迎えた大阪杯の日。控室でバクシンオーと話をして、阪神レース場の観客席へと戻ってきた。
「さて、トレーナー君……実際のところどうだい?」
「なにがかな?アグネスタキオン」
僕が戻ってくると、アグネスタキオンが楽しそうに口を開いた。大体察しはついているけど、それでも念のため聞いておく。
「おいおい決まってるだろう?今回の大阪杯についてさ」
「人気の上ではバクシンオーがダントツだ。しかし」
「今回はブルボンさんが出走してるんですよね?しかも、バクシンオーさんに宣戦布告する形で」
今回の大阪杯。後からバクシンオーに聞いたところ、彼女から宣戦布告される形で出走を決めたらしい。というか、トレーナー室から出て1時間も経たない間にそんなことが起きてたのか。
それはまぁいいとして、だ。ミホノブルボンとしてはバクシンオーへのリベンジをしたい。バクシンオーはブルボンのお願いを受ける形で大阪杯に出走。うん、彼女らしいというかなんというか。
(挑まれた勝負からは逃げない、それも委員長の務めですから……なんて声が聞こえてきそうだ)
「どうして薄ら笑いを浮かべているのかしら?なにか面白いことでもありまして?」
「バクシンオーさんのことでも考えているんじゃないですか?」
おっと、知らないうちに笑っていたらしい。ちゃんと抑えないと。
「正直な話、ステータス上はバクシンオーが勝ってるよ。それは確定事項」
ウマ娘達が入場し、実況と解説の説明を聞きながらすでに入場しているミホノブルボンへと視線を向ける。彼女のステータスを確認するために。
ミホノブルボン
適性:芝A ダートF
距離:短A マA 中A 長A
脚質:逃げA 先行E 差しG 追い込みG
スピード:SS+ 1163
スタミナ:S+ 1074
パワー :S 1044
根性 :UG6 1268
賢さ :S 1029
全ステータスがまんべんなく高いし、脅威であることは間違いない。今度はノートを開いてバクシンオーのステータスを確認する。
サクラバクシンオー
適性:芝A ダートF
距離:短S マA 中A 長A
脚質:逃げA 先行A 差しG 追い込みG
スピード:UE2 1421
スタミナ:SS 1149
パワー :UG8 1287
根性 :S 1011
賢さ :S+ 1058
ただ、あくまでもステータスだ。勝つための要素の1つに過ぎない。それは痛いほど痛感している。
「ステータスだけで勝てるほど甘くはない。レースにはいろんな要素が絡まるわけだからね」
特に、ミホノブルボンはダイタクヘリオス達ともトレーニングをしていた。たまたま見かける機会があったけど、なにかを教わっているようだった。そのなにかは、大体見当がついている。多分だけど、大逃げのコツのようなものだろう。
(バクシンオーにも頭に入れておいた方がいい、って伝えてはいるけど……)
でも、正確無比なラップを刻むことが持ち味のミホノブルボンが大逃げをするだろうか?って考えもある。わざわざ自分の武器を消してまで、大逃げという選択肢を増やすだろうか?
不安があることは確か。それでも僕ができるのは、バクシンオーが勝つことを信じるだけ。
バクシンオーは今ターフの上でストレッチをしている。他のウマ娘はバクシンオーを警戒するように睨んでいた。当然、彼女のマークは誰よりもキツいだろう。
「……頑張れ、バクシンオー」
ぼそっと呟いた、はずなんだけど。バクシンオーがこちらをぐるりと向いた。え?
「トレーナーさーーーんッッ!私の勝利を信じていてくださいねーッ!」
……ウマ娘の聴力って凄いなぁ。
◇
今の私は絶好調!さぁ、今日もバクシンしていきますよ~!
(気合十分!今回も良いバクシンができそうですッ!)
いやはや、それにしても……みなさん素晴らしい闘志を持っていますね!私をとても警戒しているのが分かります。身体をほぐしながらも私の動きを観察し、どのように走るかを考えていることでしょう。委員長的に花丸です!
ですが、それでいい。私は──その全てを超えて勝利をもぎ取る。それがサクラバクシンオーですから。
ストレッチを終えてゲートへと。私の枠番は5枠。可もなく不可もなしですね!ま~私に枠番は関係ありませんけどね!何故なら私はバクシンするのみですから!
(しかしブルボンさんが1枠なのは少し痛手ですね。悠々と逃げることを覚悟しなければなりません)
逃げウマ娘であるブルボンさんにとって最良の1枠出走。巡行を止めることは容易ではないでしょう。ですがそれを打ち破ってこその学級委員長!腕が鳴りますよ~!
《ウマ娘達が順調にゲートへと入ります。阪神レース場芝2000m大阪杯、晴の良バ場開催!注目はやはり距離不問のウマ娘、サクラバクシンオーでしょう!》
《この大阪杯が年明け初戦ですからね。景気よくいきたいところです》
《さらにはミホノブルボンも出走しています。逃げウマ娘にとっては絶好となる1枠発走、サイボーグとまで呼ばれた正確無比のラップ逃げは炸裂するのか?そして今、最後のウマ娘がゲートに入りました》
ゲートに入って、意識を集中します。開くその瞬間を、私は見極めます。じれったくも感じますね。ですがスタートダッシュでつまずくわけにはいきません!
(まだでしょうか?まだですかね?もうですかね!)
静かな空気を切り裂いて──ゲートが開きます。ようやく開きましたか!いざ、バクシンバクシーンッ!
《大阪杯が今っ、スタートしました!16人のウマ娘達が一斉に駆け出します!最初に飛び出すのはどのウマ娘か?最内の1枠からミホノブルボンが飛び出します!内からミホノブルボンがハナを奪いに行く!やはりこのウマ娘が行きましたミホノブルボン!》
内からブルボンさんが上がって行くのが確認できますね。ならばその後ろにつけるのが今までの定石……でしたが!
(う~ん、中々キツいですね!隣の枠番ならまだ何とかなりましたが、生憎と外寄りの枠番。少々厳しいでしょう!)
無論いけないわけではありません。しかし無理をする場所でもないのも事実。なによりブルボンさんが大逃げをする可能性がまだ捨てきれていません。ここは外で様子を見ましょう。
《ミホノブルボンがハナを取りに行く展開。それを阻止するかのように上がって行くアップツリーとヘルプストラウプ!この2人がミホノブルボンに競りかける!注目のサクラバクシンオーは、これはいかない。サクラバクシンオーは外で様子を窺います》
《第1コーナーまでにどうなるのか?……おっとこれは!》
《あぁっと!ミホノブルボン止まらない!加速していくミホノブルボン!アップツリーとヘルプストラウプに競り合いはしないぞとばかりにペースを上げる!何が何でもハナを取りに行く、これはまさか大逃げか!?》
……ふむ?ブルボンさんがかなり速いペースで逃げていますね。競りかけようとした2人も必死になりますが、振り切るようにペースを上げるブルボンさん。
(まだ様子見ですね!)
まだまだ時期尚早!第1コーナーすら回っていませんから!それよりも私が対処すべきなのは、マークするように動いてくる他の方々でしょう。
「サクラバクシンオー……いかせない!」
「あんたが一番危険だからね!」
ふっふっふ、この委員長をマークするとはお目が高い!さぁ、存分にマークしてください!
「私は私の道を貫くのみ!相手が誰でもバクシンバクシーンッ!」
距離ロスをしないためにも内へと切り込みます。まもなく第1コーナーのカーブ、隊列が固まってくる頃ですね!
◇
始まった大阪杯。展開はというと──ミホノブルボンの大逃げで開幕した。競り合おうとするアップツリーとヘルプストラウプを振り切って、単独先頭に躍り出ている。
会場からは驚くような声が上がっているね。確かに、珍しいなんてものじゃない。
「ミホノブルボンの大逃げか!?」
「で、でも、見たことなくない?」
「それに、ブルボンの持ち味って正確なラップタイムを刻み続けることだろ?なんで自分の武器を自ら捨てるようなこと」
ミホノブルボン最大の持ち味である正確な体内時計。それを捨ててまで、何故大逃げを選択したのか?いや、そもそも。
(彼女は本当に大逃げを打っているのか?どうにも頭に引っかかる……)
第1コーナーを曲がる各ウマ娘。先頭は勿論ミホノブルボン。後続との差を着々と広げている。
《第1コーナーを曲がって第2コーナーへと向かいます。先頭で走るのはミホノブルボン!ミホノブルボンから遅れること4バ身から5バ身程離れてっ、アップツリーとヘルプストラウプこの2人が2番手争い。アップツリー達からさらに2馬身離れた位置に、ここにいましたサクラバクシンオー》
《サクラバクシンオーをマークするように動くヴァサリーリエもいますね。サクラバクシンオーにマークが集中しています》
《サクラバクシンオーの内にヴァサリーリエ、外にはゲフリーレンもいます。サクラバクシンオーは4番手集団の丁度真ん中の位置、やや内よりか?アキナケスを先頭にした4番手集団から少し離れて10番手は内アレスタント外イッツコーリング。先頭ミホノブルボンが離れて、他はやや固まった展開です》
軽快に走っていると、このまま逃げ切るんじゃないか?って考えがどうしても頭にチラつくだろう。現にアップツリーとヘルプストラウプの2人はペースを乱されている。後の展開に響くだろうね。
考えを巡らせている中、隣から。
「さて、貴方はどう見ているのかしら?この展開を」
「……ミホノブルボンの大逃げを想像していなかったわけじゃないよ、ジェンティルドンナ」
試すように僕に話しかけてくるジェンティルドンナ。正直、ダイタクヘリオス達とトレーニングしていたことから想像はできていたことだ。でも。
「けど、どうにもただの大逃げには思えない。確かに意外かもしれないけど、それだけでバクシンオーを出し抜けるほど甘くはない」
「向こうもそれは分かっているはずだ。だからこそ、なにかある……そう考えているのか?トレーナー」
「そうだね、ドゥラメンテ」
だから可能性としてあり得るのは──大逃げに見せかけた幻惑逃げ、という線。
ただ、僕らは俯瞰して見ているから判断できる。でも、実際に走っているバクシンオーはどうか分からない。果たして彼女がどんな判断を下しているのかは気になるけど……。
「バクシンするだけですっ、って考えてそうだなぁ」
「まぁ……バクシンオーさんはそうですよね。色々考えても結局はバクシンに行きつきますし」
苦笑いを浮かべるホッコータルマエ。キタサンブラックはさっきから大きな声で応援している。
「頑張ってくださーいバクシンオーさーん!バクシンバクシーン!」
先頭を走るミホノブルボンが向こう正面に入る。遅れて他のウマ娘も続々と入っていった。