阪神レース場、大阪杯。ミホノブルボンが後続を引き離して逃げる展開、向こう正面の中ほどを過ぎた場面だ。
《軽快に逃げますミホノブルボン。2番手を7バ身引き離しての大きな逃げ!これは珍しいミホノブルボンの大逃げだ!》
《持ち味である正確無比な体内時計を捨てての大逃げ。これがレースにどのように影響するのか?注目したいところですね》
《ミホノブルボンから大きく離されての2番手争いはアップツリーとヘルプストラウプ、この2人が競り合う展開だ。ハナは譲りましたが2番手の位置は譲らない、2人の競り合い。さらに1バ身離れて4番手の集団、1番人気サクラバクシンオーはこの位置だ。ミホノブルボンが大きく離して他は固まっているこの展開、まもなく1000mを通過します》
タイムを計測しているタキオンにチラリと目配せ。彼女は頷いた後、時計を見せてきた。
「間違いないね。最初の400mは確かに速いペースだったが……その後のペースがガクッと落ちている。これは大逃げに見せかけたものだ」
……やっぱりか。ただの大逃げで来るわけない、って思ってたけど、その読みは当たっていたみたいだ。
「しかしまぁ、愉快なほどに騙されていますわね、彼女のペースに」
「まぁ、ブルボンさんって正確なラップが持ち味ですし。そんな人が自分からペースを乱したら色々と勘繰っちゃいません?」
余程のウマ娘じゃない限り、大逃げに付き合ったら待っているのは破滅、自分達も落ちていくのが当然だ。彼女がペースを落として下がったとしたら、つられて下がってしまうのも仕方ない気がする。
《最初の1000mを通過しました。最初の1000mはっ、59秒8!59秒8で通過しましたミホノブルボン!これは少し早めのペースだミホノブルボン!7バ身の差をつけて快調に飛ばしていきます!》
《気持ちの良い逃げですね。このまま楽な気持ちで行けるでしょうか?》
《サクラバクシンオーは4番手集団で少し囲まれているか?内に控えているサクラバクシンオー。彼女がいつ抜け出すのかも注目したいところ。4番手集団から半バ身離れた位置にイッツコーリングがつきました。アレスタントが競り合います。先頭ミホノブルボンは第3コーナーのカーブを曲がります!》
しかし、ミホノブルボンが幻惑逃げか……冷静に考えるとかなりえげつないな。
(周知の事実である体内時計を意図的に狂わせ、平均的に刻むラップタイムを崩しに来た。でも最終的な時計は変わらない……うん、面倒くさいことこの上ない)
1つの区間を13秒まで下げ、代わりに他の区間で10秒台のラップを刻んで帳尻を合わせる……ミホノブルボンがやっているのはそんなことだろう。そうなると掛かるスタミナは膨大になるが、成程。
「嵌った時が恐ろしいね、これは」
「加えてブルボン君の場合は変幻自在だ。詰めてくるならそのまま大逃げに、こないならば……」
「今みたいに幻惑逃げに切り替える……」
キタサンブラックが呟いた通り、ミホノブルボンはその切り替えができる。しかも暴走ペースかどうかも自分でよく分かっているだろう。ある程度のコントロールができるわけだ。
7バ身差ついているこの状況は途轍もなく不味い。ただでさえバクシンオーは集中的なマークで削られている。不利は重なる一方だろう。でも、それでも。
「頑張れ、バクシンオー……!」
願わずにはいられない。君の勝利を。サクラバクシンオーが栄光を掴み取ることを。拳を強く握りしめて祈った。
◇
成程成程、幻惑逃げというヤツですね。トレーナーさんからの知識がなければ危ういところだったでしょう。
(とはいっても、今の私は大変まずい状況なのですが!)
マークされ過ぎて大分キツいですね!ですが模範的で優秀な学級委員長がマークされるのは当然のこと!このマークを跳ね除けてこその学級委員長です!えぇ、負けませんよ~!
しかし、早々に抜け出さなければならないのもまた事実。おそらくですが、ブルボンさんは向こう正面でスタミナを回復しています。これは委員長の勘ですが。
そうなると不利になるのは後ろで走っている我々の方でしょう。いくら差を詰めようが、余裕のあるブルボンさんは後続の追い上げを振り切ることができる。逃げ切り勝ちを収めることができます。
(私も大分余裕はありますが、抜け出すのに手間取りそうですねッ!)
現在走っている場所は内より。外には他の方がいますし、内から切り込むのもまた難しい状況でしょう!う~ん、どうしましょうか!
《第3コーナーを回って第4コーナーへと向かいます各ウマ娘!先頭は依然としてミホノブルボン!6バ身程の差をつけて逃げ続ける!ここで4番手集団が2番手集団を飲み込もうと襲ってきた!4番手集団にはサクラバクシンオーがいます、サクラバクシンオーは少し囲まれている形、これは苦しいか!?止まらないミホノブルボンの巡行、後続は早めに追いつきたいところ!》
仕方ありません、ここは多少の無茶を通しましょうッ!幸いにも、集団が前に追いつこうとペースを上げ始めました。ここで見極めるべきは──隊列がどうなるか?
しっかりと、じっくりと機会を窺います。必要なのは私一人が抜け出せるだけのスペース、他には何もいりません。そのスペースを突いて、私は……抜け出すッ!
(とてもじれったいですね!気持ちがはやりますが我慢!私は皆が憧れる学級委員長、我慢することもお手の物!)
第4コーナーの中ほど。虎視眈々と待ち続けて……ッ!来ました!前に追いつこうとペースを上げて、外に膨らみましたね!委員長は丸っとお見通し!いざ、バクシーンッ!
「機は熟しました!ここでバクシンバクシンバクシンシーンッ!」
「えっ!?」
「なっ!」
他の方々はビックリしていますね!私のあまりに模範的な抜け出しに驚きの声を上げずにはいられないのでしょう!是非とも参考にしてください、このサクラバクシンオーの抜け出しをッ!
《第4コーナー!ここで囲まれていたサクラバクシンオーが内へと切り込みます!前を走るアキナケスとアップツリーを躱そうとしている!遅れて気づいたアキナケスだがこれはどうしようもない!》
《これは上手いですね!ペースがアップして外に膨らんだところを的確に突きました!さぁこれでサクラバクシンオーはいつでもスパートをかけれますよ!》
《依然として先頭ミホノブルボンは6バ身の差をつけて走っている!ここから差を詰めたい後続、10番手以下も追いついてきた!ミホノブルボン以外が固まったバ群になります!最後の直線で追いつけるかどうか!まもなく最後の直線です!》
これで問題はクリアしました!後はブルボンさんに追いつくだけです!最後の直線に入って、視界に入ってきたのは──結構遠くにいますね、ブルボンさん!
(推定6から7バ身程ですか……問題ありませんねッ!)
無論追いついてみせますとも!
◇
あぁ、やはりあなたは追いついてきますか。さすがはバクシンオーさん、私が、ライバルと決めた相手。彼女との差は6バ身程、その差もすぐに埋まりそうな勢いになっている。
私のスタミナはまだ余裕があります。ここからスパートをかけることもできる。ですが……領域は切れない。そこまでの余裕はない。使ったところで途中で力尽きるでしょうから。ですが、それは相手も同じこと……だと思いたいですね。
それにしても、頭に浮かびますね。
(全てはあの皐月賞から始まった……彼女との因縁は)
自信をもって挑んだ皐月賞。私は彼女の前に敗北を喫しました。三冠ウマ娘という目標を掲げていた私にとって、その敗北はあまりにも耐え難いものでした。まさか、最初の戦いでつまずくとは思っていなかった。それだけの自信がありました。
俯いて、下を向いていた私。叱咤したのは、マスター。立って私が負けた相手を睨みつけろと、心まで相手に負けるなと、そう教わりました。
その後のクラシックは勝てなかった。シニアでは、そもそも戦いすらしなかった。戦わなかったのは自分を鍛え上げる為でもありますが……無意識のうちに彼女を恐れていたのかもしれませんね。
G1の宝塚記念を取ることはできましたが、どこか納得してない自分がいた。それはきっと、バクシンオーさんがいなかったから。
(ステータス『不満』……私は、彼女に勝ちたい。サクラバクシンオーという王者に、私の全力で……勝ちたいッ!)
今は彼女に追いついたという自信がある。だからこそ、大阪杯に出走するように宣戦布告をしました。結果、彼女は受けた。この舞台に、引きずり込むことができた。
敵は依然として強大です。それでも。
《最後の直線で先頭はミホノブルボン!どこにその末脚を隠していたのか!?驚異の粘りだミホノブルボン!サクラバクシンオーもじわりじわりと差を詰めますがこれは届くかどうかちょっと怪しい!残り200を切りました!先頭ミホノブルボンその差は4バ身から3バ身に縮んだか!?》
私はもう、折れません。必ずあなたに勝ちます!
◇
あ、これマズいですね!このペースだとちょっと間に合いませんよ!とはいっても、領域も使える気がしませんし、どうしましょうかこれ!
(しかし、えぇ……そうですね。私のやることは変わりません)
かなりのピンチ!ですが……負けません。えぇ、私は負けませんとも。
(トレーナーさんが私の勝利を願っている。トレーナーさんが私の勝利を信じている。ならば私はッ!)
「その期待に応えるべくバクシンするのみッ!何故なら私はサクラバクシンオー!トレセン学園の優秀な学級委員長ですから!」
さぁ動きなさい私の身体!まだまだやれるでしょう!勝利に向かって──バクシンバクシーーーンッッ!!
「ッ!ここでっ、さらにギアを上げますか……!あなたはッ!」
ブルボンさんが驚いていますが当然ですとも!私は模範的な学級委員長、サクラバクシンオー!いつどんな時でも、学園の生徒の模範となるべく走っていますから!
《サクラバクシンオーがさらに差を詰める!サクラバクシンオーがトップギア!先頭ミホノブルボンに襲い掛かる!ミホノブルボンが必死に粘る!他のウマ娘も上がってくるがこれはちょっと厳しいか!》
《ここまで脚をしっかりと残したミホノブルボン、それ以上の末脚で迫るサクラバクシンオー!さぁどうなる!?》
ブルボンさんとの距離が1バ身、半バ身と詰まります。詰めて、詰めて。
「バクシンバクシンバクシーーーンッッッ!!!」
「負けません……負けません!これ以上は、絶対にッ!」
お互いに残ったのは意地。負けたくないという意地だけが残って。最後には──
《残り50mでサクラバクシンオーが躱したぁぁぁぁ!ミホノブルボンを躱して!先頭に立ち!阪神レース場に桜吹雪だサクラバクシンオォォォォォ!やはりこのウマ娘が強かった!これが最強王者の走りだ!全ての距離で頂点に立つ!そう言わんばかりの大激走!大阪杯を制したのはサクラバクシンオーだぁぁぁぁ!》
私が、勝ちましたとも!拳を突き上げ、勝利を喜びます!
「見てましたか~、トレーナーさ~んッ!あなたのサクラバクシンオーが勝ちましたよーッ!」
トレーナーさんはいつも見えやすい位置にいますからね!特定は容易です!さてさて、トレーナーさんの表情は……おぉ!呆けていましたけど笑顔です!いや~、私の勝利を喜んでいるみたいですね!いよ!私優秀!最高の学級委員長!
観客の声援に応えていると、息を整えたであろうブルボンさんがこちらへとやってきました。
「やや?ブルボンさん!素晴らしい走りでしたねッ!」
「……『不満』、そして自分への『憤り』。また、あなたに勝てませんでした」
悔しそうに歯噛みしているブルボンさん。それにしても凄い走りでしたね!途中までこの委員長もまんまと騙されそうになってましたから!
「ブルボンさんも素晴らしい逃げでした!あなたもまた模範的な走りをした学級委員長!とても良い走りでしたッ!」
「逃げのレパートリーを増やしましたが、一歩及ばず……また計算のし直しです。私自身のステータスの向上と並行してやらなければ」
次戦う時は、もっと強敵になっているでしょう。ラップ逃げに大逃げ、さらには幻惑逃げ……この3つの逃げを瞬時に判断して挑まなければ、負けてしまうような相手に変貌しました。う~ん、とてもワクワクしますねッ!次が楽しみですッ!
「次も良いバクシンにしましょう、ブルボンさんッ!委員長は逃げも隠れもしません、いつでも受けて立ちますッ!」
「ステータス『当然』。私の目標はあなたの打倒……勝つまで挑戦は止めません。無論、勝っても止めません。そのことをどうかお忘れなく」
手を差し出して、ブルボンさんと固い握手を交わします!いい勝負でしたよ、ブルボンさん!
やっぱバクシンですよバクシン……なんでバクシンするだけで勝てるんだ?このバクシンオー。後ブルボンがえげつない進化を遂げている件について。