未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―アゲトビレッジ Ⅳ―(2)

 レオンが一人でバトル山に修行に向かって、既に二週間が経っていた。

 (せわ)しない世間から隔絶されたアゲトビレッジの日々は、時々ここに住む大先輩に教えを請いに訪ねて来る若いトレーナーが、ショップ前の広場でバトルの練習をする以外は、いたって長閑(のどか)だった。

 その村の一番高みにある、村のシンボルとも言える巨大樹の切り株の根に護られるように建つローガンの家の居間では、老夫婦とその孫娘が何時もの様に、ゆったりとした午後のひと時を過ごしていた。

 居間の床一杯を使って、追いかけっこをしながら遊ぶプラスルとピカチュウをぼんやりと眺めながら、何もする事も無くクッションを抱えてソファに座り込んでいたルナは、今日何度目か判らない盛大な溜息をついた。

「ハァ~~っ」

「どうしたんじゃ、ルナ。さっきから溜息ばかりついて」

 自分のピカチュウが(うずくま)る横の何時もの場所に座り、ゆったりとパソコンの説明書を読んでいたローガンは眉根を寄せて老眼鏡の奥から、さっきから何もせずにただ溜息ばかりついている孫を見た。

「暇なら、またピカチュウ達に稽古をつけてやったらどうじゃ?」

「う……ん……」

 チラッと追いかけっこに飽きたのか、今度は取っ組み合うようにじゃれ合う二匹を見やり、ルナは気のない返事をする。

 まだ人とバトルする事に躊躇(ためら)いのある彼女は、レオンの修行に付いてバトル山に行けなかった代わりに、ボルグ戦の時の経験を活かして、このアゲトビレッジでバトル以外の方法で二匹のレベルアップに励んでいた。レオンが自分の力を必要としてくれた時に、少しでも役に立てるように。

 お陰で二匹の技の切れに一層磨きがかかり、威力や命中率も格段に上がって中々の仕上がりになっていた。でも、修行に終わりはない。いくらやってもやり過ぎるという事はないのだ。

 それくらい分かってはいるが、今のルナはとてもやる気が起きなかった。

「どうしたんじゃ、本当に。まさか、何処か具合でも悪いのか?」

「そうじゃありませんよ、おじいさん」

 孫を心配する夫の向かいで編み物をしていたセツマは、くすくすと笑いながら孫の元気のない原因を教えてやった。

「ルナは、レオン君から連絡がないものだから、拗ねているんですよ」

「やだっ、もうっ、お祖母ちゃんたらっ!」

 図星だったらしく、ルナはぷうっと頬を膨らませて恨めしそうに祖母を見る。

「なんじゃ、それならこっちから電話してみればいいじゃろう」

「ダメよ。何もないのにそんな事したら、また迷惑がられるわ」

 祖父に言われなくとも、ルナは既にバトル山にテレビ電話をしていたのだ。レオンが修行に行って二日目の事である。

 ただどんな様子か知りたくて掛けたのだが、何かあったのかと急いで電話に出たレオンはそれを知ると、たちどころに不機嫌そうな表情(かお)になって言ったのだ。自分だけじゃなく、他のトレーナーの邪魔にもなるから、急用以外電話はするなと。

 それならと、祖父からP★DAを借りてメールしたら、今度は返事すらない。

 以来ルナはレオンの方から連絡をくれるのを、ピカチュウ達を鍛える傍らずっと待っていたのだが、修行が忙しいのか、今に至るまで彼は一度も連絡を入れてくれないのだ。

「ふ~む、あそこは修行場の中でも特に厳しいからのう。わしも昔あそこで修行した時、一日の修行が終わって宿舎に戻った頃は、疲れ切って何もする気力がなくて、すぐにベッドに潜り込んでしまったものじゃ」

 シャワーや食事が出来ればまだいい方で、大概は電話する気力すら残らない。

 ——でも、ちょっとくらい電話してくれてもいいでしょ。修行の成果とか色々訊きたいし、ピカチュウ達の成長ぶりなんかも話したいのに。メールだって一度くらい返してくれてもいいじゃない。レオンの馬鹿っ。

 懐かしそうにバトル山での修行を想い出してレオンを弁護する祖父に、ルナは心の中で盛大に文句を言う。

 その時である。

 居間の外から軽やかなベルが鳴り響いた。テレビ電話の呼び出し音だ。

 ——もしかして、レオンっ!?

 ぱっと顔を輝かせ、ルナは弾かれるようにソファから立ち上がると、居間を飛び出して階段脇にあるテレビ電話に飛びついた。

 勢いづいて叩き付けるように電話の通信ボタンを押す。

 同時にテレビ電話の画面に少年の姿が映った。

 その姿を見た途端、ルナはあからさまに落胆した表情(かお)になる。

 少年は少年でも、歳はレオンの半分くらいの利発そうな男の子だった。パイラで知り合ったレンである。

「お姉ちゃん、どうかしたの?」

 がっかりして元気のないルナを見て、レンが心配そうに声を掛ける。

「う、ううん。何でもないわ」

 慌てて(かぶり)を振り、ルナは笑みを浮かべた。

「元気そうね、レン。コドモネットワークは上手くいってる?」

「うん、あれから大人も参加するようになってね。スレッドに協力して貰ってパワーアップしたんだ」

 レンは得意そうに近況をルナに教える。

「それで、ついでにお兄ちゃんのP★DAに、色んな人から直接情報が送れるようにしたんだよ」

「へえ、凄いのね。でも、前みたいにレオンの詳しい個人情報や近況なんか公開してないでしょうね?」

「そ、それは勿論。もうしてないよ」

 アンダーから戻ったレオンにその事でこってり絞られ、今まで載せてきた殆どの情報を削除させられたレンは、画面越しにルナに睨まれて慌てて言った。

「でも、お兄ちゃんはボク達のヒーローだからね。全く載せないと、利用者の子達から催促が凄くて。だからお兄ちゃんに確認取って、載せていいって許可を貰ったものだけ今は載せてるんだ」

「へぇ、そうなの」

 いつの間に連絡を取り合っていたんだろう。レオンはそう言う事は全然話してくれないから知らなかった。

「それで、急に電話してきて何か用なの?」

「う、うん。それなんだけど——…」

「レオンさん、今そこに居ますか?」

 言いにくそうに口籠もるレンを押し退け、いきなり薄茶色の髪の少年が画面に割り込んで訊いた。さっきレンの話に出て来たアンダーのスレッドである。

「え? スレッド? そこってパイラじゃないの?」

「ヴィーナスが居なくなって、(パイラ)との往き来が自由になったんです」

 それで今、スレッドはレンの所に来ていたのだ。

「それより、レオンさんは?」

「今、バトル山に行ってるの。修行とダークポケモンのリライブを兼ねてね」

「バトル山?」

 眉根を寄せ、スレッドは更に訊いた。

「何時からですか、それは?」

「二週間くらい前かしら」

「二週間……」

 スレッドとレンは顔を見合わせ、深刻な表情になった。

 その少年のただならぬ様子に、ルナが(いぶか)しんで声を掛ける。

「どうしたの、二人とも。レオンがどうかしたの?」

「それが、十日くらい前からコドモネットワークの利用者から、レオンさんがダークポケモンを使って、オーレ地方のあちこちで人を襲っているって情報が多数送られて来て——」

「何それっ、レオンがそんな真似する筈ないじゃないっ!」

「ええ、僕達も何かの間違いだと思って、更に情報を集めてみたんです」

 憤慨するルナを宥めるように、慌ててスレッドが言葉を継ぐ。

「その情報を送って来た人達一人一人にあたって、目撃者や襲われた人の詳しい話を聞いてみたんですけど、そのダークポケモンのトレーナーの姿形が、レオンさんにそっくりなんです。それに、今朝ネットの利用者の情報交換サイトに、こんな物と共に書き込みがあったんです」

 と、ネットからプリントアウトしたその部分をファックスで送る。

「何よ、これっ!?」

 それを見て、ルナは大きく目を見開いた。

 それは一枚の写真だった。豊かな水を湛えた水路の近くの大きな噴水の前で、トレーナーの傍に居るポケモンが人を襲う瞬間が写っている。

 トレーナーの背後から撮られている為に顔は判らないが、アッシュブロンドの髪に青いロングコート、それに左肩に変わった形の肩当てを付けている。確かにレオンそっくりだった。

 そして、写真に付けられたあおり文句にはこう書かれてあった。

『堕ちたヒーロー。悪の組織シャドーと戦う正義の味方の正体はこれだ』——と。

「それを見た利用者から、ボクのところに問い合わせが殺到してね。ほら、ボクのコドモネットワークで、ずっとお兄ちゃんの事取り上げていたでしょ」

 と、レンは疲れたように溜息をつく。

 それがネットに載った直後、コドモネットワークの主催者であるレンの許に、「これはどう言う事だ?」と説明を求めるものから、「ヒーローだなんて、今までオレ達を騙してたのかっ」という怒りの声まで実に様々な反応が寄せられ、それは時間が経つごとに増える一方で、その対応に追われてレンはくたくたになっていた。

「レイラなんて、この写真を見て泣いちゃうし…」

「僕の方もシホが酷くショックを受けてしまって、クロやザックも早くこれを書き込んだ犯人見つけろって(うるさ)くて。家で落ち着いて調べられなくてレン君の所に来てみたんですけど、結局誰がこれをネットに寄せたか突き止められなかったんです。

 それで、レオンさんにメールを送ってみたんですが、全然連絡がつかなくて、そちらに電話してみたんです。

 ——その写真どう思います?」

「どうもこうもないわ。確かに似ているみたいだけど、レオンがダークポケモンを使って人を襲うなんて、絶対に有り得ないわ」

 スレッドの問いに、きっぱりとルナは言い切る。

「その証拠に、レオンはサンダースなんて持ってないもの。同じイーブイの進化形でも、レオンが持っているのはエーフィにブラッキーよ。それにこれ、本当にダークポケモンなの?」

 写真だからだろうか、そこに写るサンダースの周りには、ダークポケモン特有の黒いオーラが視えなかった。それに、写真なら幾らでも合成できる。

「ええ、それなんですけど——」

 と、スレッドが説明しようとした時、いきなり居間から慌てたようなローガンの声が飛んできた。

「ルナ、ちょっと来るんじゃっ」

「どうしたの? お祖父ちゃん。あたし今電話中なんだけど——」

「いいから、早く来てテレビを見るんじゃ」

「テレビ?」

 一体、何が映っているというのか。怪訝に思いながら、レンとスレッドにちょっと待っていてもらい、ルナは居間に戻った。

 同時に『——それでは、また情報が入り次第お伝えしてまいります』

 と、テレビから話を締め括る声と共に画面が切り替わる。

「え? 今のってニュース速報?」

「おお、ルナ。これを見るんじゃ」

 なかなか来ない孫の為に、ローガンが気を利かせてメカ音痴の老人でも簡単にできる「ボタン一つで簡単録画」で撮っておいた、先程のテレビの映像をルナに見せる。

 ニュース速報でお馴染みのセミロングの若い女性ニュースキャスターが、マイクを手に興奮気味にニュースを報じている。

『またしても人を襲うポケモンが現れました! 視聴者から送られて来た衝撃の映像をご覧ください!』

 と、背後のスクリーンにその衝撃映像が映る。

 写真ではなく、それはビデオ映像のようだった。それも、ファックスで送ってもらったあの写真と同じ所で撮られたもののようで、音声付きでトレーナーの命令を受けたポケモンが、人を襲っている一部始終が収められていた。

 映像はトレーナーより、人を襲うポケモンにピントを合わせている所為か画像がぼやけているが、そこに映っている首から下のトレーナーの姿は、あの写真のレオンらしき人物の姿によく似ていた。

 そして、ピントを合わせられて大写しに映っているポケモン——サンダースの全身からは黒いオーラが、勢い良く噴き出しているのがルナの目にははっきりと視えた。

『この映像は匿名希望のペンネーム、アンダーのワルガキさんから送られたものです』

「顔は映像が切れて見えんが、あそこに映っているトレーナーの背格好、レオン君に似ているようじゃが……、まさか——」

「そんなわけないでしょっ!」

 ぶった切るようにルナは祖父の言葉を遮って否定する。

 すぐさま電話の所に戻り、誰も映っていない画面に苛立ったように呼び掛けた。

「スレッドっ、何処行ったのっ!?」

「ああ、すみません、ルナさん。さっきそちらからテレビって声が聞こえたんで、つけて見てたんです。あの速報のビデオ映像、合成しているように見えなかったって事は、この写真も——」

 合成ではなく本物だという事だ。レオンらしき人物が、ポケモンを使って人を襲っている事も。

「スレッド、助けてよっ。今の速報で、またお兄ちゃんへの問い合わせが前以上に殺到しちゃって、パンクしそうだよっ!」

「そんなのより、あのビデオ映像をテレビに送った、アンダーのクソガキを捜すのが先よっ」

 レンの悲鳴を一蹴し、ルナは憤然とスレッドに言いつける。

「クソガキって……。あのビデオ映像を撮ったのは匿名希望のワルガキで——」

「いいっ、あたしはバトル山のレオンに連絡入れるから、貴方は絶っ対そいつを捜し出すのよっ!」

 律儀に訂正しようとした少年の言葉を有無言わせぬ迫力で遮ってそう言うと、ルナはスレッドの返事を待たずにテレビ電話を切った。

 

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