未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―アゲトビレッジ Ⅴ―(2)

 鳥ポケモンだろうか、遠くで賑やかに(さえず)る声がする。

 レオンはうっすらと(まぶた)を開いた。

 閉めたカーテンの隙間から射し込む陽射しに誘われるように、ベッドの上に身を起こす。

 途端にベッドの脇から嬉しそうな鳴き声が湧き上がった。

 見ると、サンダース、ブースター、シャワーズの三匹が、喜び一杯に尻尾を振りながら目を輝かせてレオンを見ている。

 あの後聖なる森からルナの祖父母の家に戻ったレオンは、使わせてもらっていた二階のベッドに潜り込んだのだが、その時サンダース達をボールに戻さずに出しておいたのだ。

「おはよう、サンダース、ブースター、シャワーズ」

 それぞれに声を掛けると、レオンはベッドを降りてカーテンと窓を開けた。

 開いた窓から外の爽やかな陽射しと空気が、どっと部屋の中に流れ込んで来る。

 それを全身で受けて眠気を完全に払ったレオンは、ふと部屋の壁に掛けてある時計を見た。

 デジタル式ではない古風な二つの針の回転によって時を刻むそれは、既に正午を過ぎていた。

 深夜遅くに帰り、久しぶりにぐっすりと寝入ってしまったせいか、少々寝過ごしてしまったようだ。

 そういえば、三匹と一緒に出していた筈のブラッキーとエーフィの姿がない。

 ——あいつら、何処へ行ったんだ?

 怪訝に思いながらも支度を整え、何時もの癖でベッド脇に置いたザックを手に取ろうとして止めた。どうせ部屋を出ても同じ家にいるのだ。一々持って移動しなくてもいいだろう。

 そう思ったレオンは、取り敢えず三匹をボールに戻して部屋を出た。

 階段を降り、水を飲もうとキッチンの方へ行くと、丁度ルナがプラスルとピカチュウと一緒に、ブラッキーとエーフィにもポケモンフーズのお代わりを与えている処だった。

 多分お腹が空いた二匹は中々起きないレオンに痺れを切らし、部屋を抜け出してルナにねだったのだろう。レオンの手からでないと決して餌を食べなかった二匹だったのに、今ではすっかりルナに懐いてしまっている。

「それ、まだ残っているか?」

「あ、レオン。起きたの」

「ああ、こいつらにも食べさせてやらないとな」

 と、ボールの中からサンダース達を出し、ついでに他の手持ちのポケモン達も出す。

「じゃあ、レオンも何か食べる? 朝食っていうより、もうお昼だけど」

「ああ」

 ルナから余ったポケモンフーズを貰うと、レオンはそれを皿に入れてポケモン達の前に出してやった。

 皆腹が減っていたらしく、出されると同時に飛びついて食べ始める。

 バクフーンが辺りを警戒するようにぼそぼそ食べていると、ムウマがちょっかいを掛けて横合いからポケモンフーズをさっと盗っては食べ、ワタッコは皿を持ってヌオーの頭に跳び乗ってまったりくつろぎながら食べる。

 皆が美味しそうに食事をしている中、ヌオーは舌を出して暫くボーっとお宝に見惚れていたが、満足してそれを口の中にしまい込むと、パカリと再び口を開けて出した何も乗っていない長い舌で皿のポケモンフーズを絡め取り、まとめて口の中に放り込んだ。

 あれではお気に入りのアイテムまで呑み込んでしまうのではと心配になるが、食べ物を呑み込んでベロンと出した舌の上には、大切な宝物がしっかりと乗っていた。

 そして、サンダース達は一心不乱にポケモンフーズを食べていた。今食べなければ、今度何時食べられるか分からないとでもいう風に。

 恐らく研究所では実験漬けで、その合間の僅かな時間にしかエサを貰えなかったのだろう。それも時間が来れば取り上げられてまた実験漬けにされる。そんな毎日だったに違いない。

「大丈夫だ。ゆっくり食べても誰もおまえ達からそれを取ったりしない」

 三匹に言い聞かせるように優しく言いながら、レオンは残りが少なくなった皿にポケモンフーズを追加してやった。

「レオン、ここに座って」

 朝食兼昼食の準備が出来たらしく、ルナが声を掛ける。

 見るとテーブルの上にパンにサラダ、それにレンジで温めたのか、湯気が立ち上る白身魚のポタージュに肉のソテーと温野菜の盛り合わせという、若者向きの結構ボリュームのあるメニューだ。

 レオンは椅子に座ると、早速それらを食べ始めた。

 それを向かいの席で、ミックスオレを飲みながら見ていたルナだったが、不意に思い出したように声を上げた。

「あっ、そうだ、これ」

 上着のポケットからP★DAを取り出してレオンの前に置く。

「誰かからメールが来ていたみたいなんだけど、煩いと思って預かっていたの」

「部屋に入ったのか?」

 驚いて思わず食事の手を止め、レオンはルナを見返した。

 このP★DAは、すぐ手の届くベッドの脇の椅子に掛けて置いたコートのポケットに入れておいたのだ。

 相棒達のように心許している相手なら別だが、それ以外の者は喩えどんなに深く眠っていても近づく気配ですぐ目が()めるのに、ルナがそれを持って行った事に全く気付かずに眠っていたとは。

 ——やっぱり、ここに居る内に勘が鈍ってしまったのか……

 もしそうなら由々しき問題だ。

 今まで一緒に行動する中で、ルナが見せた自分に対する真摯な言動に触れていくにつれ、レオンはエーフィ達のように彼女が居るのが当たり前のようになってしまっていた。傍に居ても警戒する必要のない者として。

 けれど未だにその自覚がないレオンは、深刻な面持ちでP★DAを掴んだ。

「ごめんね、勝手に部屋に入っちゃって」

 レオンが自分の不甲斐なさに落ち込んでいると知らないルナは、勝手に部屋に入られてショックを受けていると勘違いして謝った。

「いくらノックしても全然返事がないから、心配でドアを開けてみたの。そしたらP★DAが鳴ってて……

 レオンはよく眠っているみたいだったし、昨日結構無理していたから、ゆっくり眠らせてあげたいって思って……」

「いや、別にいい。気付かなかった俺の方が悪いんだ」

 それなのに謝られると、こっちの方が困る。

 慌ててそう言い繕い、レオンは食事を続けながら片手でP★DAを操作して、画面をメールのそれに切り替えた。

 そこには三通程メールが来ていた。ラウンドにレン、それにスレッドからである。

 ラウンドのメールは『君を信じずに誤解して悪かった。でも、勝手に相手のポケモンをスナッチするのは良くないぞ。するならちゃんと相手に一言断ってからするべきだ』と、あのニュース速報を見ての意見まで書いてあった。

 相手に断れればスナッチしてもいいという訳ではないと思うが、どこまでも真っ直ぐな気性らしい。

 そして、最後にこれからは二人の無事を祈りながら噴水の周りを走ると書いてあった。

 レンからは『この間色んな人から直接お兄ちゃんに情報を送れるようにしたけど、暫くそれを止める事にしたよ。今ちょっとゴタゴタしてて、落ち着いたらまた連絡するね』と書かれてあった。

 スレッドからは、消されたデータロムの一部を解析して判明した事が書かれていた。

 どうやらこれはダークポケモンにされたポケモンの全データが記録されたものらしく、解析できたダークポケモンの名前も一緒に記されてあった。

 後はレンの手伝いが終わってからになると締め括られ、あのニュース速報について二人とも一切触れていなかった。

 それはそうだろう。今までバトルに勝った報酬として合法的にダークポケモンを手に入れていたと思っていたのに、それが非合法な方法(スナッチ)で手に入れていたのだと判り、素性までバレてしまったのだ。そんな事が出来るのはあの極悪非道のスナッチ団の関係者だけだと。

 正義の味方と信じていただけに相当ショックを受けたに違いない。二人にとってもはや自分は()ちたヒーローそのものなのだから。

 ——もうこいつらがメールをくれる事は無いだろう……

 まだ全て終わっていない今、二人からダークポケモンの情報が貰えないのは痛手だが仕方ない。

 あの時、あのままサンダース達を倒してしまえば、素性がバレる事はなかった。

 だけどずっと捜していた三匹が、ダークポケモンにされて目の前に居るのだ。

 その三匹を取り戻す為なら、テレビカメラに撮られていると判っていても、スナッチしないという選択肢はレオンにはなかった。

 その結果がこれだとしても後悔はしていない。

 腹一杯食べ、満足そうにぷっくりとお腹を膨れさせたサンダース達に穏やかな目を向け、レオンはP★DAを閉じてポケットにしまった。

「そうそう、お祖父ちゃんがレオンに大切な話があるから、起きたら居間で待っていて欲しいって。今ちょっと出掛けているの」

「そうか……」

 恐らくニュース速報の件だろう。オーレ全域に自分の素性がバレた以上、厄介者の自分をここに置いておく訳にはいかないだろうし。

 まともな食事もこれが最後だと思いながら食事を済ませると、レオンは食べ終えたポケモン達をボールに戻し、ブラッキーとエーフィだけを引き連れてルナと居間に行ってみた。

 確かにローガンは出かけているらしく、そこにはセツマと茶飲み友達であるサイラがいた。その足許にはいつも連れ歩いているグラエナが、ゆったりとくつろいで座っている。

 ブラッキーとエーフィはもはや顔馴染みとなったグラエナに駆け寄り、嬉しそうに挨拶を交わし、それにプラスルとピカチュウまで加わって、かなり賑やかだ。

「おや、ルナちゃんに彼氏さんかい。昨日は随分ご活躍だったねぇ」

 入って来た二人に声を掛け、サイラは上機嫌で言葉を継いだ。

「ルナちゃんの彼氏さんも、そのポケモン達も強いんだねぇ。テレビを見ていて惚れ惚れしちゃったよ。私が後五十年若かったら放っておかないんだけどねぇ。

 まっ、どっちにしろ、ルナちゃんがいるから相手にされやしないじゃろうけどねぇ」

 と、何時もと変わらぬ態度で楽しそうに軽口を叩いて笑い飛ばす。

「もうっ、サイラお婆ちゃんたらっ」

 真っ赤になって抗議し、ルナはすまなそうにレオンを見る。

「ゴメンね、サイラお婆ちゃんは思い込みが激しくって」

「いや、何時もの事だしな」

 そう、何時もと変わらない。あのニュース速報を、自分がスナッチするのを見た筈なのに、何故こんな態度でいられるのか。その真意が分からない。

 自分達を揶揄(からか)う老婆に、レオンは胡乱(うろん)な目を向けた。

「いいねぇ、若いモンは初々しくて」

「サイラお婆ちゃんっ!」

 なおも揶揄う祖母の茶飲み友達を、ルナはむっと睨み付ける。

 そこへローガンが相棒のピカチュウと共に帰って来た。

「おお、レオン君。起きたんじゃな」

「あ、お祖父ちゃん、お帰りっ」

「うむ、レオン君、ちょっといいかな。君に話があったんじゃ、ルナも一緒に」

 ローガンは居間に入りながら二人に声を掛け、先に陣取っていた妻とその茶飲み友達に申し訳なさそうに頼み込む。

「すまんが、ちょっと席を外してもらえんかの」

「おや、私らに内緒で何を話すつもりかねぇ」

「まあまあサイラ、冷蔵庫に今朝木の実で作った果肉入りゼリーがあるんだけどね。キッチンで良く冷えたそれを食べてはどうでしょうかね」

 セツマが野次馬根性を発揮して、夫に探りを入れる茶飲み友達を食べ物で釣る。

「そうじゃな、セツマの手作りゼリーは絶品だからのう」

 あっさりと食欲を優先させたサイラは、ほくほく顔でセツマと共に居間を出て行いった。

 その後にのそりと立ち上がったグラエナが続き、ブラッキーとエーフィがレオンの足許に戻って来る。プラスルとピカチュウはそのまま二匹でじゃれ合っていた。

 レオンは二人が廊下の角に消えると、ローガンに険しい目を向けた。

「何故だ?」

「何故とは?」

 問われた意味が分からず、ローガンが訊き返す。

 それにレオンは苛立たしげに言葉を返した。

「あのニュース速報を皆見た筈だ」

 なのに、何故あの婆さんはあんな風に変わらず自分に声を掛けてくるのか。

「それが、この村の者達の総意だからじゃよ」

「………?」

 意味が分からず、更にレオンは眉根を寄せた。

 ローガンは立ち話もなんだからと二人に座るよう勧め、何時もは閉めない居間のドアをきっちりと閉めてテーブルを挟んだ二人の向かいのソファに座る。

「あのニュース速報を見終わった後、わしは村人を集めて話をしたんじゃ。今までルナから聞き、わし自身が見聞きした君について全ての事をな」

 あれだけを見て憶測で変な噂が立つ前に、ローガンは手を打ったのだ。

「それを聞いた上で、村人達が出した答えがアレじゃよ」

 レオンを受け入れ、普段と変わらない態度で接するという。

「どうして——」

「前にも言った筈じゃ。聖なる森の祠を守ってくれた君は、既にもうこの村の一員じゃと」

「だけど、俺はあの悪名高いスナッチ団に手を貸していたんだ」

 そんなヤツを受け入れたら、この村が他の奴等にどんな風に思われ、非難されるか分からない。

 放り出して無関係だと言った方が楽な筈だし、そうされたところで自分は恨んだりはしない。それが当たり前なのだから。

 だが、ローガンはそうは思わなかった。

「だからなんじゃ。そんなもの子供の頃の若気の至りじゃ。それを理由に追い出す方が、よっぽど大人げないじゃろう」

 長い顎鬚に手を添え、何でもない事のように言い切る。

「わし等は全てを呑み込んで君を村の一員だと認めておるんじゃ。君が気にせずともよいんじゃよ」

 そうローガンは、呆気に取られる少年に優しい目を向けて言い聞かせる。

「良かったね、レオン」

 自分の事の様に、ルナは嬉しそうに目を潤ませた。

 

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