なスタートだった。
(ついに、戦う時がきたねバクシンオー)
レースの最中、ケイエスミラクルはサクラバクシンオーのことを考える。
(なんだか長い気がしたよ。でも、時代最速の称号をかけて君と戦える……そのことに、胸が高鳴っている自分がいる)
ダイイチルビー達とのレースも楽しい。だが、サクラバクシンオーを相手に控える今回のスプリンターズステークスは、ケイエスミラクルにとっても心待ちにしていたことだった。
(おれの全力で、キミに打ち勝つ。スプリンターズステークスでおれは!)
「時代最速の栄光を掴み取る……!」
最後の直線。ケイエスミラクルは先行集団から鋭く伸びてくる。誰も追いつくことはできない。引き離されていくだけだ。
《ケイエスミラクル強い強い!独走状態に入った!高松宮記念覇者ケイエスミラクル、周りを置き去りにする圧倒的スピード!》
《相変わらず速いですね彼女は。これはもう決まったでしょう!》
《3バ身、4バ身と突き放す!圧倒的人気に応えるかの如く、最後の直線を独走するケイエスミラクル!脚色は衰えない!さらに鋭く伸びていく!》
最終的に、2着に7バ身差をつけての勝利。スプリンターズステークスに向けて、最高の結果を残した。
(勝負だ、バクシンオー。キミとの対決、凄く楽しみだよ!)
ケイエスミラクルは絶好調。キーンランドカップを圧勝して、スプリンターズステークスに乗り込もうとしていた。
バッチバチやぞ。