最速×無敵=驀進王   作:カニ漁船

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サブトレ時代の話を少々。


※3/9チーフトレーナーと担当ウマ娘のやり取りを修正。


幕間 異質なトレーナー

 高村聖というトレーナーは恐ろしい。それが私見だ。いや、私だけではない……ほぼ全てのトレーナーが抱いているだろう。

 最初対面した時は驚いた。彼の目は、所謂生気というものが感じられなかったから。ただ、彼自身が気にしていることかもしれないからできる限り触れないでおいた。

 

「失礼、君が今日から……」

 

 私が言い終わる前に、彼は深々とお辞儀をして挨拶をする。

 

「はい。先輩のチームでお世話になります、高村聖です」

 

 とても礼儀正しい少年だった。史上最年少でトレーナーライセンスを獲得した天才児、そんな触れ込みでこの学園にやってきた彼。そんな彼は、私の下で研修をすることになる。

 

「そうか、よろしく頼むぞ高村トレーナー。まずは私のサポートに回って、トレーナーとしての勉強をしていくがいい」

「はい」

 

 自慢ではないが、周りからは強豪とも呼ばれている自分のチーム。重賞を制したウマ娘も多くいる。後輩トレーナーを指導した経験もあるので、少しばかりの自信があった。

 

(いずれ彼も1人のトレーナーとして巣立っていく。その時に私の教えが役に立ってくれるといいのだが)

 

 そんな期待を抱きながら。

 

 

 彼は勤勉だった。分からないことは素直に聞きに来るし、教えられたことはメモを取って記録に残す。

 

「すみません、先輩。この事なんですけど……」

「ん?あぁそれは……」

「……成程。ありがとうございます」

 

 真面目な態度に好感を抱く。トレーニング器具の手配や設備の手配など、自分にできる範囲のことを可能な限りやって、あくせくと働いていた。

 ただ、その……やはり生気のない瞳が怖いのか、私が担当している子達からはちょっと警戒されていたが。

 

「と、トレーナ~、やっぱり怖いですよぅ」

「サブトレーナーさんが悪い人じゃないってのは分かるんですけど……やっぱりあの目は」

 

 トレーニング中に不測の事態が起きないようにとはいえ、あの目でジッと見られたらさすがに怖いだろう。さらにはノートに何かを書きながら。同じ立場なら私も怖い。この子達も彼が悪い人ではないと分かっているとはいえ、それはそれだ。

 

「彼も悪気があるわけではない。まぁ、一応それとなく伝えておく」

「「「は~い」」」

 

 チーム内の評判としては勤勉ではあるが目が怖い。そんなところだった。

 彼はよく働いてくれていた。少々主張し過ぎないのが玉に瑕だが、真面目な態度にチームの子達とも徐々に打ち解けていた……()()()()()()

 

 

 ある時、私が担当しているウマ娘の1人が適性外のレースに出たいと言った。その子はマイラーで、中距離で走るには厳しいと判断されていた子。できる限り要望は叶えてあげたいが、適性外のレースに出走させるのに躊躇した。しかも、選抜レースで最下位に沈んだ経験もあるからなおさらだ。クラシックシーズンは何回か中距離のレースに出たがいずれも惨敗。なので早々に見切りをつけてマイル路線に切り替えた。

 ただ、それでも燻るものがあったのだろう。彼女はまた中距離を走りたいと主張した。

 

「私、どうしても出走したいんです!今の自分なら、中距離も走れるんじゃないかって!そう思うから!」

 

 そんな時に手を上げたのが、高村トレーナーだった。

 

「いいよ」

「……え?」

「た、高村トレーナー?」

 

 普段は主張しない彼が、その時ばかりは違った。目は相変わらず死んだままだったが、それでも確固たる意志があるように口を挟んできた。

 

「ちょっと自分に考えがあるので。いいですか?チーフ」

 

 私に意見を求めるように見つめる高村トレーナー。私は相変わらず躊躇していたが、最終的には。

 

「……良いだろう。やってみるといい」

「ありがとうございます」

 

 許可を出した。彼が何をするのか興味があったから。ただ、それは同時に……彼の異常性を表に出すことになった。

 彼がやったことはいたってシンプルだ。中距離で結果を残してきたウマ娘とトレーニングさせるというもの。その中でもスタミナを鍛える練習が多かった。

 

「高村トレーナー、これは?」

「ちょっと気になることがあるので。検証みたいなものです」

 

 検証、と聞いて実験を思い浮かべてしまい、少々渋い表情になるが任せた手前意見はしない。ノートに何かを書いている高村トレーナーを尻目に、トレーニングを見守った。

 彼は特別な何かをするわけではない。なので彼の考えていることも多少なりとも読めてきた。

 

(中距離を得意とするウマ娘と走らせることで、コツを伝授させる方法か)

 

 やり方自体は前からあったものだ。ただ、いかんせん結果を残してきたウマ娘がいなかった。そのため効果は薄いとされ、あまり流行らなかったもの。高村トレーナーはそれを実践しているのだろう。

 それに、そもそもが適性外のレースで走らせるのはあまり好ましく思われていない。ウマ娘の要望はできる限り叶えてあげたいが、無理なものに挑戦させて競技生活を棒に振る可能性を考慮すると足踏みしてしまう。だから結果を残せる確実な方で、という考えのトレーナーが多い。

 

「果たして、結果を残せるか否か」

 

 おそらく結果は残せないだろう。この経験を糧にして次は頑張れ、と慰めよう。そう考えていた。

 

 

 結果は──その子は中距離のオープンレースで勝利した。

 

「や、やったやったー!」

 

 できるとしてもマイルまで、中距離は無理だろうと思われていた彼女が、中距離のレースを制したのだ。開いた口が塞がらない。それと同時に、高村トレーナーの手腕に脱帽した。

 

(自分は、凄いトレーナーを指導している!)

 

 マイラーの子を中距離で勝たせた。オープンレースでだ。もっと喜んでしかるべきだろう。だが彼は……。

 

「当然か」

 

 ボソリと、そう呟いた。私の心が急激に冷え込む。

 

(と、当然?適性外のレースで勝たせたのに、これを当然だと?)

 

 何を言っているんだ?と思わざるを得ない言葉。しかし高村トレーナーはそれ以上何かを語ることはなく。

 

「勝ちましたね、チーフ」

 

 淡々と、そう告げた。その言葉に私は、生返事しか返せなかった。

 

 

 その日の夜。私はトレーナー室で作業をしていた。頭に浮かぶのは、あの時の高村トレーナーの言葉。

 

「当然……何が当然なんだ?前評判であの子はマイルが限界だと言われていたのに、中距離で勝ったんだぞ?しかもそれは、高村トレーナー自身の功績だ。もっと誇っても良いと思うのだが……」

 

 当然と呟いた高村トレーナーの考えが気になって仕方がない。けどもういい時間だし、そろそろ切り上げて帰ろうか、そう考えている私の目に()()()()が映った。

 

「アレは……高村トレーナーのノート?忘れて帰ったのか」

 

 ノートを拾い上げる。一見すると使い込まれた何の変哲もないノートでしかない。普段から彼が使っているノートだろう。そう分析した。

 

「……中身が気になるな。なにが書いてあるんだろうか?」

 

 ちょっとした好奇心だった。彼が普段何を書いているのかが気になって、ノートの中を覗いてみたくなった。本当なら良くないことだと分かっているのだが、その時の私には歯止めがきかなかった。

 

「ちょっと見るだけなら……」

 

 そう思いノートを開く。その中に書かれていたのは──チームのウマ娘の情報だった。

 

「……特に目新しいものが書かれているわけじゃないな。それにしても、このBとかDというのはなんだ?何を表しているんだ?」

 

 短距離や中距離、芝にダート、先行や差しといった情報が所狭しと書かれている。さらにはスピードにスタミナ、パワー等といった項目があった。そして、その横には必ずアルファベットが書かれている。

 

「数値を推察するに、最低値はG?……いや、Hもあるな。この子は確か最近入った子……最高値はAか?これは、ランク分けのようなものか?」

 

 おそらくだが間違ってないはずだ。最高値をAとした、ランク分け。いつもこんなものを書いていたのかとページをめくっていくと……目を見開いた

 そのページには、今日中距離のオープンレースで勝った子の情報が載っていた。いや、それだけならまだいいだろう。そこに書いてあったのは。

 

「中距離の適性が、C!?それなりに高いぞ!」

 

 彼がランク付けした中では上から3番目のC。つまり彼女の中距離適性は──並のウマ娘よりもよっぽどあるということになる。他のマイラーと呼ばれているウマ娘と比較しても、彼女の中距離適性は比較的高い方だった。彼女は適性外でも何でもなく、中距離も走れるという情報である。

 しかし、それはおかしい。選抜レースだけならまだしも、彼女は中距離のレースで惨敗した経験がある。そんな彼女に中距離適性があるとはどうしても信じられなかった。

 驚いて固まっていると。

 

「──何してるんですか、チーフ」

「ッ!?」

 

 後ろから高村トレーナーに声をかけられて、ノートを落としてしまった。彼はノートを拾い上げて、こちらをジッと見る。

 ひとまず謝らねばならない。彼のノートを勝手に盗み見てしまったのだから。

 

「す、すまない。そのノート……」

「あぁ、別にいいですよ。隠すようなものでもないですし」

「隠すようなものでも、ない?」

「えぇ」

 

 彼は気にした様子もなく答える。おそらくだが、このノートを取りに来ただけなのだろう。彼は帰ろうとしていた。

 

「ま、待ってくれ!」

 

 そんな彼を思わず呼び止める。理由は、()()を知りたいから。

 不思議な顔をして彼は立ち止まる。そんな彼に、私は聞いた。

 

「君は、今日のオープンレースで当然と呟いていた。あれは、どういう意味だ?」

「?……あぁ、アレは別に勝って当然、という意味で言ったわけじゃないです。ただ、あの子ならこれぐらいはやれるだろうと思っていましたから」

「……適性外のレースなのにか?」

「ノート、見たなら分かると思いますけど。あの子は別に中距離が適性外というわけじゃないです。今回のトレーニングでは適性を上げるついでに不足していたスタミナを鍛えていただけです」

 

 まぁ適性は上がらなかったんですけど、と締めくくる彼。

 

(彼は、我々も知らないあの子の適性を見抜いていた?)

 

 他の子達も彼女はマイラーだとばかり思っていた。それは、他ならない彼女自身もだ。だから中距離で勝った時は嬉しさを爆発させていたし、私も嬉しい気持ちになった。

 だが、彼……高村トレーナーにとっては、()()()()()()()なのだ。彼女には中距離の適性があると、彼は知っていたのだ。誰も知らなかったのに彼だけは知っていた。

 

(なんだ、()()は……)

 

 私の心を埋め尽くしたもの、それは。

 

(彼には一体、何が見えているというのだ……!?

 

 高村聖という男に対する恐怖だった。理解できないものへの恐怖が私を襲う。

 そして、彼のノートの通りならば……私の担当するウマ娘の中にも自分達が知らない適性を秘めている子がいる。我々は知らないのに、彼だけは知っている。

 スピードやスタミナといったものもそうだ。彼はランク付けして評価していた。おそらく、彼には分かるのだろう。どれだけのスピードを持っていて、どれだけやれるのか。それのなんと恐ろしいことか。

 

(まるで……ッ!)

 

 ……しかし表には出さない。出したが最後、彼は傷つくかもしれない。だからこそ、この感情は私の内に秘めておくことにする。

 

「ひとまず、高村トレーナー。明日もよろしく頼む。体調に気を付けるんだぞ」

「?はい。チーフも、もう休んで帰った方が良いですよ。体調、悪そうなので」

 

 ペコリと一礼して退出する高村トレーナー。

 

「なん、て……トレーナーだ」

 

 1人残されたトレーナー室で、私はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 その後。私は彼が書いたノートが真実であるかを確かめるべく担当の子達を指導した。一応、本人の許可はもらっている。

 

「別に構いません」

 

 ただ淡々とそう答えた。

 例えば、芝であまり結果を残せずにいる子にダート転向を勧め……その子はあっさりと勝った。今まで距離の長い方が有利だと思っていた子を、短距離で、しかもいつもの後ろではなく逃げるように指示してみたりした。その子も無事に未勝利戦を抜けた。彼が書いていた適性が、ぴたりとハマっていたのである。

 

(つまり、あのノートに書いてあることは……全てが真実)

「ち、チーフ。チーフがやってること……全部サブトレーナーさんが書いていたものに則ってるんですよね?」

「……あぁ、そうだ」

 

 震える声でそう答える私に、担当の子は伏し目がちになる。困惑しているような、そんな表情だ。

 

「さ、さすがにちょっと怖いですね……。真面目な人ですし、実際に勝てましたけど。それ以上に……サブトレーナーさんには何が見えているのか……私には、分かりません」

 

 その言葉に、私は──なにも答えることができなかった。やがて、1年の研修を終えて彼は去っていった。

 

 

 その後、彼はどうやらサクラバクシンオーをスカウトしたらしい。他のトレーナーが口々に世界最高のスプリンターになれる逸材と持て囃していた彼女を、高村トレーナーがスカウトしたのだ。

 

「せっかくの原石を、なにを考えてるのかね?あの新人は」

「さぁね。分かってないだけでしょう。バクシンオーがスプリンターとしていかに素晴らしいかを」

「あれほどの逸材が埋もれるかもしれないと考えると……惜しいな」

 

 高村トレーナーの評判はすこぶる悪い。明らかに適性外のレースを走らせようとする彼を、よく思うトレーナーはいない。

 だが、私は違った。

 

(彼は一体……サクラバクシンオーをどこまで育てるつもりなんだ?)

 

 彼が育てたサクラバクシンオーは、間違いなくトゥインクル・シリーズの中心になる。それもスプリンターとしてではなく。恐れの感情と一緒に、そんな確信があった。

 

 

 その数日後。サクラバクシンオーはメイクデビューを大差で圧勝した。




ケイエスミラクルのシナリオでぼろ泣きしました。
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