未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―町外れのスタンド―(7)

 雲一つない空の下、風が緩やかに黄土色の砂を(さら)っていく。

 砂漠を(いろど)る風紋はその時々に形を変え、留まる事を知らずに流れていった。

 その中に居てただ一つ、普遍の黒鉄(くろがね)の姿を保ち続ける町外れのスタンドは、今日も相も変わらず閑古鳥が鳴いている。

『当局の発表によりますと、この間学術調査の為に砂漠を訪れた学者によって偶然発見された研究施設は、人を襲うダークポケモンを造り出していた研究所である事が判明しました。

 ですが、そこは既に引き上げられた後で、ダークポケモンの資料は殆ど残っておらず、プラントなどの大型機械のみが残されていたとの事。

 それを使ってどのようにダークポケモンを造り出していたかは、今後それらを調査して解明していくとの事です。

 それでは、また情報が入り次第お伝えしてまいります』

 お馴染みの女性キャスターが何時ものように話を締め括ると、また先程まで放映されていた画面に戻った。

「成程ねぇ、だから砂漠のど真ん中にそんなものを造ったのか」

「余程の物好きでなければ、そんな所に行こうと思いませんからね」

 感心するように呟いたカウンター席の男に、テレビ前に陣取る優男が相槌を打つ。

 そこを発見した学者が、よっぽどの変わり者と言っているようなものだ。まぁ、あながち間違いとは言い切れないが。

「ロクでもない事をするやつらの考える事は、やっぱりロクでもないね」

 苦々しくこの店唯一の女性客が吐き捨てる様に言う。

「はぁ~~」

 何処からか盛大な溜息が聞こえてくる。

 それを掻き消すように壮年の女性客が注文の声を上げた。

「マスター、おかわりおくれよ」

「ああ」

 厳つい顔のマスターがカウンターを出、熱々のコーヒーの入ったポットを手に客席へと向かう。

 そして、女性客の空になったコーヒーカップに、なみなみと湯気の立つ暗褐色の液体を注いだ。

 その中にたっぷりとミルクと砂糖を入れた女性客は、スプーンでこれでもかとかき回し、渦を巻いたコーヒーをずずっと(すす)って飲む。

「マスター、俺もおかわり」

「私もです」

 と、カウンター席の男に続き、テレビ前の優男が食後の飲み物を頼む。

「待ってな」

 熱々のポットをコンロの上に戻すと、厳つい顔のマスターは手際よくそれらに応えた。

 新しい飲み物に口をつけ、一息ついた処でヒマ人の常連客はまた話を再開する。

「そう言えば、バトル山を襲った連中、砂漠に逃げ込んだんだよな」

「案外ここに逃げ込んだんじゃないでしょうか」

 同じ組織らしいから、その可能性は十分ある。

「はぁ~~~」

 以前の話を持ち出す常連客の男達の声に、生気のない溜息が続く。

「結局逃げられちまったんじゃ、意味がないね」

 何故引き上げる前に見つけなかったのかと、壮年の女性客は容赦がない。

 確かに今更逃げた先が判ったところで、捕まえられなければ全くの無意味だ。

「まぁ、それはそうなんだが——」

「はぁ~~~~」

「ああもう、煩いねっ」

 とうとう癇癪を破裂させ、壮年の女性客はギッと店の最奥の席を睨らんだ。

 そこに、抜け殻のようにテーブルに突っ伏すライダーの若者が居た。

 カウンター席とテレビ前の男二人が、チラリと互いに顔を見合わせて首を振る。

 折角気を利かせて気付かないフリをしていたのに、台無しである。

「何時までも辛気臭くしてんじゃないよ。こっちまで湿っぽくなっちまうだろ」

「いやぁ、外は年中乾燥しっ放しなんですから、たまにはいいんじゃないですかね」

「そうかい。それなら涙が枯れ果てるまで、泣かしてやってもいいんだよ」

「そ、それは——」

 ボキボキと指を鳴らし出した女性客に、テレビ前の優男の頬にタラリと嫌な汗が流れ落ちる。

 その場の雰囲気を和らげようと言ったのに、とんだ藪ヘビだった。

 何時もの面々で、何時もの様にヒマを持て余していた筈が、今日は何時もと違ってしまっていた。このライダーの若者の所為で。

 あの時意気揚々と、でかいサンドをゲットして来ると宣言して出て行ったライダーの若者は、二週間近くして戻って来た。今の状態で。つまりはでかいサンドをゲットし損ねたのである。

 話半分で聞き流し、全く期待していなかっただけに、他の常連客は気にも留めていなかったのだが、ライダーの若者はそうじゃなかった。なぜなら、あの後ちゃんと居場所を突き止める事に成功したからだ。奇跡的に。

 そこはバトル山だった。運よく消えずに残っていた土混じりの砂ボコを辿って行った先が、そこだったのだ。

 とはいえ、バトル山と称されるあの山岳地帯は、オーレ地方のポケモントレーナー協会が管理している。活火山が含まれていることから、一般人は立ち入り禁止になっていた。

 つまり、その山の何処かにでかいサンドが居ると判っていても、ライダーの若者はゲットする以前に、山の中に入ることすらできなかったのだ。

「くぅ~、バトル山の警備員達(れんちゅう)め。俺のでかいサンドのゲットを阻止するとは——」

 あれをゲットすればサンドの数で負けても、大きさでは絶対に勝てると思っていただけに悔しさもひとしおである。ライダーの若者が諦めきれず、何時までもこうしてうだうだしているのも無理はなかった。

「だから、一応トレーナーなんだから、バトル山に修行に行けばいいだろ」

 そうすれは協会の警備員(レンジャー)の目を盗んで山に入ろうとしなくても、大手を振って入れる筈だ。

「俺が行きたいのは谷間の上空じゃなく、地上なんだよっ」

 呆れて言うカウンター席の男の言葉に、ライダーの若者はバンっとテーブルに掌を打ち付けた。

 真っ赤になった掌がジンジン痺れ、ちょっと涙目になる。

 そんな何時もと違い険悪な空気が漂い始めた店内の中、唐突に外の方から爆音が聞こえてきた。

 こんな閑古鳥の鳴く町外れのスタンドを訪れる者は限られている。そして轟くエンジン音となれば、誰が来たか確認するまでもない。

 これでこの雰囲気も少しは良くなるかもしれないと、常連客の誰もがそう思った時だった。

 店の扉を開け、何時ものアッシュブロンドの少年が入って来た。

「あ~やだやだ。暑いわ砂まみれになるわで、こんな所によくスタンドなんて造ったよなぁ」

 文句を言いながら、青いロングコートを叩いて砂を落とす。

 何時もと違う少年の言動に、常連客だけでなく、厳つい顔のマスターさえも目を丸めた。

「ん? どうかした?」

 呆気に取られる常連客達を見回し、アッシュブロンドの少年は不思議そうに傍らのカウンター席に座る男に訊く。

「い、いや。何時にも増して饒舌だなぁと」

 こんなに喋る少年を見るのは初めてだった。何時もは用件しか言わない。それ以外はこちらが話しかけても完全に無視だ。

 あの少女がいなかったら、話すら聞けない。

「あれ、彼女は? 今日は一緒じゃないのかい?」

「彼女?」

「明るい栗色の髪の()だよ。何時も一緒に来るだろ」

 きょとんとする少年に、カウンター席の男が言う。

 暫く待ってみても、少年の後について誰も入って来ない。

「ああ、あの()。もう居ないよ。居ても五月蠅(うるさ)いだけだし」

「もう居ないって……」

「五月蝿いって、どういう意味だい?」

 この間は祖父公認になったような事を言っていたのに、少年の聞き捨てならぬ言葉に優男と女性客が目を剥く。

「どうだっていいだろ。ったく、ホントここは詮索好きのヒマ人しかいないな」

 面倒臭そうに呟き、少年はカウンター内の厳つい顔のマスターに注文する。

「何時ものヤツを頼むね。喉乾いたよ」

 と、何時も少女が座っていた席に座る。

 隣に座るカウンター席の男は、何とも居心地が悪かった。余りにも何時もと違う少年に、今までとは別の意味で声が掛けづらい。

「ほら、サイコソーダ」

「あれ、ミックスオレじゃなかったっけ」

 厳つい顔のマスターが出して来たモノを見て、眉を(ひそ)めてぼそりと少年は呟いたが、まあいいかと、そのまま口にする。

「そうそう、ボクはここで何時もモンスターボールを買うんだった」

 忘れてたと言うようにサイコソーダを飲み干すと、キョロキョロと店内を見回した。

 そして、見つけた商品棚から一番安いモンスターボールを一つ取って金を出す。

 何時もなら高性能のヤツを大量に買って行くのにだ。

「あ、釣りはいらないよ」

「そうはいかん」

 厳つい顔のマスターは、きっちりと代金を引いた残りを返す。

「別にいいのに。ここ流行ってないから儲からないだろ。趣味だけでこんな所にスタンドなんて造るからさぁ」

「………」

 少年の嫌味にマスターは無言を通したが、常連客の方はそうではなかった。

「おい、少年。言い過ぎだろ」

「こういうのがいいっていう者もいるんですよ」

「あんた、何様だいっ」

 そして、最奥に居たライダーの若者は、ゆらりと立ち上がると少年の前に立った。

「丁度いい、むしゃくしゃしてたトコだ。今までお預けになっていたバトル、今日こそやらせてもらおうか」

「へぇ、やるの? ボクとバトル」

 面白がるようにライダーの男を見返し、アッシュブロンドの少年はニヤリと(わら)う。

「いいよ。格の違いを見せてやるよ」

 そう言ってライダーの若者と二人、店の外に出て行った。

「おい、大丈夫か?」

「どっちがです?」

 あの少年か、ライダーの若者か。

「どっちもバトルするトコなんて、見た事がないからね」

 何とも言えないと常連客達は店の窓に張り付いて、外の駐車場として使っている空き地に一定の間を置いて向き合った二人に注目する。

 ライダーの若者は体長が五十センチ程の、ぼさぼさとした茶系統の縞模様の毛並みが進化した事で真っ直ぐになり、シャープな体つきに変化してスピードだけは断トツのジグザグマの進化形のマッスグマ二匹を出してきた。

 対して、まるで人が変わったようなアッシュブロンドの少年が出して来たのは、全身が逆立ったような黄色い体毛で覆われた電気タイプのサンダースだった。

 体長は八十センチ程で、ノーマルタイプのイーブイに進化を促す「雷の石」を与えることでこのタイプに進化させたのだ。首回りの襟巻のような毛が白い処は進化前の面影を残している。

「おい、もう一匹ださないのか?」

 ライダーの若者が、一匹しか出さない少年を訝しげに見る。

 オーレ地方のポケモンバトルは、ダブルバトルが基本だ。一匹だけではバトルにならない。

「ふっ、キミ程度のトレーナーなら、こいつ一匹で十分だ」

 嘲笑するようにアッシュブロンドの少年が応じる。

「ああそうかよっ。後で後悔しても遅いぜっ」

 憤然と言い放ち、ライダーの若者は二匹のマッスグマに指示を飛ばした。

「マッスグマ、相手が『頭突き』で怯んだところで『乱れ引っかき』だっ」

「サンダース、『電光石火』で躱してトレーナーに『ダークラッシュ』」

 両者の指示を、ポケモン達が忠実に実行する。

 断トツのスピードで迫り来るマッスグマ達を、余裕の『電光石火』で躱したサンダースが、ライダーの若者に攻撃力の増した技をぶち当てる。

「ぐわっ」

 まともにそれを受けたライダーの若者は、砂地に叩き付けられて悲鳴を上げた。

 その様子をエアコンの効いた店内で見ていた常連客達は、大きく目を見開いた。

「お、おい。あのサンダース、この間ニュース速報に出てたヤツじゃないか」

「確かに……」

 実際今目の前でトレーナーの指示に従い、ライダーの若者を襲っていた。

 あのニュース速報を見た時、ピントがサンダースの方ばかり合わせてあったので、トレーナーは何処かで見たような恰好だと思っていたが、それが最近よく来るようになった少年と結びつかなかったのだ。

「なんて少年(やつ)なんだい」

 最初は気に入らなかったのだが、あの少女と共に来るようになって、少しずつ親しみを持つようになってきたのに、これが本性なのかと壮年の女性客は苦々しく吐き捨てる。

『あっ、こっち、こっちです。もう始まってますよ』

 不意に外の方から、聞き覚えのない女性の声がする。

 同時にカメラを持った太った男が、ハアハア息を切らしながらやって来た。

 どうやらテレビ局の人間のようだ。

 太ったカメラマンが構えたカメラの前に、さっきの声の主である女性が、ささっと身だしなみを整えてマイクを構える。

『えー、現場から新人キャスターのミツキがお送りします』

 と、実況中継をし出す。

「お、おい。どうなってんだ、これ」

 痛む胸を押さえて立ち上がったライダーの若者は、この成り行きに唖然となった。

「いいだろう。テレビに出るなんて、滅多に出来ない経験だろ」

 どうやらこのテレビ局の連中は、この少年が呼んでいたらしい。

「それとも、カメラの前で無様にボクに負ける前に降参する?」

「な、なに言ってやがるっ。勝つのは俺様だっ!」

 いきり立ち、ライダーの男は憤然とポケモン達に指示を飛ばす。

 余裕を持ってそれをあしらいながら、アッシュブロンドの少年はニンマリとほくそ笑んだ。

 




『さあ、いよいよ因縁の対決が幕を開けました。
 今までメインストーリーと関係ないからと、飛ばされて読まれなかったこともしばしばの町外れのスタンド編。
 漸く脇役から主役に躍り出る事が出来るか。新人キャスターのミツキがつぶさに実況をリポートしていきたいと思います』
『おまえ、誰に向かって言ってんだ?』
『もちろん、画面向こうのみなさんにですっ.
 ここでしっかりアピールして、いずれは先輩を押し退けてニュース速報のメインキャスターに』
『………おまえ、本音ダダ洩れだぞ』
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