偽レオンは力尽きたライボルトをボールに戻すと、最後のポケモンを呼び出した。
体長一メートル程の四つ足のポケモンだが、全身が青く、魚のヒレのような耳を持ち、頭の上と首回りにも同様のものが付いている。そして背中から魚の尾ヒレを思わせる尻尾の先まで、紺色の背ビレが連なって生えている。
イーブイに進化を促す「水の石」を与えて水タイプに進化させたシャワーズである。
「うそっ!?」
シャワーズを見て、ルナは目を大きく見開いて息を呑んだ。
「レオン、あのシャワーズも、ダークポケモンだわ」
「っ!?」
視えるわけがないが、それでも黒いオーラを確かめずにはいられなかった。
「何を驚いてるんだ? ボクであるキミだってイーブイの進化形を二匹も持ってるんだ。ボクが三匹持っていたって構わないだろ?」
いけしゃあしゃあとそう言うと、偽者はポケモン達に指示を出す。
「ギャラドス、ムウマに『かみつく』 シャワーズはヌオーに『オーロラビーム』だ」
「ムウマ、ギャラドスに『十万ボルト』 ヌオーはシャワーズに『あくび』だ」
同じ姿をした両者から指示が飛ぶ。
十万ボルトの電撃を紙一重で躱したギャラドスは、上空で体をうねらせムウマに向かって急降下する。
「ムウマ、躱せっ。隙を
スナッチするのに邪魔なギャラドスはさっさと倒してしまいたいのに、思いの外避けるのが上手い。
「ギャラドス、ムウマに同じ攻撃。今度こそ潰せ」
レオンの偽者もすかさず指示を飛ばす。
一方シャワーズとヌオーは互いに大きく口を開け、こちらも技の応酬を繰り広げていた。
凝縮した冷気がヌオーののっぺりとした顔面を白く染め、シャワーズが技を出した直後、大きく欠伸をする。
『現場から新人キャスターのミツキがお送りしています。
おおっと、ギャラドスとムウマが上空でまたも激しく、激……しく?
えーと、突っ込んでくるギャラドスが噛み付こうとする寸前、ムウマはパッと消えて少し離れた所に現れました。
そして、またっ。ゴーストお得意の姿
一方、おちょくられたギャラドスは更に顔が凶悪になり、躍起になって追いかける。
おおっとぉ、勢い余ってムウマの脇を通り過ぎる。その隙に頭上に浮かべたバチバチと放電するプラズマの塊を、ムウマが体を返したギャラドスの顔面に叩き付けたぁっ!
あぁっ。しかしっ、ギャラドスは首を捻ってそれをギリギリ躱し、長い体を活かしてムウマの逃げ道を塞ぎにかかるっ。
そしてっ、今度こそ噛み付いたっ。同時にムウマも再度生み出したプラズマの塊を放つぅ~っ。
相打ちですっ。お互いに効果抜群の技を喰らい、とうとう両者力尽きてしまいましたっ!』
またも実況に白熱し出した新人に、カメラマンの先輩が慌てて駄目出しの手を振る。
ハッと我に返ったミツキはコホンと一つ咳払いして誤魔化し、何事もなかったように中継を続ける。
『そして地上では、寝てしまったシャワーズに、ヌオーは口の中から長い舌を出して……あれは何でしょうか? 乳白色の細い小さなモノを舌の上で転がして……立たせようとしている?
——これは……もしかして「先制のツメ」……でしょうか? という事は、動きの遅いヌオーの技の出が早かったのは、これのお陰ということかもしれません』
新人女性キャスターがヌオーの宝物に注目している隙に、レオンは眠ってしまったシャワーズにスナッチボールに変えたネットボールを投げ付ける。
水タイプを捕まえやすいボールだ。体力を削って弱らせなくとも眠った状態ならスナッチ出来るかもしれない。
だが、スイクンの時と違い、今回はレオンの期待に応える事はなかった。
中に入った途端、すぐにシャワーズは出て来てしまう。
——やはり、弱らせないと駄目か……
先程のサンダースとブースターをスナッチした苦労を考えると憂鬱になる。そうでなくともイーブイの進化形の中で、最も体力のあるシャワーズを弱らせるのは並大抵の事ではない。
けれど、それでもやらなければならないのだ。
レオンは決意を込めてぐっと拳を握り締めた。
一方偽レオンは倒れたギャラドスをボールに戻すと、わざとらしく溜息をつく。
「あ~あ、まさかこれ程強くなってるとは。あんな弱いトレーナーしかいないバトル山の修行なんて、大したことないと思ってたのにな」
「俺がバトル山に居たのを何故知っている?」
しかも、バトル山のトレーナーが弱いなどと、まるで前にバトルしたかのようだ。
「さあ、何故だろうね」
首を竦めて答えをはぐらかすと、偽者の少年は追い詰められているのにも関わらず、軽い口調で言葉を継いだ。
「さてと、これでボクの手持ちはシャワーズだけになったわけだ。眠ってちゃ手も足もでないな」
さあ、どうぞと、ポケモンに次の指示を出すようレオンを促す。スナッチしたいレオンが決して攻撃出来ないと判っているからこその余裕だ。
「………」
レオンは倒れたムウマの代わりに長年の相棒の片割れであるブラッキーを出した。
ブラッキーは対峙する相手がサンダースではなく、シャワーズに変わっていたのに驚いたようだが、眠っているにも関わらず呼び掛ける。
「無駄だ、ブラッキー。シャワーズも心を閉ざされているんだ」
振り返り、哀しげな顔を自分に向ける相棒にそう言うと、レオンは琥珀色の鋭い双眸でシャワーズを見据えて言葉を継いだ。
「だから、あいつを救う為にもおまえの力が必要なんだ。ブラッキー、シャワーズに『あやしい光』だ」
それに応え、ブラッキーは体の随所にある黄色い輪を明滅させ、眠るシャワーズに浴びた者を混乱に陥れる光を当てた。
『これはっ。どうやら後から現れた少年は、またもやイーブイの進化形であるシャワーズをゲットするつもりらしいです』
舌の上で跳ねるように転がして「先制のツメ」を立たせようと四苦八苦するヌオーに、思わず手に汗握って見入っていた新人キャスターのミツキは、ハッと我に返って実況中継のリポートを再開する。
『えー、現場から新人キャスターのミツキがお送りしています。
目を覚ましたシャワーズが、混乱しながらもひたすらブラッキーに砂かけしています。これは、これ以上あやしい光を浴びない為でしょう。
ですが、ブラッキーはそれを巧みに回避しています。しかし、反撃に出られず手詰まり状態です。
先にいた少年が、砂かけが決まらない事に業を煮やして作戦を変更し、先にヌオーを倒そうとオーロラビームを浴びせます。
——あぁっ、折角立ちそうだったのにぃ』
思わずミツキが残念そうな叫び声を上げる。
『あくび』でシャワーズを眠らせてからずっとほっとかれ、お気に入りのアイテムで遊んでいたヌオーが、とうとう「先制のツメ」を舌の上に先端を下にして立たせる事に成功しようとした矢先、冷気を浴びてそれが舌の上にコテリと倒れたのだ。
あまりの寒さに顔を歪め、ヌオーは舌を丸めて宝物ごと口の中に引っ込めた。
「シャワーズ、ヌオーに同じ攻撃」
「避けろ、ヌオーっ」
慌ててレオンが叫ぶが、ヌオーの動きは
ヌオーお気に入りのアイテムである「先制のツメ」は、攻撃が時たま早く出せるだけで、普段の動きが速くなるわけではない。
虹色に輝く冷気を浴び、ヌオーの全身に白く霜が降りる。
そこへ、更に一撃。こちらが反撃できないのをいい事に、偽者の少年はヌオーに攻撃を集中する。
「くっ……」
このまま冷気を浴び続けるのは流石にマズい。スナッチ出来るまでに弱らせたら、抵抗されにくくする為に眠らせるのが一番だった。それが出来るのはワタッコが倒れた今ヌオーだけなのだ。ここで倒されるわけにはいかない。
レオンは腰のベルトから取ったモンスターボールをヌオーに向けた。
『現場から新人キャスターのミツキがお送りしています。
動きが遅くオーロラビームを浴び続けるヌオーを堪らず引っ込め、後から現れた少年はイーブイの進化形であるエーフィを出してきました。
出た途端冷気を浴びたエーフィが思わず大きく仰け反ります。効果抜群でないとはいえ、かなり効いて寒そうです。
しかし、これは見事にイーブイの進化形勢揃いです。ひょっとして、後から現れた少年はイーブイの進化形ポケモンを集めているのでしょうか?』
そんな憶測を新人キャスターのミツキが口にする。
見当違いもいいところだが、そんな事に構っていられない。
「ブラッキー、『あやしい光』だ」
混乱の解けたシャワーズを、再び混乱に陥れる。
だが、前の二匹と違って混乱に強いのか、シャワーズはなかなか自分を攻撃しようとしない。
「シャワーズ、ブラッキーに『砂かけ』だ」
技を出す為に立ち止まった瞬間を狙い、シャワーズが尻尾を砂地に叩き付けるように振って、ブラッキーに砂を投げ付ける。
それを避け損ね、とうとうブラッキーは顔面に砂を浴び、それを振り払うように頭を振った。
『ああっと、ついにブラッキーが砂を浴びてしまいました。今まで余裕を持って躱していたのに、ここに来て疲れが出てきたようです。ですが、それも無理有りません。攻撃できずに相手の攻撃を躱し続けるだけでは、疲労が溜まる一方です。
エーフィがサイコキネシスを使って、ブラッキーに砂が掛からない様に防いでいます。そして、その隙に後から現れた少年はブラッキーを引っ込めて再びヌオーを出してきました』
「ヌオーに『オーロラビーム』だ」
待ってましたとばかりに偽者の少年は指示を飛ばす。
レオンもすかさず相棒達に命じる。
「エーフィ、『サイコキネシス』でシャワーズの攻撃を防げ。ヌオーは『あくび』だ」
シャワーズの冷気をエーフィがサイコパワーで蹴散らし、ヌオーが欠伸する。
『おぉ、シャワーズが眠った処で、後から現れた少年はヌオーを引っ込め、またブラッキーを出してきました。そこで眠っているシャワーズにあやしい光です。
ですか、何とかこの場を
新人キャスターのミツキが、実況中継を続けながら疑問を投げかける。
勿論、そんな事は言われなくとも、レオンにも分かっていた。
シャワーズが混乱して自分自身を攻撃しない以上、後残るはダークポケモン特有の技である『ダークラッシュ』をシャワーズに出させ、相棒達にそれを当てた反動でシャワーズに体力を削ってもらうのだ。
だが、それしかないと分かっている偽者の少年は、シャワーズに『ダークラッシュ』の指示を出そうとしない。
これではシャワーズを眠らせた隙に、ブラッキー達の疲労回復を図っても気休めにしかならない。長引けばそれだけこちらの状況は悪くなる一方だろう。
ならば相棒達が疲労で動けなくなる前に決める。
レオンはハイパーボールを取り出し、左肩のスナッチマシンを起動した。
手に持つボールをスナッチ可能な物に造り変え、シャワーズに投げ付ける。
しかし、混乱して眠っていても、体力が十分あるシャワーズはすぐに出てきてしまう。
何度投げ付けても結果は同じだった。ライコウをスナッチしたタイマーボールを使っても、それは変わりなかった。
そんなレオンの様子を機関車のスタンド内で見ていた厳つい顔のマスターは、何を思ったか今日の朝届いてまだ開封していなかった荷物を開け、ごそごそと中身を漁ってなにやら取り出した。
そして、スタンドの扉を開け、シャワーズにボールを投げ付ける少年に声を掛ける。
「よう兄ちゃん、これ使ってみな」
と、手にした物を少年に投げた。
思わずそれを受け止めたレオンは、手の中のボールを見て訝しげにマスターを見返す。
それは、上半分が深緑に塗られた上に二つの茶色い輪の模様が付いている、見た事もない変わった色合いのボールだったのだ。
「そいつは『ネストボール』と言ってな。捕まえるポケモンが弱ければ弱い程、捕まえやすくなるボールだ」
マスターは得意気に講釈するが、また一段と胡散臭げな機能のボールである。
第一どれくらい相手が弱ければいいのか、曖昧すぎて本当に機能するのかどうか甚だ怪しい。
「相手の体力が無さすぎてそれ以上弱らせられねーなら、ものは試しだ。使ってみな」
「本当に、使っていいのか?」
「ああ、あんたは何時も大量にボールを買ってくれるからな。そいつは特別にサービスするぜ」
気は進まないが、ここまで言われては使わないわけにはいかない。
前に買ったネットボールとタイマーボールも、少々疑問は残るものの一応機能したようだし、これを使ったところでこれ以上状況が悪くなるわけでもない。
レオンはネストボールをスナッチマシンで造り変え、シャワーズに投げ付けた。
ボールから
砂地の上でシャワーズを取り込んだネストボールは、大きく左右に揺れていたが次第にそれが小さくなっていく。
そして、止まるかと思われた次の瞬間、再び激しく揺れ出した。
まるで止まる気配がない。中でシャワーズが抵抗しているのだ。
——やはり、駄目か……
レオンは次のボールを手に取った。
その時である。
エーフィとブラッキーが、ボールに向かって呼び掛ける様に鳴き声を上げる。
——と、
いきなり、揺れが止まった。
二匹の声に説得されたかのように。
——スナッチできたのか?
余りにも唐突な止まり方に、レオンは半信半疑でボールに手を伸ばした。
拾ったボールが、不意に手の中でブルブル震える。
まだ完全にスナッチできてないのだ。
——出て来るのか? それとも……
緊張して一同が見守る中、レオンの手の中で小刻みに震えるボールは、やがてゆっくりと止まった。