令和のジャックザリッパー   作:佐倉シキ

18 / 37
白亜の教会連続殺人事件 下

 

 

 

「やめろォォォッ!!」

 

突如として響き渡る絶叫。それは怒号とも悲鳴ともつかない、混乱と恐怖が入り混じった声だった。声が聞こえた方向はチャペル。今この状況であのような声が上がる理由は一つしか考えられない。コナンの胸に緊張が走る。

 

(何かが起きた……!)

 

迷うことなくチャペルへと駆け出す。荒れ狂う雨音が遠くに感じられるほど耳鳴りのような心音が響く中、廊下を全速力で駆け抜けた。

 

チャペルの扉を勢いよく押し開けると、そこには信じがたい光景が広がっていた。

 

「そんな……嘘だろ……!」

 

コナンの目の前には、チャペルの中央に倒れ伏している人影。血の匂いが広がる中、倒れ伏すその人物は西浦だった。つい先ほどまで犯人ではないかと疑っていた男が、無惨にも床に崩れ落ち、赤黒い血の海に沈んでいた。

 

床一面に広がる血溜まり。それは鈍器で頭部を殴打され、大量の出血を伴った傷が原因だった。そしてさらに恐ろしいことに、西浦の首には深々と切り裂かれた傷が走っている。その傷跡は一線でありながら容赦がなく、まるで確実に息の根を止めようとした意志の強さを感じさせるものだった。

 

「あ……あぁ……」

 

西浦の口からは譫言のような言葉が漏れていた。生きている。

いや、かろうじて意識があるだけにすぎない。命の灯火は今にも消えようとしていた。

 

「こ、小五郎のおじさん!」

 

コナンが声を上げると、小五郎はすぐさま西浦に駆け寄り、首の傷にタオルを押し当てて止血を試みた。だが、その努力は焼け石に水だ。出血量が多すぎる。あまりにも深い傷口からは絶え間なく血が溢れ出ていた。小五郎の表情はみるみる険しくなり、その目が明らかに焦りと苛立ちで染まっていく。

 

「くそっ……こんなもんじゃ止まらねぇ……!」

 

小五郎の声が震える。コナンはその光景を見ながら、必死に頭を巡らせていた。何が起きたのか。どうしてこのような状況に陥ったのか。

 

考えろ、何か手がかりはないか──。

 

その時、西浦の手が震えながら動いた。血に塗れた指がゆっくりとポケットに差し込まれ、そこから取り出されたのは一枚の深い青いハンカチだった。

 

「う……っ……こ、れ……」

 

弱々しい声で何かを伝えようとする西浦。そのハンカチを震える手で小五郎に押し付けるように渡すと、力尽きたようにその手は床へと落ちた。

 

次の瞬間、西浦の身体はピクリとも動かなくなった。

 

小五郎が脈を測る。静寂の中で、一言だけ小さな呟きが聞こえた。

 

「……くそっ」

 

(三人目だ……)

 

コナンは唇を噛み締めた。たった一晩で、三人もの人間が命を奪われた。この狭い教会内で、誰もが監視されているも同然の状況で犯人は、躊躇なく次々と手を下している。

 

(もう確信した……犯人は、あの人だ)

 

コナンの脳裏にはある一人の名前が浮かんでいた。それと同時に、胸の奥から込み上げてくる怒りを必死で抑え込む。

 

その時、山田と三船が駆け込んできた。雨に濡れ、息を切らしながらも、二人の表情には動揺と不安が浮かんでいた。

 

「何があったんだ!? あの叫び声は一体……」

 

山田がそう叫びながら状況を尋ねるが、その視線は既にチャペル中央に横たわる西浦の遺体に釘付けになっていた。

 

「あ、あれは……西浦さん!? う、嘘だろ……」

 

動揺する山田の横で三船がもまた愕然とし、目を見開いて言葉を失っている。

 

「おい、熊沢さんと黒柳君はどうした!?」

 

小五郎が問い詰めるように尋ねると、山田は少し考え込むように首を傾げた。

 

「いや……それが、まだ戻ってこないんだ。熊沢さんたちがどこにいるのか全然……」

「ッ、私探してくる!」

 

蘭は歳の近い2人がいないことに焦りを募らせ、迷うことなくチャペルを飛び出そうとした。

 

「おい、待て!1人で動くな!」

 

と小五郎が制止の声を上げたものの、蘭の行動はそれよりも早かった。彼女は扉を押し開け、外へと駆け出そうとする。

 

その瞬間、不意の衝突が彼女の足を止めた。

 

「わっ!」

「ぅわッ!」

 

蘭がぶつかったのは、ちょうどチャペルへ駆け込もうとしていた黒柳だった。室内を探していた筈の黒柳は何故か雨に濡れており、明らかに外に行っていた様子が見て取れる。

 

「黒柳君!無事だったのか!?」

「無事って……」

 

黒柳はそう返しかけたが、次の瞬間、視線の先にある遺体を目に留め、言葉を失った。彼の目が大きく見開かれ、表情に焦りが浮かぶ。

 

「なぁ、アンタら……熊沢さんを見てないか?」

「は?一緒にいたんじゃないのか?」

 

小五郎の問いに、黒柳険しい顔で首を横に振った。

 

「いや、悲鳴が聞こえる5分くらい前に急にいなくなっちまったんだ……」

 

黒柳の説明によると彼は妙な物音を聞き、その方向に顔を向けていたという。しかし、その直後に反対方向からも音が聞こえた。曲がり角の奥からだ。そちらには熊沢が行っていたため、何かあったのかと黒柳はそちらを確認しようとしたのだが、その一瞬の隙に熊沢の姿は忽然と消えてしまったという。その先は行き止まりなのに。

 

「教会の中も外も探したけど、どこにもいないんだ……」

 

黒柳は困った様子で眉間を押さえると、目を背ける。その話を聞いたコナンの胸に、嫌な予感が広がった。まさか、また犠牲者が出たのではないか。

コナンは不安に駆られ、考えを巡らせる間もなく教会を飛び出した。そのまま向かったのはホテルの方向だ。

小五郎はすぐさま全員に纏まって動き、熊沢を探すように指示を出した。そして彼自身も、熊沢を探すために走り出した。

 

コナンはひと足先に熊沢がいなくなった現場となった場所へと辿り着くとあたりの様子を伺う。そして、落ちているブレスレットを発見した。ブレスレットは何かに押されたかのように直線になっている。恐らくは扉に押されたのだ。つまりここには、隠し扉があるのだ。嫌な汗が背中を伝う。

 

(あの事務室と牧師室にあったのは隠し部屋ではなく隠し通路か、多分あそこからここまで、そしてチャペルも含め様々な所へと繋がっているんだ)

 

そこを利用し2人を殺し、そして熊沢の事も攫ったのだろう。

 

「くそっ、これ以上犯人の好きにさせてたまるか……!」

 

拳を握りしめたコナンは振り返ることなくその場を飛び出し、チャペルへと戻るべく再び駆け出した。追いついてきた小五郎たちが声をかけるのも振り切り、全速力で廊下を走る。

小五郎達一段の中に犯人の姿はなかった。恐らくはチャペルで西浦の遺体のそばに残っているはずだ。

 

(絶対に……絶対に真実を暴いてやる!)

 

雨音が激しくなる中、コナンの心にはただ一つの決意だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

コナンはチャペルの入り口近くで立ち止まり、中の様子をじっと窺った。薄暗い空間には冷えた静けさが漂い、遺体の近くに残る人影がひとつ。三船が何かをポケットに仕舞い込む姿が見えた。それが何なのか、確信はない。だが、やるしかない。

 

自らに言い聞かせ、コナンは変声機で小五郎の声を作り出す。

 

「なるほど、それが隠し通路への鍵というわけですか」

 

突然の声に三船はビクリと肩を跳ね上げた。

 

「何のことでしょうか?」

「とぼけなくてもいい。私たちがこのまま鍵を見つけ、隠し通路の存在を暴くことになれば困るのは貴方の方だろう。だから回収したんじゃないんですか?」

 

三船の目が一瞬揺れたが、すぐに取り繕うように口角を持ち上げた。

 

「……失礼ですが、名探偵。何をおっしゃっているのか分かりかねますわ」

 

その時、後方から足音が響いた。他の一同がチャペルへ戻ってきたのだ。コナンは、自然な動きを装いながら彼らに合流する。

 

「鍵とは何なのでしょうか、毛利さん」

「え?鍵?何の話……」

 

状況を知らない小五郎が首を傾げた次の瞬間、コナンは迷わず麻酔針を放つ。

 

「はにゃっ!? この感じは……」

 

小五郎は奇妙な声を漏らし、ふらふらと椅子に腰を落とす。その間にコナンは声を作り直し、話を続けた。

 

「だから、隠し通路に繋がる鍵ですよ。三船さん、もう犯人は貴方だって分かりきってるんだ。下手な誤魔化しはやめませんか?貴方、この教会に仕えるシスターなんでしょう? 神の前で嘘をつくつもりですか?」

 

三船の顔が微かに強張る。それを見逃さず、コナンはさらに畳み掛ける。

 

「まず、丸山さんが殺害された時点で容疑者は二人に絞られていました」

「殺害?貴方自分で自殺と仰られたじゃないですか?」

「最初はそう思いました。だがよく見ればわかる。自殺と絞殺では遺体の状況が全く異なりますからね。さて、それで容疑者の話ですが、あの時完全に目撃されなかったのは、三船さんと西浦さんだけ。問題はどちらが犯人かという点だけでした」

 

部屋から出たところが目撃されていない。と言う事はつまり、部屋の前にいた山田の目に止まらずに教会内を自由に動き回れる秘密のルートがあると言う事だ。

部屋の前に立っていた山田に気付かれずに動き回れるルート。隠し通路の存在を疑いながらも、それを見つけることはできなかった。その日の捜索は打ち切られ、翌朝に改めて探そうという話になった。西浦が出してくれた紅茶を飲み、皆が就寝した。

 

「おかしいなとは思ったんですよ。これだけ緊張感が漂うホテルで、私はベッドに入ってすぐに眠りについた。それこそ、あっという間でした」

 

そして山田やクラリスもまたそうだった。紅茶を飲んだ3人はぐっすりと眠った。

ただ紅茶を飲まなかったコナンと蘭、黒柳と熊沢は自由に動き回ってしまったのだ。これがまず犯人の第一の想定外だった。睡眠剤を入れた飲み物を入れて眠らせておく、仮に飲まなくても、人が死んだ状況で外になんか出ないだろう。そう思っていたのに、黒柳と熊沢は出歩いていたのだ。

そのせいで、犯人はクラリスを殺して運んでいるところを目撃されてしまった。そう思い込んだ。実際には2人は誰か通ったかな程度にしか思っていなかったようだが、犯人は“見られた”とそう思って焦ったのだ。

 

バレるわけにはいかない。だから目撃者2人も殺してしまおうと考えたのだ。実際にはその場にコナンもいたのだが、背が低くて物陰に隠れていた為に気が付かなかったのだろう。

犯人は殺したクラリスを秘密の通路を使い隠すと、何食わぬ顔で皆と合流した。そうして二人組で捜索している中、運良く降り注いできた豪雨に紛れてペアを撒いたのだ。

そうしてまず、熊沢を秘密の通路に引き摺り込んで殺したのだ。黒柳が聞いた物音とはそれの事だろう。熊沢の遺体もまた秘密の通路に隠した。

 

「丸山さんとクラリスさんの殺害は計画的だったでしょう。でも、熊沢さんは違う。目撃されたと思い込んでパニックに陥り、襲ってしまったんです。この後また黒柳君の事も殺さなきゃいけないわけですしね。計画が狂い始めたのはこの瞬間です」

「それが、私だと仰りたいのですか?丸山さんを殺し、クラリスさんを殺し、その犯行を目撃した熊沢さんをも殺したのだと。無茶苦茶です」

「いいえ、丸山さんとクラリスさん、熊沢さんを殺したのは貴方ではありません」

 

そう言うと、蘭や山田などは驚いた顔を浮かべる。だが三船はただ1人、眉を顰めていた。そして困った様子でポケットにしまった物のことを触る。

 

「3人を襲ったのは西浦さんだ」

「え……?」

 

その場に驚きの声が広がる中、コナンは冷静に続けた。

 

「意識のない人間を運ぶには相当な体力が必要だ。華奢な三船さんには難しいでしょう。目撃された犯人は、遺体を背負ってドタバタと走っていたわけですからね。脱力した人間というのは思っているよりずっと重たい。女性には、非常に難しい話だ。

よって襲撃したのは西浦さん──ですが、その西浦さんを殺したのは、三船さん。……ですよね?」

 

突如として放たれた言葉に、三船の表情が一瞬揺れた。最初から、計画して殺害されたのは丸山とクラリスの2人だけだった。だが、目撃されたと焦った事で殺すつもりのない人の事まで襲撃してしまい、そのせいで計画がずれ始めた。

 

「3人を襲ったのは西浦さんだが、その西浦さんを殺したのはアンタなんだよ。三船さん」

「面白い事を仰りますね。秘密の通路だのなんだのと、先ほどから根拠のない推論ばかりです。私としては、早く根拠を提示していただきたい物ですが」

「西浦さんを殺したのは、恐らく熊沢さんを襲った後でしょう」

「急に何ですか?」

「……罪なき命を奪った事が、許せなかったんですか?」

 

そう尋ねると、露骨に三船の表情が変わった。それを見て、ああやはりそうだったのかとコナンは内心で大きくため息をついた。あのリングファイルを見た時点で頭の片隅には浮かんでいた、突拍子もない推論。どうやら事実だったようだ。

 

彼女は、殺人鬼アルシエルの信奉者なのだろう。だから事務室の奥に、彼の事件をまとめたファイルをひっそりと隠していたのだ。

 

「意味が、分かりかねます……」

「事務室にひっそりと隠されていたファイルを見たんですよ。ジャックザマーダーの事件ばかりがまとめられていた。私の考えが間違っていないのならですが、貴方……ジャックザマーダーのファンなんじゃないですか?」

「あんな殺人鬼のファン……?正気じゃないな」

 

黒柳が驚いたような呆れたような声を出すと、三船は彼の事をキッと睨みつけた。その顔を見て、コナンはやはり間違いではなかったのだと察する。

 

「ポケットに入れた物を出してください。アンタらの計画は既に破綻してる。突発的な犯行を行った時点でな。隠し通路なんて大胆なトリックを使うからには慎重にならなきゃいけなかったんだ。

……出してくれますか?秘密の通路に繋がる鍵を。鍵じゃない、無関係な代物だって言うんなら出せますよね。

神に仕える身である貴方が、この場で嘘だけはつかないでください」

 

三船はポケットの中に手を忍ばせたまま、口を閉ざしていた。眉間に深い皺を寄せながらも、言い逃れの隙を探るように目を鋭く動かしている。その沈黙を、コナンはじっと見つめた。

 

その時だった。

 

──ギシッ。

 

静寂を切り裂くように、チャペルの天井から微かな物音が響いた。

 

全員の視線が一斉に天井へ向かう。木製の梁が軋むような音だった。

 

「な、なんだ?」

 

山田が小声で呟く。彼の大きな体が反応するようにビクッと震えた。

 

音の主は誰なのか。この場にいる全員の顔が不安で固まり、空気は凍りついたかのようだった。全員が目を見開き、次に何が起きるのかと緊張を高めている。

 

だが、コナンの瞳だけは違った。冷静な輝きを宿しながら、天井から聞こえる物音に確信を深める。

 

(生きている……!)

 

「どうやら、まだ生きていますね。恐らくは、熊沢さんが」

 

コナンの言葉に三船が表情をこわばらせた。その手はポケットの中で震えている。

 

「鍵を、出してください。隠し通路の鍵を持っているはずです。それを出せば、全てが明らかになりますよ。罪なき命が失われていく様を黙って見過ごすつもりですか?貴方が敬愛する人物に、そんな事をして顔向けができるんですか?」

 

三船は動かない。だが、その頬に薄く汗が滲んでいるのを誰もが見逃さなかった。

そして次の瞬間、三船はため息を吐くようにそっとポケットから手を出した。そして、その手の中に握られていたのは銀色に光るロザリオだった。

 

「コナン、隠し通路を確かめてきてくれ」

 

自作自演で自分に指示を出すと、コナンは三船の前に行き、ロザリオを受け取ると駆け出した。その背に蘭達も続いてくる。

 

 

 

 

事務室に飛び込むと、コナンはロザリオを手に本棚の上を探した。そして、小さな凹みを発見するや否や、それにロザリオを差し込む。

 

──ガコンッ!

 

鈍い音を立てて本棚が動き出し、その奥から薄暗い通路が現れた。

 

「ここか……!」

 

コナンはすぐに通路に飛び込んだ。狭く湿った空間を懐中電灯で照らしながら進むと、上へと続いている梯子の存在に気付く。足音が響くたび、胸の鼓動が速くなる。

 

やがて通路を抜けた先にたどり着いたのは──チャペルの天井裏だった。

 

「熊沢さん!」

 

照らされた先に、熊沢が膝をついて座り込んでいた。その額からは鮮やかな赤い血が滴り落ちている。

 

「うぅ……超痛いよぉ……なんなのぉ……」

 

熊沢が弱々しく顔を上げ、やってきた面々の姿を見るとポロポロと大粒の涙を流し始める。生きていて良かったと安心した様子の黒柳がハンカチを当てて止血を行う。

 

「ていうか、あっちやばいんだけど……」

 

その言葉の意味を、コナンはすぐに悟った。熊沢の視線の先には、顔面を激しく損傷され、冷たく横たわる遺体となったクラリスの無惨な姿があった。

 

「……!」

 

後からついてきた蘭が、その凄惨な光景に悲鳴をあげる間もなく、その場にへたり込む。

 

「蘭姉ちゃん! 大丈夫?」

「……うん……でも……ひどい……」

 

蘭は泣きそうな声を絞り出しながら、クラリスの遺体を見つめた。

 

「これで、十分な証拠になるはずだ……」

 

コナンは立ち上がり、目を閉じて小さく息を吸い込む。やがて真剣な表情に戻ると、再びチャペルへと向かうために引き返した。

 

 

 

 

 

 

チャペルに戻ると、コナンは全員の視線を集めながら三船の前に立つ。

 

「隠し通路の鍵であるロザリオ。そして、天井裏で見つけた死体と生き残った被害者……もう、言い逃れはできないんじゃない?」

 

三船は全身から力を失い、その場に膝をついた。そして、震える声で呟いた。

 

「……分かりました。すべて、私の罪です……」

 

それ以上何かを言う前に、彼女はゆっくりと十字を切る。薄暗いチャペルの中、その姿はまるで罪を告白しようとする罪人そのものだった。静寂の中で彼女の言葉を待つ全員の顔には、それぞれの思いが浮かんでいた。

 

「では、全てを告白しましょう。神の前で、真実を」

 

三船の震える声が、チャペルに深く響いた。

 

 

「父と子と、聖霊の御名によって。アーメン。」

 

 

三船は静かに祈りを捧げる。しかし、罪の告白を促すべき司祭はすでにいない。なぜなら、彼女自身が命を奪ったからだ。それでも三船は、一人で罪の告白を始めた。

 

「……私は罪を犯しました。始まりは3年前のことです。私は、神様に出会いました。」

 

三船はゆっくりと話し始める。

 

3年前、彼女はシスターとしてこの教会に派遣された。清らかな生活が送れると思っていた。しかし、その思いは1週間も経たないうちに打ち砕かれた。

 

神父に強姦されたのだ。その男は、教会と増設されたホテルを繋ぐ隠し通路を作り、それを使って少年少女を誘拐し、強姦し、命を奪っていた。連続失踪事件の始まりは、前任の神父によるこの一連の殺人事件の事だったのだ。

 

罪深い行いだ。許されることではない。

 

だが、華奢な三船にできることはなかった。殴られ、犯され、拷問のような事を受けた。

 

(ああ、神様、助けてください──)

 

しかし、祈りは通じないだろう。そう思ったその時、黒い服をまとい、悪魔のような面をつけた人物が現れた。

 

「十戒の第五、殺してはならない。十戒の第六、姦淫してはならない。神父なのに、そんなこともご存知ないのですか」

 

男は冷たく言い放つと、神父を蹴り飛ばした。椅子が転がり、慌てた神父は本棚にぶつかり、周囲の物が散乱した。男は容赦なく神父の髪を掴み、引き倒すと、首元に刃物を突きつけた。

 

「さようなら、残忍な殺人者。地獄の門が開いて貴方を待っていますよ。先に行って待っていてください。私もいずれ、そちらに向かうでしょうから」

 

男は一瞬の躊躇もなく、神父の喉を切り裂いた。洗練された動きだった。熱したナイフでバターを切るかのように、あっさりと首が切り裂かれた。

 

鮮血が広がり、倒れた本棚から落ちた聖書を真っ赤に染めていく。

 

「いつか地獄で再会しましょう。詫びは其処で致します」

 

その後、裸で倒れている三船に応急手当を施し、毛布をかけて背を向ける。

 

「Grant them eternal rest, O Lord, and may everlasting light shine upon them. Amen.」

 

男はそばに転がっていた少女の亡骸にも布をかけ、祈りを捧げて姿を消した。

 

(ああ、あの人が私の神様なんだ──)

 

三船は理解した。そして、真っ赤に染まった聖書を抱きしめる。

 

痛みは感じない。むしろ心は高揚していた。悪人には裁きが必要だ。裁きは神様が下すもの。つまり、あの人こそが神様なのだ。

 

(私は神様に尽くします──)

 

遠くでサイレンの音が聞こえる。三船は素早く赤く染まった聖書を隠すと、警察に保護された後、無理を言って再びこの教会に戻ってきた。

 

私は神様に尽くす。

 

神様はその後、度々ニュースや新聞に登場するようになった。どうやら彼は、罪人だけを狙って殺しているらしい。それなら、私もそうしなければならない。

 

私も、罪人を地獄に送りましょう。

 

三船は、前任の神父が使っていた秘密の通路を利用し、殺人を始めた。もちろん、罪のある人間に限った。告白された罪の中から、いじめや盗難など許されざる者を選び、特に許してはいけない殺人を犯していたものは確実に殺してきた。交通事故で命を奪ったり、SNSで人を自殺に追い込んだ者も、彼女の手によって命を奪われた。

 

だって、自分はあの神様に仕えているのだから。罪人は殺さなければならない。

 

そして先日、西浦が相談してきた。どうしても許せない人間がいると。無免許で車を運転し、娘を交通事故で死なせたクラリスと、それを面白おかしく記事にした丸山だ。

 

三船はその話を聞き、喜んで協力した。しかし、一つだけ誤算が生じた。西浦は顔を見られたからという理由で、何の罪もない無垢な命を奪ったのだ。

 

許されないことだ。許してはならないことだ。

 

三船は真っ青な顔で全てを話し、黒柳の殺しを手伝ってくれと要求する西浦を鈍器で容赦なく殴りつけた。叫ぶ彼の喉を刃物で切り裂き、チャペルの隠し通路を使って外に出て、森で逸れたふりをした山田と合流し、何食わぬ顔で戻ってきたのだ。

 

これが、今回の事件の真相だった。

 

「これが私の罪です。許されざる罪です。どうか、どうか許さないで。私を……いつか彼が訪れる、地獄の底まで送って下さい。アーメン。」

 

三船はそう言うと、刃物を自分の喉に突き立てようとした。

 

「ダメェェ!!」

 

蘭が叫び、コナンはすぐさまサッカーボールを発射。刃物は弾き飛ばされた。

 

「ああ、残念です……」

 

三船はそれだけ話すと、俯き、静かに涙を零した。

 

それから十数分後、パトカーのサイレンが教会前に響き、警察が到着した。三船は手錠を掛けられ、警察車両へと連行されていく。

 

「因果なものだな」

 

連れて行かれる三船の背中を見送りながら、目暮警部がポツリと呟く。

 

「何が因果なの?」

 

コナンが尋ねると、目暮は振り返らずに答えた。

 

「ここはな、アルシエルが最初の犯行を犯した場所なんだよ」

「アイツが!?」

「ああ」

 

目暮は静かに説明を始めた。

 

ジャックザマーダー、警察組織内部では“アルシエル”と呼ばれる殺人鬼が活動を開始した初期、警察はその殺人を同一犯の仕業とは考えていなかった。同じ手口の殺人であっても、事件現場は大きく異なり、被害者たちの間に関連性が全く見られなかったからだ。

 

しかし、ある時を境に事態は一変する。アルシエルから警察宛に手紙が届いたのだ。その中には、これまで自分が犯した殺人の日時や詳細が克明に記されていた。皮肉にもその手紙によって警察は、殺人者を殺すという異質な連続殺人鬼、アルシエルの存在を初めて知ることになったのである。

 

「その最初の殺人が起きた場所が、ここだ。そしてそこで偶然命を救われた彼女が、今や第二のアルシエルとはな」

 

目暮はため息をつきながら続ける。

 

「困ったもんだ。イタズラの模倣犯やファンが増えている。このままでは被害が増え続けるだけだ。早く捕まえねばならないな」

 

そう言うと目暮はコートの襟を正し、パトカーへと乗り込んでいった。エンジン音が静かに遠ざかり、教会の前に再び静寂が訪れる。

 

コナンは教会の扉を出ると、振り返ってその古びた建物を見上げた。雨上がりの空は澄み渡り、青さが一層際立っている。柔らかな陽光が濡れた大地を輝かせ、教会の石造りの壁も新たな命を吹き込まれたように光を纏っていた。

 

しかしその荘厳な佇まいとは裏腹に、この教会が抱える罪と闇の深さを思うと、胸の奥がざわめく。

 

コナンはふと目を閉じ、ひんやりと湿った空気を胸いっぱいに吸い込む。そして静かに呟いた。

 

(アルシエル……必ず俺が、お前を捕まえる。神に誓ってな)

 

決意を新たにした彼は振り返り、ゆっくりと歩き出した。

 

その背後で、教会の塔に集まるひぐらしがカナカナカナと鳴き始める。夏の終わりを告げるその声は、湿った森の奥深くへと溶け込んでいく。葉の間からこぼれる光が森を美しく照らしている。

 

ひぐらしの声が遠ざかる中、コナンの小さな背中は静かに教会のそばから離れていった。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。