令和のジャックザリッパー   作:佐倉シキ

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邂逅

 

 

一瞬、その部屋を沈黙が包み込んだ。

やがて絹を裂くような悲鳴がこだまする。

すぐに小五郎が脈を測るが残念ながらその命は既に失われてしまっていた。コナンと世良はその側に駆け寄る。

 

「死んでる……」

「これは、毒殺だな。この匂いは…成程、アレを使ったのか…」

 

少し待てば見慣れた警官達がやってきて状況を確かめ始める。被害者は元政治家の小池淳一。殺害方法は何らかの毒物による毒殺。毒殺の前に口にしていた食べ物はなく、出された酒を飲んだのが最後である。

 

だからだろうか。

 

「警部殿。今回の事件、推理するまでもありませんよ」

「そうなのか?」

 

小五郎は自信満々に喋り出す。嫌な予感にコナンは思わず目を細めた。

 

「犯人は西明日香さん、貴方です!」

「え!?アタシッ!?」

 

ショートヘアの彼女は肩を揺らして大きく驚いていた。また小五郎のへなちょこ推理が始まってしまったとコナンは呆れる。

 

「被害者は今回酒しか口にしていません。そして最後に飲んだのは貴方が持ってきた酒だ。小池さんに毒を盛れたのは貴方しかいません!」

「つまり、貴方が令和のジャックザリッパーなの!?」

「違うし!アタシは無関係!!そこのジジイとは初対面だし殺す理由ないじゃん!アタシただのバイトだよ!?」

 

隣でポニーテールのメイドが驚いた様子で距離を取る。それに対して西は慌てた様子で弁明を続けた。だがそれを笑うように兵頭が囃し立てる。

 

「初対面かどうかはジャックザリッパーには関係ないんじゃないの?ジャックは人殺しを殺す殺人鬼だし。相手が人殺しなら誰でもいいんでしょう?」

「だから、アタシは殺してないって言ってんでしょ!オバさん耳が遠いワケ!?」

「誰がオバさんよ!!クソガキが!!」

 

派手な女達のキャットファイトが始まりそうになったところで目暮が咳払いをして割り込んだ。

 

「えぇ〜残念ですがね、今回の件はジャックザリッパーではないと思いますよ」

「え!?そうなの!!」

「ええ。現場を確認させて頂きましたが今回の事件は今までの事件とは違うようですから」

「じゃあ、これは一体……」

 

世良は彼らの様子を見ながら笑う。簡単な事じゃないか、と。つまりはこういう事なのだ。

 

「つまり、今回の事件はこういう事だな。誰かがジャックザリッパーのフリをして殺人を犯したんだ。殺人鬼に罪を押し付けながら彼を殺して見せたんだ。この中の誰かがね!」

 

世良は一人一人の顔を見ながら断言した。

 

「なんでこの中の誰かだと言えるのよ?」

「今回使われた毒物は、別に摂取したらすぐに死ぬ物じゃあないからな。15分はかかる。だから西さんが持ってきた酒に仕込まれていたワケじゃないと思うんだ」

 

それを聞いて西はほっと息を吐いた。

 

「小池さんは予告状を見て狙われてるのが自分だと分かっていた。だから酷く警戒していたんだ。飲んでいたのは最初に出された酒だけ。

彼に毒を盛る事が出来たのは同じテーブルにいた松尾さんと松浦さん、酒を注いでやったらしい兵頭さんとその時一緒にいた中村さん。それと会場に来てからすぐに話していたという宮本親子の6人となるワケだ」

「じゃあ何であのメイド達が注いだ酒は飲んだワケ?なんか仕掛けがあったんじゃないの?」

「あの酒は別の人にも注がれていたからね。小池さんはそれを見てから飲んでいたよ。ジャックは人殺し以外は殺さないから。まあ、今回はどうやらジャックザリッパーの事件ではなかったようだけどな」

 

そのタイミングで警察達による持ち物の検査が終了した。怪しいものを持っていた人物は誰もいないらしい。

コナンはふと、ある事に気がついた。高木刑事と何やら話し込んでいる目暮警部の足元へと歩み寄り、彼の服の袖を引っ張った。

 

「ねぇ目暮警部」

「おおコナン君か、どうかしたかね?」

「どうして今回の件は令和のジャックザリッパーの仕業じゃないって分かったの?何か今までの事件とは違う事があったの?」

「うーん、そうだなぁ。まあ、君になら言ってしまってもいいか。実はな、君達の言うジャックザリッパーは予告状は出さんのだ」

「え!?そうなの!?」

「まあ元々ジャックザリッパーと言うのもマスコミが勝手に呼び出した名前だしなぁ。一時期この話題がものすごく盛り上がった事があって、警察が結構マスコミに追われていたんだ。その中の1人がジャックの犯行現場には手紙が置いてあると情報を漏らしてしまってなぁ。マスコミが早とちりをしてそれを予告状だと記事に書いてしまって、それが大きく広がってしまったんだよ」

「なるほど、そうだったんだね」

「まあそれ以前に、基本的に奴は警察が解決できなかった、未解決の殺人事件の犯人を殺すんだ。だからこそ余計に警察が叩かれておるんだよ」

「そういえばネットにそう書いてあったね」

「ああ。だから、今回のこれは模倣犯の仕業だろうな。ジャックザリッパーは予告はせんし、基本的に出所した者は殺さない」

「ねえ、そういえば警察の間ではジャックザリッパーは何て呼ばれてるの?」

「ああ、それはな____」

 

コナンは目暮から答えを聞くと再び現場に戻って考え出す。動機として考えられるのはやはり復讐だ。小池は交通事故で人を死なせてしまっている。その家族の事までは調べられなかったが間違いなく関係者の犯行だ。問題はそれが誰なのかだ。もし犯人が被害者の親族であれば既に警察に特定されている。であれば友人か、恋人か、その辺りだろう。

 

と、そのタイミングだった。

 

「うっ、ぅ゛……」

 

呻き声が聞こえてきたのだ。

苦しんでいるのは金髪の女、兵頭エリカだ。慌てた様子で中村が駆け寄る。異変に気がついた目暮が慌てて救護を指示する。倒れた兵頭はそのまま病院へと運ばれていった。

 

(また1人やられた。一体いつ、どのタイミングで犯人は毒を彼ら2人に飲ませたんだ)

 

コナンは深く思考の海に沈んでいく。

 

(いや、そうか)

 

ある事に引っ掛かりを覚えた。どうやって証明するか、考えた。そして思いつく。そういえば蘭が会場に入ってからいくつか写真を撮っていた筈だ。あの時も確か撮っていた。もしそこに決定的なものが写っていればそれが証拠になる筈。コナンはそう考えて蘭の写真を見せてもらった。

結果として、やはりソレは写っていた。

 

(分かったぞ、そう言うことか)

 

被害が出たタイミングの違い。毒殺。怨恨。それらを鑑みるとおそらく犯人はあの人しかいない。

 

コナンは素早く小五郎の後ろに回り込むと彼の首筋に麻酔針を打ち込んだ。小五郎は「へぁっ」と気の抜けるような声をあげるとふらふらと大きくよろけながら部屋の中を動き回り、やがてコナンが用意した椅子にどかりと座り込んだ。

その様子を見た目暮は「おお!待ってたぞ!」と歓声を上げる。

 

「分かりましたよ警部殿。2人に毒を盛った犯人が!」

「それは誰なんだね!?」

「そう。小池さんを毒殺し、兵頭さんにも毒を盛った犯人は貴方だ!宮本詩織さん!!」

 

小五郎の声を聞き部屋には騒めきが広がる。皆が驚いた顔で彼女を見て、そばにいたものは距離を置いた。詩織の母恵子はまさかと言った様子で彼女の様子を見ている。

 

「……え、冗談でしょう?探偵さん」

「勿論、冗談なんかじゃないですよ。毒を盛ったのは間違いなく貴方です」

「何の根拠があってそんな事を言うんですか?」

「まず小池さんの件ですが、貴方は会場に来てすぐ小池さんと握手をしましたよね?それも左手で」

「それが、何?」

「貴方の行動を観察していましたが、貴方右利きですよね?それならば普通右手で握手をする筈だ」

「別に左手で握手することだってあるでしょ?たまたま、そうなっちゃったのよ、右手が塞がってたとかで」

「いいえ、写真に写っている貴方の右手は空いています。貴方はわざと小池さんと左手で握手をしたのですよ」

「何のためにそんな事をするんだね毛利君?」

「毒を盛る為にですよ警部殿。彼女は握手をすると同時に小池さんの左手の指輪に毒を盛ったのです。落ち着かない時に、彼が指輪をいじる癖があると知っていたのでしょうね!」

 

詩織はハッとした顔で後退りをする。他の面々は徐々に状況を理解してきたのか青褪めた顔をしていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!そんなの、貴方の想像じゃないですか!そんな事誰にでもできたし、見てないところで他の人が仕込んだのかもしれないじゃない!」

「そうかもしれませんね。ですが、兵頭さんに毒を盛れたのは貴方だけなんですよ」

「どうやって!!?」

「貴方は自分の酒に毒を盛ったんだ!」

 

小五郎の発言を聞き、詩織は厳しい顔をして下唇を噛み締める。

 

「私はしっかり覚えていますよ、兵頭さんが飲んだ酒は貴方が注いだ物だと言うことを」

「それにいつ毒を仕込んだって言うのよ!?あのメイドくらいしか仕込めないでしょ!?」

「貴方西さんから真っ先にボトルを受け取りましたよね?ボトルは既に開けられていましたし、騒がしい会場で隙を見て毒を入れる事なんて誰にでも可能ですよ」

「仮に、仮によ?そうやって兵頭さんに毒を盛ったとして、もしそうなら私もとっくに死んでるじゃない!?」

「あらかじめ解毒薬を飲んでおいたのでしょう?風邪気味だと言って飲んでいたあの薬、あれがそうなんじゃないですか?」

 

詩織の母、恵子は心配そうに彼女の様子を見る。詩織は顔を赤らめ、震える拳を強く握りしめていた。

 

「小池さんを毒殺し、兵頭さんにも毒を盛れたのは貴方しかいないんですよ。宮本詩織さん」

「確かに、そうかもしれない。そうなると、1番怪しいのは私かもしれない。でも、でも!証拠がないじゃないの!」

「証拠ならありますよ!」

「なッ!?」

「貴方は本当は中村さんも殺したかった。でも彼は残念ながら酒を飲まなかった。彼の酒には毒物がそのまま残っていたのでしょう。だからこそ伊藤さんにグラスを下げるよう頼んだんだ」

 

ちょうどそのタイミングで「あったあった」とハスキーな声が聞こえてきた。そちらに目を向ければグラスを持った世良がこちらへと歩いてきている。

 

「まだ洗われてないみたいだな。調べれば毒物の反応が出るだろう。それに、アンタの体も調べて仕舞えばいいんだ。そうすれば、この毒の解毒薬が検出されるだろうさ」

 

世良は小五郎の方を見てウインクをする。

それと同時に残念な知らせも入ってきた。兵頭エリカは助からなかったらしい。これで彼女は2人を殺した殺人犯になった。恵子は黙って詩織の背中を摩る。沈痛な雰囲気が部屋を支配する中、それを壊したのは中村だった。

彼は勢いよく詩織の胸ぐらを掴むと「どうしてこんな事をしたんだ!?」と怒鳴りつける。それを聞き眉を釣り上げた詩織は全力で中村を殴りつけた。予想していなかったのか中村は大きくよろけて尻餅をついた。

 

「どうしてって、アンタらが私の大切な人をころしたからにきまってんでしょッ!!」

 

金切り声を上げた詩織は荒い息を吐く。

 

「アンタら3人は競馬場で勝った帰り、酒を大量に飲んだらしいじゃない。小池は飲んでなかったらしいけど、酔っ払った兵頭と話しながらよそ見しながら運転をして事故を起こした!その事故で、相手の軽自動車に乗っていた親子は亡くなったのよ!!

運転していた女性は私の親友だったのッ!小池は謝ることも無く保身に走った!おかげで大して報道されることもなかった!あの男ッ、2人の命を奪っておいてたったの7年で出所してきたのッ!!

そんなの、許せる訳、ないじゃないッ!」

 

因果応報だ、詩織は怒りの籠った目で小池の遺体を見下した。そんな彼女に中村は大きな声を上げた。

 

「それは勘違いだ!」

 

思わず皆が目を見開いて中村を見る。

 

「エリカは悪くないッ!あの日、あの帰り道、小池さんはエリカを助手席に座らせて一方的に話しかけてたんだよ!小池さんは女好きで有名だったし、ほとんどセクハラみたいな言葉だった。見かねた私が止めに入って、それが癪に触ったらしい小池さんはこちらを振り返ったんだ。その時だったんだよ」

「まさか、嘘……」

「事故の原因になったのはエリカじゃなくて、私なんだよ」

「それじゃあ、私、無関係な人を……殺してしまったの……?」

 

あまりにショックだったのか詩織の目からは大粒の涙が溢れていた。中村は何か言葉をかけようとして、やめた。震える拳を握りしめてその場を後にする。

 

事件は解決した。

令和のジャックザリッパーは偽物だった。これで終わりな筈だ。

 

だがコナンは、妙に嫌な予感がしていた。今まさに何かが起ころうとしているような、不穏な予感だ。心臓の鼓動が速まり、背中を冷や汗が唾たる。

 

(なんだ、何なんだ……)

 

何かが引っ掛かる。

致命的な何かを見落としてしまっている気がする。

 

あくびをしながら起き上がる小五郎の後ろでコナンは顎に手を当てて考え込む。そんな彼の様子を蘭は不思議そうに眺めていた。

 

胸がざわつく。まるで暗い影が近づいているかのような感覚だ。毒蛇が牙を突き立てる、まさしくその瞬間が近づいているような──

 

振り返る。

ちょうど目暮に連れられて手錠をかけられた詩織が部屋から出て行くところだった。事件が起きた事を把握しているのかパーティーの会場は静かだった。客たちは何が起きたのかと好奇心を滲ませながら警官たちの様子を見ている。

 

その時だった。

 

「あれ?」

 

詩織のジャケットのポケットから何かが滑り落ちたのは。何も入れてなかった筈だと不思議そうな顔をする詩織は手錠の掛けられた手で器用にそれを拾う。

 

 

 

 

     “ From Gehenna ”

 

 

 

それは真っ赤な手紙だった。

 

そして、それは地獄からの招待状だった。

 

 

 

   “ From Gehenna.

Greetings, ruthless murderer.

The gates of Hell stand open, waiting for you.

Please go ahead, I will see you there.

I shall offer my apology in Hell.

Have a pleasant journey.

Farewell. ”

 

 

裏面には英語で文章が書かれていた。

 

 

  《こんにちは、残忍な殺人者よ。

   地獄の門が開いて貴方を待っています。

   どうぞ進んで、待っていて下さい。

   お詫びは地獄で致します。

   それでは良い旅を、さようなら》

 

 

意味が分からず首を傾げる詩織の側で目暮達警察は顔を青褪めさせる。コナンは反射的に走り出した。目暮の言葉を思い出したからだ。

 

『──と我々は呼んでいてな。理由は、殺害現場には必ず真っ赤な手紙が置かれているからなんだ。その手紙は必ず同じ文章が書かれているんだ。その手紙の始まりは、“From Gehenna”』

 

咄嗟に叫ぶ。

 

「詩織さんを守ってッ!!」

 

 

がちゃん

 

 

華やかなパーティー会場に、突然の停電が訪れた。一瞬のうちに照明が消え、会場は真っ暗闇に包まれた。驚きと混乱が一同を覆い、会場中に囁き声とざわめきが広がる。音楽も笑い声も途絶え、不安と緊張が会場を支配した。

 

そんな中コナンはある事に気がついた。

 

(蛍光塗料か!いつの間にッ)

 

「クソッ」と悪態をついてそちらへ向かう。だが会場にいる人々にぶつかったり蹴飛ばされたりして中々辿り着けなかったのだ。

 

「詩織さん!!首の後ろを隠してッ!!」

「キャァァァッ!!!」

 

文字通り、絹を裂くような悲鳴だった。

断末魔である。会場中に響き渡るその悲鳴は、誰もが身震いするほどの恐怖と絶望を伴っていた。

会場にいる人々は恐怖に突き動かされ我先にと避難しようと暗闇の中動き出す。

直ぐに電気は復旧した。時間にして、僅か1分程度のものだった。そんな短時間で事件は起こった。

 

明かりが復活し、会場にいる人々が目撃したものは“赤”だった。床に広がる一面の赤。誰かが大きな悲鳴をあげた。人々は転がるように部屋から出ようとする。恐怖が会場を包み込んだ。

「誰1人として外に出してはいかん!!」と目暮が声を張り上げるが客は聞く耳を持たない。

 

コナンは慌てて詩織の元へと駆け寄った。

 

「これは、嘘だろ……バターナイフで殺したのか」

 

隣にやってきた世良が思わずと言った様子で口に出す。凶器はバターナイフだった。詩織は頚動脈を切られた事による大量出血が原因で既に息絶えていた。髪が大きく乱れ、瞳は大きく見開かれている。

 

(暗闇の中で蛍光塗料を目印に詩織さんを捕捉して、恐らく髪を鷲掴みにして逃げられなくしてバターナイフで一突き。なんて野郎だ)

 

コナンは目の前でみすみす殺人事件を発生させてしまった悔しさから奥歯を噛み締める。

 

(いやまて、そんな事よりもだ。この犯行が出来たのはあの人しかいない!あの人はどこに!?)

 

コナンはハッと顔を上げて辺りを見渡す。だが目当ての人物の姿がない。

 

(クソっ!逃すかよッ!!)

 

絶対に逃してはならない。そう考えて大急ぎで走り出した。

 

 

 

 

 

    *    *   *

 

 

 

薄暗い使用人用の部屋で、一人のメイドが静かに着替えている。メイドは慎重に、黒いドレスから身を解き放ち、新しい服装へと身を包み替えていく。小さな明かりがその動きを照らし出す。メイドの手つきは迅速だ。

 

「Grant them eternal rest, O Lord,and may everlasting light shine upon them.Amen.」

 

部屋にはメイドが着替える音と、小さな声だけが静かに響き渡っている。

華やかなメイド服から真っ黒いパーカーとズボン。非常に地味な服装だった。そのメイドはついでに鬱陶しい化粧もさっさと落としてしまおうかと、メイク落としを手に持って考える。

 

「主よ、御許に召された人々に永遠の安息を与え、不滅の光の中で憩わせてください。アーメン。これってキリスト教の死んじゃった人に対する祈りの言葉だよね?」

「……詳しいね、そうだよ」

 

静かな部屋の中に場違いな子供の声が割り入った。たった今静かに呟かれた祈りの言葉を正確に翻訳した少年は態とらしい調子でパーカーに着替えた人物の元へと歩み寄る。

 

「ねぇ知ってる?さっき宮本詩織さんが殺されちゃってね。刑事さん達が誰も帰っちゃダメだって言ってたよ?」

「へぇ、そうなんだ」

「うん!それでね、詩織さん停電で真っ暗闇の中正確に頚動脈を切られて失血死しちゃったんだよ」

「それは怖いね」

「そうだよね、暗闇の中で正確に目的の人物に近づくには暗視カメラでもなきゃ無理だ。でもそんな物を持って会場へ入るのは不自然。じゃあどうすれば良いか、予め目印をつければ良いんだよ」

「そうだね」

「目印は首元に付けられた蛍光塗料だ。死体を確認したら襟元に付けられたテープが光っていた。停電ギリギリまで詩織さんから目を離さず、暗くなったと同時に殺害した。

詩織さんだって不自然にテープをつけられたら流石に気がつく。そんな中、1人だけ自然な様子で詩織さんの首元を触っていた人物がいたんだよ。彼女の襟を直してやるフリをしてアンタが蛍光塗料のついたテープを貼り付けたんだ!

 

そうだろう?西明日香!

それとも令和のジャックザリッパーって呼んだ方がいいか?

 

……いや、こっちの方が正確だよな。

連続殺人鬼アルシエルさんよぉ!!」

 

「……それは警察署内で呼ばれている私の名前ですね。ゲヘナの神、黒い太陽アルシエル。私には過ぎた名前ですが、何故あなたのような少年が知っているのでしょうか?」

 

明らかに西明日香の様子が変わった。

コナンは舌舐めずりをして警戒度合いを釣り上げる。目の前にいるのは連続殺人鬼だ。一切の油断はできない。

西明日香はゆっくりと瞬きをすると顔に手をやった。そしてベリベリとその顔を剥がす。

 

(やっぱりこの顔も偽物か)

 

その顔を見逃さないようにと目を凝らした一瞬、部屋が眩く輝いた。閃光弾か、コナンは思わず両目を強く瞑る。何度か瞬きをして目を開けると目の前には不気味な人物が立っていた。

其奴は黒い厚手のロングモッズコートを纏い、フードを深く被っていた。足元には堅牢なミリタリーブーツで、手には革手袋がぴったりとはめられている。首元は黒いタートルネックで隠れ、肌の露出は一切無い。その姿はまるで夜の影そのものだった。そして、その顔は悪魔のような面に覆われており、闇に浮かび上がるように冷たい視線をコナンに向けていた。

 

「まさか、私を最初に見つけるのが、このような幼子とは思いもしませんでした」

 

くぐもった声だった。仮面に反響しているせいだろうか。肌の露出がない服装、凹凸のない体格、スラリと長い手足と身長。これでは男か女かの判別もつけられない。其奴は眉間に手をやって小さく息を吐くと、改めてコナンに向き合って尋ねる。

 

 

「貴方は何者ですか、少年。ただの子供では無いでしょう」

 

「江戸川コナン、探偵さ……」

 

「ホー……」

 

殺人鬼は仮面の奥で目を細める。

 

 

「それで、教えてくれないの?誰の為の祈りだったのか?」

「……無垢なる命、罪なき魂への祈りですよ」

「兵頭さんの事?自分が殺した人には祈らないんだな」

「何故?罪深き魂に安息はありません。迎えるは第二の死、魂の死。地獄の業火が完全なる滅びをもたらすのです」

「……どうしてあの人を殺したの?基本的に未解決事件の犯人しか殺さないって聞いてたんだけど。事件は小五郎のおじさんが解決したじゃない」

「そうですね、普段であれば殺しませんが、彼女は私の名を名乗りましたので。これ以上模倣犯が増えて罪なき命が奪われるのは心苦しい。故に彼女には見せしめになって頂こうと思ったのです。」

「そうかい、じゃあ最後にもう一つ。お前に会ったら聞いてみたい事があったんだ。お前、何で殺人犯ばかりを殺すんだ?」

「死に等価なのは死のみ。償いは命を以て行われなければなりません。形だけの懲罰は無意味かつ無価値なのです。特に、裁かれる事なくのうのうと生きさらばえる悪虐共などは、早急に死ぬべきです」

「ッ……何様のつもりだよ!それはッ正義の裁きのつもりか!?どんな理由があっても人を殺して良い訳がない!!」

「……正義を気取ったつもりはありませんが、他者から見ればそうなのかも知れませんね。私のこれはただの八つ当たり、ただの人殺し。私もまた、彼らと同じ罪深き罪人なのです」

 

殺人鬼、アルシエルは十字を切ると祈りを捧げる。

 

「今度は何の祈りだよ。テメェの罪を許してくれってか?」

「いいえ、私の罪に赦しは不要。私は私の行いを悔いません。……罪深い事です、己の意思で私は神に背いている。故に私の魂は、何れかは神に裁かれ、地獄の炎に焼かれる事でしょう」

 

アルシエルはコナンに背を向けると扉を開けた。夜風が部屋へと流れ込み、思わず鳥肌が立つ。そんな中でアルシエルは小さな玉を部屋に投げ込んだ。それが破裂すると猛烈な勢いで煙が噴出される。咄嗟の事で思わず吸い込んでしまった、瞬間強烈な眠気が襲いかかる。

アルシエルは座り込むコナンを見ると部屋を後にする。

 

「……逃げるなッ!お前を裁くのは神じゃない!法律だッ!!」

「成程、貴方は善良ですね。真面目で、良い事です。ですが身の程は弁えるべきだ。その小さな体ではできる事は限られる。義心は結構、ですが蛮勇は控えなさい。いつか殺されますよ」

「うるせぇッ!!俺は探偵だ!探偵が罪を見逃すなんて事はあっちゃなんねぇんだよ!

必ず罪を償わせてやるぞアルシエル!神の元でも、地獄の炎でもないッ、法廷に連れ出して必ずその場で懺悔させてやる!」

「楽しみにしています、名探偵」

 

アルシエルはガチャリと音を立てて扉を閉める。外から鍵がかけられた。

冷たい夜風が殺人鬼の体を撫でる。

アルシエルはフードを軽く抑えると一度チラリと後ろを振り返ってから歩き出した。

 

(貴方が全ての罪を明らかにして、全ての罪を裁いてくれるというのなら、私はいつでもこの命を終わらせても構わないのですが。

世の中はそう、簡単ではありませんからね。この世界には罪が溢れている。殺人は死を以て報われなければなりません。でなければあまりに被害者が浮かばれません。

どうせ何をしても死人は蘇らないのだから、せめて、最低限死んで詫びてくれ)

 

持論だけど、アルシエルは心の中でそう付け足した。

 

(願わくは主が貴方を祝福し、貴方を守られますように。主が御顔をもって貴方を照らし、貴方に恵みを与えますように。主が御顔を貴方に向けて、貴方に平安を与えられますように)

 

「祈っていますよ、名探偵。貴方の幸運を」

 

アルシエルは止めておいたバイクに跨ると仮面を外してヘルメットを被る。アクセルを回し、バイクを発進させる。黒いコートが風に靡き、やがてその姿は夜の街の喧騒の中に消えていったのだった。

 

 

 

      

 

      *   *   *

 

 

 

後日──

 

『再び“令和のジャックザリッパー”による犯行が発生しました。鈴木財閥の相談役、鈴木次郎吉氏が行ったパーティーでの出来事でした』

 

ニュースでは例の事件のことが報道されていた。みすみす殺人鬼を逃してしまった苛立ちからコナンは朝ごはんを食べながら貧乏揺すりをする。

 

『SNSではジャックザリッパーを褒め称える声もよく見られ、警察関係者は危機感を──』

 

(何で人殺しを褒め称えてやがるバーローめ)

 

スプーンをガシガシと噛みながらスマホで例の殺人鬼について検索をする。

 

「コナンくん、行儀悪いでしょ?スプーンを噛まないの。スマホもダメ、食べ終わってからにしなさい」

「はぁい、ごめん蘭ねぇちゃん!」

 

蘭に注意されコナンは大人しくスマホを仕舞う。

 

(待ってろよアルシエル。その不気味な仮面、俺が必ず剥ぎ取ってやる。血に塗れたその顔を白日の下に晒してやるからな!)

 

探偵のその目は、激しい闘志でメラメラと燃えていた。

 

 

 

 

 

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