夕暮れの陽が、ゆっくりと沈みかけた空に暖かなオレンジ色の光を投げかけている。街並みでは日中の喧騒がやや薄れ、穏やかな静けさが漂い始めていた。アスファルトに伸びる影は長くなり、街路樹の葉がやさしく風に揺れるたびに、木漏れ日がちらちらと足元に踊るように映る。
そんな日のことだ。
「スノーホワイトのアップルパイ?」
「そうそう!すっごい美味しいらしいわよ!食べに行かない?」
と、園子は嬉しそうに蘭に話す。「アップルパイかぁ」と蘭は嬉しそうな声を出し、果たしてそれがどんなものかと夢想した。もしかして、生地はサクサクのパイ生地じゃなくて、バターたっぷりのクランブル生地かもしれない。りんごのフィリングは、しっとりと煮込まれたものなのか、それとも歯ごたえを残した半生タイプか。ほんのり酸味のあるリンゴを使っているのか、それとも甘さ際立つふじを使っているのか。シナモンが効いているかもしれないし、隠し味にカラメルソースが使われているかもしれない。
頭の中でいくつものアップルパイのイメージが重なり、どれもこれも食べてみたいものばかりだ。まるで宝くじを引く前のような、何が当たるか分からない楽しみが心の中で膨らんでいく。どんな味がするんだろう、どんな食感なんだろう。考えれば考えるほど期待が高まり、実際にその一口を味わう瞬間が待ち遠しくてたまらなかった。
「やばい園子、完全にアップルパイの口になっちゃった!」
「よーし決まりね!いざ行かん、カフェスノーホワイト!」
「コナン君も一緒に行こっか」
「ぇ……あ!う、うん!」
完全に置いてけぼりにされ手持ち無沙汰にスマホをいじっていたコナンは正直アップルパイにはあまり興味がなかったが、慌てて元気よく返事をした。
そんなこんなで、3人は園子が言っていたカフェ、スノーホワイトへと足を進めた。
そうして10数分ほど歩き、辿り着いたカフェ「スノーホワイト」の外観は、まるでおとぎ話の一幕を切り取ったような美しさを漂わせていた。
「わぁ〜、可愛いお店だね」
「写真撮っとこ!写真!」
園子がスマホを構え、自撮りをする。当然コナンは写り込むつもりはなかったのでそれを眺めながら退屈そうにあくびをしていたが、蘭は当たり前のようにコナンも一緒に写真に映るものだと思っていたので彼を抱え上げる。突然好きな女の子と密着する事になったコナンは顔を赤らめてしまい、丁度その瞬間にカメラのボタンが押されてしまった。
撮られた一枚の写真を見て、なんとも情けない顔をしている自分にコナンはため息をつく。
しかしそんな彼は放っておいて、女子2人は再びカフェに目を向ける。
白を基調とした外壁は冬の静寂を思わせるように澄んだ空気の中で清潔に映え、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。木製の扉はアンティーク調で、優雅な曲線を描く装飾が施されており、その真ん中には小さなりんごの彫刻がさりげなく輝いている。
大きなガラス窓には繊細なレースのカーテンが揺れている。
入口の上には、優美なフォントで「Snow White」と書かれたアイアンの看板が吊り下がっており、その隣には、象徴的な赤いりんごのシルエットが彫られている。
(つか、スノーホワイトでりんごのメニューって……どうなんだよそれは)
今更ながらにコナンはモデルとなったであろう白雪姫のエピソードを思い出して目を細める。
カフェの外壁の一部にはツタが自然に絡まり、まるで物語の森へと続く入り口のようだ。シンプルながらも気品を感じさせる外観は、通りを歩く人々の目を引き、そこに足を踏み入れれば、まるで童話の世界に入り込んだかのような感覚に包まれるだろう。
(毒りんごでも出されるのかぁ?)
なんて、冗談めいた事を考えながら園子と蘭に続いてコナンも店内へと足を踏み入れた。
店内は温もりと心地よさで包まれていた。木目のテーブルと椅子が整然と並べられ、ほんのりとした甘い香りが漂っている。壁には、まるで絵本から飛び出したかのようなりんごをモチーフにしたアートが飾られ、柔らかな間接照明がそれらを優しく照らしていた。
「思ってた通り、店内も可愛いわね」
「ね!空いててラッキーなんじゃない?」
「まあね、私、空いてそうな日をリサーチしておいたのよ〜。一番人気の個数限定パフェが既に売り切れている午後16時以降、んでもって人気の美人店員がシフトに入っていない金曜日こそが狙い目だってね」
「そうなんだ、ありがとう園子」
蘭は園子に礼を言い、カウンターへと視線を向けた。そこには大きなガラスケースがあり、その中にはこんがりと焼かれたアップルパイや、りんごのタルトが美しく並べられている。背後の棚には、いくつもの紅茶やコーヒーの瓶が整然と並べられている。カウンターの奥には、りんごの木で作られた小さな飾りがあり、まるでこの店のシンボルのように佇んでいる。
「アップルパイのつもりで来たけどこっちのタルトも美味しそう……ちょっと待って、このりんごの形のケーキすっごい可愛い」
「せっかく来たんだし全部食べちゃえば?」
「流石に太るわよ、一個一個もちゃんとした値段だし……」
「じゃあ2個食べな、2個。私も2個買うから、それぞれ半分に分けて食べましょうよ」
「いいの!?ありがとう園子!コナン君はどうする?」
「僕は一個でいいよ……えーっと、どれにしようかな〜」
コナンはカウンターにあるデザート達を左から右へと眺めていく。パウンドケーキ、マフィン、ケーキ、タルト、パイ。さてどうしようかと悩みつつ、ふと視線を店内へと向けた時にある事に気がついたのだ。
「あれって」
「どうしたのコナン君?」
「蘭姉ちゃん、あそこ見て」
コナンはテーブルの一角を指差す。そこには見慣れた顔があった。うねりのある黒いショートヘアの髪に中性的な顔立ち、特徴的な目元の隈と八重歯。
「世良さん?」
蘭が発した声に気が付いたのか世良が顔を上げてこちらを見る。そうして彼ら3人の存在に気がつくとパァッと顔を輝かせた。世良は共に座っていた女性に一言何か言うと小走りでこちらへとやってきた。
「君達!どうしてここにいるんだ!?」
「私たちは有名なアップルパイを食べにきたのよ。ついでになんか他の美味しそうなやつも」
「世良さんこそどうしてここに?」
「僕はインタビューを受けていたんだ」
「インタビュー?なんの?」
「ミステリー雑誌のTo Solveさ。新進気鋭の女子高校生探偵へのインタビューらしいよ」
「すごいじゃない!」
「ありがとう。他にも何人か探偵にインタビューに行くらしいよ。西の高校生探偵の服部平次とか、警視総監の息子の白馬探とか」
「後はそうだなぁ」と態とらしい口調で世良はそう言うと、屈んでコナンに目線を合わせる。
「やっぱり工藤新一のとこにもオファーが行ってるんじゃないか?」
「なんでボクに言うの?」
「ん〜、別に!」
世良は何故かご機嫌そうな様子で起き上がり「注文が終わったらこっちに来てくれよ!一緒にインタビュー受けようじゃないか」と言って席に戻って行った。蘭達はカウンターへと向き直る。と、
「ご注文はお決まりですか?」
店員の女性が話しかけてきたのだ。垂れ目でおかっぱの女性だ。ずっとカウンター前でごちゃごちゃと話していて邪魔だったかもしれないと思い至った蘭達は慌てて注文をして、世良の隣の席へとやってきた。
「こんにちは、貴方達が世良さんのお友達?」
記者の女性が蘭達に声をかけた。彼女は丁寧に3人にも名刺を手渡す。そばかすのある幸の薄そうな彼女は、月刊To Solveの記者田所里香だ。To Solveはコナンも愛読していたので知っている。たまに歯応えのある暗号が載っていて暇つぶしに丁度良かったのだ。
「貴方達のお話は世良さんから伺いましたよ。非常に仲の良いお友達だそうで」
「まあね」
「はい、世良さんには良くしてもらってるんです」
「ええ、聞いているだけでも親しいのは分かりました。その中でも特に気になったのは、君のこと」
田所はコナンの方へと視線を向ける。なんのことだと少しドキリとする。
「お話の中によく出てきたメガネのものすごく賢い小学生って、君のことかな?」
「ど、どうかな〜?」
「そうです!この子の事ですよ!」
コナンは視線を逸らして誤魔化そうとしたが嬉しそうな世良が力強く肯定してしまう。そしてそのままコナンが如何に優れているのかを記者に力説し始めたのだ。そんな様子を蘭は微笑ましそうに眺めているが、園子はやはり世良はショタコンなのではないかと疑いを深めていた。
「じゃあ、君にもインタビューをして良いかな?」
「えっ、と〜」
「良いじゃない、せっかくだし。こんな機会そうそう無いよ?」
「そ、そうだね……」
断る理由を探していたが蘭にそう言われてしまえば、断れない。コナンは大人しくインタビューを受けた。早速田所は質問を始める。自己紹介や好物とか最初はそんな簡単なものだった。
テーブルの上には、ティーカップやノートが置かれ、コナンが答えを口にするたびに田所は軽く頷きながらメモを取る。コナンが話す内容に、記者はしばしば感心し、感想や質問を交えながら、自然な流れで会話を進めていた。そんな中、田所の質問の流れが少し変わった。
「コナン君はさ、キッドキラーって呼ばれていたり、何度かジャックザマーダーと遭遇したりしてるんだよね?」
「うん、まぁ……色々あって」
「そうだね、縁みたいなものもあるかもしれないけど、やっぱり君個人は彼らを捕まえたいのかな?」
「それは当然、捕まえたいと思うよ」
「どうして?」
「だって殺人も強盗も絶対許されちゃいけない事だと思うから」
「それは、人を傷つけたから?」
「うん。ジャックは言わずもがなだけどキッドだって沢山の人に迷惑をかけてる。ボクは自分勝手に人を傷つける行為は絶対に認めちゃいけないと思うんだ」
「……そう。これは世良さんにも聞いた事なんだけど、君にも聞いて良いかな?君は子供だけど、その心には信念があると思う。ちょっと難しいかもしれないけれど」
「いいよ」
「もし、自分が意図せずに誰かを傷つけてしまったらどうする?みんな貴方は悪く無いって言うけど、明確に貴方のせいで相手を傷つけてしまったんだとしたら……」
「あっれー?田所まだインタビューしてんの?」
女性の声が彼らの会話を遮った。装飾の多いブロンズの指輪をつけた派手な女だ。思わずそちらに目を向けるとどうやら田所の知り合いらしい女性が3人、いつのまにやら店内にやってきていたようだ。金髪の少し筋肉質な女性が木村千恵、黒髪でメガネの女性が永田久美子、茶髪の短めの髪の女性が宮村千秋。彼女達3人は同じ出版社に所属している同僚だ。
「探偵特集とか誰も読まないんだからやめとけって言ったのにマジでやってんだ?」
「木村さん、失礼よ」
「いやー、私はそう言うのより絶対美人警官とかの方が良いと思うんだけどね。知ってる?超美人の白バイ隊員、名前は忘れたんだけど」
「もう編集部でも決定しましたので、内容に変更はありませんよ」
木村は雑に田所の背中をバシバシと叩くと蘭達3人とは反対側の隣に腰を下ろした。他の2人もまた、そのテーブルに腰を下ろす。
「皆さんもうケーキとか食べちゃいました?」
「ええ。パイとタルト、あとパウンドケーキとマフィンを頂きました」
「ケーキは食べてないのよね〜、美味しそうなの売り切れてたし」
「あら、そんなに食べてしまったのならもう満腹かしら?ケーキを食べようと思ってホールで予約しておいたのよ。8人いるなら丁度よく食べ切れると思ったのだけど」
「私達まで頂いちゃって良いんですか?」
「当然よ。急なアンケートに協力してもらったわけだしね」
松田はそう言って微笑むと店員の女性に予約しておいたホールのりんごケーキを八等分に切り分けて欲しいと頼む。店員の女性は他の客の接客で忙しい為、それが終わってから切ると了承した。
そんな中、宮村が「白馬くんとか服部くん、工藤くんは取材の許可取れたんですか?」と会話を切り出した。
「ううん。服部くんは二つ返事で許可取れたんだけど、工藤くんには断られちゃった。白馬くんは海外にいるからメールでアンケート形式にしてくれるのなら暇な時に答えてくれるって」
「ええ!?新一は断ったんですか!?」
「なんでも難しい事件で忙しいって、メールでそう返事が来たわ」
「せっかく世良さんと服部くんが答えるのに、勿体無い……。私と電話する暇あるんだからちょっとしたインタビューに答える時間くらい取れると思います!私、ちょっと電話してみる!」
「えッ!?あ、あ!新一兄ちゃん忙しいと思うけど!?」
「忙しかったら出ないだろうしその時はその時よ、とりあえずかけてみるわ」
「ボクちょっとトイレ!」
完全に自分には関係ない話題だと気を抜いていたコナンは思わず素っ頓狂な声を上げて慌てふためいた。そうして2人が席を立とうとした時、宮村はふと田所が書いていたインタビューのノートを手に取った。田所は慌てて取り返そうとするが、間に合わない。宮村はそれを読んでいき、あるところで視線を止めて眉を顰めた。
「田所さん、この質問はちょっとデリカシーがないと言うか……これ、貴方の個人的な事だよね」
「それは……」
「ちょっと見せてくれる?」
宮村の持つノートを永田と木村が覗き込む。永田は困ったような顔をして、木村は大きく顔を顰めた。
「貴方……半年前の事をまだ気にしているの?」
「……ごめんなさい」
「何かあったんですか?」
蘭が足を止めた事でコナンはホッと一息をついた。だがテーブルにはなんとも言えない不穏な空気が漂っている。
「あまり、人に言いふらすような事でもないんですけど。半年前、とても不幸な事故が起きたんです」
「田所さんは悪くないんだけどね」
その言葉にコナンはふと、田所からの質問を一つ思い出した。【もし、自分が意図せずに誰かを傷つけてしまったらどうする?みんな貴方は悪く無いって言うけど、明確に貴方のせいで相手を傷つけてしまったんだとしたら……】という質問。木村が大きな声で割り込んできた為インタビューは有耶無耶になったが、おそらくその不幸な事故とやらに関係した質問だったのだろう。実際、たった今宮村も“田所は悪くない”と発言した。
「田所さん、もう結論は出てるのよ。こう言うことしか出来ないけど貴方は悪くないの」
「そうだよ、いつまでも自分の事を責め続けたら健康に悪いよ。気持ちは、分かるけど」
「分からないわよ、私の気持ちなんて……。誰にも」
「悲劇のヒロイン気取ってんのウザイからやめろよ」
「ちょっと木村さん!」
「実際そうじゃん。ウジウジうじうじさー、私らの飯まで不味くなるわ」
木村は大きくため息をつくと舌打ちを一つして「店員さーん!!」と手を挙げてカウンターの女性を呼ぶ。
「コイツにカモミールティーを出してあげて!うじうじウゼェからリラックスさせてあげないと」
「ちょっとやめてよ!すいません要らないです!」
「カモミールティーはリラックス効果があるんだよ、ついでに運動とかしたら?健康的になればその鬱陶しい気分もちょっとは上がるかも」
「ほっといてよ!」
「人前で揉めないでよ、みっともない」
木村と田所の揉め事を永田が収める。なんとも言えない女性同士の揉め事に蘭達4人は複雑な表情を浮かべていた。
「で、半年前のことってなんなんだ?」
「世良さん!?」
やっと終わったと思った会話を世良が引っ張り出してしまい、蘭はギョッとした。
「だって気になるじゃないか?あの質問に関係してるんだろう?コナン君にもしてた“誰も自分の事を責めないけど、明確に自分のせいで誰かを傷つけてしまったらどうする”ってやつ」
「……ごめんなさい」
「なんだよ、ボクにはいろんな事を語らせておいて自分の秘密はだんまりか?嫌な奴だな」
「ごめんなさい、でもきっともうすぐ結論が出るから」
「ん?どう言う意味だ?」
「死神に依頼したのよ、私を殺すかどうか見定めて欲しいって」
私を殺す。その不穏な言葉にテーブルは静まり返る。コナンは「それどう言う意味?」と問いかける。
「ジャックザマーダー」
田所の口から発せられた宿敵の名前にコナンは思わず眉を顰めた。
「みんなも知ってるでしょう。人殺しだけを殺す殺人鬼よ。彼にメッセージを送ったの。“私は人を殺してしまった、けれど司法は無実とした。納得がいかない、貴方に裁定してほしい”って。私に自殺する度胸なんてないから」
「殺人鬼にメッセージ?顔も名前も、何もかもが不明なのにどうやって?」
「私の雑誌に暗号文を載せたのよ。見てくれるかどうかは賭けだったけど。ジャックザマーダーの特集の回だったから、もしかしたら読むかもって思ってね」
世良はスマホを開き、電子書籍でその特集が載っている雑誌を即座に購入した。コナンも彼女の隣に駆け寄りその画面を覗き込む。世良は彼が見やすいようにスマホの位置を少し下げた。
そうしてその暗号を解読する。投稿者の名前は“TRよりJTMへ”。TADOKORO RISAよりJACK THE MURDERへ、と言う意味だろう。
暗号文を読んだその瞬間、彼らの脳は最適な解を見つけるべく驚くべき速さで動き始めた。一瞬で、まるでパズルのピースを組み立てるように考えを巡らせる。文字列が頭の中でぐるぐると回転し、意味のある単語が次々と組み上がっていく。僅かな間の後、2人は目を開き、すべてを見透かしたかのように微笑んだ。答えはすでに頭の中に鮮明に描かれていた。
「答えはtomorrowだ」
「意味は明日、つまりここから更に“あ”の下を読めば良いんだ」
「この暗号文の“あ”の下を読み合わせていくと、“私は人を殺した”になる」
「これが田所さんがジャックザマーダーに送ったメッセージなの?」
問えば、静かに頷いた。
「何か返事は返ってきたのかい?」
「玄関に花束が置いてあったわ。小さいひまわりみたいな花。きっと何か意味があると思って花言葉を調べてみたの。花言葉の意味は“貴方を見つめる”だった」
「じゃあ、」
「彼はきっと私を見定めている。私は私の未来を彼の選択に任せることにしたの。私が殺されたら、やっぱり私が悪かった。殺されなかったら、私は悪くなかったんだって」
「ほんっとにキショい奴……」
木村は眉を顰めるとそう吐き捨てた。その後に店員の女性に「アップルパイまだー?」と尋ねるも、彼女はクレーム対応に忙しいようで「もう少々お待ちください!」と返される。それに舌打ちをすると「じゃあもう私が切るわ!」と無理やり店員からパイを受け取ると空いているテーブルで切り始めてしまう。
そんな彼らの様子をコナンはじっと観察した。本当にジャックが花を送ったんだとしたら、彼は今この場に潜んで田所の様子を観察しているのかもしれない。和葉に化けてやってきた時のように見逃すことなどあってはならないと意識を集中させ、全員に異変はないかと考える。
田所ではないだろう。そうなると記者の3人か、店員の女か、それとも別の客たちか……。はたまた蘭か園子に入れ替わっていると言う可能性も考えられる。
(誰だ、誰に化けているんだ……)
コナンが頭を悩ませる横で、カタカタとテーブルの上に8個のアップルパイが並ぶ。コナンは一番近くにあったアーモンドが多くかかったパイを手に取る。続いて田所が奥にあるパイを取り、世良が続く。他の面々も手に取り、各々食べ始めた。
口に運ぶと、サクッとした食感と甘酸っぱいリンゴの風味が広がる。非常に美味だがコナンは内心それどころではなかった。
その時だった。
「う゛……」
田所の表情が変わった。喉に引っかかるような違和感が広がり、次第に顔が青ざめていく。彼女は軽く咳払いをし、胸元を押さえた。
「田所さん!?」
「ちょっとどうしたのよ!?」
椅子の背もたれに手をかけ立ち上がろうとしたが、力が抜けたように再び座り込む。視線はぼんやりと宙を彷徨い、体が震え始める。やがて瞳が虚ろになり、そのまま力なく崩れ落ちた。静寂が場を支配し、冷たい床に沈む彼女の姿だけがそこに残されたのだった。