ブラックアウトしたテレビ電話の画面を睨み付け、ルナは早速レオンに連絡を取るべく電話のボタンを押していく。
——そうよ、こんなのレオンに訊けば一発なんだから。絶対自分じゃないって言ってくれるわ……
そう思いながらも、バトル山の電話番号を押すルナの指は、何処か
それは、ビデオ映像のダーク・サンダースに指示を出すあのトレーナーの声と口調が、ずっと傍で彼のバトルを見続けていたルナでさえ、聞き分けられない程レオンのそれとそっくりだった事に動揺している所為だ。
彼を信じている反面、あんなにも何もかもそっくりな人が他にいるのだろうかという疑念が、どうしてもルナは拭い切れないでいたのだ。
だからこそ、レオンの口からはっきりと否定して欲しかった。
バトル山との電話が繋がり、画面に優しそうな女性の上半身が映し出される。
『こちらはバトル山本部の通信センターです。どのようなご用件でしょうか?』
「あの、レオンを呼び出して欲しいんですけど……」
と、ルナは通信センターの受付けの女性に彼のⅠD番号を告げる。
『分かりました。暫くお待ちください』
にっこりと微笑んでそう応えると、女性は脇にあるパソコンを操作した。
そこにはバトル山で修行しているトレーナーのデータが全て入っており、そこにトレーナーのⅠD番号を入力するだけで、今本人が何処のエリアで修行しているか判るのだ。
『お待たせしました。このⅠD番号のトレーナーは既に修行を終え、下山して今はここにはいません』
「下山して、いない……?」
それじゃあ、何処に行っちゃったの? あのビデオのダークポケモンのトレーナーは、やっぱり——
受付けの女性の言葉に真っ白になった頭の中で、向こうを向いていた筈の写真の少年が、ゆっくりとルナの方に振り返ってニヤリと笑った。レオンと同じ顔で。
——違うわっ!
激しく
動揺するルナの耳に、不意に外の方から爆音が聞こえてきた。
遠いのでそれ程はっきりとは聞こえなかったが、その音は間違いない。レオンのサイドカーのエンジン音だった。
その音に、思わず電話を切ってルナは外に飛び出した。
エンジン音が止まり、青いロングコートを着た少年が村の入り口に架かっている木の橋をゆっくりと渡って来る。
その姿を見るなり、パッと顔を輝かせてルナは勢いよく家の脇にある坂を駆け下りた。
「レオンっ!!」
大声で呼びながら、二つ目の坂を駆け下りる。
が、勢いが付き過ぎた挙げ句、坂の途中で何かにけつまずいて倒れそうになった。
その刹那、坂を駆け上がって来たレオンがルナの体を受け止める。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがと……」
息を乱し、顔面を蒼白にしながらルナが礼を言う。
もしレオンに受け止めて貰わなかったら、今頃坂を転げ落ちて大怪我をしているところだった。
ごくりと唾を飲み込んで、乱れた呼吸をなんとか整えると、ルナは自分を支える少年の顔を覗き込んで真剣な表情で尋ねる。
「ねえ、レオン。貴方今までずっと、バトル山で修行してたのよね?」
「ああ」
「途中、山を抜け出して何処かに行ったりしてないわよね?」
「ああ……」
素直に答えながら、レオンは怪訝そうに変な事を訊くルナを見返した。
「何かあったのか?」
「ええ……。貴方に見て欲しいものがあるの」
と、彼と共に坂を登り、家に戻る。
「お、おお、レオン君」
突然帰って来た噂の主に、ローガンは思わずソファから腰を浮かせて途惑った声を上げる。
「お祖父ちゃん、ビデオのリモコンを貸して」
祖父に余計な事を言わせずにルナは頼んだ。あの映像をレオンに見せれば、全て判るのだから。
「う、うむ」
あたふたとローガンはビデオのリモコンを孫に渡し、それを受け取ったルナはさっきのニュース速報をレオンに見せた。
「これは……」
「さっきテレビに流れた速報よ」
呆然とそれを見るレオンに、ルナは説明する。
「この人を襲っているダークポケモンのトレーナーの後ろ姿、貴方にそっくりでしょ?」
「ああ。だがこれは、俺じゃない」
レオンはビデオ画面の右下部分に表示されている録画月日と時間を示し、
「この頃なら、おれはバトル山のエリア9辺りで修行していた。問い合わせれば、相手をしてくれたトレーナー達が証言してくれる」
硬い表情で人を襲うサンダースの姿を見詰めながら、きっぱりと言う。
「すると、こやつは一体何者なのじゃ? 君そっくりな姿をしてポケモンに人を襲わせるなど……」
そうローガンが呟いた時だった。
レオンのコートのポケットから軽やかな電子音が流れた。メールの呼び出し音である。誰かからメールが送られて来たのだ。
ポケットからP★DAを取り出してメールの画面に切り替えると、未開封のメールが幾つもあった。ここ数日送られてきたものだ。
後少しで修行が終わるからと、それに集中する為に放置しておいたのだ。その殆どがスレッドからだったが、最後に一つだけ違っていた。今さっき送られてきたヤツである。
メールの差出人は「アスリートのラウンド」となっていた。レオンには全く心当たりがない人物だ。
「コドモネットワークに大人も参加するようになったんで、レン達がネットをパワーアップして貴方のP★DAにも、情報提供者が直接メールを送れるようにしたみたい」
と、ルナがそれについて説明する。
「それから、スレッドからのメールは、多分さっきのビデオっていうか、あの映像の一部がネットに流れたんで、その問い合わせよ」
「そうか」
納得したレオンは、スレッドのメールを後回しにして、ラウンドからのメールを開いた。
『僕はフェナスのラウンドだ。いつも噴水の周りをただ走っているだけの善良な僕に、突然ポケモンを使って襲って来るなんて、君はトレーナーの風上にも置けないヤツだなっ!』
などと、それは怒りに満ちた内容になっていた。
しかし、レオンにはまるで心当たりがない。おそらくあのビデオの奴が、自分になりすましてやったのだろう。
「そんな、レオンじゃないのにっ」
「フェナスか……」
横で憤然とするルナを余所に、レオンはスレッドのメールも次々に開けていき、それをざっと目を通すとP★DAをポケットにしまって
「何処に行くの?」
「このラウンドとかいうやつに会いに行く」
誰にどう誤解されようと別に構わないが、こいつは自分の偽者の足取りを知っているかもしれない。ダークポケモンを持つあのトレーナーの。そして、うまくすれば、そいつから途切れてしまったシャドーの情報を得る事が出来る。
「待って、それならあたしも行くわ」
出していたピカチュウとプラスルをモンスターボールに戻し、ルナはレオンと共に家を後にした。
休む間もなくサイドカーを飛ばし、途中パイラに寄ってレン達に会って情報交換した後フェナスに行ったが、広場の噴水の周りを走っている者はいなかった。
まあ、もう夜も遅い。こんな時間にジョギングするような奴は普通いないだろう。
ラウンドが何処に住んでいるのか判らないので、取り敢えず二人はポケモンセンターの宿泊施設で一泊し、明日もう一度ここに来ることにした。いつも噴水の周りを走っているようだから、ここで待っていれば多分会えるだろう。
次の日早めにセンターの食堂で朝食を済ませた後、二人は再び広場の噴水の所にやって来た。
だが、早すぎたのか、まだ噴水の周りを走っている者はいない。
暫く噴水の縁に腰掛けて待っていると、奥の階段の方から軽やかな足音が聞こえてきた。
縁から腰を浮かせて見ると、ポワルンを連れて階段を駆け下りて来る者がいた。首にタオルを掛けた半袖短パンのあの顔見知りの若者である。
「おはようございます」
ルナが元気にあいさつする。
それに気付き、若者の方もにこやかな顔をして彼女の方に寄って来る。
「やあ、おはよ——」
と、言い掛けた処で、噴水の陰に隠れて見えなかったレオンに気付いた途端、態度が激変した。
「君はっ。今度は何の用だっ!?」
眉を吊り上げ、レオンを睨み付ける。
この間会った時は、自分達を見てお似合いクンなどと軽口を叩いていたのに。
「……あんたが、ラウンドだったのか」
「ああ、そうだっ!」
レオンの呟きに、ジョギング姿の若者は憤然と応える。
「あの時、見ず知らずの彼女を助けたりしていいヤツだと思っていたのに、いきなりポケモンを使って襲って来るなんて、なんて見下げ果てたヤツなんだっ」
「違うわっ。それはレオンじゃなくて、誰か別の人なのよっ」
「君は、こんなヤツを庇うのかっ!?」
自分の言葉を信じない少女に、ラウンドが怒りをぶつける。
「僕は確かにこいつに襲われたんだ。他人の空似なんかじゃない。あんなにそっくりなヤツが、他にいてたまるかっ」
と、断言する。実際会っているだけあって、その言葉には説得力があった。
とはいえ、違うのも事実なのだ。それをどうやって判って貰えればいいのか。このままではそのダークポケモンのトレーナーの事を聞き出す事も出来ない。
敵意を剥き出しにするポワルンを連れた若者を、ルナがなんとか宥めようとしたその時、軽やかな電子音がレオンのポケットから鳴り響いた。
レオンはP★DAを取り出して、メールの画面を開いて見ると、アンダーのスレッドからメールが来ている。
『僕ですっ。スレッドですっ。すぐにテレビを見てくださいっ!』
開いたメールにはそう書かれてあった。よほど慌てたのか、あの礼儀正しいスレッドとは思えないような文面だ。
「テレビって……」
画面を覗き込んで読んだルナが途方に暮れる。
すぐ見ろと言われても、こんな広場にテレビなんてあるわけない。
「ポケモンセンターだ」
確かあそこのロビーにはテレビがあった筈。
二人は噴水広場脇にあるポケモンセンターに走った。
それにつられ、ラウンドも二人の後を追ってそこに駆け込んだ。
この時間利用者は皆食堂の方へ行っているのか、ロビーは閑散としていた。
三人はすぐさまテレビの前に陣取り、電源を入れる。
お馴染みのニュース速報らしく、右上端に「ライブ」と表示されている映像の中で、青いロングコートを着たアッシュブロンドの少年と、ライダーらしき男がバトルを繰り広げている。
その手前で、エンジのスーツを着、グレーの髪が肩で二股に分かれて先端がくるりと丸まったちょっと個性的な髪形をした女性キャスターが、しっかりと握ったマイクに向かって興奮を隠し切れない様子で喋っていた。
『皆さんっ、これが人を襲うポケモンですっ!』
その声に合わせ、映像が青いロングコートを着た少年の足許にいるサンダースを捉えてズームアップされる。
レオンもラウンドも見えなかったが、ルナの目にはそのサンダースの体から、黒いオーラが吹き出ているのがはっきりと視えた。
「あれだっ。僕を襲ったポケモンはっ!」
そのラウンドの言葉通りに、再び両トレーナーを入れたバトルの様子を映し出したカメラの前で、アッシュブロンドの少年の指示にサンダースが対戦相手のトレーナーを攻撃する。
「レオン……」
それを見て、
そのダークポケモンのトレーナーの顔は、恐ろしいくらいレオンに酷似していたのだ。これならラウンドが間違えても無理はない。
「この映像がライブって事は、僕を襲ったヤツは今実況中継しているあそこでバトってる最中って事で……。でもここにも君はいるし……。一体どうなってるんだ、これはっ!?」
テレビ画面に映る少年とすぐ脇に居る少年を交互に見やり、ラウンドは頭を抱え込んだ。
「はっ。もしや、彼は君の双子の兄弟なのか?」
「そんなやつ、俺にはいない」
混乱するラウンドの思い付きを一蹴し、レオンはテレビ画面を食い入る様に凝視した。
自分と同じ顔のトレーナーの指示に再びダークポケモンが応え、相手の前に立つポケモンを蹴散らしてそのトレーナーに攻撃を仕掛ける。
『衝撃の映像ですっ!? これはスクープですっ! 町外れのスタンドからの映像ですっ!』
女性キャスターが我を忘れて絶叫する。
「町外れのスタンドって、あそこのこと?」
「ああ」
野生ポケモンが殆どいない為、モンスターボールが全然売れないこのオーレ地方で、唯一各種のモンスターボールを売っている趣味人のマスターの店だ。
ここからそう離れていない。急げば、このバトルが終わるまでには間に合うかもしれない。
混乱して悩み込むアスリートの若者を放って、即座に二人は身を翻し、サイドカーを駆って町外れのスタンドに急行した。