事の始まりは、小五郎の元を訪れた一人の女性からであった。依頼内容は人の捜索。探偵業を営んでいれば珍しくもない依頼のはずだった。だが今回は、そう単純に片づけられるものではなかった。探してほしいと頼まれたのは高校生の少年。依頼人自身の息子である。
「まあ、要するに家出少年の捜索ってわけだな」
書類を受け取った小五郎は、そう結論づけて依頼を引き受けた。ここ最近は“眠りの小五郎”としての名が広まり、持ち込まれるのは殺人や強盗といった事件解決の依頼ばかり。だからこそ久しぶりの人探しは、彼にとって少しばかり新鮮に感じられた。かつて警察に在籍していた頃を思い出すような懐かしさすらあったのだ。
しかし結論から言えば、少年は見つからなかった。
聞き込みを行い、夜の繁華街で張り込み、SNSを調べ、行動範囲を洗い出した。探偵として定石とされる手段を踏んだが、どれも空振りに終わる。時間だけが過ぎ、依頼人の女性が提示した期間のうちに、少年の姿を確認することはとうとうできなかったのである。
調べの中でわかったのは、少年がいわゆる非行少年であったという事実だけだった。夜ごとに家を空け、煌びやかなネオンの下、同じような境遇の少年少女たちと集まり、時には法に触れるような遊びに手を染めていた。新宿の街の片隅の、吐き出された煙草の煙とアルコールの匂いが混ざる雑踏の中に彼は確かに居場所を得ていたのだという。
「いつも通りに帰っていったはずだけど……」
その夜、たまたま居合わせた仲間の少年がそう証言した。だがその声にはどこか曖昧な響きがあった。酒のせいかそれとも薬のせいかは分からないが、曖昧なその証言をどこまで信じてよいのかも定かではない。小五郎は判断を保留せざるを得なかった。
結局、小五郎はこれ以上己にできることはないと結論づけた。探偵といえども警察のような権力を持つわけではない。限界があるのだ。彼は依頼人の女性に調べた内容を伝え、警察に正式な捜索願を出すよう促すしかなかった。
そのとき、女性は小さな声で呟いた。
「警察は……警察は役に立ちません」
顔を伏せ、震える手でハンカチを握りしめながら彼女は言葉を続けた。
「昌太、言ってたんです。最近、友人達と連絡が取れないって。いなくなったのはあの子だけじゃない。他にも子供たちが姿を消してるんです。でも、家出を繰り返す非行少年だからって、警察はまともに取り合ってくれないんです。一応、形だけ動いてくれているようには見えるんですけど、進展はまるでなくて……。どうせまた家出だろうって、そのうち帰ってくるだろうって、そう判断されてしまっているんです……」
声を絞り出すようなその訴えに、小五郎は言葉を返せなかった。女性はそれ以上縋ることもなく、深々と頭を下げて事務所を後にした。
その場に居合わせたコナンは、彼女の残した言葉がどうしても胸に引っかかった。
(失踪したのは依頼人の息子一人じゃない……?)
非行少年の家出と片づけるには、どうにも違和感が大きすぎる。彼一人ならまだしも、友人や他の少年までもが姿を消しているのなら、ただの非行や家出で済むはずがない。彼らの存在が社会から疎まれ、表に出てこないだけで、もっと多くの子供たちが同じように消えているのではないか。
コナンの胸の奥に冷たいものが広がった。
(集団失踪……いや、これは……誘拐事件、かもしれない……)
そう直感したコナンは、迷うことなく決意した。小五郎が手を引いたとしても、自分は真実を突き止める。そう心に誓い、コナンは単身、調査へと乗り出したのである。
* * *
「ねぇお姉さん、この人のこと知らない?」
「あ?あー、昌太じゃん。……苗字はなんだっけ、えーっと」
「立花」
「そうそう。立花昌太」
その日の夕方、コナンは明かりが灯り始めた新宿の雑踏へと足を踏み入れていた。小五郎が依頼人から受け取った資料の中にあった昌太の写真を、スマホにこっそりとと撮って持ち出し、それを手に人混みを縫うようにして探し回っていたのだ。そして、そこで出会えた一人の少女に声をかけ、写真を差し出して尋ねたのである。
「知り合い?」
「うん、探してるの!」
「そー言えば、ここ2、3日見てないね。アイツ毎日来てたのに……」
ガードレールに腰掛けていた少女は、薄暗い街灯に照らされた顔をしかめながらそう答えた。不健康そうに見える顔色には隈が浮かんでいたが、その奥にかすかな心配の色が滲んでいた。
「誰かと揉めちゃったとか?」
「いやー、揉めるとかそう言う度胸があるタイプじゃないよ。なんやかんやで、あいつチキンだったから」
「じゃあ、なんでいなくなったんだろう。お姉さん心当たりとかない?」
「ない、かなぁ?でも最近来なくなってるやつ多いんだよねー」
「何人くらいか分かる?」
「いや流石に、知らんけど……結構見なくなったやつ多いと思う。ポリ公の取り締まりキツくなったのかな」
少女は飄々とした調子で答えながら、足をぶらぶらと揺らし、次の瞬間には道路の方へと目を向けた。ちょうどパトカーがゆっくりと通り過ぎていくのが見え、その姿に彼女の眉がぴくりと動く。補導されることを恐れる気配が全身からにじみ出ていた。彼女はコナンに軽く手を振ると、身軽にガードレールから飛び降り、小走りで人混みの中へと消えていった。
(やっぱり、いなくなってるのは昌太くん1人じゃないんだ。あの子の言ってる感じだと、4、5人……いやもしかしたら、もっと多く……)
街の喧騒の中で、コナンの胸に焦りが広がっていく。人混みを歩き回りながら、彼は次々と少年少女に声をかけ、断片的な情報を集めていった。だが同時に、別の感覚が心の奥に引っかかる。
(見られている……?)
誰かの視線が背中に突き刺さる。調査を始めてすぐの頃から、なんとなく感じていた気配。それが今、ひとりになった途端に明確に強まった。
相手が誰であれ、炙り出してやる。コナンはそう決意すると、何気ない素振りを装って路地裏の方へと足を向けた。街灯の影に体を紛れ込ませ、相手の視界から消えると同時に駆け出す。そして狭い路地を抜け、回り込むようにして、麻酔針が仕込まれた腕時計に手を添えながらその気配の正体の前に飛び出した。
「……!」
一瞬、相手の姿を見た瞬間、コナンは驚きに目を見開いた。
「あ、あれ?昴さん!?」
「やぁコナンくん。こんなところで1人で何をしているんだい?」
現れたのは見知った青年の顔。サーモンピンクの髪を整え、清潔感ある佇まいをした男、沖矢昴だ。今は住んでいた家が燃えて無くなってしまった為、工藤新一邸に住んでいる東都大学の院生……という設定で生活している赤井秀一である。
彼の素性を知るコナンの脳裏に、かつての経緯が一瞬よぎる。以前は黒ずくめの組織に潜入していたFBI捜査官、赤井秀一。だが組織にスパイであることがバレてしまい、命を狙われたため、今はその死を偽装し、身を隠すために“沖矢昴”として暮らしている。まさかこんな場所で顔を合わせるとは思わず、コナンは思わず声を詰まらせた。
「さっきから僕を見てたのって昴さん?」
「どうかな……そうかもしれない。君がやたらと……恐らくだけど家出少年や少女達に話を聞いてまわってるのが見えて、一体何をしているんだろうと気になっていたからね」
沖矢は穏やかな笑みを浮かべつつ顎に手を当て、小首をかしげる。その仕草は軽やかだが、スモークグリーンの瞳はじっとコナンを射抜き、彼の心の奥を探ろうとしていた。
「何か捜査中なのかい?」
少しの逡巡ののち、コナンは口を開いた。彼ならば信頼できる。そう判断して、自分の考えを打ち明ける。ここ最近、非行少年たちが立て続けに姿を消していること。そしてそれはただの家出とは思えないこと。
「なるほど……」
沖矢は眉間に指先を当て、静かに考え込んだ。
「確かに、アメリカでもホームレスや娼婦なんかを狙った殺人や誘拐などは多い。けれどそういう人達は大抵誰にも心配されないし、たとえ身内がいたとしてもよくある事だと判断して探されないから、事件に巻き込まれていたとしても発見が遅れてしまうんだ」
「今回の件はそれと似たパターンかもしれないって、昴さんはそう思うの?」
「どうだろう。そもそも新宿に非行少年が屯するようになったのも最近の話だし、初めてのパターンだから断定はできない」
言葉は曖昧に濁しつつも、その声音には確かな重みがあった。断定はできないが、あり得ない話ではない。そう言い切るように昴はコナンを見据え、その反応を待つ。
「僕はこれから、さっきの人が言ってた記者の人を探すつもりだけど、昴さんどうする?」
「記者?」
小首を傾げる昴に、コナンはこれまでの聞き込みの中で得た情報を告げた。幾人かの少年少女の証言によれば、子供たちが次々と姿を消し始めたころ、一人の記者が現れたという。彼は彼らに尋ね回っていた。この写真の中に見覚えのある顔はないか、いなくなった子供達は誰かと揉めていなかったか、最近何か変わったことはないか、周囲に見慣れない人物はいないか、と。まるでコナンと同じように事件を追っているようで、あるいは逆に、犯人が自らの犯行の露見を恐れて様子を探っているのかもしれなかった。
「さっきの子が言ってたんだ。今日もその記者を見たって。あっちの方に歩いていったって言ってたから、僕はその人を探しに行くつもりだけど」
「なるほど。なら僕も同行しよう。もし仮にその記者が危険人物だった場合、ボウヤ1人では心配だからな」
昴の言葉には柔らかい響きがあったが、その奥に潜む鋭さをコナンは聞き逃さなかった。単純な好奇心もあるのだろう。しかし彼が共に行動してくれるのは心強い。コナンは頷き、足を踏み出した。
「じゃ、行こう」
短くそう声をかけると、小さな体で前を切り、昴を先導するように足早に歩き出した。
* * *
意気揚々と歩き出したはいいものの、当然ながら新宿は広く、入り組んでいる。人々の話し声、笑い声、そして車の走行音が絶え間なく響き、街全体がざわめいている。コナンが知っている記者の情報は“黒いサマーコートに帽子の男”という曖昧な特徴だけ。それだけの情報でこの迷宮じみた街中から一人を見つけ出すのは、やはり難しかったようだ。
「……やっぱりそう簡単にはいかねぇか」
コナンは人波を縫いながら小さくため息をついた。その隣で昴は何も言わなかったが、気遣うようにふっと歩を止め、すぐ近くのコンビニへと足を向けた。
「飲み物でも買ってくるよ」
そう言って昴は軽く笑みを浮かべ、雑踏に紛れていった。その背を見送ったコナンは、礼の言葉を呟いてから再び群衆の方へと視線を戻す。夜の新宿は昼間以上に人で溢れていた。会社帰りのスーツ姿の大人、キャリーバッグを引く観光客、そして行き場のない若者たち。
(こん中から1人2人いなくなったところで、そりゃ誰も気がつかねぇよな)
心の中で吐き捨てるように思う。自ら家を飛び出してきた少年少女の存在など、この街にとっては塵のようなものだ。誰も探しはしないし、誰も気に留めない。だからこそ、そこに目をつけたのなら、犯人は相当狡猾で、周到だ。
(手がかりは……殆どない。あるとすれば、あの子達に聞き込みをしていたっていう“記者”だけだ)
コナンは小さく呟いた。
「問題は、その記者の男が何者なのか……だけど……見つけられるかな……」
返事が返るはずのない独り言。だが──
「顔も名前も知らない人物を探すと言うのは中々に骨が折れるだろう?名探偵」
耳に届いた声は、予想もしていなかったものだった。昴の穏やかな声ではない。似ても似つかぬ、しかし決して忘れられない声。コナンは反射的に振り返り、驚愕に目を見開いた。
「お、お前は!?なんでここにッ!」
そこに立っていたのは、黒いサマーコートを羽織り、キャスケットを深くかぶった男。その牡丹色の瞳が冷たく細められ、銀の髪が街灯の光を受けて淡く揺れる。彼は口元をわずかに歪め、愉快そうに笑った。
「探していたのだろう?ボクを。だから来た」
「ジャック!!」
思わず名を呼ぶ。その名はコナンが決して忘れられない、殺人鬼の名。
「ボクこそが、君の探している記者だ名探偵」
銀髪を揺らしながら殺人鬼、ジャックザマーダーは微笑んだ。その瞬間、コナンの全身に緊張が走る。探していた“記者”が、よりにもよってこの男だったというのか。
「テメェが探り入れてるってことはやっぱり……」
「恐らくは連続誘拐殺人事件だろうな。早く犯人を見つけ出さねば被害者は増える一方だ」
そう言うと、ジャックはやれやれと言わんばかりにため息をついて眉間を揉んだ。連続殺人犯が一体どの口でため息をついてるんだと言いたい気持ちをぐっと飲み込み、コナンはジャックを睨む。
彼が“記者”を名乗るならば、必ず何かを掴んでいるはずだ。今ここで探りを入れなければならない。そして彼よりも先に真犯人を突き止め、犯人が殺される前に止める。
「協力しよう名探偵。事件は早く解決させるに限る。さて、単刀直入に聞くが君はどの程度情報を掴んでいるのかね?」
「残念だがこの件に関しては今日知ったばかりだよ。いなくなった少年の母親が、1週間前におっちゃんのところに捜索の依頼に来てな。結局見つけ出せなかったんだが、妙だと思って1人で捜査に来たんだ」
「ふっ、君は相変わらず鼻が利くな」
ジャックは口角を吊り上げると、懐から何枚かの紙束を取り出した。それは数枚の顔写真。渡されたそれをコナンが手早く目を走らせる。
「この中に君の言っている人物はいるかね?」
写真に写るのは、どれも年端もいかぬ少年少女の顔。しかし探していた立花昌太の姿はなかった。コナンがその旨を告げると、ジャックの眉間に皺が寄った。
「また被害者が増えたな。その人物はボクも把握していない」
低く呟くと、ジャックはスマホを取り出し、手早く何かをメモしていく。淡々とした仕草。だがそこから滲むのは、この件が彼にとっても予想以上に厄介であるという認識だった。
彼が見せた写真の人数だけで7人。だが把握しきれていない者まで含めれば、さらに多い。果たして何人が既に拐われているのか。
「非行少年は被害届が出ない事もある。家庭環境が悪いとか、そもそも失踪に誰も気がついていないとか……ともかく、顔も名前も出身も、何も分からない被害者を探し出すのは骨が折れる」
「だが、把握しているだけで8人、間違いなく消えている。これは偶然で片付けられる数字じゃないだろ。確実に何かが起きているんだ。早く見つけ出してあげないと」
「そうは言うがね、運に恵まれなければ難しいと思うぞ。ただでさえ何も知らない者を探すのも大変なのに、特に戸籍がない少年たちというのは、どこから手をつければいいものやら分からない。いたのかいないのかも、分からないのだから。まるで幽霊さ。消え去った幽霊を見つけ出すなんて、どうやればいいものだかね……」
ジャックはそう言うと腕を組み、どこか遠くを見るように目を細める。
「存在しない人物を探すのは困難なのだよ。……だから、誰もボクを見つけられない」
「抜かせ、俺が見つけ出してやるよ。お前の本当の顔も、名前もな」
「っふ。果たしてできるのかね、君に」
挑発的に見下ろしてくるジャックの牡丹色の目。その瞳に浮かぶ挑戦的なの色に、コナンは強い意志を宿した瞳で真っ向から応じた。絶対に逃さない。必ず自分が証拠を掴み、この男の存在と罪を暴き出す。その決意が、胸の奥で鋭く燃えていた。
だが、そんな一触即発の空気を切り裂くように、落ち着いた男の声が割って入った。
「おや、コナン君の知り合いですか?」
当然のようにそこに立っていたのは沖矢昴だった。コンビニが混んでいて戻るのが遅れたのか、それとも物陰から様子を窺っていたのか、コナンには判断がつかない。だが確かなのは、彼がちょうどのタイミングで現れたという事実だ。その片手にはコンビニの袋、中にはペットボトルが二本入っている。
「もう一本必要でしたかね?」
「いいや結構、気遣いは不要だとも」
「そうですか」
柔らかい笑みを浮かべ、昴はコナンの前にしゃがみこんでジュースを一本手渡した。その自然な仕草の裏に、張り詰めた緊張を隠していることに、コナンは気づく。昴の視線がふとジャックに移った瞬間、その奥底に鋭い光が宿ったのを見逃さなかったからだ。
昴の脳裏には、あの電車で出会った奇妙な人物の姿が鮮やかに甦っていた。銀髪、異様な雰囲気、ただ者ではない気配。疑念というより確信に近いものが胸を支配していたが、それを表に出すことなく、眼鏡の奥の瞳を細めてごく自然に問いかける。
「どこかでお会いしたことがありますか?」
「さてね。人の顔を覚えるのは得意じゃないんだ。貴方の名前は?」
「沖矢昴です」
「はて、覚えがないな」
「そうですか。以前ミステリートレインで出会ったお嬢さんによく似ているので、てっきりご兄弟か何かかと」
昴は眼鏡を指で押し上げながら、穏やかさを崩さず言葉を放つ。灰原とやけに親しい様子だった彼のことは、昴としても気にかかる。しかしジャックは、あたかも取るに足らぬことのように薄く笑みを浮かべて返す。
「世の中には顔の似ている人間が多くいるからな」
さらに、軽く肩をすくめて続ける。
「それにボクは生まれた時から片親だし、どこかで顔も名前も知らない兄弟姉妹が産まれていても不自然ではない。それかもしれないね」
言葉の響きに揺らぎはない。詰め寄ろうとしても煙のようにかわされる。これ以上深追いすればかえって不自然になるだろう。昴は冷静に引き下がり、「それは、失礼なことを尋ねてしまい申し訳ない」と一言詫びてから話題を戻した。
二人の視線が互いを探り合うその瞬間、コナンは厄介なことになったと心中で呻きつつも、敢えて二人のやりとりから目を外し、人波の向こうへと注意を向けていた。だからこそ、次の光景をいち早く捉えることができたのだ。
雑踏の奥、路地の入口に、先ほど話を聞いたあの少女の姿があった。
(そばに誰かいるな。それに……車も……)
一見すれば、ただの迎えのようにも見える光景だった。だが胸の奥に生じた小さな棘が、思考の隅に刺さったまま抜けない。少女は嫌悪を滲ませるように眉を顰めていた。けれど、それと同時にどこか諦めを含んだような影が表情に落ちている。その顔を横目に見ながら、そばに立つ人物が車のドアを開け放った。
(まさかッ!?)
少女は今日もオールで遊ぶと言っていた。とはいえ、迎えが来る可能性はゼロとは言えない。だがコナンは考えるよりも先に行動していた。研ぎ澄まされた勘が、危険だと叫んでいたからだ。
人混みを縫うように駆け出す小さな影。その一拍遅れて、背後から昴とジャックの足音が追いかける。
「待ってッ!!」
コナンは全速力で少女に飛びつくように近づき、車に乗り込もうとしていた彼女の袖を強く引いた。驚いた少女が振り返り、怪訝そうに「え何?さっきの子じゃん」と口を開く。
コナンは彼女を背にかばうように立ち、運転席にいる人物に「関係者なのか」と問いただそうとする。そして無意識のうちに車へと手を伸ばした、その瞬間だった。
──低く唸るようなエンジン音と共に、タイヤが路面を軋ませた。アクセルが思い切り踏み込まれる。
「コナン君ッ!」
反射的に昴が彼の体を抱き上げる。次の刹那、車はドアを閉めぬまま猛然と走り去ってしまったのだった。