パーティー会場は、華やかな衣装を纏ったゲストたちの笑い声とグラスが触れ合う音で満ちていた。BGMとして流れる軽快なジャズのリズムが、雰囲気を一層盛り上げている。しかし、その瞬間は突如として訪れた。
パン!一発の銃声が会場に響き渡る。
会場は一瞬で静寂に包まれ、全ての目が音の発生源に集中した。陽気なBGMが会場に虚しく鳴り響く。
撃ったのは、日焼けしたイタリア人風の女性だった。彼女は冷たい眼差しで周囲を見回しながら、腕を天井に向けたまま動かない。恐怖に凍りついた客たちが、ゆっくりと後ずさる。
蘭は咄嗟にコナンを隠した。彼女の背後でコナンはメガネの望遠機能を発動させ、女の顔を見る。
(あの顔ッ!)
見覚えがある。それも直近だ。
(イルザンナブル……ッ)
銀行強盗、その他犯罪の動画に映っていた。指名手配されている国際的な犯罪組織、イルザンナブルの構成員の1人だ。嫌な予感は現実となった。
コナンが歯を噛み締める後ろで、会場の入り口のドアが強く開かれた。勢いよく開かれたその扉から、銃を構えた男たちが次々と現れる。10人近くの男たちが、黒い服装に身を包み、手にはそれぞれ銃を持っていた。彼らは素早く周囲を見渡し、あっという間に会場を制圧した。
会場の客たちは、突然の出来事に息を飲み、動けなくなっていた。会場は華やかさを失い、恐怖と驚愕に染まっていく。
「
リーダーと思われる男がそう指示を出すと、マフィア達の半数が会場から出て行った。男は反抗する人間は殺しても構わないと指示を出す。
マフィア達はまずレストランエリアへと向かった。そこの乗客たちはまだ事態を理解しておらず、歓談や食事に夢中だったが、突如として現れた男たちの威圧感に圧倒され、静まり返った。犯人たちは迅速に乗客たちに指示を出し、立ち上がらせてパーティー会場へと誘導した。
次に彼らが向かったのは、ラウンジエリアだ。ここでも同様に、乗客たちは最初は戸惑い、次第に恐怖が広がっていった。犯人たちは無駄な言葉を使わず、手短に命令を下す。乗客たちはその指示に従わざるを得ず、互いに肩を寄せ合いながら、パーティー会場へと足を進める。ラウンジに残されたコーヒーカップや本が突然に中断された平穏な時間の名残を物語っていた。
客室のエリアに進むと、マフィアたちはドアを一つずつ開けていった。部屋にいた乗客たちは、突然の訪問に驚きと恐怖を隠せず、逃げ場のない状況に追い詰められる。犯人たちは冷徹に、そして効率的に乗客を連れ出し、廊下を通ってパーティー会場へと連行した。
そして10数分もすれば、会場に来ていなかった客達がたくさん連れてこられていた。だがその中に少年探偵団の子供達の姿がない。
(どういうことだ、アイツらはどこに……)
コナンは人影に隠れる。そして探偵団バッジを起動した。
「灰原、おい灰原。聞こえてるか?」
『あら、どうしたの江戸川くん?』
とりあえず灰原が無事なようで、コナンはホッと一息ついた。
「灰原おめーら今どこにいるんだ?」
『船内を探検中よ、今は車両甲板。船に乗ってるのに車を見るなんて物好きよね』
「灰原よく聞け、この船は今テロリストにシージャックされてる」
『え?』
「いっとくが冗談なんかじゃないぞ、犯人は前にニュースに出てたイルザンナブルだ」
コナンが小声で灰原に状況を説明する中、イルザンナブルのリーダーの男は宣言した。この船には爆弾を仕掛けた。仲間達も皆銃火器を持っていて、お前達にできる事は何もない。大人しく我々の指示に従え、と。
怯える客達を代表して、小五郎が尋ねた。
「目的はなんだ?」
「
「
「
「
「
リーダーの男は探偵という言葉に反応した。そして仲間の1人を呼び寄せると、1枚の写真を小五郎に押し付ける。
「
コナンはメガネの望遠機能を使い、小五郎に渡された写真を見る。だがそれは、どう見てもただの写真だった。そばかすのある、スペイン人風の女が小さなフルートのような楽器を持っているぶれた写真だった。写真にはブレブレだが、撮影に使ったスマートフォンについていたのであろう豚のストラップが写り込んでいた。
(あれが、暗号……?)
コナンは写真をよく見る。その写真には何かが書かれていた。楽器に1、スマホについている豚のストラップに漢字の二のようなもの。そして女性の頬にtresだ。
(くそ、サッパリわかんねぇぞ)
リーダーの男はそれだけ言うと小五郎の側から離れて行ってしまった。小五郎はなんの暗号かと尋ねるが、黙って解けと言われてしまう。
『大丈夫なの?』
「まずいかもな。あの暗号、オレでもサッパリだぞ。おっちゃんが解けんならそれに越した事はねえけど、多分無理。それよりそっちは問題ないのか?」
『今のところはね。とりあえず、身を潜めてるわよ』
「おめーら以外の客は多分みんなここに集められてる。子供達が余計な事しないように見張っててくれ。コイツらは多分、マジで容赦なく人を殺す。それが子供でもな」
『分かった。気をつけるわ』
灰原との通信を切ると、コナンは落ち着かない様子で振り返る。すると扉が少し開いているのが目についた。大人の出入りは不可能だが、子供の姿のコナンならバレずに脱出する事が出来る。
(爆弾もあるって言ってたし、とりあえず脱出するか)
ニュースで見た船のように沈没させる訳には行かない。爆弾を解除しながら、暗号を考えよう。答えがわかったら博士に連絡すれば良い。コナンはそう考えて、探偵団バッジを博士のポケットにこっそりと入れた。
(まずは車両甲板に行って、灰原達と合流を)
そう考えた時だった。
マフィアのリーダーが怒鳴ったのだ。
「
どうやら仲間の1人から返事が来ないらしい。
コナンは扉のそばからこっそりと様子を伺う。マフィア達の様子がおかしい。何か慌てている。
「
「
(何が起きてる?)
何なんだ、そう思いながらもコナンは一つ、予感がしていた。いや、予感ではない。これは確信だった。
クラブのようなBGMの下、マフィア達は慌てている。今なら間違いなく逃げられる。
「
「
リーダーはすぐさま誰かに通話を掛ける。相手が出たら、怒鳴るように捲し立てた。
「
『
「
『
確信した。
アイツはやはり生きていた。
電話の向こうで何発かの銃声が聞こえる。だがリーダーの男が仲間に呼びかける声もむなしく、やがて断末魔の悲鳴が響いた。そして、静かになった。
電話口から、コツコツと足音が聞こえた。下手人の足音だ。
「
問いかける。
カチャリ、と。スマホを持ち上げる音がした。電話の向こうで、下手人が重い息を吐いた。。
『
告げる。己の正体を。
ふざけてんのかとリーダーの男が喚き立てるが、スマホを踏み砕くような音がした後、一切の応答が無くなった。
「
「
「
リーダーはかなりイラついた様子で会場にいた仲間の数人をジャックザリッパーの捜索に向かわせた。しかもその際外で見つけた人間は全て殺せと仲間達に指示を出していたのだ。残った2人が面倒くさそうな様子で会話を続ける。
「
「
「
「
「
そして、その2人の会話を聞いていたリーダーが苛立った様子で口を挟んだ。
「
「
「
リーダーのスマホから再び銃声と悲鳴が聞こえてきた。また1人、殺されたらしい。仲間の断末魔に怒ったリーダーがスマホを叩きつけた。
コナンは騒動に紛れてその場を脱出する。
(やっぱりめちゃくちゃ頭に血が昇ってんじゃねーか!)
コナンは大きく舌打ちをした。
見つけ次第殺して回るなんて無茶がすぎる。捕まっている人質の事を全く考えていない浅慮な行動だった。おかげでタイムリミットが設定されてしまった。
地図を見て、最短距離で車両甲板へと向かった。
そこは、小学一年生となってしまったコナンの目には広大な迷路のように映った。無数の車が整然と並び、それぞれが大きな鉄の壁となって視界を遮っている。コナンはひんやりとした金属のボディに手を触れ、慎重に歩き回る。冷たい鉄の匂いと少し湿った空気が漂う。なるべく足音を立てないように、静かに隠れられそうなところを探した。
カタリ、と。物音が聞こえてすぐさま身を隠す。
だが何もない。コナンはそぉっと車の陰から顔を出す。誰もいない。物音が聞こえたのは軽トラックからだった。ひっそりと近づき、
「灰原か?」
と、小さい声を出した。
するとトラックの扉が少し開き、灰原が顔を出す。「江戸川くん!?」と驚く彼女をトラックに押し戻し、コナンもその荷台に乗り込んだ。
「あなたどうしてここに?」
「悪いけど探偵団バッジ貸してもらえるか?まずい事になった」
灰原からバッジを借りて、子供達に現状を説明する。この船はイタリアンマフィアのイルザンナブルにシージャックされた事。船内に爆弾を仕掛けられた事。彼らの目的は不明、何故か小五郎に暗号を解かせようとしているが、それはサッパリわからない事。船内に散らばっているマフィアの面々をジャックザリッパーが殺してまわっている事。それに怒ったマフィアのリーダーが、1時間以内にジャックが会場に姿を現さないのなら、客を殺すと宣言した事。
「かなりまずいじゃない」
「殺人鬼とマフィアがここで戦ってんのかよ!?」
「そんなのまるで映画じゃないですか!」
「しかも爆弾が仕掛けられてるの!?」
「シーっ。声が大きいぞお前ら」
コナンに注意され、子供達は慌てて口を押さえて謝る。
「みんな会場で捕まってるのに爆弾まであるってまずいですよね」
「ジャックさんに頑張ってもらいたいけど、1人じゃ厳しいよね」
「爆弾は少年探偵団でなんとかしようぜ!警察もこれねぇし、おれたちしかいねぇじゃんかよ!」
「名案ですね!コナンくん爆弾解除できますし!」
「殺人鬼VSマフィアVS少年探偵団、ですね!」
「バカな事言うんじゃないの!」
はしゃぎ出す子供達を灰原が一喝する。
「国際的な犯罪者をあまり舐めるものじゃないわ!本当に殺されてしまうわよ!」
「ああ、奴ら人を見つけ次第殺せって言ってた。多分オレらがガキでも撃ってくるぞ」
灰原とコナンに注意され、子供達が神妙になったその時だった。複数の足音が車両甲板へと入ってきた。複数ということはつまり、ジャックザリッパーではない。イタリア語で何かを話しているのが聞こえる。コナンは耳を壁に当て、意識を集中させた。
「
「
「
「
「
まずい事になった。
コナンはドアの隙間からチラリと外を覗く。幸いにも彼らは対角線上の、離れた場所にいた。ここは死角だ。
「すぐにここから離れるぞ。マフィア達が来た」
「出なければ見つからないのでは?」
「そうもいかねぇ。奴ら片っ端から中を調べるつもりだ。本気でジャックザリッパーを探してるんだ」
げぇ、と元太が嫌そうな声を出すと、歩美と光彦がすぐさまその口を塞いで「しーっ!」と注意する。
コナンたちは車の陰に身を潜め、慎重に進んだ。目標は、敵に見つからずに脱出すること。見つかれば、撃ち殺される。緊張感が漂う中、金属の冷たさが手のひらに伝わってきた。
少しずつ、少しずつ前進する。マフィアの足音が遠くで響くたびに身を低くし、息を潜めた。
突然、コナンが止まれと合図を出した。前方でマフィアの影が動いている。5人は息を殺し、動きを止めた。マフィアの男が通り過ぎるのを待ち、その背中が見えなくなると再び進み始めた。子供達の心臓が早鐘のように鳴る。歩美達3人は冷静さを保つために必死だった。
出口が近づいてくる。灰原が後ろを振り返り、マフィアの様子を確認する。安全を確認した彼女の合図で、5人は出口へ続く階段を登り出した。
だが、運は彼らを見放した。
「あ、やべ」と元太が声を出すと同時に彼のポケットからスマホが転がり落ちた。光彦が慌ててキャッチしようとするが、失敗する。むしろ状況を悪化させてしまった。光彦の手とぶつかった事で元太のスマホは階段から外れ、下の方、先ほどまでいた車両甲板の方へとカラカラ音を立てて落ちていった。思わず歩美が「ああ!」と悲鳴を上げる。
「走って!!」
灰原が悲鳴のような声を上げ、慌てて3人の背中を押した。子供達は涙目になりながら駆け上がる。マフィア達がこっちに走ってくる音が聞こえ、コナンはベルトからサッカーボールを射出する。彼らが銃をこちらに向けたその瞬間、キック力増強シューズでサッカーボールを蹴りつけた。
ボールはマフィアの1人の銃を弾き飛ばし、近くの車に命中した。ガラスが割れて飛び散った。
攻撃を受けたと判断したマフィア達は即座に身を隠す。その隙にコナン達は車両甲板から無事に脱出できた。
車両甲板から脱出した先は客室のある階層だった。シンプルで洗練されたデザインで、隠れられそうな場所がない。
コナン達はまっすぐな道を走った。曲がり角に辿り着くが、近くにラウンジエリアがあるだけで、その先に身を隠すような場所はない。
(まずいな、撃たれるぞッ)
とりあえず、曲がり角のそばにあるラウンジの、テーブルクロスが引かれたテーブルの下に潜り込んだ。
(考えろ、考えろッ!)
冷や汗が垂れる。子供達は必死で息を潜めている。逃げたら撃たれる。逃げなくても、撃たれる。
6つの足音が迫ってくる。マフィアは6人。サッカーボールは既に使ってしまった。麻酔針は一本しかない。
(クソっ、クソっクソっ!!どうする!?)
足音はもうすぐ側だ。
男達はまず、ここ。ラウンジを確認するつもりらしい。先頭の男が銃を構えて、ラウンジに一気に飛び出した。その瞬間、銃声が響いた。
「ヒッ」と歩美が悲鳴を上げる。
ばたりと1人が倒れた。倒れたのは、マフィアの男だった。コナンは目を見開き、テーブルクロスを少し持ち上げて覗く。男は下から顎を撃たれて死んでいた。そしてそばに黒衣の人物の姿。
「ジャッ、」
下手人の名前を呼ぼうとした。
彼はいつのまにやららラウンジにやってきていて、入り口の角でしゃがんでいたのだ。マフィアの男が銃を構えて飛び出したその瞬間、視界の下から撃ち殺したのだ。悪魔のような面をつけた殺人鬼、令和のジャックザリッパー。
他のマフィア達が即座に対応し、銃を撃つ。ジャックはたった今殺した男を盾にして防ぎ、発砲した。
ジャックが広いラウンジにいるのに対して、マフィア達は狭い通路にいる。マフィア達は散会して様々な方向から撃ちたいところだが、狭い通路で襲われてしまった為それは叶わない。挟撃の心配がない故に、死体を盾にして銃撃戦を行う事ができていた。
そして死体を投げつける。それと同時に、銃をこちらに向ける男にナイフを投げつけた。
死体を投げられた男と、ナイフを投げられた男が避けようと態勢を崩す。その瞬間、ジャックはナイフを投げた方の男に接近して、至近距離から頭を撃ち抜く。その死体を盾にして、もう1人、死体を投げた方の男も撃ち殺した。的確に2人の頭に弾丸を撃ち込んだのだ。あっという間に3人の命が失われた。
冷酷無比な殺人鬼による、的確な殺人作業。コナンは咄嗟に子供達に耳を塞がせた。そして絶対に顔を上げるなと指示を出す。身を低くする。銃撃戦の流れ弾で死んではたまらない。
奥の男達に、再び発砲して牽制をする。そして、近くにあったテーブルクロスを引っ掴み、マフィア達の方へ投げつけた。
それは敵の視界を塞いだ一瞬で再び身を隠すためだったが、運が悪かった。そのテーブルの下には子供達が隠れていたのだ。
「な、」
思わずジャックは動揺した。
テーブルクロスを交わした男はその一瞬を見逃さず、ジャックに2発の弾丸を撃ち込んだ。頭と胸を狙った銃撃だ。慌てて身を捩る。胸の方は外れたが頭の方は掠ってしまい、仮面の半分が砕けた。
いつか見た銀髪と、鋭い瞳がマフィアを睨む。
「
銃を構えるマフィアの男に、ジャックは近くにあった花瓶を投げつけた。花瓶は撃たれて破壊され、破片が飛び散る。
ジャックは再びしゃがみ、テーブルクロスを掴むと破片から身を守ろうと腕を上げた男の顔に被せる。身内を助けようと、残った2人のマフィアが拳銃をこちらに向ける。
ジャックはクロスで顔を覆った男を、発砲してくるそのマフィアの方へと向けて銃弾の盾にした。思わず怯んだマフィア達に空いた方の手で、何発か銃弾を撃ち込み、彼らの持っている拳銃を弾き飛ばした。それが済むと抱えていた男をテーブルへと背負い投げの要領で叩きつける。
上から大きな振動が伝わってきて子供達は悲鳴を上げる。
投げられた男の首から上はテーブルからはみ出ていた。ジャックは腕を振り下ろし、その首を力づくでへし折る。ぐきりと聞いた事もないような惨い音が聞こえた。折れた首がだらりとコナンの側に垂れてくる。
コナンは思わず絶句する。もはや殺人を止める止めないの問題ではないのだ。推理でどうこうできる次元ではない。殺人をみすみす見逃すことしかできない現状に、強く歯を噛み締めた。
ジャックはその死体を掴むと、思い切り他の男達の方へと投げつける。そして四角いテーブルを掴み、横にして、コナン達をマフィア達の視界から隠した。
拳銃を失ったマフィアのうちの1人が刃物を持って襲いかかってくる。ジャックはソレを的確に捌き、一瞬の隙を見て腕を砕いた。男は激痛に苦しみ、刃物を取り落とした。ジャックはソレが床に落ちる前に拾うと、男の首を切り裂く。
だが、その背中に刃物を持った女が襲いかかった。しかし格闘戦では女は分が悪すぎた。ジャックは彼女の腕を捉えて捻り上げる。そして、地面に叩きつけた。女は思い切り床に叩きつけられ息を吐く。ジャックは馬乗りになると、持っていた刃物を、女の心臓へと向ける。
女は刺されまいと必死に抵抗する。それを見てジャックは一旦片手を離すと、その拳を思い切り刃物の柄に叩きつけた。ハンマーと同じ要領だ。刃物はあっさりと女の心臓を貫いたのだった。
あっという間に、6人の命が失われた。