無事に大阪杯を制したバクシンオー。次のレースは春の天皇賞だ。このレースは、苦い思い出があるな。
(バクシンオーが負けた相手、ライスシャワーが出走してくる。メジロマックイーンやトウカイテイオーは出走してこないとはいえ、だ)
ビワハヤヒデにナリタタイシン、ナイスネイチャやマチカネタンホイザが出走してくる。特にビワハヤヒデは中距離とはいえ、京都記念でライスシャワーに勝っている。油断ならない相手なのは間違いない。
マチカネタンホイザも長距離寄り、ナリタタイシンはどちらかというと中距離だけど要警戒。だけど、やっぱり最重要で警戒すべきなのは……ライスシャワーだ。
(出走するウマ娘の中で、唯一の長距離S。加えてステータスもミホノブルボンに匹敵するわけだ)
適性Sは凄まじい。実際に、前回の春天ではステータス差をひっくり返して勝ちを許してしまったわけだからね。だからこそ、今度は適性差が気にならないくらいにバクシンオーを鍛え上げている。
油断はしない、慢心もしない。春の天皇賞を勝つことだけに絞る。
「それじゃあ頑張ろうか、バクシンオー。今日もショットガンタッチだよ」
「はい!模範的な委員長は誰よりも数をこなしましょう!バクシンバクシーーンッ!!」
「うん、気合いを入れて頑張ろうか」
大阪杯から春天までは期間があまりない。けれど、やれることを最大限やる。さて、今日も頑張ろう。
◇
天皇賞・春が近づいていく中、ライスシャワー陣営は頭を悩ませていた。
「やっぱり出走してくるよな、サクラバクシンオー」
「そ、そうだよね。バクシンオーさんは絶対に出走してくる」
今度のレースで相手になるサクラバクシンオー、彼女の対策だ。やはり徹底マークでスタミナを削る戦法が良いのだろうと考えている。ライスシャワーが最も得意とするスタイルであり、この戦法でこそ強みを一番に発揮できる。だからこそ、今回も最優先で警戒しなければならないサクラバクシンオーをマークすることを決めていた。
ただ、今回は前回とは違う。理由は、ライスシャワーが春天覇者であること。加えて、最強ステイヤーと呼ばれていたメジロマックイーンを下したことでライスシャワーの評価は上がり続けていた。
「マックイーンを下したライスは、トゥインクル・シリーズ現役最強ステイヤーと言われてる。ビワハヤヒデとかいろんな子がライスを警戒してくる」
「や、やっぱり……前回とは全然違うレースになっちゃうよね?」
「そうだね。バクシンオーが脅威なのは間違いないけど、ライスも無視できない。どちらかといえば、ライスの方が警戒されると思う」
マークがキツくなることを予想し、対策を重ねるライスシャワーとお兄さま。
(京都記念はビワハヤヒデに負けたけど、日経賞では無事に勝った。春天二連覇……メジロマックイーンすらも超えてみせる!)
(もうバクシンオーさんには負けない。ライスは強い子、ライスはできる子!今回の天皇賞も、絶対に勝つ!)
「それじゃ、レースに向けてしっかりとトレーニングだ!今回もミホノブルボンが協力してくれる!」
「ほ、本当!?心強いね、お兄さま!」
ミホノブルボンは大阪杯でサクラバクシンオーと戦った。負けはしたものの、経験談を聞かせてもらえれば対策も進む。ライスシャワー陣営にとっては嬉しい話だろう。
「『警戒』。バクシンオーさんはさらに強くなっています。気を付けてください」
「わ、分かった……!」
順調にトレーニングを進めるライスシャワー陣営。天皇賞二連覇の偉業へ、舵を取った。
◇
時間はあっという間に流れ、迎えた春の天皇賞。あいにくの曇り空だが、多くのファンが阪神レース場に足を運んでいた。
「さ~て。今回はバクシンオーが勝てるかな?」
「俺はビワハヤヒデだな!ライスシャワーに負けず劣らずのステイヤーだぜ?ありゃ」
「やっぱライスシャワーっしょ!長距離なら絶対に負けないって!」
誰が勝つかを予想し、会話に花を咲かせている。今回のバ場は稍重、重バ場ほどではないとはいえ、タフなレースになるだろうというのがファンの見通しだった。
レースの1番人気は──サクラバクシンオー。大阪杯を制して絶好調であり、どの距離でも戦えるオールラウンダー。前回負けた雪辱を、今回は果たしてくれというファンの願いを込められての1番人気だ。
「さぁさぁ!委員長がこの舞台に戻ってきましたよッ!何も心配する必要はありません!この優秀で模範的な学級委員長が、完璧な勝利を掴み取ってみせましょうともッ!」
元気よく、ハツラツと観客に向けて挨拶をするサクラバクシンオー。元来生粋のスプリンターと呼ばれていた彼女が、長距離の最強決定戦にいることを疑問に持つファンはもはやいない。彼女の自信を疑問視する人はいない。彼女の実力を疑う者は、どこにもいない。
「頑張れよー!サクラバクシンオー!」
「ライスシャワーにリベンジだー!」
観客の声援が聞こえる中、トレーナーである高村は視線を送っていた。
「……頑張れ、バクシンオー」
ぼそりとつぶやいた言葉。それが聞こえたか、いや、聞こえたのだろう。サクラバクシンオーはすぐさま高村の方を向き、笑顔で手を振った。
「もちろん、頑張りますとも!勝利をトレーナーさんの手にッ!どこまでもバクシンしてみせましょー!」
さすがに二度目なので驚きはしなかった高村。ただ、ウマ娘の聴覚は侮れない、と改めて刻んでおいた。
レースに向けて準備を整えている中、サクラバクシンオーは周りを見る。ビワハヤヒデにナリタタイシン、マチカネタンホイザにナイスネイチャを見て、笑みを深めた。
(みなさん素晴らしいバクシンをお持ちの様子!ですが、私は模範的で優秀な学級委員長!背中を見せて後進を育てる系委員長ですから!)
「う~ん、熱くなってきましたね!俄然楽しみです!」
そして、視線をライスシャワーへと向ける。前回の天皇賞で負けた相手、かつての彼女は鬼を宿しているとも言われていたが。
「……ッ」
「見ろよ、ライスシャワーの気合……」
「あぁ。前回と一緒だ。ってこたぁ」
「来るな、今回も」
思わず身震いするファン。バクシンオーも身体を震わせる。だが、これは恐怖からくるものではない。
(えぇ、とても素晴らしい気迫です!また強くなったようですね、ライスさん!)
「ですがそんなあなたも下して勝利する!それこそが学級委員長ですから!負けませんよ~!」
武者震い。強敵との戦いに、心を躍らせていた。
そして、発走の時がやってくる。出走するウマ娘達が続々とゲートに入っていく。
《阪神レース場のメインレース、芝3200mの戦い。春の盾をめぐり、ウマ娘達が長丁場に挑みます!天気はあいにくの曇り空、芝の状態は稍重の発表。本レースで注目されているのはやはり?》
《えぇ、サクラバクシンオーですね。大阪杯でミホノブルボンを破って、年明けから絶好調の様子を見せていました。今回こそは、という思いも強いですよ》
《人気を証明するように1番人気での出走。前回覇者であるライスシャワーはちょっと不満か?2番人気です!》
《京都記念の敗北が響いているかもしれませんね。ですが日経賞を快勝、調子は取り戻していますよ》
一人、また一人とゲートに入る度、発走の時が近づく。空気が緊張していき、固唾をのんで見守るファン。そして今、最後のウマ娘がゲートに入った。
《春の盾をその手につかむために。13人のウマ娘達の思いがぶつかります!》
静まり返る阪神レース場。天気の影響か、冷たい春の空気を切り裂いて──ゲートの開く音が鳴り響いた。ウマ娘達が一斉に駆け出し、我先にと飛び出していく。
《最後のウマ娘がゲートに収まりました。天皇賞・春が今っ、スタートしました!最初に飛び出すのはどのウマ娘か?サクラバクシンオーが前に出ている。逃げの構えをとるかサクラバクシンオー?》
天皇賞・春、開幕。
◇
飛び出したのはゲフリーレン、そしてサクラバクシンオー。2人がペースメーカーとなりレースは進む。
《ハナを取るのはゲフリーレンか、サクラバクシンオーか。この2人が競り合う様子。続くようにライスシャワーがサクラバクシンオーの後ろにつきます。やはり徹底マークの構えだライスシャワー》
《このマーク戦法で前回は勝利しましたからね。ただ、そのままでは勝てないのは重々承知。ここから先どうするのか、気になるところ》
《3番手はライスシャワーですがおっと、ビワハヤヒデも上がってきている。ビワハヤヒデは4番手外の位置をキープだ。外回りコースの1周目を駆け抜けるウマ娘達。ナイスネイチャ、マチカネタンホイザ、ナリタタイシンは後方集団に位置をつける。長丁場のこのレース、スタミナをしっかりと温存したいところ》
ペースとしてはやや速め。サクラバクシンオーが主張し続け、ハナを取ろうとしている。
「バクシンバクシーーン!!委員長のバクシンは止まりませんよ~!」
「くっ!」
自由にさせたくないゲフリーレンはサクラバクシンオーと競り合う。その様子を後ろから見守り、虎視眈々と狙うライスシャワーとビワハヤヒデ。
(珍しく競り合ってる……でも、ついてくついてく!)
(さて、サクラバクシンオー君のデータは頭に入れてある。ここから先の展開も予測済みだ)
1周目の外回りコース。坂でも構わず駆け抜けようとしているサクラバクシンオー。負けないようにゲフリーレンも追い続ける。ただ、3番からの発走であるサクラバクシンオーは最内をキープしており、少ないロスでコーナーを曲がることができるだろう。対してゲフリーレンは外を回っている。
「さ、さすがに……!」
競り合い続けるのは分が悪いと察してか、ゲフリーレンはおとなしく下がる。ハナを取ったのはサクラバクシンオー、ペースメーカーとなるのは彼女だ。
「みなさんを模範的に連れていきましょう!バクシンバクシーーン!!」
ペースを気にせず上がっていく……ように見えているが。ゲフリーレンがハナを譲った段階からさりげなくペースを落としてノーマルペースに戻している。気づいたのは徹底マークしているライスシャワーと、ビワハヤヒデのみ。
ビワハヤヒデはペースを落としたことに感づき、わずかに渋面を作る。
(……だが、ここで仕掛けるわけにはいかない。この長丁場で早々に仕掛けるのは時期尚早。それに、ライスシャワーの徹底マークもある。これが続くとなると、キツいはずだ)
常に考え、どうすれば自分有利に傾くかを考え続ける。勝利を手繰り寄せるために、序盤からいろいろと思考を巡らせていた。
ハナを取ったまま、サクラバクシンオーは第3コーナーから第4コーナーへ。執拗にマークされているが、本人は。
(さぁ、今日もバクシンしましょうッ!ライスさんからの殺気をビリビリと感じていますが、問題はありませんッ!)
さほど気にしていなかった。正確には、効いていたとしても上回る自信があるだけだ。どれほど脅かされようが勝つのは自分、そう信じて疑わない彼女は、ライスシャワーのマークを受けても己のペースを乱さない。
(ついてくついてく……!バクシンオーさんについてく……プレッシャーをかけ続ける!)
ライスシャワーも乱れない。効いている素振りが見えなくても、間違いなく削れているはずだ。そう信じてライスシャワーは突き進む。
《外回りの第4コーナー、先頭はサクラバクシンオー、半バ身離れてライスシャワーが続きます。ゲフリーレンはライスシャワーの外、ビワハヤヒデもこの位置につけている。まもなく第4コーナーから1周目のホームストレッチに突入、ペースを握りますサクラバクシンオー》
やはり警戒されているサクラバクシンオー。春の天皇賞は、まだ始まったばかりだ。