偽者の一件以来シャドーは鳴りを潜め、何の手懸かりもないままひと月半程過ぎた。
その間に色々な事があった。
例のニュース速報でテレビ局とコドモネットワークに、ダークポケモンをスナッチする少年について問い合わせが殺到した。
極悪非道と言われているスナッチ団の関係者らしい少年が、同類の悪の組織から人を襲うポケモンだけを奪い取っていた事に、様々な臆測が人々の間で飛び交い、誰もがその真相を知りたがったのだ。
しかし、テレビ局はその少年について何も把握しておらず、よく少年が来ていたという町外れのスタンドで取材したり、少年が来るのを待ち構えたりしていたが、結局速報以上の詳しい情報を得る事はできなかった。
早くから彼の事を取り上げていたコドモネットワークの方も、個人情報は全く不明とした上で、レオンのスナッチを弁護するコメントを出して賛否が分かれた。
少年の素性はさておき、元のポケモンに戻す為にやっているのなら、悪い奴等からダークポケモンにされた可哀想なポケモン達を、完全に自由してやれる素晴らしい方法だという肯定派と、喩え悪者からでも人のポケモンを奪うような行為は、絶対に許してはいけないという否定派に真っ二つに分かれ、連日ネットで
だが、それも近頃は沈静化傾向にある。
それは当局の発表で、アンダーの鉱山で働かされていたダークポケモンの中で、シャドーが最初に持ち込んだダークポケモンが、実はスナッチ団が各地でトレーナーからスナッチしたポケモンだった事が判明したからだ。
この事により、シャドーのダークポケモンは、みな
最初にスナッチされて奪われたポケモンを、スナッチで奪い返して何が悪いという肯定派の論調に、否定派が押され始めたのである。
それで最近になって漸くひと段落ついたのか、スレッドが言ったようにレンからも時々メールが来るようになっていた。
また、アゲトビレッジのある山の山道入り口は警察が封鎖し、関係者以外一切人が山に入れなくなった。村宛の物資なども麓で警察が受け取り、ここまで運んで来くれるという念の入れようだ。
こうなるとレオンを逃がさない為というより、シャドーや彼の情報を欲しがっているテレビ局などの連中から護っているようにさえ見える。
お陰でレオンは世間から隔絶されたこの村で、誰にも煩わされる事も無く、レン達が集めてくれるシャドーの情報を待ちながら、リライブしたダークポケモンの中から新たに選別したポケモンと共に、エンテイ達や主力メンバーを鍛える毎日を送っていた。
その特訓も、村にいる元凄腕トレーナーの老人達が何故か張り切り、困惑するレオンに有無言わせず協力していた。それも
それで最近、ポケモンセンターの人間用のシップの需要がうなぎ登りになり、女医の悩みの種になっていた。
そんな元気すぎる老人達と濃い内容の特訓をして過ごすレオンに、ローガンは二度とあの話を持ち出さなかった。ゴトーとは相変わらず連絡を取り合っているようだが、暫く様子を見ることにしたようだ。
そしてルナもまたレオンと別行動で、ピカチュウとプラスルの更なるパワーアップの為の秘密の特訓に明け暮れていた。
「ただいま、お祖母ちゃんっ」
「おかえり、ルナ」
賑やかに帰って来た孫に応え、セツマはその後に続くように戻って来た少年に声を掛ける。
「ああ、レオン君。貴方に荷物と手紙が届いてますよ」
「荷物と手紙?」
自分ですらここの住所は知らないのに、一体誰がそんなものを送ってきたのか。
怪訝に思いながらも、レオンはルナの祖母からそれらを受け取った。
そのままルナと居間に行き、テーブルの上にそれらを置いてソファに座わる。
「おお、届いたようじゃな」
テーブルに置かれた荷物を見て、居間にいたローガンが笑みを零し、二つある内の小さい方の荷物を示して説明する。
「昔の
じゃが、今の状況ではそれを手に入れに行くこともままならんからのう」
「……いいのか? 使っても」
確かに、スレッドから送って貰った情報で、まだスナッチしていないダークポケモンは結構いた。
元々自分達が造ったダークポケモンは、命令に忠実でそこらのポケモンより遥かに強いと自慢するシャドーの連中に、一泡吹かせるつもりでスナッチしていたのだ。だから全部ではなくとも、ある程度スナッチ出来ればそれでいいと以前は思っていた。
けれど元に戻せると判った今、判明しているダークポケモンは全てスナッチし、リライブしてやりたいと思う。ルナに言われたからではなく、レオン自身心からそう思っていた。
山を下りて町外れのスタンドに行けない今の状況で、この申し出は実に助かる。
「勿論じゃ、元々ルナが言い出した事じゃからな」
だから遠慮する必要はないとローガンに言われ、レオンは微妙な
今更ルナに言われなくともスナッチするつもりだったとは言いにくい。
レオンはそれに付いては何も言わず、もう一つの荷物を開けてみる。
中には大量の様々な種類のモンスターボールと、ポケモン用の各種の薬と共に手紙が添えられていた。手紙の主はパイラのギンザルだった。
それによると送ったモンスターボールと薬は、コドモネットワークを主催するレン宛に送られて来たものらしい。
あのニュース速報を見て以前からレオンを取り上げ応援しているレンに、彼に渡してくれと送り付けてきたのだそうだ。
レオンを支援する為らしいが、中には嫌がらせに壊れたボールや使えない薬などを送ってきた者もいたようだ。
一応ギンザル達がチェックして大丈夫な物だけを送ったのだが、念の為もう一度確かめてから使ってほしいという事だった。
どうやらパイラの連中は素性については一先ず置いといて、取り敢えずレオンに協力するつもりらしい。
この間レンから来たメールには、この事について何も書かれてなかったが、多分サプライズのつもりなのだろう。
「良かったね、レオン」
こんなにもたくさんの人が彼の事を解ってくれてルナは嬉しかった。
だが、単純に喜ぶルナと違い、レオンは懐疑的だった。一度も会ったことのない人間が、自分の何が解るというのだろう。
一応使える物は有難く使わせてもらうが、それ以上の期待はしなかった。
最後に手紙を確認する。差出人は「ラルガタワー宣伝広報部」となっていた。
「ラルガタワー……?」
聞いた事のない名だ。
「それ、ひょっとして、フェナスシティの近くに造っていたタワーの事じゃない。
ほら、偽者やっつけた時、ここに帰るのに近道してその近く通ったじゃない」
「……ああ」
そう言えば、レンが長い事建設中だったタワーが、やっと完成したとか言っていた。
しかし、そのタワーの宣伝広報部の奴が、一体自分に何の用があるというのか。ますます訳が分からない。
疑問に思いながらも、レオンは手紙の封を切って中を確かめる。
封筒の中には一回り小さい封筒が入っていて、その表には「招待状」と金縁の文字で印刷されていた。
そして、その中に入っていた一枚のカードにはこう書かれてあった。
『近頃このオーレで最強のトレーナーとして名高い貴殿に、当ラルガタワーのオープンセレモニーで行われる、ラルガタワーコロシアムのエキシビションバトルのメインゲストとしてご招待致します』
と、日時が記され、一番下に『お連れの方もご一緒にどうぞ』と添えてあった。
「レオンの事、最強のトレーナーだって」
横合いからカードを覗き込んだルナは、ラルガタワー宣伝広報部の高い評価に顔を綻ばせ、弾んだ声を上げる。
一方レオンは気難しそうな
「どうかしたの?」
「ああ。このタワーのやつは、何故こんなものを俺に寄越したんだ?」
世間ではダークポケモンのスナッチだけが大きく取り上げられ、それ以外の事はそれ程取り沙汰されていなかったが、テレビで素性がバレたのは確かなのだ。
なのに、そんな奴をわざわざ大切なオープンセレモニーに呼ぶ意図が分からない。
「そりゃ、レオンは今一番の話題のトレーナーじゃない。レンのコドモネットワークでも前から貴方の活躍を取り上げていたし、今では大人も随分見るようになったみたいだから、多分それを見たんじゃない?」
「そうじゃな、こういう祝い事にはよくある事じゃよ。有名なトレーナーを呼んで祝いの席にバトルしてもらう事で
「そうですね、おじいさんも昔そういったイベントに引っ張りダコで、おじいさんが来ると聞くと、皆がこぞってスタジアムやコロシアムに見に行ったものですよ」
疲れて帰って来た孫達に木の実のマフィンやモモンのタルト、それにコーヒーを
既にレオンの全てを受け入れている三人は、当然の事と思っているようだ。
「だったら、尚更俺のようなやつを招待するより、爺さんみたいに公式バトルで名をあげたやつの方が知名度が高い分、盛り上がる筈だ」
初対面で馴れ馴れしく話しかけて来る奴は必ず下心がある。それはストリートで初めてできた仲間が、力無き者は全てを失うという教訓と共に、身を持ってレオンに教えてくれた事だ。
それに日時は明後日になっている。余りにも急すぎるし、何時シャドーが動くか知れないのだ。そんなものに出ている暇はない。
自分が有名人だとは思っていないレオンは、今一ルナ達の言葉が納得できない様子で、ルナの祖母に淹れて貰ったコーヒーを口に含んだ。
軽やかな電子音が鳴り響く。メールが届いたらしい。
レオンはカードをテーブルの上に置き、ポケットからP★DAを取り出した。
フタを開けてメールの画面を見ると、差出人は珍しい事にアンダーのクロになっていた。以前パイラタウンの地下にあるアンダーの町で知り合った、スレッドの仲間の一人だ。
レオンはメールを開け、ルナと共にそれを読んだ。
『あのニュース速報以来、迂闊に出歩けないって聞いたぜ。有名になると大変だな。
ところでさ、レオンさん、知ってるかい? P★DAってメールだけじゃなくて写真も送れるんだぜ。
それでさ、この間完成したばかりのラルガタワーを見に行って、凄い頭のヤツが居たんで、慌ててシャッターを押したんだ。その写真送るから見てみてよ』
「へぇ。クロ、ラルガタワーに行ってきたんだ。凄い頭のヤツってどんな髪型なんだろ?」
わざわざ写真を送って見せたくなる程なんて、ちょっと想像できない。
ルナは興味津々だった。
「レオン、写真見てみましょ」
「ああ」
シャドーの情報以外どうでもいいレオンはコーヒーを飲みながら、興味無さそうに送られてきた写真への画面切り替えボタンを押した。
が、画面にクロが送ってきた写真が出た途端、レオンはうぐっとコーヒーを飲み違え、激しく咳き込む。
「レオン、大丈夫?」
「あ、ああ……」
なんとか咳を治めて一息つくと、レオンは改めて問題の写真を見直し、げっそりとなった。
その写真は、多分ラルガタワーの入り口なのだろう。白壁に囲まれた六角形の入り口の前で両手を広げた人間の後ろ姿が写っていた。
そして、その問題の髪型だが、一度見たら絶対に忘れられないに違いないと折り紙付きの、レオンもルナも二度とお目にかかりたくない白と赤に染め分けられた、あの巨大モンスターボール頭だったのだ。
「なんでミラーボが、こんな所に……」
同じく写真を見て、顔が見えなくても頭だけで誰か判ったルナが、げんなりした顔で 茫然と呟く。
「さあな。とにかく直接聞いた方が早い」
クロにメールを送り返すと、レオンは居間を出て階段脇にあるテレビ電話の前に陣取った。
彼はさっきクロに、すぐにこの番号に電話しろとメールしたのである。
待つ事数分、テレビ電話が着信のベルを鳴らした。
すぐさまレオンが出ると、緑の帽子を被った白いTシャツの少年と共に水色のワンピースを着た黒髪のおさげの少女がいた。
例の写真を送って来たクロと同居しているシホである。
「あのね、キノガッサが帰ってきたの」
画面に映るレオンとルナに向けて、シホは嬉しそうに言った。
ヴィーナス達シャドーが出て行った後、治安維持の為にやって来た当局によって鉱山に働いていたダークポケモン達は全て連れて行かれた。
シャドーが使う人を襲うポケモンとの関連を調べると共に、元のポケモンに戻す為である。
ところが調べてみると、それらのポケモン達は心を閉ざされて自分で不調を訴えられずに鉱山で酷使され続けた所為で、みんなポケモンセンターの回復マシンでさえすぐには治せない程に体がボロボロになっていた。
まずその治療をしてからでないとリライブする為の
それで元に戻るには結構時間が掛かると聞かされていたのだが、漸くつい先日その一部が戻ってきたのである。その一匹がシホの言っていたキノガッサだった。
戻って来たキノガッサはシホと兄弟のキノココとの再会を喜び、鉱山が休みの時は以前の様に一緒に遊んでくれるようになったのだ。
「レオンさんルナさん。ありがとう、キノガッサを元に戻してくれて」
あのニュース速報でレオンの素性を知った筈なのに、シホは全く気にしていない処か、満面に笑みを浮かべて礼を言う。
話題のキノガッサは鉱山に行って今はここにはいないが、彼女の腕に抱かれたキノココが二人に感謝するように声を上げた。
「良かったわね」
あの後ダークポケモンのリライブの方法をパイラの署長に教えた身としては、あの時の約束が果たせてルナも一安心だ。
シホが話し終わると、今度はクロが画面の向こうで得意気に二人に声を掛けてきた。
「レオンさん、ルナさん。どうだいあの写真。すっごい頭だったろ」
こちらも以前と変わらない態度で話し掛けてくる。
彼等にとってレオンの素性などどうでも良かったのだ。アンダーをシャドーから解放し、ダークポケモン達を救ってくれた事に変わりはないのだから。
「ああ。あれはラルガタワーの何処で、何時撮ったんだ?」
「一昨日の夕方近くだよ。あのタワーの事はアンダーでも結構噂になっててさ。タワーの
それでどんなトコか、ちょっと見てこようと思って行ってみたんだ。コロシアムの方はまだ入れないけど、下の方は入れるって聞いたからさ」
レオンに問われてそう答えたクロは、その後口をへの字に曲げて不機嫌そうに言葉を継いだ。
「でも、『ここは金持ち専用の高級リゾート
「なにそれ、あったま来るわねっ」
ルナが憤然とする。
「だろ。だからさ、あんま頭きたから、入り口の周りを囲っている砂避けの白壁に落書きしてやろうと思って、隠れながら良さそうな場所探していたら、変な歌声が聞こえてきたんだよ」
「変な歌声?」
「そう、男の声で『ラルガタワー~、新たな~俺の~場所ォゥォゥ~♪』とかって、調子っぱずれの下手な歌がね」
訊き返して来たルナに、クロはその歌を真似て歌ってみせる。
「あんまり下手くそだったんで、誰が歌ってんだろうって、白壁の上からそっと顔を出して見たらさ、そいつが居たってわけさ」
「それで、こいつはこの中に入って行ったのか?」
「ああ、客かなんか知らねぇけど、入り口の野郎なんかそれを止めるどころか、あんな変なヤツに頭下げてんだぜ」
あんなのに比べれば、俺の方がよっぽどまともだってのにさ。
と、クロは面白くなさそうにレオンに応える。
その背後で不意に扉の開く音がし、慌てたような少年の声が聞こえてきた。
『大変だ。クロ。あいつらが居なくなったっ』
スレッドの声である。
「なんだってっ!?」
テレビ電話の画面の中で、後ろを振り返ったクロが驚きの声を上げる。
「何があったんだ?」
「ああ、レオンさん。実は——」
ただならぬ様子に思わず問い掛けるレオンに振り返ったクロは、それに答えようとして、説明なら自分より上手い奴がいると思い付き、その適任者を呼んだ。
「おい。スレッド、ちょっと来いよ。今レオンさんと電話が繋がってるんだ」
『レオンさんがっ!?』
驚きの声を上げてスレッドが画面に入って来る。
「ああ、レオンさん。実は僕達、ヴィーナスがいなくなってから、ずっと町のゴロツキ達をそれとなく見張ってたんです。
ゴロツキの中にはヴィーナスやシャドーに心酔している者も結構いたんで、そいつらからシャドーの動きが判るかもしれないと思って」
スレッドはこれまでの
「それで、この処そいつらの様子が変だと思って気を付けていたんですけど……」
「居なくなってしまったのか?」
「ええ、そうなんです、全員。パイラの方でも、かなりの人数が昨晩から今朝に掛けて居なくなったみたいで——」
そう力なく答えたスレッドの声に、画面外から新たな少年の声が被さる。
『スレッド。判ったぜ、あいつらの行先がっ』
「本当か、ザック!?」
「ああ……って、あれ、レオンさん?」
スレッドの傍に来て、テレビ電話の画面に映るレオンを見つけ、ザックは目を丸めた。
「そいつらは何処に行ったんだ?」
自分を見て呆気に取られた少年に構わず、レオンは問い質す。
「あ、ああ、ラルガタワーだよ。あいつら居なくなる前に、ラルガタワーのコロシアムに行けば、明後日最高に面白い
「ラルガタワー? あそこはお金持ちしか入れないんでしょ。それなのに、なんでゴロツキがそこのコロシアムでショーバトルなんて見れるの?」
ルナが疑問を口にする。
「そー言えばそーだよな」
それで自分は追っ払らわれたのだ。
「本当に確かなのか、その話」
「ま、間違いないよ」
ルナにクロ、そしてスレッドにまで疑いの目を向けられ、ザックは慌てて言い返した。
「フレンドリーショップのレジのやつに聞いたんだよ。そいつらがそういう話をして、酒やらつまみやらたくさん買い込んで行ったって」
「成程、そういう事か……」
——だから、メインゲストが「俺」なのか……
そのザックの話で、レオンは合点がいったように呟いたが、ルナ達にはやっぱりよく分からない。
「レオン、何か分かったの?」
「ああ、ラルガタワーの宣伝広報部のやつが俺に招待状を送って来ただろ」
「ええ」
ルナがコクリと頷くと、レオンは確信を持って言った。
「あの招待状の本当の送り主は、シャドーだ」
「え、えぇっ!?」
横からだけでなく、テレビ画面の向こうからも上がった驚愕の声が、見事にハモって階段脇の廊下に響き渡った。