荒れ地と砂漠しかないと言われるオーレ地方に隣接する地方のある都市の片隅、スラムと呼ばれる地域に店を構えるジャンク屋の二階をその少年はねぐらにしていた。
幼くして両親と死に別れ、孤児院を逃げ出した少年は、親が唯一残してくれた二匹のポケモンだけを心の拠り所とし、誰にも心を許さずに独りで生きて来た。
そして今、十代も半ば過ぎたばかりのその少年は相棒の二匹のポケモンと共に、この界隈では負けず知らずのストリートバトル専門のポケモントレーナーへと成長していった。
そんなある日、少年は住み慣れた部屋の中の私物を全部、昨日買ってきたザックの中に放り込んだ。衣類と身の回りの日用品、それと布団代わりに使っていた寝袋。
それだけが、この部屋にあった少年の持っているものの全てだった。
支度を済ませると、少年はもはや何もない部屋には見向きもせずに扉を閉めて階段を降りる。
「行くのか?」
ザックをサイドカーに積み込む少年を見て、ジャンク屋の親父が声を掛けてきた。
「ああ」
素っ気なく応えて少年はバイクに跨った。
相棒のポケモン達がヒラリと脇の車に飛び乗る。
「もう、戻ってくんじゃねぇぞ。こんなゴミ溜めなんぞに」
少年は答える代わりに、親父に何かを放った。
それは二階の部屋のカギだった。
親父は軽く鼻を鳴らし、それをポケットに突っ込むと頭に乗せていたゴーグルを掴み、少年に放る。
「餞別だ。持って行け」
思わず中空でそれを掴み取った少年に、ぞんざいに言い放った。
使い古されたものだが、無いよりはましだろう。
少年は無言でそれを頭に付け、バイクを発進させた。
振り返ることなく一直線に、荒れ地が広がるオーレ地方へと。
§ § §
何処までも延々と、赤茶けた大地が広がっている。
ここオーレ地方は雨が少なく、降っても全て地下深く沁み込む為に草木が育ちにくい。常に乾燥した荒れ地と砂漠、そして岩山だらけの不毛の土地だった。
その所為か、野生ポケモンも殆どおらず、いたとしても乾燥に強いサボネアか、サンドやイシツブテ、それにエアームドくらいのものだろう。
だが、それらにしても滅多に見る機会はない。
そんな荒涼とした荒れ地を、一台のサイドカーが土煙を上げながら、一直線に東に向かって爆走していた。
オフロード用に馬力を際限まで上げた奴である。そんな大人でも手こずりそうなじゃじゃ馬を運転しているのはアッシュブロンドの少年だった。幅広のゴーグルで顔は見えないが、十代半ば過ぎといったところか。断熱加工の施された長袖の青いロングコートを羽織り、その裾を疾風になびかせている。
そして、脇の車の中には二匹の小柄なポケモンが、風を避けるように身をかがめながら乗っていた。
やがて、何もない荒れ地の先に、赤茶けた肌をむき出しにしてそそり立つ岩山が現れた。
少年はその岩山の割れ目の一つにサイドカーを潜り込ませる。
頭上を覆うようにそそり立つその割れ目の奥には、岩肌をくり貫いて造ったと思われる鉄骨がむき出しの建物があった。人目を避けて造られたそれは、何かのアジトのように見える。
その建物からエンジン音が聞こえない程度に離れた場所にサイドカーを停め、少年はポケモンを一匹そこに見張りとして残し、その片割れだけを連れて中にいる連中に気付かれないようにそっと建物に近づいて行った。
入口から離れた建物の一角に辿り着くと、少年はコートのポケットから爆薬を取り出し、そこにセットする。
そっとその場を離れ、連れて来た相棒と共に近くの岩陰に隠れた。
起爆スイッチを押す。
爆発音が轟き、岩山ごと建物全体が衝撃で大揺れに揺れた。
その頃、建物の中では「盗」の一文字を背にあしらった赤いベストを着たむさ苦しい男達が、二階の大広間に集まって宴会を開いていた。
「とうとう完成したな」
「ああ、これで一々アジトにボールを取りに来なくても、あれさえ付けてれば、何時でも何処でもただのモンスターボールが、たちまちスナッチボールに早変わりってわけだ」
「これで仕事も、ずっとやり易くなるってもんだな」
「まったくだぜ」
男達は次々にテーブルの上のボトルを開け、上機嫌だった。
そんな時に、突然の大爆発である。
「な、なんだっ?」
「
立っていられない程の衝撃に、テーブル上のボトルや酒のつまみの盛られた皿が、次々と床に叩きつけられて粉々に四散する。
「静まれっ」
「おい、何が起こったのか見てこい」
出口付近の手下の一人を顎で示し、命令する。
「へ、へいっ」
慌てて大広間から飛び出し、指名された男は原因を探るべく一階へと降りて行った。
その時既に少年は、大きく
中は爆発の余波を受け、備品が滅茶苦茶に散乱している。その荒れ果てた部屋の中で、少年は頭のない上半身だけのマネキンの肩に掛かっていたモノを見つけ、にやりと笑った。
それが、彼の目的の物だった。
爆破した壁から離れた物陰にあった為、被害を免れてこれだけは無事だったようだ。
もっともそれを計算して爆弾を仕掛けたのだから、壊れてもらっては困る。
少年は急いでそれをマネキンから取り外すと、置き土産の爆弾をあちこちに投げ置き一緒に来た相棒と共に外へ飛び出した。
爆発によってあちこち瓦礫が散乱する中、漸くここに辿り着いた男が、ぽっかりと開いた壁の穴から出て行く少年に気付いた。
「あ、あいつは……」
急いで少年の後を追おうとした男は、その前に大切な事を思い出して部屋を見回した。
爆風で荒れ果てた部屋の中に、ぽつんと一つマネキンが立っている。
それを見てホッとしたのも束の間、その肩に掛けてあった物が無くなっているのに気付くと、大慌てでその部屋にあったインターコムに飛びついた。
「た、大変だぁっ。あの小僧が、完成したばかりのアレを持って逃げたぞっ!」
「な、なんだとっ!?」
大音量で広間一杯に響き渡った男の声に、ボス以下全員が仰天した。
「追えっ、絶対に逃がすなっ!!」
憤怒の形相で怒鳴り散らすボスの声に、そこにいた野郎どもは我先にと二階の大広間から飛び出した。押し合い圧し合いしながら狭い階段を駆け下り、外に通じる出口へと殺到する。
だが、男達が外に飛び出た時には、既に少年は停めておいたサイドカーの許に辿り着いていた。
奪ってきた物を相棒の片割れが乗る車の中に放り投げ、シートに跨ってエンジンを掛ける。
そして、連れて行った相棒が脇の車に飛び乗ると同時に、サイドカーを発進させた。
「ま、待てーっ」
男達が必死になって追いすがる。
少年は一気にサイドカーのスロットルを全開にさせながら、片手で置き土産の起爆スイッチを押した。
男達の背後で、さっきの比ではない大爆発が湧き起こる。
爆風に半ば薙ぎ倒されそうになりながら、振り返った男達は愕然となった。
見るも無残に破壊されつくされたそれは、もはやアジトと呼べる代物ではなくなっていたのだ。
「おのれ……っ、小僧、覚えていろ……っ!」
見る見るうちに小さくなっていくサイドカーを睨み付け、全身に怒気を漲らせてボスは唸るように吐き捨てた。