バクシンオーがメイクデビューを勝利して数日。バクシンオーがトレーニング休みの間に先日開催されたメイクデビューについて書かれた記事を探していた。ネットで探すと結構見つかったりする。その記事をプリントアウトして、スクラップブックに貼り付けていた。
(まだメイクデビューを勝っただけ。だけどいずれは)
このスクラップブックが分厚くなるくらいの記事が出るといいなと思いつつ、丁寧に貼り付ける。そんな時だった。
「トレーナーさ~ん?いらっしゃいますか~?」
「はい」
扉がノックされたので、入室を促す。失礼します、の声とともに入ってきた人物は駿川たづなさん。ここトレセン学園の理事長秘書を務めている人である。いつも帽子被ってるし、もしかしたらみたいな噂もあるらしいけど。正直なところ真相は謎である。
そんな彼女がここに来たのは何だろうか?そう考えていると、書類の束をこちらに渡してきた。内容を確認すると……個人的に待ち望んでいた書類だった。
「こちら、VRウマレーターの説明書です。改めてお渡ししておこうと思いまして」
「ありがとうございます。今日使う予定だったので。助かります」
「いえいえ、使用には十分注意してくださいね?特に、利用時間には注意してください!」
たまに利用時間を過ぎても使用する方々がいらっしゃいますので、と怒った様子をみせるたづなさん。それだけ利用時間を守らない使用者が多いのだろう。
(時間を過ぎても使いたくなる気持ちは分かるな)
他のトレーナー達の気持ちは分からないでもない。とはいえ、たづなさん達の手を煩わせるわけにはいかないので十分注意しておこう。
「分かりました、気をつけます」
「はい……それと、なにをしていらしたのですか?なにか作業をしていたみたいですけど……」
「あぁ、これですか」
特に隠すようなものでもないし、スクラップブックをたづなさんに見せながら説明する。
「先日、バクシンオーのメイクデビューがありましたので。朝の新聞全部買ったり、ネットの記事をプリントアウトして貼り付けてるところです」
「そ、そんなにですか?」
「はい。逃すわけにはいかないので。いずれはネットの記事だけじゃなく、新聞の記事も貼り付けたいですね」
記録に残しておくのは大事だ。それが担当の活躍ともなればなおさら、ね。
スクラップブックをジッと見ていると、たづなさんが小さく笑ったような声がした。顔を上げると、微笑ましそうに見ている。なんでだろうか?
「……どうかしましたか?たづなさん」
思わずそう聞くと、たづなさんは慌てた様子を見せた。本当にどうしたんだろうか。
「す、すみません!なんでもありませんので!それより、そろそろ時間ではありませんか?」
「……本当ですね。それじゃあすいません、失礼しますね」
「はい。頑張ってくださいね~」
部屋を出て、たづなさんとは別れる。去り際、たづなさんが。
「楽しくトレーナーができているようで、何よりです」
そんな風に呟いた気がする。良く聞こえなかったけど。
(……楽しく?)
まぁ、気のせいかもしれない。
◇
授業は終わり、トレーニングの時間がやってくる。
「さぁトレーナーさん!レース明けのトレーニングはいかがいたしますかッ!?どんなトレーニングでもやりますッ!学級委員長はなんでもこなしてみせますよ~ッ!」
バクシンオーは気合十分。というわけで早速。
「じゃあ、今日はこれでトレーニングするよ」
「やや?これは……なんでしょうかッ!」
「VRウマレーターだよ。ひとまず利用しようか。時間に限りがあるから」
装置は結構大きい。フルダイブ型だから当たり前だけど。いざ、VRの世界へと。
意識が浮上すると、そこは見知った学園。学園とは言っても……
「おおっ!?気づいたら外にいますよトレーナーさんッッ!私のスピードが速すぎて、ついにワープを可能にしましたかッ!」
「うん、そういうわけじゃないね」
ここはVR世界だけど。
VRウマレーター。トレセン学園に通うウマ娘のために開発された、レース用シミュレーターだ。これを使えばどんなレース条件も思いのまま、さらには度重なるシステムチェックの末にSF世界を体験したりRPG的な世界を体験することも可能になった……らしい。簡単に言えば、超凄いVR技術みたいなものだろう。
ここで着目したいのは、やはりどんなレース条件でもレースをすることができるというものだろう。通常、重バ場や雨のレースを体験したいと思っても天気次第だ。そう簡単に体験できるものではない。そんな時に役立つのが、このVRウマレーターである。
「この世界では、雨のレースも体験できるんだ。それに、ここで得た経験は現実世界にも蓄積される。まさに夢のようなシステムだね」
「ははぁ~……」
「簡単に言えばいろいろできる凄い技術ってことだね」
「成程ッッ!」
実際本当に色んなことができる。さらにはサトノグループが開発したメガドリームサポーターなるものによって、三女神と呼ばれるウマ娘達による指導を受けることも可能。加えて最近だと海外のレース場を体験できるぐらいにはトンデモ技術が使われている。まさにオーバーテクノロジー。
なお、これで適性を上げることができるかは未知数。こればかりはやってみないことには分からない。
(使ったことは何回かあるけど、普通のトレーニングしかしなかったし)
ただ、今回のトレーニングも適性上げというわけではない。だからまたの機会にしよう。
「それでトレーナーさん!このVRウマレーターでなにをするんでしょうかッ!?」
「そうだね……今日のところは普通にトレーニングしようか。初めて使うわけだし」
「分かりましたッッ!」
いつもの練習場へ。他にも何人か使っているウマ娘の姿がチラホラと。こちらもこちらでトレーニングさせてもらうとしよう。
トレーニングを開始して少し経って。バクシンオーはというと。
「凄いッ、凄いですよトレーナーさんッッ!!ゲームの世界とは思えないぐらい変わらないですッッ!」
大はしゃぎでトレーニングしている。元気が良くて何より。
(現実世界の能力値を反映してるらしいけど、本当に凄い技術だ)
恐るべしサトノグループ。そしてVRウマレーター。
「どこまでも走っていけますよ~ッッ!さぁ、委員長に続け~!」
「今日キタサンブラックもドゥラメンテもいないけどね」
元気いっぱいにはしゃぎまわるサクラバクシンオー。頑張って予約した甲斐があったってものだ。
◇
そんなわけで、終わりの時間がやってきた。
「バクシンオー。トレーニング終了」
「ば、バクシ~ン……」
「いつも以上に気合入ってたね。お疲れ様」
それだけ楽しかったのだろう。重バ場で走ってみたり曇り空の下で走ってみたり。すぐさま切り替えることができるので、使ったことがないバクシンオーにとっては未知の体験だったはずだ。
倒れ込んでいたバクシンオーが起き上がって、キラキラとした目でこちらを見てくる。眩しい。
「トレーナーさん!凄いですねVRウマレーターッッ!また使いましょう!」
「うん、使いたいのは山々なんだけどね」
正直言われるとは思っていた。また使ってみたいと。そりゃあこんな夢みたいな装置があるんだ。使いたくならない方がおかしいだろう。
ただ、それは
「でも、これはおいそれと使えないんだ。悲しいけど、次に使えるのはもっと先かな」
「ちょわっ!?な、何故ですか!」
VRウマレーターはメリットだらけだ。現実世界では良バ場でも重バ場のトレーニングができるし、雨が降っていても晴れのトレーニングができる。しかも身体能力は現実世界に反映可能、本当にメリットだらけだ。今回は使ってないけど、レースの機能を使えばドリームトロフィーで走っているウマ娘達との併走だって可能になる。
ただ悲しきかな。それ相応のデメリットがこのVRウマレーターにはある。いや、正確にはデメリットじゃないけど。
「このVRウマレーターは凄い技術でね。みんながこの機械を使っているんだ」
「と、言いますと?」
ぶっちゃけて言うと。
「VRウマレーター、人気過ぎてみんな使うんだよね。だからすぐに定員オーバーになるんだ」
みんなが使うから埋まっていることが多い。大きなプロジェクトが動く時なんかは貸し切りになるらしいけど、自分にそんな権限などあるはずもなく。
「チームと個人で分けられているんだけど、それでも数に限りがあるからね。予約がいっぱいのことが多いから、そんなに気軽に使えるものじゃないんだ」
「ちょわ~……」
露骨に残念そうにしているバクシンオー。申し訳ないけどこればっかりは無理だ。自分じゃどうしようもならない。
と、思ったらすぐに立ち直った。本当に切り替えが早い子である。
「それなら現実世界でトレーニングすればいいですねッッ!いよ、私賢いッッ!みんなが憧れる学級委員長!」
「うん、賢いね」
「そうでしょうそうでしょう!では、今日は解散して明日のトレーニングに備えましょうッ!いえ、その前に予習復習ですね。すぐさま終わらせますよッッ!」
「うん、予習復習は早く終わらせればいいってもんじゃないね」
隙間時間を作るためなら間違ってないけど。
そんなわけでVRウマレーターから現実世界へと戻ってきて。トレーニング終わりのミーティングをやって現地解散だ。
「ひとまずメイクデビューの疲れも取れただろうし、いつものトレーニングに戻ろうか。後は「次のレースッ!次のレースに向けて相談しましょうッッ!」そうだね、そのつもりだよ」
メイクデビューを勝った。では次のレースをどうしようか?という話になる。
一応、決めておいた。次のレースはというと。
「小倉ジュニアステークス。9月の前半にあるこのレースを目標にしようか」
G3のレース。いきなりの重賞挑戦である。ただバクシンオーのステ的に上位争いは確実、というよりは勝てると踏んでいる。
「成程成程……1200mの短距離ですねッ!」
「うん。小倉ジュニアステークスを目標に頑張ろうか」
「分かりましたッッ!それではトレーナーさん、明日もお願いしますッ!後、短距離以上のレースもお願いしまぁぁぁぁぁす……」
サクラバクシンオーは去っていく。よし。
「今後のトレーニング計画でも立てておこう」
スタミナはまだいいだろう。最優先はスピードと賢さ、この2つを上げることを念頭に置いておく。そのためにもスピードを鍛えていくべきで……うん。帰ってまとめるか。
次走は小倉ジュニアステークス。ここも勝てるように頑張ろう。
実際とんでもねぇ技術なVRウマレーター。