未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―アゲトビレッジ Ⅴ―(4)

 橋を渡って坂を駆け下り、ポケモンセンターの前を横切って小川沿いに降りる。

 そのまま驚く森の番人の脇をすり抜け、聖なる森に通じる洞穴に駆け込む。

 そして、中でうねる様に流れる小川に架かる板の橋を渡り、聖なる森へと足を踏み入れた。

 何時もの様に森は静けさを(たた)え、何もかも温かく包み込んでくれる。

 ハァっと一息入れて乱れた息を整えると、レオンは重い足取りで白い石畳を歩き、祠の前に出た。

 ヨロリとよろけながら静かに佇む祠に身を寄せる。

 そうすると、昨夜見たセレビィから感じられた不思議な力が、何時もそこから伝わってきたものだった。その何処かとても懐かしい温かさはささくれた心を癒し、どんな時でも心の平静を取り戻す事が出来た。

 だが、今のレオンは、それすら感じられない程酷く心が乱れていた。

 自分を置いて逝ってしまった両親の死が自殺ではなく事故だと言われ、もう亡くなっていると思っていた祖父が自分を捜していたとは。そんなもの今更知ってどうなるというのか。

 しかも祖父が資産家だと聞いた時、両親の結婚さえ許してくれていれば、あの時親父達も祖父に頼る事ができ、借金のカタに家やイーブイ達を取り上げられる事も、二人が死ぬこともなかった。

 それに自分もこんな風になっていなかったと思うと恨めしく、思わず反射的に会わないと言ってしまったが、まさか四年も前に死んでいたなんて。

 一人淋しく孫の自分を待ち続け、人に恨み言の一つも言わせないまま、今になって貰っても仕方のない遺産なんかを残して。

 ——これで俺は、本当に天涯孤独になってしまったんだ……

 祖父はとっくに死んだと思っていたのだ。改めて死んだと聞かされた処で、別に何がどう変わるわけでもない。

 ふと脳裡に、半年近く前の事が蘇る。

 

 

 スナッチ団に依頼を受けた色違いのパッチールを渡した後、レオンはあの街の霊園に足を運んでいた。

 何時もスナッチ団の仕事を終えた後は、霊園の外れにひっそりと建つ身寄りのない遺骨を集めて埋葬した共同墓碑にレオンは訪れるのだ。

 そして、心に(くすぶ)り続け消化しきれない想いをここに眠る両親に吐露し、踏ん切りをつけて忘れる事にしていた。そうでなければこんな暮らし、とても続けてはいけない。

 あれからずっと、ポケモンを返してと泣き叫ぶ少女の声が耳から離れなかった。

 色違いであってもパッチールはそれ程珍しいポケモンではない。ただ、体にあるブチ模様は千差万別で一匹ごとに全て違うと言われていた。

 依頼されたパッチールはそのブチ模様も指定されていた以上、たとえ色違いでなくとも別のパッチールを代わりに持って行く事はできなかったのだ。

 もう何度も経験してきた事だ。今更である。だけど、あの少女の泣き叫ぶ姿が、何故か幼い頃イーブイ達を連れて行く黒服の男達に、連れて行かないでと泣いて(すが)りついた自分の姿とダブって見え、遣り切れなかったのだ。

 ——自分と同じ思いを人にさせてまで、こんな俺に生きる価値があるのか……

 こんな思いをしてまでスナッチなどしたくはない。けれど——

「俺はどうしたらいいんだ……」

 両親の眠る共同墓碑の前で、レオンは苦悩した。

 そんな彼に、両親を亡くした時に居たあの女性巡査が声を掛けてきたのだ。

「君は、もしかしてレオン君?」

 窺うように訊いてきた声に、レオンはハッとして振り返った。

「ああ、やっぱりレオン君だったのね」

 確信がなかったのか、自分の呼び掛けに反応した少年に女性巡査はホッとした。

 レオンの事は病院から逃げられた後方々捜したのだが、結局見つからずにずっと気になっていたのだ。

 さっとレオンの体に緊張が走る。

 自分の顔と名が知れている所でのスナッチは引き受けないようにしていた。この街の警官にはスナッチ団との繋がりは知られていないと思うが、万が一の時はすぐに逃げられるようにしなければ。

「ああ、大丈夫よ。もう捕まえたりはしないから」

 スナッチ団との関係を知らない女性巡査は、レオンが以前の事を引きずって警戒していると勘違いして慌てて言葉を連ねる。既に君は保護されて施設に入るような年齢ではないのだからと。

「ただ、あれからどうしたかと思って……。元気そうでなによりだわ」

「………」

「あの時は本当にごめんなさいね。まだ九歳だと聞いていたから、まさか協会にトレーナー登録されていたなんて思わなくて、ポケモン達を取り上げるような真似をしてしまって」

 知っていたら施設(ホーム)の男もルールを曲げる事はできないが、もっと別の対応をしていたかもしれない。

 結局自分達の不手際でレオンはホームから逃げる羽目になってしまったのだ。

「あの時私達がちゃんと対応できていたら、今頃貴方もご両親の遺骨と一緒に引き取って貰えていたかもしれないのに」

「……引き取ったって、どういう意味だ?」

 レオンは思いっ切り眉根を寄せた。それでは既にここに両親の遺骨が無いみたいではないか。

「ああ、そうか。君はまだ知らなかったのね」

 女性巡査は頷き、それについて説明する。

「貴方のご両親が亡くなられて一年程()った頃の事よ。ご両親の知人だと名乗る人が現れて、遺骨を引き取って行ったの」

 その時レオンも引き取りたいと申し出たらしいが、行方が分からず諦めて遺骨だけ持って行ったのだ。

 確かにその頃レオンは既に街には居なかった。イートンに負け、誰よりも強くなる為に各地のジムを巡り、昼夜問わず相棒達とバトルに明け暮れていた。

「そいつは何処の誰だ?」

「それは、記録を見れば判る……と、待って。五年以上も前の事だから、もう記録は破棄されてしまってるわね」

 役所にある引き取り手のない遺骨の記録はもっと長く保管されるが、引き取られたものに関しては二、三年で破棄される。残す必要ないからだ。

 ——それじゃ、とっくの昔に親父達の遺骨は無くなっていたのに、俺はずっとこの街に固執していたということか。しかも、誰が両親(ふたり)の遺骨を持ち去ったのかも判らない。

「……ふ……は、はは……」

 心の拠り所にしていた物(両親の遺骨)が無かったのにも気付かずに、ここから離れたくないばかりにスナッチ団に手を貸し、したくもないスナッチなんかして思い悩んでいたのかと思うと、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑いが込み上げてくる。

 愚かで惨めで滑稽すぎて、もはや自らを嘲笑(わら)うしかなかった。

「あーはははっ——」

 体をくの字に曲げ、呼吸困難に(おちい)りながらも笑い続ける。

「レ、レオン君っ!?」

 いきなり狂ったように笑い出した少年に女性巡査は困惑した。

 自分の話に笑う要素は何一つない筈なのに、一体何があったというのか。

 一頻(ひとしき)り笑い、乱れた息を整えると、レオンは握り締めた拳をいきなり傍らの墓碑に思いっ切り叩き付けた。

「レオン君っ、手が——」

「大丈夫だ」

 自分の血の滲む拳を見て心配する女性巡査に、レオンはぶっきらぼうに言葉を返す。

 そして、くるりと彼女に背を向けて歩き出した。

 もはや何もかもどうでもよかった。この街も、スナッチ団も、自分の事でさえ。

 だからこのオーレに来たのだ。集めた情報を基に準備を整え、自分の手で全てにケリをつける為に。

 なのに今になってあんな話を聞かされても、一体それがなんになる。

 大体その切っ掛けを作ったのが、他ならぬそのゴトーとかいう弁護士なのだ。

 ——だけど、俺が最初に逃げなければ……

 レオンは足許で不安そうに自分を見上げる相棒達に目をやった。

 こいつらを手放して大人しくホームに入っていれば、その弁護士も祖父さんが死ぬ前に自分を見付ける事が出来ただろう。

 それにこいつらも自分に付き合って、こんな所で過酷な戦いを強いられることなく、今頃誰か優しい飼い主の許で穏やかに暮していたのかもしれない。

 そして、自分も今とは違う未来があった——

 唇を噛み締め、レオンは祠に当てた手を握り締めた。

 ——俺さえ逃げ回らなければ……

「……レオン」

 不意に背後から遠慮がちな少女の声がした。

 ビクリと肩を震わせ、レオンはぎこちなく振り返る。

 その表情(かお)を見て、ルナはハッと息を呑んだ。

 一瞬、泣いているのかと思った。

 どんな時でも毅然とした態度で、自信に満ちていたレオンの顔はくしゃりと歪み、常に鋭く真っ直ぐ前を見据えていた琥珀色の瞳は、今は何もかも諦めたように弱々しく揺れていた。

 そんな彼を見ていられず、ルナは何とかしてあげたいと思っても、掛ける言葉が何も思い浮かばない。

 どうしたらいいか分からないまま、思わずレオンの頬にそっと手を触れる。

 その手の(ぬく)もりがじんわりと頬に広がり、レオンの千々に乱れた心に沁み渡っていく。

「っ……」

 更にその温もりを求め、無意識にレオンはその手を取って、手繰(たぐ)り寄せるようにルナの体を抱き締めた。

「レ、レオン!?」

 いきなり抱きつかれたルナは、驚き焦ってレオンから身を引き剝そうとしが、更に強く抱き締められる。絶対に失いたくないというように。

 ルナは身動き一つ取れないで喘いだ。

 ふと、自分を抱き締めるレオンの肩が目に映る。

 それが微かに震えていた。

 ——あんな事言ってたけど、やっぱりお祖父さんの事が相当ショックだったんだわ。

 そういう時は誰でも無性に人の温もりが欲しくなる。

 ルナ自身辛い事や悲しい事があった時、両親に抱き締めて貰うとその温もりにホッとして、心が慰められたものだ。

 そう思った途端、ルナの全身から力が抜けた。

 レオンの気が済むまでこうしていようと、そのまま自分を抱き締める彼に身を預ける。

 レオンの背に手を回し、ルナもそっと抱き締めた。

 さやさやと木の葉を揺らす清涼な風が吹き抜ける。

 互いの温もりがじんわりと体を通して心の中に沁みわたり、その心地よさに身を委ねていると、不意に吐息を漏らすような弱々しい声がルナの耳朶を打った。

「——全部、俺の所為だ」

「レオン?」

「俺が施設(ホーム)から逃げたから……」

「どうして、逃げたりしたの?」

 悔恨の想いで呟くレオンに、話が見えずルナは訊き返す。

 ピクリと肩を震わせ、躊躇(ためら)いがちに訥々(とつとつ)とレオンは言葉を継いだ。

「ホームでは、ポケモンは飼えない。俺は、親父達が(のこ)してくれたイーブイ達と、離れたくなかったんだ」

 けれど、そんな自分の我儘の所為で、全てが狂ってしまった。

「あの時、俺がイーブイ達を手放さなかった所為で——」

「違うわよ」

 すかさずルナが強い口調でそれを否定する。

「ルナ……?」

「そんなの絶対違うわ」

 目を(みは)って自分を見るレオンの顔を真っ直ぐに見据え、きっぱりとルナは言い放つ。

「イーブイ達は貴方のお父さんとお母さんが、貴方の為に遺してくれた大切な家族なのよ。それを手放してしまったら、喩えみんな上手くいったとしても、絶対貴方は後悔するわ」

 レオンは優しいから。今だってお祖父さんの事を、全部自分が悪いと思い込んでしまっているくらいだもの。

「イーブイ——ブラッキー達だって、貴方と離れて幸せになんてきっとなれないわよ。

 そりゃ、お祖父さんの事は本当に残念だったけど、でも、それが全部貴方の所為だなんて事は決してないわ」

 そう言い聞かせるルナの声に被さる様に、いきなり軽やかな電子音が鳴り響く。

 その音にハッとして、レオンはルナを放した。

 ポケットからP★DAを取り出し、フタを開いて画面を切り替えると、もう来ることもないと思っていたスレッドからメールが届いていた。

『スレッドです。新たに解析できたダークポケモンをお知らせします。メタグロスでした。これが最後だったみたいなので、取り急ぎメールしました。これでお預かりしたデータロムの全てのデータの解析が完了しました。

 色々と大変でしょうけど、これからもダークポケモンの救出を頑張ってください。クロやザック、それにシホも、みんなレオンさんを応援しています。レン君の方も落ち着いたらまた連絡を入れるそうです』

 そうメールには書かれてあった。

 あのニュース速報を見て、それでも皆で応援すると書かれたメールを、レオンは意外な思いで読み終えた。

 どういうつもりか分からないが、ダークポケモンの情報は有難かった。

 レオンはメールに書かれてあるダークポケモンの名を、鋭い目付きで睨み付ける様に見詰めた。

 ——メタグロス……

 これが最後の一匹だという事は、このメタグロスがボルグの言っていた最強のダークポケモンなのか……

 確かダキムが使っていた、鋼とエスパータイプを兼ね備えたメタングの最終進化形だ。防御と攻撃力の高いポケモンである。ヌオーの『地震』と重なったとはいえ、メタングのそれはかなりの威力があった。

 レオンはバトル山でのバトルを思い出し、ぐっと拳を握り締める。

 一応主力メンバーはできる限りのパワーアップはしておいたが、戦力は多ければ多い程いい。まだ残っているスナッチしたダークポケモンのリライブを急がなければ。

 レオンはP★DAをポケットにしまうと、早速バトル山でリライブ寸前までいっているポケモンを取りにポケモンセンターに行こうと身を返し、ふとルナと目が合う。

 さっき彼女に抱きついた事を思い出し、狼狽(うろた)えてレオンは咄嗟に目を逸らした。

 いくら精神状態(きもち)が不安定だったとはいえ、傍にいたルナに取り(すが)ったりして。こんな醜態を(さら)した後では、恥ずかしくてまともに彼女と顔が合わせられない。

 ルナもそんなレオンに釣られ、真っ赤になって俯いた。

 滅茶苦茶気まずい。

 それに居た堪れなくなったレオンは、バツが悪そうにぼそりとルナに声を掛ける。

「…——さっきは悪かった。その、いきなり抱き締めたりして……」

「う、ううん。いいのよ、別に、気にしてないから。それより、何処へ行こうとしていたの?」

 慌てて応え、ルナは話題を変えて訊き返す。

「偽者騒ぎで、バトル山でバトル(リハビリ)させたヤツのリライブを完了させている暇がなかっただろ。だから、今からそいつらを連れて来て祠の光に当てようかと」

「そ、そうね。じゃあ、あたし、ここでこの子達と待ってるわ」

 逃げる暇も与えずにエーフィとブラッキーを抱き上げ、ルナがぎこちなく笑みを浮かべる。

「あ、ああ」

 一緒に行きたそうな顔をする二匹をそのままに、レオンは体を返してさっさと森の出口に向かう。

 その姿が見えなくなった途端、ルナは盛大に溜息をついた。

「はぁ~、もうレオンったら、何時もはあたしが赤くなる事でも平然としているクセに、急に顔を真っ赤にして目を逸らすんだもの。こっちまで恥ずかしくなるじゃない。ねえ、そうでしょ」

 ルナは抱えている二匹に同意を求めたが、そんな事はどうでもいいエーフィとブラッキーは、レオンに置いて行かれて淋しげな鳴き声を上げた。

 

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