令和のジャックザリッパー   作:佐倉シキ

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猫好き館の殺人事件 下

 

 

 

 

女は地面に倒れていた。

長い黒髪が無造作に広がり、その端は微かに風に揺れている。髪の間から覗く顔は、恐怖に慄いたように目を見開いたままだ。ガラスのように硬直した瞳は何も捉えることなく虚空を見つめ、その瞳孔は開いている。

 

コナンと服部は慌てて部屋を飛び出し、階段を駆け降りる。リビングには晃がいた。彼は飛び出していくコナン達に驚いて声をかけるも、それどころじゃないコナン達は「高梨さんが3階から落ちた!」とだけ叫ぶと晃を置き去りにして走り去った。

 

玄関を出て、高梨の元へと向かい、その脈を測る。

 

「アカン、亡くなってるわ」

 

服部は神妙な顔をして帽子を被り直す。やがて他の面々も集まってきて、騒めきが広がる。小五郎の指示で蘭はすぐさま警察に通報した。

 

「飛び降り自殺か?何でまた、こんなタイミングに……」

「まさか、彼女が父を殺した犯人なのか?探偵さん達に真実が暴かれそうになって、追い詰められて飛び降りたとか……」

「いや、それは違うよ」

 

晃の言葉をコナンが否定する。

 

「だって不自然だもん、まずこの血の出方だけどね」

 

死体に近づきそう説明しようとするコナンの頭を小五郎が強く叩いた。「イッテェ!!」とコナンは涙目になり大声を上げる。

 

「またこのガキは!死体に勝手に触るんじゃねぇ!というか、ガキはすっ込んでろ!」

「ちぇ〜」

 

いつもの如く叱られ、コナンはすごすごと退散する。

 

「この高さから飛び降り、打ちつけたのは後頭部。それやのに顔から血が流れてるんは変やんな」

「ああ。今見たけど傷は二つあった。多分致命傷なのは前頭部の傷だ」

「撲殺して、それを誤魔化す為に突き落としたっちゅう訳か」

「だが上手くいかなかったらしい。前頭部から落ちれば良かったんだろうが、実際は後頭部から落ちてしまった」

「慌てとったんやろな。衝動的にやってもうたのか」

「つまり、上にはまだ何か証拠が残ってるかもしれねぇ」

 

2人はすぐさま3階の部屋に向かう。しかしそこもまた鍵がかかっていて入る事ができなかった。

 

「アカン、ここも密室や。密室にハマっとるんか犯人は」

「言ってる場合かよ」

 

服部がガチャガチャとやっていると扉の隙間から猫が出てきた。応接間に入ってきたのと同じ猫だ。確か名前はマロンだったか。

 

「おう猫、中から鍵開けてくれや。頼むわホンマに」

「犬じゃねえんだから、芸は覚えねぇだろ」

「あれ?平次やん。何しとるんこんな所で」

「あ?和葉やんけ。お前こそ何しとんねん」

 

ガチャガチャと扉を開けようとしたかと思えば小さな猫を拝み始める。そんな明らかに不自然な様子の服部を見て怪訝な表情を浮かべた和葉が話しかけてきたのだ。

 

「お手洗いに行ってたんやけど、屋敷が広ぉて帰り道が分からんくなってん。ほしたらご機嫌そうな猫を見かけて、何となくついて歩いとった。その子、マロンちゃん。人懐っこい子だって言うてたし、みんなのところに戻らんかなって。結果森さんのところにたどり着いたわ」

「アホかお前は。アホやお前は」

「アホアホ言ぃなや」

 

和葉は不満げな様子で頬を膨らませる。だが実際アホな事をしていたと自覚があったのか、やや顔を赤らめていた。

 

「まあ丁度ええわ。ちょっと誰からでもええからこの部屋の鍵借りてきてくれへんか?」

「ええけど何で?」

「高梨さんがこの部屋から落ちて亡くなってん。この部屋を捜査したいからな」

「高梨さんがッ!?」

 

和葉は酷く驚いた様子だが「すぐ持ってくるわ!待ってて!」と言うと駆け出していった。そして数分もしないうちに森を引き連れて戻ってきた。森の顔は青褪め、吐き気を堪えるように口元に手をやっていた。

森はすぐに鍵を開けようとするが、手が震えている様子でうまくできなかった。見かねた服部が変わって鍵を開ける。

 

その部屋は、一見すると何の変哲もないように見えた。壁は薄暗いクリーム色で、ところどころに時間の経過を感じさせる汚れが見える。部屋の中央には、古びたソファが置かれており、クッションが少しだけ傾いている。床にはくすんだ色合いのカーペットが敷かれているが、よく見ると少し乱れている。まるで誰かが急いで立ち去ったかのように、カーペットの端がわずかに捲れ上がっていた。部屋の隅には、無造作に置かれた雑誌や新聞が積まれており、その横には小さなテーブルがある。そのテーブルの上がなにやら少し汚れていた。

 

「ん?この粉は何や」

「これ、煙草の灰だな」

「灰だけ散らばってて灰皿がないっちゅう事は、凶器は灰皿か」

「恐らくな。灰皿で撲殺した後、この窓から落としたんだ。灰皿は咄嗟にどこかに隠したんだろう」

「血痕はなるべく拭ったけど、この灰は見逃してもうたんやな」

 

犯人は慌てて血痕を拭き取ったようだが、やはり完璧ではない。所々に血痕が残されていた。状況から考えてやはり衝動的な殺人事件のようだ。

 

2人は窓へと目を向ける。

窓から差し込む薄明かりが、部屋全体に淡い光をもたらし、重苦しい雰囲気を少しだけ和らげている。その静寂の中で、煙草の残り香がかすかに漂っていた。

 

「なぁ工藤。誰が犯人かはもう目星ついとるよな?」

「ああ。恐らく賢治さんの時と同一犯だ」

「密室に使うたトリックもおんなじやしな」

「後は決定的な証拠が必要だ」

 

コナンは扉の下の隙間をじっと見るが、そう都合よく糸の切れ端は残っていなかった。この部屋の鍵は扉から離れた所の床の上に落ちていたが、賢治が殺された部屋と同じくカーペットが敷かれている為、滑り込ませるのは無理だ。あそこまで投げ込むには隙間が狭すぎる。

 

「晃さんは車椅子やから3階にはそうそう来れへんし、機敏に動ける高梨さんを殺すのは無理やろ。美祐さんはずっと一緒におった。2人は白やろな」

「晃さんが犯人なら父親の事件を解明してくれって依頼して来るはずもねぇしな」

「そうなると怪しいのは使用人の2人やけど」

「森さん達はどこで何をしてたの?」

 

コナンの問いかけに森は少し驚いた様子で答える。

 

「私は猫の世話をしていたわ。3階にも沢山いるしね。山下さんは洗濯をしていたはずよ」

「高梨さんは?」

「部屋の掃除よ」

「ここ休憩室やろ?タバコの灰も新しそうやし、高梨さんは見た目によらず仕事サボるタイプなんか?」

「ええ、残念だけど。彼女はうまく仕事をサボるのよ。今日もここで一服してたんだと思うわ」

「誰とも会わなかった?」

「ええ、それぞれの仕事に集中していたから」

「そうなんだ。ありがとう!」

 

コナンは森に礼を言い、彼女のそばを離れる。そして2人はその足で洗濯機のある部屋へと向かった。洗濯機はごおごおと音を立てて回っており、残り時間は22分を示していた。ネットカタログを調べてみると、この洗濯機が洗濯を完了するまでにかかる時間は40分。つまり洗濯が始まってから18分が経過している。

 

「高梨さんが落ちたのは丁度15、6分前か」

「落とした後に慌てて洗濯機を回して、あたかも自分はずっとここにいたと思わせる事はまあ可能と言えば可能だな」

「落とした事が死因ならな。実際のあの人の死因は前頭部を強くどつかれた事。多分彼女が落ちる少し前に聞こえた鈍い音の方が死んだタイミングや」

「2、3分前だったか?」

「ああ。そうなると、やっぱり山下さんには無理ってことになるわな」

「ただ洗濯機の時間だけじゃ証拠としては足りねぇだろう」

「そこやねんな」

 

計画した殺人ではなく、衝動的な殺人。まずは凶器である灰皿を探したいところだが、隠したのは自分達より遥かにこの屋敷の事を熟知している犯人だ。見つけるのは至難の業だろう。だが早く見つけないと証拠を隠滅されてしまうかもしれない。

故にこそ考える。慌てていた彼女なら、いったいどこに灰皿を隠すのか。

服部は洗濯機を止めて中のものを全て引っ張り出した。山下に犯行を押し付けるのであればここに入れるかもと考えたのだが、その考えは外れだった。残念ながらこの中に灰皿はない。

 

となると考えられるのは事件現場の休憩室から、死体の元に辿り着くまでの道のりの途中。2人はその道筋を辿りながら、ある場所の前で足を止めた。

 

「なるほど、ここやな」

「ああ。誰もが何となくここにはないだろうと思っちまう場所で、且つあの人が居てもおかしくない場所だ」

 

コナンはその場所を調べて、目的のものを発見し強気に笑う。

 

「ほんなら、早速始めようやないかい」

「ああ」

 

服部は先ほどの部屋に戻り、和葉に他の皆を集めて来るように頼んだ。運の良い事に小五郎が一番最初にやってきたのでコナンは即座に麻酔針を打ち込み、眠らせる。そしてそれから数分と経たないうちに皆がこの部屋に集まった。

 

「あれ?お父さん、ひょっとして」

 

いつものように“眠りの小五郎”と呼ばれる姿勢に入っている父の姿を見て、蘭が声をかけた。それに対してコナンは小五郎の声を使い、「ああ、分かったんだよ。今回の事件、そして家主の賢治さんを殺した事件の犯人がな」と声を出す。

 

「本当ですか!?」

「高梨さんは自殺じゃないんですか?てっきり3階から飛び降りて、頭を打って死んでしまったのかと」

「じゃあ、高梨さんが賢治さん殺しの犯人で、追い詰められて自殺したって言うのも勘違い?」

「ええ、そうです。高梨さんの件は殺人で間違い無いでしょう。致命傷となったのは前頭部にある傷です」

 

小五郎の説明に合わせて、服部はおでこの左上を指差し「ここや、ここ」と皆に説明した。

 

「高梨さんは殴り殺されたんや。揉めて落とされたにしても喧嘩の声も悲鳴の一つも聞こえへんかってことは多分、不意打ちの一撃で仕留められたんやろうな。そんで自殺に偽装する為に3階の窓から落とされたんや」

「死因となった前頭部の傷を、地面に叩きつけられた際に出来る傷で上書き出来たら良かったんだろうが、そう上手くは行かなかった」

「高梨さんは後頭部から打ち付けられたんや。そのせいで飛び降り自殺のはずやのに頭に傷が2つある不自然な死体が出来上がってしもた」

「花壇に打ち付けられたとか、途中でどこかにぶつかったとか、そう言う状況ならば傷が2つあってもおかしくは無い。ただ、あの場所にそんなものはなかった」

「つまり、2つの傷のうち1つ。打ち付けられた後頭部やのうて、前頭部の傷。これは犯人につけられた傷っちゅうこっちゃ。ほんで状況から考えて致命傷はこっち。要するに他殺っちゅうことやな」

「そんな……」

 

状況の深刻さに皆の表情が思わず曇る。

では誰が、どうやったと言うのか。あの部屋は賢治の時と同じく密室の状況となっていた。皆がその事について疑問を呈する。

 

「密室のトリックは非常に簡単なものですよ」

「簡単?」

「ああ、つこたトリックはこうや。“鍵を外から閉めた後、鍵を持って部屋の中に入ってもろうて、置いてきてもろた”。これだけや」

「服部君、何言ってるの?だって外から鍵閉めちゃったら中には入れないじゃない」

「そりゃオレらには入れへんけど入れるやつがいたやろ?みんなも見たはずや」

「入れるやつって……まさか……」

「この子だよ!」

 

コナンは小柄な白い猫、マロンを掲げて皆に見せた。服部が説明している隙に廊下を歩いていた所を捕まえてきたのだ。応接間に入り込んできたのを思い出したのか蘭が大きく目を見開く。

コナンはマロンを抱えたまま外に出て、外から扉に鍵を閉める。そして「見ててね」と言い、扉の隙間の前にマロンを下ろした。するとマロンは扉の隙間からするすると部屋の中に入っていく。

 

「あれ?首輪に何かついてる?」

 

蘭はふと、マロンの首輪に何かが引っ掛かっている事に気がついた。

 

「これ、鍵やん!?この部屋の鍵か!?」

「せや、猫を使ったトリックっちゅう事や」

 

糸を首輪に通し、さらに鍵の穴に通す。鍵を首輪に引っ掛けてから糸の両端を持ち、マロンを隙間から中に入れる。そして隙間からマロンがある程度奥まで歩いたのを確認して片方の糸を手放し、素早く糸を回収する。すると鍵はその場に落下し、密室が完成すると言うわけだ。後は猫が自分で部屋から出て来るのを待てばいい。

ただ今回そこまで待つ必要はないので、コナンは鍵を落として糸を回収してから、すぐに服部に鍵を開けてもらって部屋の中へと戻った。

 

「高梨さんと賢治さんの密室トリックはこれやろな。賢治さんの書斎の扉の下には糸切れがあったし、今回の事件もオレらが休憩室にたどり着いた時、中からこの猫が出てきたのを見とる」

「そして、このトリックが使えた人はこの中に1人しかいませんよね」

 

服部はマロンを抱え上げると、山下に差し出す。

 

「抱いてみ」

「え、でも……」

 

山下は戸惑うが言われた通りにマロンを抱っこしようとする。しかし残念な事にマロンは即座に大きく暴れ、その腕の中を飛び出してしまった。そしてその足でそのまま森の元に行き、彼女の足元に纏わりつくと甘えた声を出す。しかし森はその光景を見て、顔を青褪めさせていた。

 

「ご覧の通り、この子は山下さんには懐いていません。先ほどのトリックを使う事は無理でしょう。そして晃さん、お尋ねしますがこの子以外に扉の隙間を通り抜けられる猫はいますか?」

「いえ、この子だけです」

「そうですか。やはりこのトリックを使えたのは貴女だけのようですね。森舞さん!」

 

「も、森さんが……」「そんな」と蘭と和葉が顔を合わせて嘆くような声を出す。

車椅子の晃には無理、美祐は蘭達と共にいた、そして山下はご覧の通りマロンとまともに触れ合えない。となるとやはり猫を使った密室トリックを行う事が出来たのは森だけなのだ。

 

「高梨さんを殺害した凶器はこの部屋にあった灰皿です。彼女はこの部屋で一服しながら仕事をサボっていた。そこを後ろから灰皿を使い殴り殺したのでしょう。タバコを吸っていたからこそ、灰皿には灰が残っていた。それを凶器として振り回したから、テーブルの上に灰が残っていた」

「タバコの灰がなければ、この部屋に灰皿があったかもなんて思い至らのうて、凶器探しが難航する所やったで」

「わ、私がやったって言う……証拠でもあるの……?」

「それこそ灰皿や。衝動的に殺してもうたんや、指紋は残っとるやろ。後で隙を見て洗うつもりやったアンタはとある所に隠したんや」

 

服部は皆を引き連れ部屋を出ていく。そして事件現場となった部屋から、一階へと続く階段がある道のそばにそれはあった。

 

「この、キャットタワーの中や」

 

キャットタワーの上、ベッドのようになっている所に2匹の猫が乗っていて、こちらを見ていた。

 

「すまんけど、ちょっと退いてや〜」

 

服部は軽い調子で2匹を退かすと、そのクッションを退かす。すると確かにそこには灰皿があった。軽く洗われたようで僅かに湿っている灰皿だ。

 

「ちょっと洗ったくらいじゃ警察の捜査からは逃れられんで。どや、なんか言い訳はあるか?」

 

服部が尋ねるも、森は青褪めた顔で何も話さない。

 

「君が、父を殺したのか……?」

「どうして!?どうして2人を殺したのよ!?」

「何を言っても、言い訳になってしまう……けど、そうね。そうよ。私が2人を殺したの」

 

森はついに自白した。そのタイミングでサイレンが近づいてきた。警察がやってきたのだ。森は現れた警察官に「私が殺したの」と自首をした。

 

「動機はなんや」

「復讐、と言うと少し違うわね。結局、私の早とちりだった訳だし」

 

手錠をかけられた森が静かに話し出す。

 

「私ね、昔……大人の男の人に乱暴された事があるの。それで怖くて学校にも行けなくなってずっと引きこもってた。でも大人になって働かなきゃってなった時に賢治さんがここで働いたらどうだって紹介してくれたんだ。私の母親はずっとここで猫のお世話をしていたし、それを引き継いでみたらどうだってね。アニマルセラピーなんてものもあるし。

時が経つにつれだんだんと慣れてきて、他の男の人とも普通に話せるようになってきたの。

1ヶ月前の事だったわ。夜、近くの道を歩いていたら衣装が大きくはだけだ高梨さんが泣きじゃくっていたのよ。どうしたのかって聞いたら、賢治さんに無理やり乱暴されたって泣いてた。

私、血の気が引いたわ。それと同時に自分でも驚く位の怒りが湧いてきたの。私がどれだけ辛い思いをしたかを知ってるくせに、何で友達にそんな事をするんだって。

それで……そのまま屋敷に戻って、賢治さんを殺したの……。

強姦は魂の殺人。誇りも名誉も傷つけられて、その傷は一生治らない。高梨さんは賢治さんに殺されたんだって。だからジャックザリッパーの手紙も残した。最低な人間だってみんなに伝わって欲しくてね」

「そんな事が……」

「そんなはず無い!!だって父は」

「ええそうよ!!全部高梨さんの嘘だったの!!!」

 

森は涙を浮かべて大声で叫ぶ。その声に驚いて猫達が走り去っていった。

 

「高梨さんの、嘘……?」

「さっき休憩室の扉が開いていたから、ああまたサボってるんだなって思って覗いてみたら彼女、誰かと電話をしていたの。なんて言ってたと思う?

彼女、笑いながらこう言っていたわ。

 

“嘘の罪をでっち上げて慰謝料貰おうと思ってたのにあのジジイ殺されたわウケる。しかもなんか名探偵とか来ててマジでダリぃんだけど、適当な事言わなきゃ良かったわ”

“いやマジでヤられた訳ないじゃん?あれホストに振られて号泣した後だっただけ、同業の女がマジで信じちゃっててウケたわ”

“てか死んだから慰謝料手に入らないし、ブランド物のバッグ買えなくなったのマジで萎えるわ”

 

私がその時どう思ったか、分かる?」

 

一息で言い切った森は大きく息を吐いた。そして「もう全部全部ぐちゃぐちゃだったわよ。頭の中もしっちゃかめっちゃか」と自嘲するように笑った。

 

「気がついたら灰皿で殴りつけていたわ。どうしようもない女よね。とりあえず思考がまとまるまでの時間が欲しかったから血を拭って灰皿を隠して、高梨さんを窓から捨てたの。少しでも時間が稼げたらいいなって。鍵を閉めて出たら丁度マロンがいたから、賢治さんの時と同じ方法で密室を作った。これがこの事件の真相よ」

 

誰もがかける言葉を探して黙り込んでしまっていた。そんな中、森だけが話し続ける。

 

「謝っても許されない、最低なことをしてしまったわ。それでも言わせて、本当にごめんなさい。罪はちゃんと、償います」

 

森はそれだけ言うとパトカーへと乗り込んでいった。最後、振り向いた時に何故か彼女はこちらの方を向いて「ありがとう」と言っていた。その言葉に妙な引っ掛かりを覚えながらも見送る。

 

「大丈夫かな?」

 

と、コナンは言った。

 

「大丈夫やろ。流石にパトカーで自殺なんかできへんし」

「そうじゃなくて、いやそれもあるけどジャックだよ。今回影も形もないから不気味でな」

「いつでも居るとは限らんやろ。今回はおらんかったのと違うか?」

「そうだといいけど」

 

暫し、沈黙が場を支配する。だがずっとその状況を続ける訳にも行かない。大欠伸をした小五郎が入ってきたタイミングで小山内兄妹が仕事の達成に礼を言うと同時に報酬を渡す。小五郎は何が何やら分かっていない様子だがとりあえず領収書にサインをしていた。

そしてそのまま屋敷を出て、ぼんやりと道を歩いた。なんとも後味の悪い事件となってしまったのだ。15分ほど無言で歩き、バス停が近づいてきた時だった。ピコンと誰かのスマホが軽快な音を立てたのだ。

 

「お前ホンマ空気読まんのな」

「やかましわ。ん、彩乃や」

「友達?」

「うん」

 

和葉はそのメッセージを読むと「アタシちょっと行ってくるわ!」と言い、スマホをカバンにしまう。

 

「どこ行くねん」

「彩乃スイパラの2人分のタダ券当たったらしいんやけど、一緒に行く予定やった友達が熱出してキャンセルになったらしい。だから代わりに今からきぃひんかって誘われたんや」

「お前よぉスイーツなんか食えるのぉ。死体見た後に」

「嫌な事があったからこそええ思い出で上書きしたいねんて。あんま食べられへんかもやけど、憂鬱なまま寝たら明日の部活に響くしな」

「そうかいそうかい、はよ行ってやんな」

「うん、蘭ちゃん達もごめんな!急に抜け出す事になってしもて」

「良いよ良いよ、行ってあげな!」

「ありがとう!蘭ちゃんもなんや美味しい物でも食べて元気出してぇな!」

「うん。ありがとう、じゃあまたね和葉ちゃん!」

「また!」

 

和葉は大きく手を振るとバタバタと走り去っていった。「忙しない奴やで」と服部が呆れたように言ったところで今度は彼のスマホが着信を知らせていた。

 

「お前も空気読めねぇのな」

「やかましわ」

 

服部はコナンの頭を小突くとその電話に出た。どうやら相手は大滝警部のようだ。最初の方は軽く相槌を打っていただけだが、服部は突如「なんやて!?」と大声を出した。そしてスマホを耳から離して暫し呆然とする。

 

「おい、どうしたんだよ」

 

コナンはその様子に驚き声をかける。

 

「死んだらしい」

「……?」

「森さん、パトカーの中で血ィ吐いて死んだって」

「嘘、だろ」

「嘘やないわ。遅効性の毒物で、少なくとも高梨さんを殺してから数分後にはもう服用しとったと考えられるらしいで。あの人、罪を償うって……最初から死んで償うつもりやったんか」

 

2人が思わず黙り込み、この事実を伝えるべきか先を歩く蘭達の背中を見つめていた時だった。

 

「あれ?平次やん?今日の用事もう終わったんか?」

 

先ほど別れたはずの少女の声だった。

 

「は?なんや忘れ物か和葉?」

「何が?」

 

キョトンとした顔でこちらを見ているのは服部の幼馴染の和葉だった。コナンは嫌な予感に血の気が引いた。そして恐る恐る尋ねる。

 

「和葉、姉ちゃん……今日は何してたの?」

「何って、さっきまで友達の彩乃って子とスイパラ行っとったよ。タダ券当たったから。でも途中でスマホ失くしてしもた事に気がついてん。今来た道探して歩いとった所」

 

それを聞いた瞬間、コナンは反射的に走り出した。そして先ほど走り去っていった“和葉”の姿を探す。服部も即座に状況を理解し付いてきて一緒に暫く探して走り回ったが、残念ながら見つける事は出来なかった。

 

「クソッ!!」

「嘘やろ、全然気が付かんかったぞ……」

 

コナンは悪態をつき、服部は冷や汗を垂らす。そんな2人に和葉が追いついてきてご機嫌な様子で「今日のアタシ、ツイてるわ〜」と笑っていた。

 

「お前今出てくんなや!全部怪しく見えんねん!お前本物か!?」

「何を意味わからん事言うてんねん!何!?」

「さっきまで和葉姉ちゃんの、って、あれ?」

 

コナンはふと、和葉の手にスマホが握られている事に気がついた。

 

「見つけたの!?どこで!?」

「交番に届けようとしてる人がおってな、それアタシの!って言うて渡してもろてん。ええ人もおるもんやで」

「おい待てアホ!ソイツどんな奴やった!?」

「誰がアホやねん!普通の男の人やったわ!眼鏡にマスクしとったから顔なんていちいち覚えとらんわ!」

「銀髪!?」

「いや黒やな、普通のサラリーマンって感じやけど」

 

2人は即座に交番の方へと駆け出す。その背中に「なんやねんホンマ!!」と和葉が怒ったように声をかけるが、無視をした。

交番の辺りを探したが、案の定殺人鬼の姿はどこにも見当たらなかった。

 

「アカン、めっちゃ苛つく!おちょくられた気分やねんけど!普通スマホ返しに来ないやろ!!ナメとるのか!?ナメとるよな!?ナメられとるわ!!」

「森さんは最初から自殺するつもりだった。そうか、だからあの時和葉ちゃん……いや、ジャックに連れてこられた彼女はあんなに顔が青褪めてたのか。きっとあの場で毒を渡されて、飲んだ後だったんだ。

最後の“ありがとう”、誰に言ったのかと思ってたよ。服部の方を見ていた気がしたから事件を暴いた事に関する礼かと思ってたけど」

「オレやのぅてその隣にいた和葉に言うとったんか。毒をくれてありがとうって。アイツ、オレらの目を盗んでみすみす人を殺しよったって訳か」

 

沸々と怒りやら悔しさやらの感情が湧き上がってくる。服部はその目に闘志を激らせた。

 

「絶対、許さんぞ!ジャックザマーダーッ!!!」

 

そんな彼の叫びが、大阪の空に木霊したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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