トレセン学園。1人のトレーナーが困り顔で歩いていた。
(皐月にダービーも制した。菊花賞は難しいって言われたけど、それでも彼女が全力を出すために頑張りたい!だけど……)
彼が担当しているウマ娘は、つい先日クラシック三冠の日本ダービーを制した。皐月賞も勝ったのでこれで二冠目、しかも無敗の二冠だ。シンボリルドルフが打ち立てた記録、無敗の三冠に並び立とうとしている。
だが、その担当ウマ娘は日本ダービーで怪我をした。いや、今まで蓄積してきたダメージが、日本ダービーで表に出てきてしまった、というべきだろう。医者からは今のままだと菊花賞は難しいと判断された。
(針治療にマッサージ。できる限りの手を尽くすけど……問題は)
「菊花賞を確実に勝つために、どうすればいいのか……」
それでも、担当ウマ娘の覚悟を受け取った。だからこそ、様々な手を尽くして菊花賞に出走させると誓う。彼女が全力を出せるように最善を尽くすと自分も腹を決めた。とはいえ、だ。その担当ウマ娘は長距離に適性があるかといわれたら少し微妙なラインなのである。
ただでさえ3000mは未知の領域、勝つためには少しでも懸念点を潰しておきたい。そう考えているトレーナーの耳に、ある情報が入ってきた。
(ウマ娘の適性が分かるトレーナー……やはり、彼を頼るのが良いのかもしれない)
トレセン学園では前々からあるトレーナーの話が噂になっていた。それが、ウマ娘の適性が分かるトレーナーの話である。ウマ娘の間では有名な話らしく、彼も自身の担当ウマ娘から話を聞いた。
あくまで噂であり、真実は定かではないが……もし本当だったら、担当ウマ娘が勝つために何が必要なのか色々と聞けるかもしれない。
(
トレーナーは藁にも縋る思いで尋ねることを決める。ウマ娘の適性が分かるというトレーナー──高村聖の下へと。
◇
そろそろ梅雨が明けてついに夏を迎える。ここで考えるべきは、バクシンオーのトレーニングをどうするか、だ。
(夏の間、バクシンオーのトレーニングをどうするか。いつものようにキタサンブラックやドゥラメンテと練習することは間違いないんだろうけど)
あの2人も良くトレーニングに混ざってくれる。2人ともトレーナーはまだいないらしいが、自分が介入できること……でもないか?分からん。
ともかくとして。バクシンオーのトレーニングメニューをどうするか?という話になった。いつも通りにトレーニングしてもいいのだけど。夏が明けたら小倉ジュニアステークスが待っていることだし、なにか刺激になることがないだろうか?と思うのもまた事実だ。
(タマモクロス達も予定があるだろうから合同トレーニングも望めないだろう。どうしたものか……)
やはりいつも通りトレーニングするしかないか。そう結論が出た時に扉がノックされた。
「はい。どうぞ」
誰が来たのだろうか?たづなさんか?そう思っていると、入ってきたのは。
「し、失礼しますっ!」
緊張しているのか、やや上ずった声で入ってきた男のトレーナー。随分と珍しい来訪者だ。
ただ、その顔には見覚えがあった。トレセン学園でもかなり有名なトレーナーなのでほとんどの人が知っているだろう。
(生徒会長、“皇帝”シンボリルドルフのトレーナー……そして、つい先日の日本ダービーをトウカイテイオーで取った人だ)
無敗の三冠ウマ娘シンボリルドルフと現在無敗の二冠、菊花賞最有力候補であるトウカイテイオーのトレーナー。その人が何故自分のトレーナー室に?そう思わずにはいられない。
ただ、年上かつ目上の人を待たせるわけにはいかない。急いで椅子から立ち上がってお茶の用意をする。
「すみません、今すぐ用意します」
「い、いやいや!大丈夫だから!どうぞお構いなく!」
そうは言うが、用意させてもらう。彼をソファに案内し、お茶とお茶菓子を用意してテーブルの上に置く。
「すみません、粗茶ですが」
「いえ、ありがとうございます……」
なにやら緊張した様子を見せているルドルフのトレーナー。それにしても、一体どうして自分のところに来たのだろうか?
(ここに来る目的なんてないと思うんだけど。そもそも面識がないし)
自分と彼に面識などあるはずもない。相手は凄腕のトレーナーに対し、自分はまだまだ駆け出しのひよっこ。別に昔から仲が良かったとかそういうものもない。何故彼が自分のところを尋ねに来たのか分からない……と思ったが。
(
あるとすれば、自分の噂を聞いてきた、という線だ。特に接点がないという現状、考えられるのは自分にまつわる噂だけである。
ひとまず、彼の言葉を待つ。やがて、彼の口から出てきた言葉は、
「君の噂を聞いて、ここにやってきたんだ。
「やっぱり、そうでしたか」
どうやら想像通りだったらしい。それぐらいしか思い浮かばなかったけど。
「そ、その。噂は本当なのか?君には、ウマ娘の適性が分かるのか?」
「まぁ、はい。一応」
別に嘘を吐く必要性もない。正直に答えると、彼はいきなり頭を下げだした。
「お願いがあるんだ!どうか、俺に力を貸してほしい!」
「いいですよ」
「えっ!?」
なぜか驚かれた。いいと言ったのにどうしてだろうか?
「そ、その……我ながら大分端折ってしまったんだけど。なにも聞かなくていいのか?」
「あぁ、確かに。悪いことに協力しろとかだったらさすがに断りますけど」
「それを頼むことはないかな……」
コホン、と1つ咳払いをして彼は頼みごとの内容について語り出した。
「君に頼みたいことっていうのは、俺の担当、トウカイテイオーのことなんだ」
「トウカイテイオーさん……そういえば、日本ダービー制覇おめでとうございます。無敗の二冠ですね」
「あぁ、ありがとうございます。なんとか彼女の期待に応えることができたよ、ハハ……あ、このお茶美味しい」
トウカイテイオーのこと、か。そういえば彼女、確か日本ダービー後に怪我が発覚したってニュースがあった。もしかしてそれだろうか?だとしたら力にはなれないんだけど。自分は本職の医者ではないのだから、治せと言われても無理だ。
「実は、トウカイテイオーが菊花賞を勝つために知恵をお借りしたいんです」
ただ、返ってきた言葉はこれまた予想外のもの。それならなんとかなるかもしれないが、怪我は大丈夫なのだろうか?
「構いませんが、怪我は大丈夫なのですか?」
「……正直、大丈夫かといわれたらちょっと怪しい。けど、俺はあの子になんとしてでも全力で走らせると誓った。だから、俺は彼女を、トウカイテイオーを菊花賞に出走させる肚積もりだ」
「成程。かなりの覚悟ですね」
「ただ、菊花賞は3000m、クラシック級のウマ娘にとっては未知の領域。トレーニングで走ることで経験は積めるが、それでも不安要素は潰しておきたいんだ」
菊花賞を確実に勝つため、か。トウカイテイオーに長距離の適性があるかどうか、そして適性が怪しければ上げるための知恵を自分に貸してもらいたいとか、きっとそんな感じなのだろう。そのために自分のところに来た。菊花賞の勝利を盤石のものとするために。
目の前に座る彼はもう一度頭を下げる。
「お願いします。どうか、俺達に力を貸してくれませんか?トウカイテイオーが菊花賞を勝つために、君に協力してほしい!」
「いいですよ」
「……さっきもそうだったけど、君は随分あっさり決めるんだな」
別に悪いことに手を貸せ、と言われているわけじゃないし、協力しない理由もない。なので申し出を断る気がないだけなのだが、大分驚かれている。
「別に、断る理由もありませんので」
「……まぁいいか。協力してくれてありがとう!でも、勿論タダで協力してもらう気はない」
彼は笑みを浮かべてこちらを見ている。なにを言われるのだろうか?
「君は確か、タマモクロス達とトレーニングしたことがあるだろう?だったら、ルドルフともトレーニングしたいんじゃないか?」
「……そうですね。個人的にはやってみたいです」
シンボリルドルフ。トレセン学園の生徒会長にして“皇帝”と呼ばれるウマ娘。しかも彼女の適性は確か、中距離と長距離がA……というか、長距離がSになってたはずだ。そんな相手とトレーニングできるのはこちらとしてはとても嬉しいことである。バクシンオーのレベルアップに繋がるから。
「ギブ&テイクだ。君にトウカイテイオーの件で協力してもらう代わりに、夏合宿で一緒にトレーニングをしないか?間違いなく損はさせないと誓う」
「……良いんですか?」
彼は頷く。こちらの意見を肯定するように。
「こっちのお願いに応えてもらうんだ。これぐらいはさせて欲しい。じゃないと、俺の気が済まない」
「……ありがとうございます。後、自分の担当というわけではないのですが、もう2人ほど追加してもよろしいでしょうか?」
「もう2人?勿論構わないよ!人数は多い方が良いからな!」
なんというか、凄く良い人なんだなっていうのが分かる。まさか夏の予定が埋まるとは思わなかった。シンボリルドルフとのトレーニングだけではなく、トウカイテイオーとのトレーニングができるのはこちらとしても凄く嬉しい。
「じゃあ、この後日程を詰めようか!あぁその前に、ルドルフやテイオーと会って欲しいんだ。君達のことをちゃんと教えておかないと」
「その辺りはまた追々詰めていきましょう。それでは、夏合宿の間よろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそよろしく!」
そんなわけで。シンボリルドルフとトウカイテイオーとの夏合宿が決まった瞬間である。うん、充実した夏になりそうだ。
◇
その後、トウカイテイオーやシンボリルドルフと対面したのだが。
「わー!?ゾン「失礼だろテイオー!」だってトレーナー!」
「ご、ゴメン高村トレーナー!気を悪くさせてしまって!」
トウカイテイオーは自分を指差してビックリしていた。ただ、彼女も失礼だと思ったのかすぐに謝ってきた。
「……ごめんなさい。失礼なこと言っちゃって」
「別にいいですよ。夏合宿の間、お世話になります、高村聖と「サクラバクシンオーですッ!」そして「キタサンブラックです!憧れのテイオーさんと一緒だ~!」「ドゥラメンテだ。皇帝や帝王とのトレーニング……学ばせてもらう」……です」
「シンボリルドルフだ。この出会いが素敵なものとなるように、お互い切磋琢磨していこう」
こんな感じの対面を済ませて、いざ夏合宿へ。
主人公的にはかなり嬉しいこの状況。