「つぎはおまえだ!」
「ボクかね?急にどうした?」
ジャックは不思議そうな顔をしてコナンを見る。
「違うお前じゃない!もう1人の誘拐犯だ!そいつに当てたメッセージ、“つぎはおまえだ”!」
「そこまで理解したか、流石だ」
「おいジャック!もう1人は今どこにいるんだ!?」
「急にどうしたと言うんだ、1から説明したまえ」
「そんな時間はねぇんだよ!!」
コナンはスケボーを起動させようとして、充電が切れていた事を思い出す。ついていない。
「歩美と灰原が誘拐された。オレとおんなじくらいの女子2人だ。今光彦、友達から電話が来たんだ。要約すると2人が誘拐されるのを見た、連絡が一切つかないって。お前が殺そうとしてる、もう1人の誘拐犯の仕業なんじゃないのか!?」
「確かに犯人は残虐なペドフィリアだ。君の現在の姿の友人であるのならば彼らの嗜好に合致しているといえる」
「ペッ、ペド……!?」
「む……君にはこう言う、行きすぎた残虐行為や特殊な性的嗜好の話はまだ早かったか」
「い、いや、それ自体は知ってる。だったら尚更猶予がない」
「ああ、だが違うと思うぞ」
「何を根拠に」
「“次はお前だ”。これはもう1人の犯人に対する揺さぶりだ。1人は特定できたが、もう1人がなかなか特定できなくてな。3人までは絞ったのだが、その中の誰がこの男の共犯なのか分からなかったんだ。この中の1人が間違いなく共犯者で、他2人は犯人から動画を見せてもらっていた程度の関係者だと見ている。
だが、証拠がない。証拠がないのなら、犯人に出させる他ないだろう。強請って脅して圧をかけて、相手方が襤褸を出すのを待っていた。そのためにわざわざ犯人か、鋭い警察にしかわからないであろうメッセージを出したんだ」
「それがなんの関係があるって言うんだよ」
「犯人はいつボクに殺されるのかと怯えている。実際彼らの車や靴に仕掛けた発信機の反応は全く動いていない。盗聴器のデータを見る限りでも彼らは誰1人家から出ていないぞ」
「お前が見当違いの推理をしている可能性だってあるだろうか」
「それはない。見当違いの推理をして無関係な人間を殺してしまっては最悪だ。慎重に慎重を重ねて、時間をかけて捜査をしているんだ。ボクの推理に間違いは無い」
「どんな自信だ」
「だがそうだな、これはただの自負だ。証拠も根拠も何も無い。ボクの推理が間違っていたという君の意見にも一理ある。ボクの脅迫により追い詰められた真犯人が、自棄になって最後の凶行に及んだ可能性だ」
ジャックは眉間を揉むと、顎に手をやり、しばし何かを考えた後、人差し指を立ててゆっくりと瞬きをした。
「その場合、今回の誘拐事件はボクのせいということになるな」
木の枝から身を起こすとジャックはチラリと後ろを見る。階段は薄暗く、ひんやりとした空気に包まれていた。
「よし名探偵、君の友人を助けに行くぞ」
「は!?」
探偵団バッジを使い灰原への連絡を試みていたコナンは虚を突かれる形になった。ジャックはコナンを軽く抱え上げると走り出す。神社を出たところで警察のサイレンが聞こえてきた。恐らくはコナンの連絡を受けて6番目が“だ”の地名の場所を回っている者たちだ。ジャックは一瞬様子を伺うと迷いなく道を選び進み、一度も警察官の視界に入ることなく神社から離れていった。その手際を見てコナンは、ジャックがこの辺りの地形を全て頭に入れてきているのだと理解する。
暫し道を歩き、進んだところにバイクが停めてあった。真っ黒い、シャープな車体だ。
ジャックはコナンにヘルメットを渡すとさっさとバイクに跨った。コナンに背を向けて帽子を外して彼もまたヘルメットを被る。
「それで、少女達が何処にいるのか見当はついているのか?」
「携帯は道端に捨てられていたらしい、でもバッジにはトランシーバーが内蔵されているから」
コナンはジャックの上着を掴みながらトランシーバーを起動させようと試みる。ジャックはそれを見ながらバイクを発進させた。とりあえずは現場の公園へと向かって見ることにする。
トランシーバーの方だが、なかなか繋がらない。コナンは焦る。
「クソッ!まだ繋がれねぇ!!おいッ!!灰原!!灰原ッ!!おいッ!!」
「落ち着きたまえ。主は君に耐えられないような試錬を与えない。逃れる道も備えてくださっている。焦る必要はない」
「生憎だがオレは神を信じちゃいねぇんだ。オレが信じるのは目の前にある現実だけだからな」
「ならば尚更落ち着きたまえ。君が焦り、怒鳴った所で現実は好転しない。一つ一つの出来事をしっかり分析し、冷静に対処するべきだ」
「分かってるよ!」
相変わらずトランシーバーはブブブと機械的な音を立てるだけで繋がらない。眼鏡にある追跡機能を発動させる。探偵バッジには発信機が付いているのだ。何度か画面が点滅した後にようやく起動する。
「ついた!」
だが故障しているのか発信機は機能していなかった。がっかりするのと同時に今度はブツブツとトランシーバーから音が響き始めた。どうやら繋がりそうである。それに気がつくとコナンは再びバッジに呼びかける。
「接続が悪くなっていたということはトンネルか何かか?」
「恐らくそうだ。オレがトランシーバーを起動してから接続が良くなるまで15分以上かかっている。このトランシーバーは優秀だし、ある程度深いトンネルとかでもねえ限り通信は問題ないはずだ」
「深いトンネルか、いくつか候補はあるな」
「光彦はオレに電話をよこす前から通信は繋がらなかったと言っている。姿が見当たらなくなって、落ちていたスマホを発見。慌ててバッジで通信をした時は繋がった。だがその10分後には接続が悪くなった。通信が途切れてから今この瞬間まで、時間にして25分ほどは通信できなかったって事だ」
「では恐らく亜尾トンネルだな。全長21.5km、地上からの深さは58m。米花公園からの距離やルートを考えると、一番可能性が高そうだ」
「ああ。通信が良くなって来た時間と、トンネルを抜ける頃合いも一致する」
「とりあえずそちらに向かうぞ」
ジャックはコナンをチラリと確認すると一気にバイクを加速させた。思わず「うわ」と声をあげてジャックの胴体に強く腕を回した。さりげなく性別を確認できないかと思ったが、中に何かを着ているようでどちらなのか確認できなかった。
風がコナンの顔を叩きつける。バイクのエンジンが轟音を響かせ、街の素早く駆け抜けていく。人々の視線は彼らの暴走を追いかけていた。車の間を縫うように進み、裏道のような所でさえ迷いなく駆け抜けて、予想よりずっと早くに亜尾トンネルに辿り着いた。
「おい灰原!灰原聞こえてるか!?」
『えぇ……聞こえ…る……よ……』
「灰原!!」
『遅かったじゃないの江戸川君、そんなにジャックザリッパーに夢中だったわけ?』
「言ってる場合か!?おい、状況はどうなってる!?」
『そうね、これは……トラックの中かしら?そこまで大きくはないトラックじゃない?』
「お前らは無事なのか?」
『縛られているだけで無事よ、吉田さんはまだ眠っているけど。突然襟首を掴まれて荷台に放り込まれたから、打撲はあると思うわ。今のところはその程度ね』
「外の様子は何も分からないのか?トンネルは結構混んでるけど、お前らはもう抜け出してんのか?」
『そうね。暫くは動きが緩やかだったけど、今は少し良くなったわ。完全に抜け出したわけではないけれどある程度は進んでいるみたい』
「分かった!すぐ助けに行くから待ってろ!」
コナンはトランシーバーを顔から離し、ジャックにトンネルの先に向かうように指示を出した。それが聞こえていた灰原は動揺して「ちょっと嘘でしょ!?ジャックザリッパーといっしょにいるの!?」と僅かに声を荒げたが、今説明をするのは面倒なのでコナンは無視をすることにした。
車の間をするすると通り抜け15分でトンネルを脱出する。軽トラはいくつかあるが、どれもハズレだった。
「灰原!何かヒントになるようなものはあるか!?」
『とは言ってもねぇ……暗くて中はよく見えないし、手足は縛られているし……あれ、ちょっと待って……』
灰原はトラックの荷台で寝返りをうつ、その要領でなんとか身を起こした。真っ暗な車内を見渡す。トンネルを抜けたおかげか荷台を覆ったシーツの隙間から仄かに光が差し込んでいた。
(これは…檻……?)
灰原はそれを見て目を細める。身を低くして床に手を這わせると冷たいステンレスの感触が伝わって来た。その手が何かに触れる。小さく細い、これは……
(藁……?)
それに気がついた灰原は集中してトラックの匂いを嗅いでみた。すると僅かだが獣臭さを感じる。
『江戸川君、分かったわよ』
「なんだ?」
『これ、ただのトラックじゃない。家畜の運搬車みたい。サイズは、そうね……恐らくよく見るタイプの軽トラックより一回り大きいくらいかしら』
「よくやった灰原!」
「家畜の運搬車、となると牧畜の関係者の可能性が高いな。屠畜場で殺害されてしまったら証拠を見つけるのが困難になる」
「クソッ!!」
「案ずるな。司法が有罪にできなくても、ボクが必ず殺してやる。命の対価は命をもって」
「させねぇよそんな事!どっちの命も無事なまま事件を解決させてやるッ!」
コナンはジャックの背中越しに道路を睨みつける。あの車も、あっちの車も違う。シートで覆われている大きめのトラックは一体どこにあるのか。目を凝らしていると灰原から『さっき道を曲がって、それで渋滞を抜けたみたいだわ。今はくねくねと動いているし、これは山道かしらね』と連絡が入った。
コナンは即座にこの渋滞で出せる速度とかかった時間を計算する。そしてスマホの地図を見て予測を立てる。
「川崎の方だ!山を超えた先に峯田屠畜場ってのがある!」
「峯田牧場か。確かあそこは豚肉の生産から加工まで自社で行なっていたな」
「そこに向かってくれッ!」
「了解した」
ジャックはバイクを急転回させ、逆走する。「おい何やってんだ!?」とコナンは慌ててその背中にしがみついた。無理矢理中央分離帯を通り抜け、反対車線に入る。そして直ぐに高速道路から一般道へ入る。また直ぐに脇道にそれ、今度は山道へと入った。ジャックは「オフロードでくれば良かったかな」と愚痴りながらバイクで山道を駆け上がる。
5分ほど山道を登り続け、やがて目的地へと辿り着いた。木の影にバイクを停めて下車する。コナンはヘルメットをジャックに投げて渡すと先に走り出した。
そこにあるのは寂れた牧場だった。
看板には笑顔の豚のイラストが描かれているが錆び付いていて不気味な雰囲気である。
入り口には、家畜を運搬するトラックが3台並んでいた。その車両は古びた外観をしており、泥や汚れで覆われている。荷台には緑色のシートが被せられていた。駆け寄ってシートを退かして中を覗いてみるがどのトラックの中にも何もいなかった。
「外れかね?」
「いや……」
コナンは荷台に乗り込むと、ステンレスの床に落ちていた小さな何かを拾い上げた。
「当たりだ」
それは探偵団バッジだった。ならば直ぐに見つけてやらねばならない。奥の古びた建物が併設されている屠畜場だろうか。2人はそちらに足を進める。と、奥から2人の若い男が歩いて来た。2人はやや息を乱しながらもコナン達に声をかける。
「も、申し訳ありませんが、ここは関係者以外立ち入り禁止でして」
「豚に妙な菌が移っても困りますので、すぐに出ていってもらえますでしょうか?」
コナンは考える。
恐らくはこの2人が犯人だ。目の動き、話し方、落ち着きのない態度、妙に高揚している様子などを見ればわかる。
問題はこの状況からどうやって誘拐を証明するか。友人の持ち物がトラックに落ちていた、と。その程度の事ならいくらでも誤魔化しが効く。2人は既に屠畜場に運ばれているかもしれない。落ちていたのは灰原の探偵バッジだった。通信して無事を確かめることもできない。
さて、どうするか──
「迷っているのかね?」
「ああ、どうやって罪を認めさせるか。無理矢理押し通る事も出来るだろうが、万が一この人達が無関係だったらただの暴行だ。彼等が誘拐犯だという物的な証拠は何一つない。だが警察が来るまで待っていたら、その前に全部処分されてしまうかもしれない」
「死体を豚に食わせるという手もあるからな」
「嫌な事言うんじゃねえよ!」
「そう言う時はこうするんだ」
ジャックは懐に手を入れると警察手帳を取り出し、それを2人に見せた。コナンは驚いて、思わず警察関係者なのかと尋ねたが、小声で偽物に決まっているだろうと返される。
「私は警察だ。貴方たちが攫った2人の少女は既に保護している。この牧場は警察に囲まれており、貴方たちに逃げ場はない。大人しく投降しなさい」
その言葉を聞いて男2人は激しく動揺していた。「そんなわけない」だの「クソ」だのと悪態をついてなんとか状況を好転させられないかと必死に考えている様子である。
「言っただろう。証拠がないのなら、犯人に出させる他ない。強請って脅して圧をかけて、相手方に襤褸を出させるんだ」
「おいおい」
「彼等はボクが押さえておく。屠畜場を見てきたまえ」
ジャックは男2人を脅してその場に釘付けにする。コナンはその隙に走って屠畜場へと向かった。辿り着き、屠畜場の扉を開けるとムワッと独特の臭気が漂ってくる。
「灰原ッ!歩美ッ!!」
「あ!コナン君ッ!!」
「あら、遅かったじゃない。危うく殺されるところだったわよ」
そこには2人がうずくまっていた。歩美はギュッと両目を瞑っている。灰原に絶対に目を開けたらダメだと言われたらしい。「もう開けても良い?」と聞かれるがまだダメだと止めた。加工中の豚の体がたくさん吊るされているこの光景は、あまり歩美の精神に良くないだろうからだ。
コナンは2人の縄を解くと屠畜場から連れ出した。外に出てようやく目を開ける許可をもらった歩美は「遅いよコナン君!歩美怖かったんだよ!!突然攫われて!なんか変な匂いするところだったし!哀ちゃんは絶対目を開けたらダメって言うし!」と矢継ぎ早に話し出した。
コナンは2人を連れてジャックの場所へと戻る。と、犯人と思われる若い男2人は地面に蹲っていた。まさか殺したのかと慌てるも、どうやら叩きのめされただけのようだ。無謀にも彼らは連続殺人鬼に襲いかかったのだ。当然ながら相手になるはずもない。
「2人がここから見つかった事が証拠になるね。もう逃げられないよ」
「うう……クソ……」
「なんでこんな事をした!お前が殺された少女連続誘拐殺人事件の犯人の、共犯者か!?」
コナンの問いに、2人は違うと否定した。ジャックは灰原達の姿を見ると「少女に聞かせる事ではない」と言い、コナンを呼び寄せた。大人しく彼の元へと向かったコナンはしゃがんだジャックに耳打ちされる。
「分かりやすく言うと、彼等はロリコンだ」
「げ……」
「ペドフィリア程強い性的興奮を覚える訳ではないらしいが、幼い少女に興味があったらしい。襲いかかってきたから投げ飛ばしたら、急に怯え出して全部自供したぞ」
「どいつもこいつも……」
「畜産を営んでる己らなら、バレずに少女にイタズラ出来るのではと考えたらしい。死体の処理など容易いだろうからな。それにバラバラ殺人や少女連続誘拐殺人犯が世間を騒がせている今、罪をそちらに被せられるのだろう、と考えたようだ」
愚かな事だ、とジャックはため息をついた。手に持っていた犯人のスマホを縛った彼等の手元に投げ捨てる。
「彼らの携帯電話から警察には既に連絡しておいた。これでこの事件は解決だな。よくやったぞ名探偵、誰の命も奪われなかった。見事守ってみせたな」
「……いや、オレにはまだ守るべき命がある」
「ホー、それは誰のことだね?」
「“つぎはおまえだ”。お前が命を狙っている、真の共犯者だよ」
「ではどうするというのかね?」
「今、ここで、オレがその3人のうちの誰が共犯者なのかを推理する!」
ジャックは牡丹色の鋭い瞳を見開いて驚いた。
「安楽椅子探偵という訳か。いいだろう。やってみせろ」
ジャックは人差し指を立て口元に持って行く。片目を瞑り少し考えるような仕草をした後に語り出した。
3人の容疑者の性別、性格、顔、体格、出身校、住所、家族構成、趣味、嗜好、生い立ちや金銭に関する状況まで全て細かく、だ。
そして7つの誘拐殺人事件の詳細、攫われた場所、時間、状況、手口。死体の情報、殺害方法、女児の性格や容姿、彼女達の生い立ちや趣味嗜好、通っている学校まで。
そして容疑者達のアリバイ。既に殺されている主犯の男の情報。主犯の男が語った事も徹底的に、だ。
コナンは少しでも気になったこと、引っかかる事があれば徹底的に問いかけた。ジャックはその全てに正確に答える。脅威の記憶力を持って、容疑者達の発言でさえ、事細かに話した。
ジャックは容疑者の知人や、時には殺した男に変装して何度も接触していたのだ。警戒心が強かった共犯者はそれでも尻尾を掴ませなかった。だからジャックザリッパーは最後の手段として直接的な脅しに出たのだ。捕えていた主犯の男を殺害し、共犯者にメッセージを送った。
コナンはじっと目を閉じていた。彼の頭の中で、事件の全ての詳細が再現され、情報がパズルのピースのように組み立てられていく。曖昧な情報の中で、真実を見つけ出すための手がかりを必死に探す。
事件の詳細を何度も何度も考える。聞いた話、容疑者たちの行動、そして犯行現場の状況が、頭の中に浮かび上がる。その情報を一つ一つじっくりと検証し、相互に結びつけながら、事件の全貌を解き明かすのだ。
時間が経ち、コナンの眼にほんのりと光が差し込んだ。1人の男が事件に関与している可能性を見出したのだ。その容疑者は他の2人とは異なり、奇妙な発言をしていたのだ。
ジャックの記憶が間違いではないのなら、アレは暗号だったのだろう。
何度も何度も考えて、考えて、確信した。
コナンの周りの空気が一変し、その場に静寂が広がる。彼の心臓の鼓動が速まる。
(見つけた、見つけたぞ。この事件の真実を!)
彼は深い呼吸をし、瞑目していた眼を開き、その輝く眼差しでジャックザリッパーを見つめる。
「……まさか、本当に分かったのか?ボクから話を聞いただけで」
「ああ、少女連続誘拐殺人事件の全容はきっとこうだったんだ」
コナンは静かながらも堂々とした姿勢でジャックを見据え、ゆっくりと語り出した。彼は情報を冷静に整理し、その真実を明らかにするために話を進めていく。
コナンの話は緻密であり、その推理は的確であった。容疑者の行動や証言を分析し、事件の真相に迫るために欠かせない手がかりを丁寧に説明した。
「成程、筋が通っている。あの発言が暗号だった訳か」
「ええ、本当だわ。それが犯人達の秘密のメッセージだったって事ね」
「それにそのトリックを使えば、彼だけがアリバイを偽装する事ができる。つまり彼が共犯者か。だがいいのかね、それをボクに教えてしまって」
「ああ、問題ねぇよ。分かった時点でとっくに高木刑事にメールした」
コナンはジャックにスマホの画面を見せる。その画面には高木刑事が男に手錠をかけている様子が写し出されていた。スマホで地図を見ているふりをして、事件の説明を始めるより先に高木に連絡を入れておいたのだ。
「共犯者は既に捕まったのか」
「ああ。お前にビビってたのか、警察が来たらすぐに全部自白したそうだ」
「成程、推理が悠長だったのはコレの為か。回りくどく冗長で、つまらない落語家の話を聞いている気分だった」
「この話の落ちはまだついてないぜ、ジャックザリッパー。退屈と判断するにはまだ早い。この話は、子供の長話に付き合った間抜けな殺人鬼が自分で呼んだ警察に捕まる事で落ちがつく。そろそろお前が呼んだ警察が到着する頃だろう」
「ふふ。いいや、この話の落ちはそうではないぞ」
ジャックは笑った。そして縄で縛った誘拐犯のスマホを拾い、いじってコナンに投げ渡した。その画面は通話履歴だった。直近の電話は個人の電話番号で2時間以上前だった。警察へ通報した痕跡はない。
「ボクが……いえ、私が自ら警察を呼ぶ訳がないでしょう。殺人鬼の簡単な嘘を信じた間抜けな探偵が、慌てて通報するも時既に遅し。これが落ちです」
ジャックは懐から取り出した悪魔のような面を被り、恭しく頭を下げる。
「血に塗れた惨劇が起こる場にて、いつか我らは再会する事でしょう。それではさようなら、名探偵」
ひらりと手を振り、身を翻したジャックを見て、コナンは焦る。自分の失態に舌を打ちつつ「逃すかッ!」と叫ぶと、ボール射出ベルトからサッカーボールを出し、キック力増強シューズのダイヤルを回して思い切り蹴り飛ばした。
ボールは猛烈な勢いでジャックザリッパーの背中に迫る。が、
「2度、同じ手は食らいません」
ジャックは振り返り様に腰から大型のタクティカルナイフを取り出した。そして、それを一閃。
ジャックは完全にボールを見切り、真っ二つに切り裂いた。
ボールは大きな音を立てて破裂し、夜の山に閃光が走る。コナンは思わず目を瞑ってしまった。
もう一度目を開いた時には殺人鬼の姿はどこにも無かった。彼が乗っていたバイクもなく、バイクの排気音も既にかなり遠ざかっていた。
すぐに警察に連絡入れたがこの様子だと簡単に逃げられてしまうだろう。コナンは「ハァ……」と大きなため息をついた。3回出会って、3回とも逃げられた。苛立ちで髪をぐしゃぐしゃと乱していたら、「あら、でも今回は引き分けでもいいんじゃないの?」と灰原が声をかけてきた。
「どういう意味だよ」
「彼の標的のうち1人は逮捕されたんでしょう?ジャックザリッパーは逮捕された人間は殺さない。貴方は一応、その共犯者の命は守ったと言えるんじゃなくて?」
「そんなんで喜べっかよ。これから先もきっとアイツは人を殺す。一刻も早くとっ捕まえてやんなきゃならなかったんだ」
コナンはジャックが去っていったであろう方向を睨みつけた。そんな彼に歩美が後ろから話しかける。
「ねえねえコナン君、今の人が令和のジャックザリッパーさん?」
「え?ああ」
「へぇ、目元しか見えなかったけどかっこいい人だったねぇ」
「あらダメよ、相手はたくさん人を殺している人なの。そういう感想を抱くのはあまり良くないわ」
「え?どうして?」
「そうね……ボニーとクライドって知ってるかしら?9人の警官と4人の一般人を殺害した、昔のアメリカの巨悪な犯罪者」
「彼等が活動していたのは1930年代。当時のアメリカは世界恐慌や禁酒法でかなり荒れてたんだ。憂さ晴らしの如く暴れ回る彼等を、英雄視する者も少なく無かった」
「お金持ちを狙い、貧乏人は狙わない。そんな義賊的な姿勢が人気を集めた原因ね」
「逃亡中の彼等を匿ったって事で、確か20人以上が起訴されてるんだよな」
「ええ。分かる?要はボニーとクライドの時と同じ事が起こりかねないのよ。一般人を狙わずに、未解決の殺人事件の犯人のみを殺して回るというジャックザリッパーの行動はある意味義賊的だわ。現状でも彼を称える人間は少なくない。その状況で彼の顔が整っているなんて情報が広まれば、この流れはあっという間に加速する」
「民間まで奴の味方にまわっちまったらとんでもない事になるって事だ。怪盗キッドの時だって、一般人はかなり警察の邪魔になってるんだよ。
そのキッドだって、エンターテイナーのような一面のせいで忘れがちだけど、被害総額は400億円以上の超凶悪な犯罪者なんだぜ?人を殺してないだけで」
「ええ!?そうなの!?」
「ああ。そんな奴の味方を増やすような事はやっちゃいけない。だから歩美ちゃん、今日見た事は警察官以外には絶対に話さないようにしておいてくれ」
「分かった!コナン君がそう言うなら」
歩美はよく分かっていない様子で頷いた。それを横目で見ながらコナンは眼鏡の追跡機能を発動させる。標的はもちろんジャックザリッパーだ。 だが彼のバイクや服、靴などにつけた複数の発信機は全てコナンの後ろの方をうろちょろとしていた。振り返ってみると、そこにあるのは豚を飼っている畜舎だった。
(あの野郎。オレがつけた発信機、全部豚につけやがったな)
コナンは怒ったような呆れたような、なんとも言えない表情で深いため息をついた。
警察には連絡を入れたがこの山奥に到着するのは一体いつになることやら。
移動手段のないコナン達3人は、致し方なしに警察が来るまで豚牧場で時間を潰すしかなかったのであった。