未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―町外れのスタンド―(10)

「やったわっ、一度に三匹だなんて凄いわっ!」

 ルナは感嘆の声を上げ、レオンに駆け寄った。

「流石はボク、やるなぁ」

 偽レオンが軽く肩を竦める。負けて悔しがる処か余裕すら見せて、本物の戦い振りに感心さえしている。

「いい加減、正体を見せろ」

 レオンは偽者を鋭く睨み据え、怒気の籠った苛立ちをぶつける。

「いいだろう」

 小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、偽レオンは顔と服に手を掛けた。

 ばっと変装用のマスクと服を勢い良く脱ぎ捨てて名乗りを上げる。

「おれの名前はフェイク。変装のプロさ」

 正体を現わした男の姿は、紺のフルフェイスに同じ紺色で統一された戦闘服を身に付けていた。

「貴方、シャドーなのっ!?」

 ルナは驚きの声を上げ、レオンは表情を険しくする。

「貴様、こいつらを何処で手に入れた?」

 シャワーズの入ったボールを示し、問い質す。

「例の研究所さ。おまえに化ける時見た資料に、イーブイの進化形を相棒にしているとなっていたからな。

 流石にブラッキーとエーフィはすぐに用意できなかったが、実験し尽くして用無しになって、後は処分を待つだけのそいつらがいたんでな。最後にもうひと働きしてもらったというわけだ」

 だから、そんなものスナッチされても痛くも痒くもないと、フェイクはレオンの苦労を嘲笑う。

「おまえはネットではかなりの有名人だからな。あの姿で人を襲ったら、みんな簡単に騙されてくれたよ。()ちたヒーローってな」

「まさか、貴方なのっ、ネットやテレビにあんなの送ったのはっ!?」

「そうさ、ダークポケモンの宣伝も兼ねてな。あの姿なら誰も俺達(シャドー)の仕業とは思うまい」

「酷いっ、そうやってレオンに罪を(なす)り付けるなんてっ!」

「これでこいつの評判はガタ落ちだ。わっはっはっはっ!」

 憤然とする少女の抗議を、フェイクは声高に笑い飛ばした。

 その勝ち誇ったように笑う男に、更に何か言い返そうとしたルナは、ハッとある事に気付き、一転して皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「あら、そうかしら?」

 チラッと、意味ありげにスタンドの砂止めの囲いの方に視線を向ける。

 そこにはテレビ局のカメラマンが回しているカメラの前で、女性キャスターが興奮してリポートしていた。

『なんとっ、人を襲っていたのは後から現れた少年の偽者でしたっ! しかも今話題の悪の組織シャドーの構成員のようですっ。これはスクープですっ! 新事実ですっ!!』

「し、しまったァっ、テレビ中継されてたの忘れてたァっっ」

「これで貴方の目論見もパアね」

「く、くそっ。ここでおまえ達が出しゃばって来なければ、上手くいってたものをっ」

 地団太を踏み、フェイクは拳大の白い玉を取り出すと、思い切り自分の足許に叩き付けた。

 玉が割れて白い煙もうもうと噴き出す。

 辺り一面が真っ白になって何も見えない。

 そして、砂漠の乾いた風が、立ち込める白い煙を吹き払った後には、シャドー戦闘員の姿は何処にもなかった。

「もうっ、相変わらず逃げ足だけは早いんだからっ」

 悔しげにルナは口を尖らせた。

 

『お待たせしました。現場から新人キャスターのミツキがお送りしています。

 先程あの少年の偽者と判明したシャドーの構成員は、煙玉を使って忍者のように逃げおおせてしまいました。

 それでは、ちょっとあの少年にインタビューしてみましょう』

 と、早速女性キャスターが、バトルの終わったレオンに近づいていく。

「あの、ちょっといいですか?」

 が、レオンはそれを完全に無視してサイドカーに向かう。

 あの男が逃げてしまっては、もうここには用はない。

 ルナはまだスタンドの扉の所にいたマスターにぺこりとお辞儀すると、話しかけてきた女性キャスターをすまなそうに見て、何も言わずレオンの後を追う。

「あ、あの、ちょっとっ、待ってくださいっ!」

 慌ててミツキが呼び止めるが、レオンは全てを黙殺し、ルナが乗ると同時にサイドカーを発進させた。

『え、えーと……、そ、それではあの少年について、他の人にインタビューしてみましょう』

 少年に逃げられたミツキは視線を漂わせ、一人取り残されたライダーの若者に目を留めた。

『あのー、最初にあの少年の偽者とバトルしていましたが、どうでしたか?』

 と、ライダーの若者にマイクを向ける。

『どうって?』

『あの少年と思ってバトルしていた訳でしょう? 何か違和感とか感じませんでしたか?』

 自分に話しかけられてドギマギするライダーの若者に、ミツキは更に突っ込んで訊く。

 途端にライダーの若者は不機嫌になった。

『別に。あの小僧はたまにここに来るってだけだ。バトルしたもの今日が初めてだしな』

 やっと念願かなってバトルしたら偽者で、しかも本物の方は半端無い強さだ。

 無様に負けた姿をテレビで流されて散々な目にあったライダーの若者は、ぶっきらぼうに応えて機関車の店の中に入って行く。

 仕方なく、新人の女性キャスターはもう一人、スタンドの扉の所に立つ厳つい顔をした男に声を掛けた。

『あのー、先程少年に変わったモンスターボールを渡してましたが、あの少年はここにはよく来るのでしょうか?』

『たまにな』

『それで、あの少年は一体何者なのでしょうか?』

『さあな』

 余計な事を言って、またあの少年の怒りを買うのは御免だ。

 チラリと二人が去って行った方に視線を向けると、マスターは客になりそうもない女性キャスターに不愛想にそう応え、さっさとスタンドの中に引っ込んで扉を閉めてしまった。

 こちらも取り付く島もない。

『えー、以上、現場から新人キャスターのミツキがお送りしました』

 殆ど答えて貰えず、現場でのインタビューの難しさを思い知ったミツキは、カメラの前で最後にそう締め括った。

 

 

 テレビ局の連中が撤収し、何時もの静けさが戻った町外れのスタンドの中では、何時もの常連客達がそれぞれ何時もの席に腰掛け、話す事も無くただ漫然と時を過ごしていた。

 壁に掛けられたテレビは、先程まで流れていたニュース速報は既に終わり、元の番組に切り替わって賑わいをみせている。

「マスター、コーヒー替えとくれ」

 何気なく手に取ったカップの中身を見、壮年の女性客が忌々しそうに声を上げる。

 うっかりバトル観戦などしていたら、すっかり冷めてしまった。

「待ってな」

 マスターが代わりのカップを持ってくる。

 中には湯気を立ち上らせた熱々のコーヒーが入っていた。

 その中にミルクと砂糖を入れて壮年の女性客はスプーンでかき混ぜる。

 飲みもせずに、ただひたすらに。

 最奥の席で背もたれに体を預け、ぼんやりと天井を見上げていたライダーの若者が、不意にポツリと呟く。

「——あれが、スナッチ…なのか……」

「みたいだな」

 水滴で濡れたグラスの中で、カランとまだ残っていた氷の立てた音を聞きながら、カウンター席の男が何となく応える。

 話に聞いていた通り、本来なら出来るはずがないのに、バトル相手のポケモンを自分のボールでゲットしていた。

「どおりで、スナッチ団に追われていたわけだ」

 あの当時のニュース速報で言っていた、スナッチ団の裏切り者の団員——

 まあ確かに、あの時もしかしてと思わないでもなかったが、あの少女と度々ここに来るようになって、そんな疑念は綺麗さっぱり頭から飛んでいた。

「モンスターボールを欲しがっていたのも、その為だったんですねぇ」

 テレビ前の席に座る優男が溜息混じりに漏らす。

 あの少女もそれを知っていた。だから、何を捕まえていたか口に出来なかったのだ。

「けど、思ってたのとなんか違ってたんだよなぁ……」

 スナッチ団の連中は、人のポケモンを平気で奪い取(スナッチす)る極悪非道の奴等だと、ずっと思っていた。

 なのに、あの小僧は人からポケモンを奪うというより、取り返そうとしているみたいだった。勝つ為ではなく、大切な物を取り戻そうと必死になって、その為だけにバトルしていた。

「確かにな」

 だからあの時、弱らせられずに投げたボールからシャワーズが出てくる度に、祈る様な面持ちでひたすらボールを投げ続けるあの少年の姿を見ている内に、気が付けばネストボールを彼に投げていた。

 ぼそりと厳つい顔のマスターがそう応じると、壮年の女性客がコーヒーをかき回すのを止め、ダンっとテーブルに拳を叩き付けた。

「人のポケモン取っちまう事には変わりないさっ」

 彼女は一貫してスナッチ団が大っ嫌いだった。だからこそ、漸くあの少年を見直してきただけに余計に腹が立つ。

「そうは言っても、彼がスナッチしていたのは、例の人を襲うポケモンだけみたいでしたよ」

 ニュース速報で言っていたシャドーとかいう悪者達がよく使う、ダークポケモンという平然と人を傷つける凶暴なポケモンだけを。

 それはつまり、悪の組織の活動を未然に防いでいる事になり、却って良い事をしているのではないかと。

 そう優男が、苛立たしげにする女性客の様子を窺うように、控え目に言う。

「ああ、あの小僧、あの()がダークポケモンだと言ってたポケモンだけをスナッチしていたぜ」

 何故あの()にそれが判るのかは知らないが、小僧はそれを信じてバトっていた。

 少女のすぐ脇で見ていたライダーの若者がそう証言する。

「………」

「そう言えば、最近ネットで話題になってるサイトがあって、ちょっとこの間覗いてみたんだが、ダークポケモンってのは、例の組織に人工的に心を閉ざされて戦闘マシンにされたポケモンの事をいうんだそうだ」

 そう言ってチラリと不機嫌そうに沈黙する壮年の女性客を見やり、カウンター席の男は言葉を継いだ。

「それで、その可哀想なポケモン達を悪の組織から救い出し、閉ざされた心を開いて元のポケモンに戻してやっているやつらがいるらしい」

 昔の詳しい情報は、どうも何かの理由で削除されてしまって分からないが、そいつ等は組織の戦闘員とバトルし、勝った報酬としてダークポケモンを相手から奪い、元のポケモンに戻してやっているとのことだった。

「——それが、あの子達だっていうのかい?」

「さあ? そこには悪者からダークポケモンをスナッチしてるって書いてなかったからな」

 ただ、相手からボールごと奪っただけでは、前のトレーナーとの繋がりは切れない。本当にそのポケモンを自由にしてやるなら、完全にその絆を断ち切ってゲットするスナッチは確かにいい方法なのかもしれない。

「いずれにせよ、今判ってる事はあの少年がダークポケモンをスナッチしたのが、テレビで世間に知れ渡ってしまったって事だな」

 少なくともこのオーレ地方の全域で、それがバレてしまったという事だ。あの速報を見て、今頃各地で大騒ぎになっているだろう。

 実際フェナスの市長宅では、テレビの前でバックレーが顔を真っ赤に染めて全身を戦慄(わなな)かせ、手に持っていた大切な書類をぐしゃりと握り潰していた。

 パイラではこれを見た人達からレンの許に更に問い合わせが殺到し、それを手伝ってアンダーのスレッドも対応に追われていた。

 ギンザルとシルバは沈黙し、署長のヘッジは表情を硬くして直ちに本部へと連絡を入れ、何事か協議している。

 バトル山では目を(みは)るトレーナー達の中でセネティだけが表情を曇らせ、アゲトビレッジではローガンがすぐさま村人を集めてこの件について話をした。

 そして、町外れのスタンド内では何も言えずに誰もが押し黙り、知らず何時も二人が座っていたカウンター席に視線を向けていた。

「あの二人、また何時もの様にモンスターボールを買いに来てくれるんでしょうか……」

「さあな」

 ぽつりと漏らした優男の声に、ぶっきらぼうに応えた厳つい顔のマスターは、何処か憂いを帯びた表情で商品棚のモンスターボールを見やった。

 何時もと同じ佇まいをみせる町外れのスタンドは、何時もの常連客が互いに言葉を交わすことなく、何時もと違い物憂げな時を過ごすのだった。

 




―撤収途中のカメラマンと新人女性キャスターの会話―
『やっぱおまえ、ニュースキャスターに向いてないわ』
『えぇっ、どうしてですかっ? インタビューなら次こそはちゃんとやりますからっ』
『そうじゃない。ニュースキャスターてのはな、私情を交えず、冷静に事実(ニュース)をありのまま視聴者に伝えるもんなんだ。
 それなのに、おまえときたら中継中ずっと興奮しっぱなしだし、何が「あぁっ、折角立ちそうだったのにぃ」だ。私情バリバリ入りまくってるじゃねぇか』
『えー、ポケモンバトルですよ。その場の雰囲気(ねっき)も伝えなきゃ、真実を伝えたことにならないじゃないですか。
 それに、頑張ってる姿を見れば、つい応援したくなるってもんです。ヌオーってどこか愛嬌があって可愛いし、割と好きなんですよね』
『………(だめだこりゃ)』
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