令和のジャックザリッパー   作:佐倉シキ

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徐福館殺人事件 下

 

 

 

ホテルのロビーは、落ち着いた雰囲気に包まれていた。高い天井には暖かなライトが灯り、その柔らかな光が白い床に反射している。そこには赤いコンパクトなソファとクラシックな木製のテーブルが並んでいる。

その西洋の雰囲気に、ところどころに置かれた中華風の装飾品が不思議な調和を生み出している。金色の刺繍が施されたクッションや、中国風の絵画が掛けられている。大理石の彫刻と隣り合うように置かれた、青と白の陶器の壺がロビー全体に異国情緒を醸し出していた。

 

(変な雰囲気に見えて、まとまってて、なんか独特なところだな)

 

コナンはスタッフを待つ蘭と小五郎の側に立ちながらロビーを見渡す。壁には列仙酒牌の徐福の絵のコピーが飾られていた。

 

(あやかってんなぁ)

 

思わず呆れてしまう。あやかるにしてもマニアックすぎるのだ。だからこの旅館はこんなに空いているのだろう。

 

「遅いわね」

「ああ、何やってんだか……」

 

ロビーの時計を見て、小五郎が不満そうな顔をする。「スマホをこんな近距離で見るくらい老眼のおっさんだ、ひょっとして忘れてすっぽかしてんじゃねーのか?」と、小五郎はスマホを顔面近くまで持って来てぼやいた。

 

その時中庭の扉が開き、ジャックが1人でロビーに入ってきた。灰原は中庭に残っているらしい。何でもないような顔をする彼を見て、コナンは思わずムッと顔を顰めた。

 

「スタッフはどちらに?」

「それが、他の人を呼びにいったきり戻ってこないんです」

 

ジャックの問いかけに蘭が答えた。

 

「アンタ宿泊者か?何日前からここに居る?」

「2日前からです」

「2日前なら、こういう男見なかったか?」

 

小五郎はジャックに一枚の写真を見せた。幸の薄そうな、細身の男だ。彼の名前は中道直樹。この館のオーナーだ。小五郎に依頼を出したのはこの男だが、なぜか昨日から戻っていないらしい。SNSで連絡は取れるのだが一向に姿を現さない。

 

「ああ、昨日の朝に見ましたよ。この館のオーナーだそうで」

「どんな様子だったか覚えてるか?」

「どんな……そうですね、落ち着きのない様子でした。扉を開けただけでびくりと大きく震え、人の顔をじっと見てため息をつく。端的に言って不審でしたよ」

「つー事は、狙われてるっていうのはマジだったのか」

「でも連絡は取れてるんでしょ?それならきっと大丈夫よ」

「そうは言ってもなぁ、その連絡が取れてる職員が戻ってこねえんだよ」

 

小五郎はうんざりした様子でタバコを吸い、スタッフルームの方に声をかけるが、返事はない。流石にそろそろ見に行くか、小五郎はそう判断してスタッフオンリーと書かれた扉を開けた。

 

ジャックはそれを見てコナンのそばに行き、尋ねる。

 

「何かあったのかね?」

「それが、10分待ってもスタッフが戻ってこねえんだ。すぐ戻るって言ったのによ」

 

コナンはことの経緯をジャックに説明した。

中道直樹からの護衛の依頼を受けて来たはいいが、当の本人は昨日から行方不明。そして連絡を受けているのはスタッフ2人のみで、そのスタッフの1人、片岡が資料を取りに行ったっきり戻らないのだと。

 

「護衛を頼んだのに姿を消したのか?」

「ああ、意味わかんねえだろ?電話越しで“殺される”って言ってたらしい」

 

丁度そのタイミングで蘭たちがスタッフルームから戻ってきた。どうやら誰もいなかったらしい。外へ続く扉が開いていた為、スタッフは外に行ったのだろうと判断し、小五郎が探しに行ったらしい。

コナンも気になったので走ってそちらに向かった。蘭がその背中を追いかけ、ジャックは少し悩み、見に行くことにした。

 

スタッフルームを抜けると、少し開けた場所に出た。潮の匂いが鼻につく。小五郎は舌打ちをして戻って来ているが、コナンはキョロキョロと辺りを見渡していた。そして何かを見つけると崖の方へと走り出す。

そして、「クソっ」と小さく声を出して崖の下を睨んだ。近くの木に隠されるように結ばれた紐を見て、ジャックは崖の下に何があるのかをおおよそ察した。

 

「危ないわよコナン君!」

 

と、蘭がコナンに駆け寄り、崖から引き離そうとする。だがその際、崖の下を見てしまったらしく大きな悲鳴を上げた。

小五郎はすぐにコナンの元へ行き、崖の下を確認する。そこには死体があった。首を吊る形でゆらゆらと揺れているのは、先ほど小五郎達の対応をした男だ。

 

「おいアンタ!手伝ってくれ!」

 

小五郎はジャックを呼び、2人で死体を引き上げた。すぐに脈を確認するが、やはり無い。たったの10分に満たない時間のうちに、1人の命が失われたのだ。

 

「じ、自殺…?」

「いや、他殺だろうな」

 

小五郎は死体のに腕ついた傷を見る。

 

「さっき会った時にこんな大きな擦り傷は無かったし、近くの草が踏み荒らされている。というか何でこの人濡れてるんだ?」

「それに吉川線がある。これは咄嗟に抵抗した後だよ。というか、体に結び付けられたこのもう一本の紐は一体……」

 

首吊りのロープがやけにボロボロに見えるし、気になるところが多い。

コナンが遺体を検分しているのをみて小五郎は顔を顰めると「またこのガキは!」とゲンコツをした。

 

「イッテェッ!!」

「ガキはすっこんでろ!おい蘭、警察に連絡を入れるんだ」

「分かった!」

 

蘭がロビーに戻ってくるのと入れ替わりに1人の男が姿を現した。何があったのかと息を切らしながら駆けつけて来たのはこの小さな旅館にいる3人の従業員のうち、最後の1人。森田徹だ。

 

「あの男が犯人だな」

「ああ」

 

コナンはゲンコツされた頭を摩りながらジャックの側に行き話しかけた。

 

「殺すなよ」

「君が謎を明らかにするのなら、ボクは何もしない」

 

この小さな旅館であれほど疲れる事は何もない。悲鳴が聞こえて走って来たにしても大袈裟だ。それに瞳孔が開いているし、力仕事をした後のように手が震えている。

見るからに細身だし、人1人縊り殺すのは中々の重労働だったはずだ。

 

「問題はどうやって殺したか、だ」

 

コナンは遺体の状況を思い出す。

まずは遺体に結ばれた紐だ。紐はホームセンターで買えるような普通の紐だった。首を吊るには少し細い紐だ。気になるのはその状況だ。

片方は木に括りつけられ、もう片方は遺体の首に掛かっていた。その結び方が妙だったのだ。首を吊ったと見せかけるにしては、少しおかしな結び方だった。

 

「なんか……2箇所に結び目がある感じの変わった結び方だ。どっかでみた事ある気がするんだよなぁ」

 

コナンは首を傾げる。

 

「それにしても、あの首の傷はなんだね?何度も首に強い衝撃を受けたような痕が残っているぞ」

「ああ。1度目は締め上げられた時の傷だとして、もう一度強い衝撃を受けた理由はなんだ」

「不必要な事は態々やらない。という事は、あの傷が出来た原因の何かは、この状況を作り出すために必要だったのだろう」

「その何かが分かればトリックも分かるんだよな」

 

三重の警察達がやって来て状況を調べている。証拠が消される前になんとか証拠を掴まねばなるまい。コナンはそう判断して辺りを探り始めた。

まず気になるのはスタッフルームの出入り口だ。その引き戸は一見してなんの異変もないように見える。だがよく見ると、何か粘着テープのようなものの痕があった。それも4箇所。

 

「名探偵、足元だ」

 

ジャックにそう言われ下を見ると、スマホが落ちていた。恐らくは殺された被害者のもの。

 

「あれ?雨も降ってないのに地面が濡れてる?」

 

地面の様子をじっと見ていたら、あるものを発見した。

近くに千切れたテープの破片のようなものが落ちていたのだ。指紋をつけないようにハンカチを使ってそれを拾う。

 

「粘着テープが4箇所、位置的には大人の肩よりだいぶ下の辺りか」

「ここに罠を仕掛けたのか」

「だがここにロープが仕掛けられていたら普通気付くだろ」

「気付かせない仕掛けがあったのだろうな」

 

コナンは上を見上げる。2階には窓がある。恐らくは客室の窓。あの窓から紐を使って括り上げたのだろうか?だがその考えはジャックに否定された。客室の窓は10センチほどしか開かないらしい。たったそれだけの隙間から腕を出し、成人男性1人を縊殺する事など不可能だ。

 

「となると、屋上か」

「屋上は鍵を閉められている。ボクたちでは入れないぞ」

「鍵くらいお前開けられんだろ」

「まあな」

 

コナンは先導して屋上へと向かった。彼らの懸念は杞憂だったようで屋上の鍵は開いていた。

 

「おや、今朝は閉まっていたのだが」

「俺らが出てったのをみて慌ててたから閉め忘れたんじゃねーの?」

 

扉を開ける。

旅館の屋上に足を踏み入れた。そこには飾り気のないシンプルな空間が広がっていた。周囲は高めのフェンスで囲まれており、安全性が確保されていることがわかる。

フェンス越しに見えるのは広大な海。青く輝く水面が太陽の光を反射し、キラキラとまばゆい光を放っている。遠くの水平線まで続く海の景色は圧巻で、思わず見とれてしまうほどだ。波の音が静かに耳に届く。こういう状況でなければ、眺めていても悪くなかっただろう。

下を見れば、旅館の奥にそびえ立つ崖が視界に入る。切り立った荒々しい岩壁だ。そして旅館の隣には、小さな森が存在している。

 

コナンは辺りを見渡し、証拠になりそうなものを探す。そして一つ発見した。

 

(何かを擦ったような痕だ)

 

フェンスの一部に何かが強い力で擦れたような痕が残っていた。そして丁度その下がスタッフルームの出入り口となっている。

 

(つまり、ここからあのスタッフを殺したということか?)

 

紐の罠を仕掛け、首に掛け、吊り上げた。

 

(それから、どうやってあの首吊りの状態に持っていったんだ?)

 

この旅館の出入り口は蘭達がいたロビーと、スタッフルーム。そして中庭の3つだ。スタッフルームに行くにはロビーを通らねばならず、そうすると必ず蘭達と遭遇することになる。なのでこの2つはあり得ない。そしてもう1つが中庭だが、こちらは灰原に目撃される事になるため、こちらも違う。

 

(つまり、この旅館から脱出する事なくあの状態に持っていったという事になる)

 

どうやって?

分からない。頭を悩ませているとジャックに呼ばれた。

 

「名探偵、あれが見えるか?」

 

ジャックは崖の下を指差していた。すぐに駆け寄り見ようとするが身長の関係で彼に見えているものが見えなかった。

 

(屈辱的だが抱えてもらうしかねぇのか……)

 

そう判断して頼もうとしたが、ジャックもそれを察したのか、頼むより先に抱え上げられた。そして見る。崖の下、岩に何か黒いシミのようなものが付いていた。眼鏡のズーム機能を作動してもっとよく見てみる。

 

「あれは……血か!」

「殺されたスタッフのものではないな。彼に出血の痕はなかった」

「となると誰の……まさかッ」

 

1人、行方不明になっている人物がいた。

小五郎に護衛を依頼して来た人物。この旅館のオーナーだ。

だが気になるのは連絡は取れているという事。コナンは拾った被害者のスマホを起動させる。だがやはり、パスワードを求められてしまった。

 

(そりゃそうだよな、今時パスワード設定しない人なんてそうそういねぇよな)

 

連絡内容を見ようとしたが、警察に任せる他ないようだと諦めようとした。その時、

 

「パスワードは255219だぞ」

「なんで知ってるんだよ」

 

コナンが言われた通りに打ち込むと、無事スマホのロックが解除された。SNSを調べると彼らとオーナーの会話を発見できた。

 

 

 

オーナー

【今週末の予約状況はどうなっていますか?】

片岡

【土曜日に3名様の予約が入りました。】

オーナー

【森田が出られないので、対応よろしくお願いします】

片岡

【了解です】

オーナー

【来週から外国人従業員を雇う予定です。その際は教育をお願いします】

 

 

 

 

 

オーナー

【クチコミで清掃に関するクレームが入りました。気をつけるようにしてください】

片岡

【承知しました。申し訳ありません】

 

 

 

 

オーナー:

【月次報告書、まだ届いていません。いつ出せますか?】

片岡

【申し訳ありません。今日中にはお送りいたします。】

オーナー

【重要なものなので、遅れないようにしてください】

 

 

 

オーナー

【桐崎様の御予約に変更がありました。一泊延長するそうです。】

片岡

【了解しました。】

 

 

 

片岡

【御予約の藤光様、小麦にアレルギーがあるようですが、メニューはどうしますか?】

オーナー

【了解しました。小麦のないメニューを考案します。他に特別な要望があれば教えてください。】

片岡

【了解です。】

 

 

 

片岡

【備品の予備がなくなりました。洗剤と漂白剤の購入をお願いします。】

オーナー

【了解しました。他に必要なものがあれば教えてください。】

 

 

 

 

「不自然なところは、ないようにも見えるが」

 

何か引っ掛かるなとコナンは頭を悩ませる。

 

「句点ではないか?」

「ああ、そうか!」

 

最初は会話の終わりに句点をつけていなかったオーナーが、ある時から会話の最後に句点をつけるようになっている。その日付はオーナーが行方不明になった昨日の朝からだ。つまり昨日の朝を最後に入れ替わっていると考えられる。

 

「ところで、この昨日の朝の“桐崎”ってまさか……」

「ボクだが」

「名前適当すぎるだろ、切り裂きジャック」

 

コナンは呆れたようにその顔を見ながら思考を巡らせる。

 

「このオーナーは恐らく偽物だ。多分オーナーは昨日のうちに殺されてる」

「あの崖のシミはオーナーのものか」

「恐らくは今回殺された片岡さんも、本当は崖の下に落とすつもりだったんだ」

 

コナンは傷跡の残るフェンスから、死体が置かれた崖の辺りを見る。

 

「ここから引っ張り上げたとして、どうやってあそこまで」

「犯人は一度下に降りたのではないか」

「は?そしたらどうやってここに戻る……いや、そうか!だから片岡さんの首に妙な傷が残っていたのか!」

 

真実に辿り着いたコナンは即座に下の方へと駆けて行った。現場では丁度小五郎が己の推理を披露しようとしていたところだった。小五郎の推理はいつもへっぽこなため、コナンは嫌な予感に思わず「げっ」と声を出した。

三重県警の刑事が情報を整理する。

 

「つまり、状況はこうですね。

毛利さん達4人はここのオーナー、中道直樹さんからの依頼でこの旅館に来ていた。ですがそのオーナーは昨日から帰っておらず、SNSでしか連絡が取れない。

スタッフの片岡さんに事情を説明したところ、片岡さんは資料を取りに行くと言い、席を外す。だけど10分経っても片岡さんが戻らず、不審に思って探しに行ったところ……」

「死体を発見したというわけです」

 

殺害時刻は目を離したほんの10分の間だ。死因は気管が強く圧迫された事による窒息だ。

 

「つまり殺す事ができたのはその10分の間にアリバイがなかった人物ですね」

「ええ、職員の森田さんは2階にいたので無理です。2階の窓は10センチほどしか開かない為、大人がそこから何かを行う事は不可能。他のお客さんは確認したところ、出かけていてこの旅館にはいませんでした。

そしてここの出入り口は3つ、そのうち2つは私達の前を通らねばならない為使用不可能。残る一つは中庭にある出入り口のみ、つまり……」

 

(おいおいまさか……)

 

コナンは先の展開が見えて、苦笑いを浮かべた。小五郎はビシッと指を刺した。その相手はコナンの予想通りの人物だった。

 

「犯人はアンタだ!えぇっと、名前なんて言ったっけ?」

「桐崎」

「桐崎さん!犯人はアンタだッ!」

 

(マジかよおっちゃん……)

 

よりにもよって彼が犯人だと指名したのはジャックだった。

 

「中庭にいたアンタだけが彼を殺す事が出来たんだよ。そんで殺した後、首吊りに見せかけるように崖から吊るし、何食わぬ顔をしてまた中庭から戻って来たんだ!」

「無理よ」

 

と、そのタイミングで灰原がやって来た。彼女はジャックが読んでいた本を小脇に抱えている。

 

「だってわたし、ずっと中庭にいたもの。その人が生きていた頃からね。中庭から出入りする人物がいたら、わたしが見ているわ」

「え、そーなの?」

「そう。だから彼には無理」

「んだよ、そうならそうと早く言えっての」

 

小五郎は頭を掻きながら視線を彷徨わせる。

 

「そうなると、全員犯行は不可能という事になりますね」

 

県警の男はそういうと、「では後日詳しく聴取をするという事で」と、皆を解散させようとした。

 

(まずい、解散されたら証拠が消えちまう)

 

あの血痕だって、雨が降ったら無くなってしまう。

 

(悪いなおっちゃん、また眠ってくれ)

 

コナンがいつものように麻酔銃を構えようとした時だ。その手は空振った。腕にあるはずのものが、ない。

 

(やっべぇそうだった!盗られたままだ!)

 

腕時計型麻酔銃はジャックに取られたままだ。つまり小五郎を眠らせられない。コナンは焦る。このままだと犯人に逃げられてしまう。逃げられた場合、後でジャックに殺される。それだけは阻止しなくてはならない。焦って焦って考えて、結果として……

 

「まあ待ちたまえ。犯人をみすみす解放してやる必要はないと思うぞ」

 

ジャックの声を使った。

ジャックはギョッとしてコナンを見る。彼はマスクをつけていて口元が隠れている。故に、コナンが利用するにはこの中で最も適していたのだ。ジャックの後ろに隠れ、推理を続ける。

 

「なんだアンタ、まさか犯人が分かったとでもいうつもりかよ」

「ああ、その通りだ」

「じゃあ言ってみろ、誰が犯人なんだよ。この中に犯行が可能だった人物はいねえだろ」

「いるさ」

 

ジャックは仕方なしにコナンのセリフに合わせ、犯人の男を指差した。

 

「犯人は貴方だ、森田徹」

「え!?俺!?」

「しかしだな、君ねぇ」

 

県警の男がジャックを嗜める。

2階からどうやって殺したというのか、説明を求められる。片岡を殺して、崖から吊りさげ、誰にも見られる事なくどうやって旅館の中に戻ったというのか。

 

「簡単な事さ。一度外に出て、殺して、中に戻ったんだ」

「だからそれをどうやったのかって聞いてんだよ」

「まず、森田さんがいた場所だがね、彼は2階にはいなかったんだ。彼が実際にいた場所は屋上さ」

「屋上ぅ?」

「屋上からロープを垂らし、スタッフルームの扉に仕掛けたんだ。そこの粘着テープの跡を見てくれ。4箇所に跡が残っているだろう。大きな輪っかのような形状にして仕掛け、獣の括り罠のようにして吊り上げたんだ」

「でもよぉ、そんな紐あったら普通気がつくだろ」

「上を向かせれば良い。首を括るには細い紐だし、上を見ていれば視界には入らない。水をかけるなり声をかけるなりして気を逸らして仕舞えば簡単だ。粘着テープの仕掛けられていたであろう位置が低めなのは、なるべく気が付かれにくくするためだと思うぞ。

片岡さんは老眼で、スマホをかなり近距離で見ていた。スマホを触っていた片岡さんがスタッフルームの扉を開けると同時に水をかける。そうすれば彼の視界にロープが入らないという状況を作り出す事は可能だろう。

実際、彼のスマホには森田さんから外に出てくれと長文の連絡が入っていたし、スタッフルームの扉付近と彼の頭髪は濡れていた」

「で、でも、そんなデカい輪ならいくらでも脱出できるだろ?というかゆるゆるすぎて引っ張っても括れないんじゃ」

「簡単な事さ、その遺体の首を見たまえ」

 

皆、亡くなった片岡の首を見る。

その首の、ロープの形状だ。

 

「そういや、なんか変わった結び方だな」

「それはラリアットループという結び方だ。カウボーイが使う投げ縄結びの事だ」

 

ジャックはロープを拾い、その紐を結び出す。

 

「ロープを裏から下に通し、末端を前から通して右に出す。そのまま右の輪に末端を折り返し通し、上に輪を作る。その輪を残して引き締める。そして長い方の紐を前から輪に通せば完成だ」

「あ!カウボーイが使う紐の形だ」

 

ジャックはその紐をカウボーイのように振り回し、小五郎の首に掛けた。

 

「なんで俺?」

 

と、惚けた顔をする小五郎を無視してジャックはその紐を引っ張った。すると輪っかは一気に縮む。

 

「これなら逃げられまい。この紐を使って、屋上から片岡さんを殺したんだ」

「それは分かったが、じゃあその後死体をどうやって崖から落として、中に戻ったんだ?」

「死体の重さを利用したんだよ。

まず森田さんは自分の腕にロープを結び、そのロープをフェンスに通す、そして反対側を死体に結びつけた。その後、ロープを使って屋上から降りて、続いてゆっくり死体を降ろす。

そしてその死体を崖のそばのぎりぎりに置く。首吊りに見せかけたのは落ちる距離を調整する為だな。死体が崖下まで落ちてしまうと、下手をしたら自分まで死んでしまうからだ。

そして旅館の近くまで戻る。死体が崖から落ちたら、その重さによって逆に森田さんは屋上まで上がれる。

簡単な滑車のシステムさ。分かったかね?」

 

その証拠が、死体の体に結び付けられたもう一本の謎の紐だ。

 

「本来なら、死体は崖下に落ちる仕組みだったんだろうな。首吊りのロープがボロボロに見えたのは時間差で千切れるように加工されていたからだろう。崖に残っていた血痕は、恐らく同じやり方で昨日のうちに殺されたオーナーのものだろう」

 

ジャックの解説を聞き、県警の男が崖の下を見る。そこにある血痕を見つけ、すぐに調べるよう指示を出した。

 

「同じやり方で2人目を殺そうと思ったが、体重の差の影響か死体が落ちなかった。落ちるより先に発見されてしまった。そうだろう?

海流の影響かここから落ちた死体は発見されにくい。自殺の名所としてもネットに記載される場所だからね」

「証拠はあるのかよ!?ペラペラ偉そうに言いやがって!それにオーナーだって死んでない!返事が来てるじゃないか!!」

「腕を見せてみたまえ、滑車の仕組みを使ったのなら紐の跡があるはずだ。それと片岡さんの死体の腕にあった擦り傷だが、あれは恐らく吊り上げられた時にこの旅館の外壁に擦ったのだろう。外壁を調べれば片岡さんの皮膚や血が見つかるかもな。

それとオーナーの件はAIを使ったのだろう?専門家が調べればすぐに分かるぞ」

「……ッ!?」

「オーナーの死体は見つからないだろうな。酷い事をするものだ」

「酷い?酷いだと!?ふざけんな!最低なのはこいつらだ!」

 

森田は急に興奮した様子で騒ぎ出す。

 

「こいつら、不死の妙薬がどうのって訳分からん水を高値で売っぱらってたんだよ。姉貴はそれを信じて、癌の治療をやめて!その水ばっか飲まされてた!借金してまでだ!

そんな水が効く訳ないし、姉貴は普通に癌で死んだ!許せなかったんだよ!ありえない伝説にあやかって、金儲けをしてるコイツらが!」

「それが動機か」

 

泣き崩れた男は連行されていった。ジャックは呆れたようにため息をついて眉間を揉むと、その背を見送った。これにて、この事件は一件落着だ。

 

(それにしても、不死の妙薬ねぇ)

 

コナンは胡散臭いなあと考えた。己が若返りを経験しておいて何を言っているのかと思うかもしれないが、流石に不老不死を信じる気にはなれなかった。

 

(そういや、人魚伝説なんてのもあったっけ。人魚の肉を食べた八百比丘尼)

 

あの時、あの島を尋ねた者の名前の中に宮野志保もあった。

 

(そんで今度は徐福の伝説。コイツが興味があったのって、マジで不老不死なのか)

 

コナンはチラリと灰原を見る。

そして、灰原の持つ本を目に留める。

 

「それ、アイツが読んでたやつか?」

「ええ、貰ったの」

「貰ったぁ?くずし字だし、江戸の頃のものか?んなもんの何が面白いんだよ」

「面白いかどうかはまだ分からないわ。色んなことが書いてあるから」

「それが欲しくてついて来たのかよ?」

「まさか。これは棚から牡丹餅、偶然よ。むしろわたしが知りたかったことより、よっぽど有用かもしれない」

「ふーん」

 

灰原はジャックに己がシェリーであるとバレたことを伝えるかどうか迷って、やめた。

 

(彼が組織のことを知っていると知ったら、今よりずっと無茶しそうだし)

 

やや猪突猛進なところがあるのがコナンだ。ジャックから組織の情報を手に入れようとして躍起になるかもしれない。

 

(人殺ししか殺さないとはいえ、彼が殺人犯である事に変わりはない。信用も信頼も、するべきじゃない)

 

「あれ?アイツどこ行った?」

 

ふと、辺りを見たコナンはジャックがいなくなっている事に気がついた。「とっくに帰ったみたいよ」と灰原が声を掛けると、コナンはまた悔しそうな声を出した。

灰原はそんな彼の背中を、じっと見ていたのだった。

 

 

 

 

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