アルトセイバーをどう改良、いやそもそもどう完成させるか。それが問題だった。
アルトセイバーを預かってから数日。
授業を受けながら、私は悩んでいた。どういうミニ四駆にしたいのか、その方向性が定まらないのだ。
ミニ四駆とはレーシングマシンだ。ならまずは速さは必要だ。
ノートの端にスピードと書く。
けどカーブを曲がれなければ意味がない。
次にコーナーリングど書く。
「ああ、そうだ」
この間のレースのように坂道やコーナーの立ち上がりに加速力もいるなと気付く。
更にパワーと書く。
さてあとは何が必要かな? と思ったが、先日のレースを考えるにアトラクションじみたトンデモコースとかありそうだ。そうでなくとも頑丈さは必要だろう。
下に耐久力と書く。
同じくあのレースでマシンの重さも重要だった。
最後に重量と書く。
こんなものか?
他にもありそうだが、大別すればこれくらいだろう。他にあれば追々。
これらからどれを重視するか、もしくはどれを切り捨てるか。取捨選択だ。
悩む。どれも捨てがたい要素である。
「――星乃さん。聞いてますか星乃さん? この問題を答えてください」
「あー、はい」
どうやらちょっとミニ四駆の事に気を取られ過ぎていたようだ。
いけない。ちゃんと授業は聴いておかないと、すぐ成績が下がってしまうからな。
前に出て指定された問題の答えを書いていく。
書きながら考える。
前回、予選時はパーツの付け過ぎが原因で遅く、その殆どを外し基本性能を上げるパーツだけを付けた時は見違える程に速かった。
少なくともセッティングの土台はそれを参考にすれば良い筈だ。
ウインターレースの決勝まであまり時間がある訳では無い。さっさと自分なりのマシンの形を見出さなければ。
とまあ手にしたばかりのミニ四駆について色々考える訳だが、やはり元々の模型趣味の延長とも言える。
職業がプロモデラーという父親に影響されて始めた模型活動である。
最初はゲームの可愛らしいモンスターの簡単なプラモから作り始めて、気付けばロボットや飛行機や艦船、城なんかも含めて多種多様な模型を節操なく。
細かい作業をするのが性に合っているのだと思う。今では制作動画の配信なんてのをしようかなと色々は準備していたりもする。
その中で勿論と言うべきか、幾つかカーモデルも作った事がある。
乗用車からレースカー、果ては映画に登場するタイムマシンまで。
そしてミニ四駆である。
実車をそのまま小さくしたものでは無い、独自の世界観を持って作られたマシンの数々。
その特異な造形は惹かれるものがあったし、だからこそコンデレ用にと作りもしたのだ。
最初は走らせるほうには興味がない、というか、気にしないようにしていた。
作るほうが好きだというのもあるが、走らせるほうも走らせるほうで、多分それなりにハマってしまうだろうという予感もしたからだ。
案の定、セイバーというきっかけのお陰で、頭の隅から離れなくなっている訳なのだから。
一度ハマると納得するまで離れられないというのは悪癖ではあるが、制御出来れば強味にもなるだろう。うまく付き合っていかなければと思う。
でないと、
「星乃さん、もういいですよ」
「――え? あっ」
気付けば一問だけで良かったところを黒板に書かれた問を全て解いていた、なんてことになるのだから。
周り見渡せば、教室にある全ての視線がこちらを向いていた。
ちょっと恥ずかしいね?
学校が終わり、帰宅する。
宿題も済まて、夕食を食べる。
この家は私と両親の三人の、父親の職業がプロモデラーという、少々特殊ではあるがごく普通の家族だ。
食事中、ふとお父さんが問うてきた。
「そういえば慧、最近ミニ四駆始めたのかい?」
「ああうん。そうだよ」
「ほー、楽しいかい?」
「うん、一応ね。今はどういう風に作ろうか考えているところ」
「そっかそっか。父さん嬉しいぞ」
どういうことだろうか? と顔に出たのだろう。お母さんがその疑問に答えてくれた。
「あのな慧、アンタ父ちゃんに影響されすぎて、あんま外で遊ばへんやろ? 母ちゃんも父ちゃんも、友達少ないんちゃうかって心配やったんや」
おっと、関西出身のお母さんから、心臓を抉るような容赦無いツッコミがきたぞ。
「うちはよう分からんけど、レースって一人で出来へんやろ? 誰かと競い合うのがレースやねんから。それで皆と仲良く遊ぶんやったら安心やわ」
「…………」
ぐうの音も出ない。出る訳が無かった。
本当、私は親に恵まれたと思う。
「でもだな、折角勝負するんだから勝ちたいよなあ?」
「ん。それは、まあ」
「ならどんな風にすれば良いか、父さんも一緒に考えるぞ!」
「あら、一緒に作らへんの?」
お母さんのその言葉に、お父さんは即答する。
「自分で作るから楽しいんじゃないか。勿論出来ないことがあったら手伝うけどさ」
その言葉にうんうんと私も頷く。
そんな私達二人の様子を見てお母さんは、
「……アンタたち、ホントそういうところは似てんのね」
と呟くのだった。
そして暫く経ち、グレードジャパンカップウインターレース決勝の日。
私は今、電車に揺られていた。
今回、レース会場は鉄道で二十分程揺られた先にあり、その為の電車移動である。
一般的な小学生生活を送っているので電車を普段使わない為、実は電車というのは珍しかったりする。その為、車内を見渡してしまうというのは、仕方がないのでなかろうか。
なんて思いながら車内を観察しつつ大人しく座っていたのだが、よく見ると車内広告がGJC一色に染められていた。
そういえばと思い返すと、普段お世話になっている模型店にも目立つところに広告がされていた。それにここ一週間ほどテレビのCMにもよく流れていたな、とも。
ともあれこれらの広告宣伝や先日のレース会場等を考えるに、ミニ四駆事業というのは実は結構儲けているのだろうか。
そんな事をつらつら考えていると、隣の車両がどうにも騒がしい。
詳細は分からないが、どうやら同年代くらいの子供達が騒いでいるらしい。あ、車掌さんに注意された。
全く、元気なのは良い事だが節度は持って欲しい。
その後静かになった電車に運ばれて会場最寄りの駅に到着。そこから数分歩けばレース会場だ。
「はー凄いな。こんなに高いビル、初めて見た」
トライタワービルの三十階。それが今回の決戦の場だった。
ここは総合複合施設及び、ランドマークタワーとして大手不動産が建築した地上四十階、地下二階建ての超高層ビルである。
基本的には様々な企業が事務所を構えているが、低層には映画館と食事処、高層には展望エリアとイベントエリア等があり、一般の人も気軽に入れるようになっている。
今回の舞台である三十階がその展望エリアであり、吊り橋に見立てた連絡橋で上層階での行き来が可能になっていた。
さてそんな建物の前まで来て、ここで気になることが一つ。
GJCスタッフが観客としてきた人達を誘導しているのだが、それがそれぞれのビルに分かれて向かっているのだ。
まさか三棟ワンフロア完全貸切だろうか。いや、地区予選の会場規模を考えるとそれもありうるか。
「……体力作り、しないといけないかも」
今後もGJC規模の大会に出るのであれば。
少し眉を歪めつつ、私は案内に従ってビルに入っていった。
三十階に到着し会場入りすると、そこは熱気に包まれていた。
超高層ビルのワンフロア丸々となると結構な広さになる筈だが、意外と狭さを感じた。
何故ならフロアの半分以上を遮るように、テレビ番組のセットの様な仕切や暗幕が設置されていたからだ。
その向こうを窺い知る事は出来ないが、どうやらコースとなっていらしく、予選の様にスタート直前まで様子が分からないようになっている。
そんなものがあるのだから、観客席は人数が全体の三分の一とはいえあまり余裕のあるスペースでは無いみたいだった。
そこから観客の為の大型スクリーンと車検場やスタッフエリア等を除く、フリースペースはやはり少々の手狭さを感じる。
そんなものだから、
「つぁ~、なんだなんだ!?」
やんちゃな子供が走れば他の誰かにぶつかる、というのも容易に起こるのだった。
「ちょろちょろすんな、邪魔だぜ」
「な、なんだとコノヤロ〜!」
「やめろよ豪」
「豪? そうかお前らが噂のレッツゴー兄弟か」
どうやらぶつかったのは兄弟である二人組の弟? で、ぶつかられた方は、見知った顔だった。
「笑わせるぜ、地区予選で勝ったくらいで調子に乗るなよ」
黒沢だ。どうやら自信満々なのは変わらないようだ。
どうやら兄弟にはそれ程興味は無いようで、すぐに踵を返したが、そこで私と目があった。
「やあ」
「ふん」
手を上げたが、こちらを一瞥しただけでそのまま去ってしまった。
つれないなとは思うが、まあまだ顔を合わせただけの仲だしこんなものかとも思う。
「あれ? もしかして星乃さん?」
「え? あ……、確か星馬、君だっけ?」
ふと名前を呼ばれて声のしたほうを向けば、兄弟の兄のほうだった。
確か隣のクラスの生徒だった筈だ。あまり関わりが無かったので辛うじて顔と名前を知っていたくらいだったが。
「そ、星馬烈。こうして話すのは初めてだよね、よろしく」
「うん、こちらこそよろし――」
そこで気付いた。星馬兄弟が手にしているミニ四駆。見間違う筈もない。間違いなくセイバーだ。
「ああ、これかい? 土屋博士って人から託されてね。僕のはソニックセイバー。コーナーリング重視のマシンなんだ。そして弟の豪のは」
「俺のはマグナムセイバー、無敵のかっとびマシンさ!」
「……へえ、とても速そうだね」
「へっへー! 良く分かってんじゃん」
星馬兄は赤と緑の流線型の、星馬弟は青と赤のファイアーパターンの塗装が施されていた。
パッと見でもそれぞれ方向性は違えど、相応の改造が成されているのが分かる。
「ところで烈兄貴、コイツもしかして兄貴の彼女か? 隅に置けないじゃ〜ん」
「そ、そんなんじゃない! 変なこと言うなよ豪。星乃さんも困っているだろ」
「えー、ホントかよ〜?」
……ふむ。ちょっと関西の血が騒ぐな。
「実は前から烈くんのこと気になってたの」
なので腕組みアピールをしてみるなど。
「なっ――!?」
あ、固まった。
「ヒュー! 烈兄貴やっるー! 帰ったら母ちゃんにホーコクだな!」
「あっ待て豪! 星乃さんもいきなりなにするんだよ!? ああもう!」
そんなこんなで星馬兄弟は騒がしくも車検受付のほうに走り去っていった。
……あの兄弟、からかうと面白いな。
「あの、ぼく、こひろまことって言いますけど、今の本気じゃないですよね?」
今度は星馬兄弟と共にいた、眼鏡の男の子が話しかけてきた。
「やっぱり分かる?」
「なんとなくですけどね。ところであなたも決勝レースの参加者ですよね? 確か黒沢くんと同じレースに出てた」
「……え、どうして知ってるの?」
「公式サイトに載ってましたよ」
「そうなの?」
聞けば全レースの結果がランキングとしてあるらしい。知らなかったな。
ミニ四駆本体の事はかり調べていて、大会の事自体は殆ど調べてなかったので気付かなかった。今度からそういうのも気にしておこう。
「それじゃあ私もそろそろ登録してくるよ。また後で」
「はい、また後で」
無事登録も済み、レース直前。
私達レース参加者は仕切られていた壁の向こう、ベールに包まれていたコースへと案内された。
『皆、用意は良いかー? グレードジャパンカップウインターレース、いよいよ決勝だ! そしてコースはここ、スーパーウィンドサーキット!』
天井付近からバニーガールを伴って、足場ごとミニ四ファイターき降りてきた。
ファイターが言うには名前の通り『風』がテーマであるという。風を制する者が勝利を手にする、と。
「ふぅん……」
しかし風か。風、ねぇ。何か引っ掛るものを感じる。
『スイッチ、オン!』
合図と共に会場に設置された多数の強力扇風機から強風が吹かれ始めた。
ファイターが簡潔にコース説明をする。
第一の難関、シーハリケーンコース。
海に見立てた巨大プールの上には一本道。緩いカーブが続くコースは強風が巻き起こす水飛沫によって、水浸しといえる状態だった。
幾人かが急いでレインタイヤに交換をしているの見て、私もそれに倣うことにする。
前回の反省を踏まえ、一通りの予備パーツを揃えたのは正解だったようだ。まあ、お陰で今月のお小遣いの大半が飛んでいったが。やはり何事も初期費用はかかるものだ。
『さあ各自スターティンググリッドについてくれ』
全員がマシンのスイッチを入れ、駆動音が響く。手に持つマシンが早く走らせろと言っているかのように感じる。
「あれは、黒いセイバー!?」
ふと聞こえてきた声のほうを向くと、星馬兄弟が黒沢のブラックセイバーに驚いていた。
そうか、あの二人はブラックセイバーを初めて見るのか。黒沢も黒沢で無駄に煽るから騒がしい。
……これは口を出すと更に騒がしくなりそうだし、黙ってようかな。
それに二人共、黒沢とブラックセイバーに気を取られていて、離れた位置にいる私に気づいてなさそうだ。向こうが気付くまでは口出ししないでおこう。
スタート位置で構える愛車を見る。
前回は借り物としてのアルトセイバーのデビューだった。
だがしかし、今回は私のマシンとして完成したアルトセイバーのデビュー戦だ。
ベースカラーは預かった状態と変わらず白。そこに黒と金の色で風の流れを意識した塗装を施している。
ウイングは幅広ではあるが、縦には細い実際のレーシングマシンを意識したものを取り付けてある。
中身もそれなりに弄っているので、私が走った予選レースを知っている者は驚く筈だ。
『スタート五秒前!』
カウントダウンが始まり、そして、
『……二、一、スタート!』
「む」
ちょっとマシンから手を放すのが遅れたか? やはり意識せず緊張したのだろうか。若干他のマシンより遅れを取ったが、誤差の範囲内だ。十分に巻き返しは出来る。
レース直後の展開は、マグナムセイバーがスタートダッシュを決めた。
確かに星馬弟が豪語するように直線に強いマシンだ。あれなら自慢するのも頷ける。
それを見て私もこれからだと気合を入れたのだが、ここで思いがけないトラブルが発生した。
『おおっと、早速コースアウトが発生!』
二つ隣の内側を走っていたマシンが路面対策をしてなかったのか、濡れた路面とカーブでコースアウト。しかも落ちた場所が私のレーン。そう、不可抗力とはいえアルトセイバーの進路を塞いだのだ。
「いけない!」
手を伸ばすも間に合わず、アルトセイバーは道を塞いだマシンにぶつかる。
その勢いでアルトセイバーはコースアウトせずにひっくり返るだけで済んだが、相手マシンが弾き飛ばされてしまった。
そう、コースの外。プールの方へと。
眼の前で吹き飛ぶマシンに反射的に身体が動き、ギリギリキャッチ。
しかし、そこは水の上。そのまま水中に落ちてしまった。
『あーっと! ここで最後尾でコースアウト発生! レーサーが一人海に落ちてしまったぞ。大丈夫か〜!』
「ご、ごめんなさい!」
「……いや、良いよ気にしないで」
すぐに水面から顔を出して謝罪してきた相手に対応しつつ、水中から脱する。
手放さなかったマシンを返して、自分のミニ四駆を手早くチェック。
……どこも壊れてはない、な。良し。
ちらりとぶつかったほうも見ると、同じように確認していたが、ずぶ濡れ以上には問題はないようだ。
前を向く。
これ以上はタイムロスなんて出来ない。ここから仕切り直しだ。
その後、シーハリケーンを危なげなく抜けた先はデンジャーブリッジという、予想していた通り連絡橋を利用したコースが待ち構えていた。
「さ、寒い」
濡れ鼠の状態でビル風に当たるのは身体に悪すぎる。さっさと踏破したいところだ。
コースを確認すると、直線ではあるが起伏が激しく、高層階ということもあって自然の風も強い。ファイターの実況の通り、風にマシンが吹き飛ばされたら落下の危険もある。
……まあ流石に落下防止ネットがあるから大丈夫だろうけど。
でなければ安全基準を満たせず、開催など出来はしないだろう。
前に目をやると、先頭グループはもう大分吊り橋を進んでいた。
やはりセイバーの一強か。先頭集団を形成する三台はどれもセイバーだった。
あとは少し遅れてこひろ君のアバンテが健闘しているくらいか。
それらを追いかけつつ、すっと引っ掛かっていた事に対して合点がいった。
このレース、いや、予選を含めたウインターレース自体が空力マシン、セイバーに有利過ぎる。
空力を考慮されていないマシンでは、セイバーと比べて基本性能に差が出る。
ウインターレースで性能テストをしてるのだろう。多分、このレースで結果が出れば商品化、そういう流れだと思われる。
そうなるとこのレース以降、フルカウルミニ四駆の時代がやってくる。それ程のものなのだ、セイバーとは。
それ自体は決して悪いことでは無い。むしろ歓迎すべき事だろう。新しい時代を迎えるのだから。
だが、そこで可哀想なのはこのレースに出場した他のレーサー達だ。要はセイバーのダシに使われたのだから。
まあ、些か悪いように言ってはいるが、全くの間違いと言う訳でもない。
そもそも、セイバーを使ってる奴が言うなという話でもある。
だったら、セイバーという新時代のマシンを託されたのなら、セイバーの可能性を示せと言うなら、それに応えるのが私ができるせめてもの事だろう。
「いくぞ」
ここからだ。アルトセイバー、お前の速さを皆に見せてやろう。
最初に気付いたのはこひろ君だった。
「え?」
第二の難関サンドストームコース走っていたこひろ君は、このタイミングで抜かれた事に驚いていた。
後続とはまだ差があった筈だと。
長い砂煙を残して走り去るアルトセイバーと、私の後ろ姿を呆然とした目で眺めるしかないようだった。
私はそんなこひろ君の姿に敢えて何も言わず、一瞥するにとどめた。
彼にはまだ何も思うところはない。
少しだが人となりと走りを見て分かるのは、彼は平凡で、しかし愚直で堅実な努力家ということだ。
彼がこのレースで健闘出来ているのを見るに、目立たないがかなりの高レベルな、だがまだこれからのレーサーだ。だから敢えて何も言いはせず、先へ進む。
翻って先頭集団を見ると、このエリアの終盤を走っているところだった。
思ったより差が縮まっているが、実況を聞くに一悶着あったからだろう。
順位はどうやら星馬兄弟が先頭争いをしていて、黒沢が少し遅れを取っているみたいだ。
これなら最終エリアで追いつけそうだ。
こちらはある理由によりダートには慣れている。なんとかなるだろう。
サンドストームコースも何事もなく抜ける。
前後のマシンとは離れていて単独で走れる状態だったので、トラブルに見舞われることも無かった。
そして二度目のデンジャーブリッジ。この手前で最後のピットインだ。
一度目はタイムロスを考慮してレインタイヤのまま駆け抜けたが、ここからは全速走行用にタイヤを履き替える。余程のことが無い限り、タイヤ交換せずに最後まで行こうと思う。
最初のデンジャーブリッジでの走りを思い返しても、吹っ飛びはしないだろう。
タイヤ交換を終了し再スタート。
予想通り、コースから飛び出すことも無く、先程よりも速く順調に走行している。ダウンフォースが効いている証拠だ。
アルトセイバーの調子は良好。では、先を行っている三人は……?
「やっぱり」
セイバー使い達は案の定、三人共ピット作業に入っていた。ミニ四ファイターの言うファイナルステージ、コスモサイクロンに対応する為だ。
だがこれが致命的な隙となる。
全てはピットインのタイミングの問題だ。
一見、トライタワービルそれぞれの屋内に設置されたステージに目が行くが、このレース全体で考えて攻略の鍵を握るのは、寧ろステージ間を繋ぐデンジャーブリッジだ。
実際に走っていて気付いたが、第一第二ステージのコースと比べてもデンジャーブリッジの長さはそんなに変わりがなかったのだ。
コーナーやステージギミックに惑わされるが、走行距離としてはあまり変わらない。
これがどういう事かというと。
このレースは三つのステージとその繋ぎで構成されているのではなく、五つのステージで構成されているという事。
しかもこのデンジャーブリッジ、一つ目と二つ目でコース構成が同じなのだ。
だからどこまでスピードを出せるかなど、ある程度対策が立てられる唯一の場所でもある。
そしてコスモサイクロン到達時、タイミングはほぼ同じと考えて、手前で停止し再スタートしたのと、デンジャーブリッジからそのままの勢いで突入したのと、どちらがその後のコース攻略において有利かは言うまでも無い。
「予選での借りは返したよ」
「てめえ!」
未だピット作業中の黒沢の横を通り抜ける。
そして、遂に彼らに追いついた。
『おっとここで大番狂わせ! 煌めく白星、星乃慧ちゃんのアルトセイバーが信じられない勢いで追い上げてきたー!』
「なんだって!?」
「なっに〜!?」
超高速ダウンヒル突入直後に、マグナムセイバーとソニックセイバーに並ぶ。
二人共良いリアクションをくれる。今日一番の驚きじゃないかな?
「やあ、さっきぶり」
「どうして君が!」
「全然気付かなかったぜ」
「それは勿論、土屋博士からセイバーを貰ったからね。それにちょっと面白そうだから黙ってたんだ」
対して私も私で多分今凄い良い笑顔をしていると思う。やっぱりサプライズが成功すると楽しいのだから。
それに、サプライズはこれだけでは無い。
「ああそれと、もう一つ――」
言葉を途切り、ちゃんと伝わるように。二人の顔を見て。
「――
所詮私は元々の趣味の延長でやっているような、にわかレーサーだ。
この大会の全ての出場者の中で、一番レーサー歴が短い自覚もある。
未だ外様感覚が抜けない、皆とは一歩横にズレた場所が立ち位置なのだ。
でも、そんな私でも、新時代のミニ四駆はここまで到達できるという事を示す。
だから、
「行け、アルトセイバー! 見せつけろ!」
ともすれば倒れそうになる急坂を、私のセイバーが駆け抜ける。それは、徐々にマグナムとソニックを引き離す程で。
「そんな」
「嘘だろ」
今は全てを置き去りにして、アルトセイバーは行く。
そのまま超高速ダウンヒルを半ばまで進み、最後のエリア、風のトンネルに突入する。
台風並みの猛風が吹き荒れる中、アルトセイバーはダウンフォースを効かせつつ進んでいく。
が、
「前に、進めない! 風が強すぎてっ」
設定ミスだろうか。とてもではないがマシンはともかく、人が進めるような風の強さじゃない。
「って、わ!?」
そんな私の様子をスタッフがモニターしていたのか、すぐに強風が弱められた。
若干躓きそうになるが、なんとか持ち直して走り出す。
星馬兄弟は……あ、側まで来てる。
ミニ四駆自体は相変わらずのリードを保っているが、私自身が足止めされたので、兄弟とは距離が縮まっていた。
流石にあんな啖呵を切った手前、すぐに追いつかれたくはない。
残りのコースは先程までと違い、坂ではあるがゴールまで文字通りの一直線だ。
さっきの足止めの所為で、自分のマシンとは結構離れてしまっていた。早く追いかけなければ。
流石にこれ以上はなにもないだろうと私は考えていたし、レースの運営側もそうだろう。
だが、
「っ?」
何かが揺れた。
……地面? 違う。でも何かが。
一拍の思考時間を経由して、私は答えに辿り着いた。
揺れたのは、照明だ!
直後、先程の異常な強風のせいか、天井から吊るされていた大型の照明が一つ、根本から外れて落ちてきた。
それはちょうど私の真上のもので、そして。
「うっ、ぁ……いった」
目を覚ますと、視界が薄暗くなっていた。それにどこかにぶつかったのか、頭に痛みもある。
ふらふらするので暫く安静にしていたら、何が起こったのか思い出した。
……そうだ、照明が落ちた衝撃に吹き飛ばされて、手摺りにぶつかったのか。
私はどれくらい気を失っていたのだろうか。そんなに時間は経っていないみたいだが。
「声……?」
誰かの話し声がする。
「マグナムが……」
「これじゃ二台共、レース復帰は無理だ」
星馬兄弟の話し声だ。
「おーい、そっちに居るの?」
落下した巨大照明の向こうから聞こえてくる。
「この声は、星乃さん!? 君は無事かい?」
「……まあ、なんとかね。君達は?」
「僕らは大丈夫だよ。でもマシンが……」
どうやら、照明の下敷きになってしまったのか、ソニックもマグナムも、走行不能状態に陥ったらしい。
でも、
「諦めるの?」
「ああ、悔しいけどここまでみた……」
「本当に? 弟君はどうなんだい?」
先程からどんな時でも騒がしそうな星馬弟の声がしない。
「両方のセイバーの部品を合わせれば、まだ走れる」
「豪! そんなことしたら……!」
どうやら弟の方はまだ諦めていないみたいだ。
それなら多分、大丈夫。お互い切磋琢磨して、必ず追い付いてくれる。
「星馬君。弟君もだけど、もう一度言うよ。――先に行ってる。今はたまたま私のほうが速いってだけなんだから、早く追いついてね」
「……ッ! ああ、必ず追いついてみせるさ!」
「へっ! すぐにぶち抜いてやるからな! 待ってろ!」
口角が釣り上がるのが自覚できる。
二人のいる方に背を向ける。
アルトセイバーは随分と先に行ってしまったみたいで、もう駆動音すら聞こえない。
「フフ」
なんだか置いてけぼりを食らったみたいで、ちょっと笑ってしまった。早く行かないと機嫌を損ねてしまうんじゃないかという妄想すらしてしまった。
そして、アルトセイバーはしっかりとゴールしていたみたいで、見事優勝と相成った。
しかし全身ずぶ濡れ、頭から出血、ついでにスタミナ切れで、速攻で医務室に叩き込まれた。
休み明けの学校は休まざるを得なかった。
アルトセイバー、ボディの見た目だけでいいから作ってみたいなあ、とは思ってはいる。思っては。
別視点いる?
-
はい
-
いいえ