立ち込めていた煙は空調によって既に外に排出されていた。
一応用心して中に入るが、バレルの姿も何処にも無い。
レオンはダキム戦で傷付いたポケモン達を回復させた後、何か思う事があったのかパソコンを起動させ、手持ちのポケモンを何匹が交換する。
準備が整った処で、二人は先に進む為にもう一つの扉に向かった。
——と、
いきなり目の前の扉が開き、女が一人ドームの中に入って来た。フルフェイスの後ろから長い赤銅色の髪を出した、シャドーの女戦闘員である。
「この扉の向こうに行きたいのかい?」
「ああ」
身構えて応えると、女戦闘員は面倒臭そうに呟く。
「ふ~ん、あんたって命知らずなんだねェ」
応えたアッシュブロンドの少年を小馬鹿にしたように見返し、女戦闘員は自分のポケモンを呼び出した。
一匹はレオンもよく使っている草と飛行タイプを併せ持ったワタッコと、もう一匹は笑顔の周りに黄色い花びらを付け、葉っぱの手に緑の茎の胴と足を持つ、体長一メートル弱の草タイプのキマワリである。
このポケモンは頭に双葉をつけた黄色と黒の縞模様の顔と体のヒマナッツに、進化の石の中でもレアな「太陽の石」を与えて進化させた事で手足が生え、基礎能力値が一気にアップして多彩な草タイプ技を使えるようになっていた。
「レオン、そのポケモンはダークポケモンよ」
キマワリを見た途端、ルナが叫ぶ。
それを受け、レオンも相手と同じワタッコと、炎タイプのバクフーンを繰り出した。
「『日本晴れ』だよ、ワタッコ。キマワリは『葉っぱカッター』」
「ワタッコ、キマワリに『眠り粉』 バクフーンは相手のワタッコに『火炎放射』だ」
二匹のワタッコがほぼ同時に動き、バトルフィールドに燦々と熱い陽射しが照り付け、眠りを誘う粉がキマワリに振り掛けられる。
陽射しが強くなって動きが活発になり、撒き散らされた粉から避けようとしたキマワリだったが、ワタッコの動きに付いていけずにまともにそれを喰らってイビキをかき出す。
その横で威力の上がったバクフーンの炎を、晴天下で素早さが上がった相手のワタッコがポンッと飛び跳ねて回避する。
だが、よく育てられたレオンのワタッコの方が素早く、キマワリ同様に眠らされた後に、威力の増した効果抜群の炎タイプ技を全身に浴びて力尽きる。
次に女戦闘員が出して来た、頭に大きな赤い蕾を乗せた毒と草タイプを兼ね備えたクサイハナも、レオンは『火炎放射』で丸焼けにした。
そして、残ったダーク・キマワリにワタッコと入れ替えたムウマの電撃を当ててある程度体力を削いでから、目覚める前にスナッチする。
「えっ、あたしが負けた!? 何故っ!?」
畳みかけるようなスピーディーなレオンの攻撃に、あれよあれよと言う間に自分のポケモン達を倒された挙げ句、ダークポケモンまで奪われた女戦闘員は、自分が負けた事が理解できずに呆然となった。
「さあ、まだやるの?」
「ふ、ふんっ。あたしに勝ったくらいでいい気になるんじゃないよ」
勝ち誇る少女に、シャドーの女戦闘員は負け惜しみを言う。
「この先には、まだまだあんた等をお出迎えしたがる連中はたくさんいるんだ。精々熱烈な歓迎を受けるがいいさ」
そう言い放つとさっと身を翻し、入って来た扉からドームの外に逃げて行く。
すぐさま後を追ってみるが、既に姿は無い。やはりここはシャドーの施設だけあって、自分達が分からない抜け道がたくさんあるらしい。
そして、それが判らない以上、自分達はこの通路通りに進むしかないようだ。
シャドーの女戦闘員の言葉通り、ムービングボードで長い通路を移動し、新たなドームに着く度にシャドーの戦闘員が立ち塞がり、バトルを仕掛けて来る。
レオン達が
だが、それはレオンにしてみれば実に好都合だった。捜し回る手間が省けるからだ。
向かって来る連中を効率よく倒し、ダークポケモンをスナッチしながらレオン達は先に進んだ。
横手にラルガタワーを見上げながら、二人は別のドームへと移動する。
ところが今回はムービングボードが着いても、ドームの入り口に立ち塞がるシャドーの戦闘員はおらず、二人はすんなりと中に入れた。
途端に、聞き覚えのある甘ったるい女の声がドーム一杯に響き渡る。
「あ~ら、坊や達。随分遅かったじゃない。待ちくたびれちゃったわ」
あふっと口に手を当てて欠伸をかみ殺しながら、ピンクと白の派手なフリフリドレスに身を包んだシャドーの女幹部——ヴィーナスが二人を出迎えた。
ダキムだけじゃなく、この女まで居るとは。
三人目のシャドー幹部を目の前にし、ルナは呆気に取られたが、レオンの方はある程度予想していたのか、微かに目を細める。
そんな二人に構わず、ヴィーナスは一転して鋭い口調で言い放った。
「さあ、それじゃ、覚悟おし! 今度こそホンキのホンキでいかせて貰うからねっ!」
と、手にしたモンスターボールを放り投げる。
出てきたのは、体長四十センチ程の、頭の両脇に大きな赤い花飾りをつけ、腰に黄色と緑の葉っぱのスカートを履いた草タイプのキレイハナと、大きな茶色い耳と、雷型の先っぽの長い尻尾を持ち、黄色い全身の中で両手両足の先が茶色い、体長が八十センチ程になる電気タイプのライチュウである。
前者は草と毒を併せ持つクサイハナに、進化を促す「太陽の石」を与えて進化させ、より純粋な草タイプに変化していた。
そして、後者はピカチュウに進化の石である「雷の石」を与えて進化させたもので、パワーが桁違いに高くなっている。
それに対し、レオンは炎タイプのバクフーンとゴーストタイプのムウマを出した。
おどおどするバクフーンの後ろに回り込み、ムウマが驚かして
ビクっと肩を揺らして涙目になったバクフーンが、救いを求める様にレオンを見た。
「ムウマ、おまえの相手はあいつらだ」
と、悪ふざけするムウマの気をバクフーンから逸らす。
「ライチュウはムウマに、キレイハナはクロすけにそれぞれ『メロメロ』よォ。あなた達の魅力をたっぷりと教えてあげなさい」
「ムウマはキレイハナに『サイコキネシス』 バクフーンは『地震』だ」
二人の飛ばした指示に、バクフーンとライチュウが同時に動いたが、先に技を出したのは指示を聞いた途端目付きを変えたバクフーンだった。
出てきた時おどおどしていたとは思えない思い切りの良さで、踏み締めた両足に力を込めて技を繰り出す。
ライチュウがそれをモロに受け、体を宙に泳がせて倒れ込み、ムウマをメロメロにすることはできなかった。
「うっそォ~」
なんで肩からぼうぼう炎を上げてるのに、攻撃が炎じゃなく地面タイプなのよっ。
一方草タイプのキレイハナには地面タイプ技は余り効果はない。床が揺れて少しよろけながらもしっかりと立っていた。
そこへ、フラフラと宙を飛んでいたムウマが、頭上に凝縮させたサイコパワーを叩き付ける。
それを浴びたキレイハナは、効果抜群の毒タイプを併せ持っていた時よりはマシだが、一気に体力を持っていかれた上に特殊攻撃への耐性が低くなる。
それでも何とか体勢を立て直したキレイハナが、腰をフリフリしながらバクフーン目掛けてお色気たっぷりに技を出す。
大技を出して一息ついた処へそれを喰らったバクフーンは、鋭い目付きをピンクのハート型に変えてキレイハナにデレデレになってしまった。
漸く一匹思惑通りに相手の心を虜にしたヴィーナスは、さっきの事は忘れて気を良くし、自分もムウマを出して指示を飛ばす。
「ムウマ、貴方の魅力でそいつのムウマを『メロメロ』にしなさい。キレイハナはクロすけに『痺れ粉』よ。貴女の魅力で痺れさせてあげるのよ」
「バクフーン、惑わされるな。キレイハナに『火炎放射』 ムウマ、相手のムウマに『シャドーボール』だ」
全幅の信頼を寄せるレオンの叱咤に、ハッとバクフーンが我に返る。
キッと相手を睨み付け、キレイハナに向かって口から灼熱の炎を一斉放射する。
自分にメロメロになっていると油断していたキレイハナはモロにそれを浴び、全身を黒焦げにしてひっくり返った。
「メロメロなのに、なんでっ!?」
魅了されたが最後、どんなポケモンでもトレーナーの指示を無視してデレデレになって何もできない筈なのに。こんな事は初めてである。
ヴィーナスは
だが、バクフーンにとって喩え相手にメロメロになっていても、レオンの指示に従うのは当然の事だった。
こんな自分を受け入れ、力を貸してくれと言ってくれたのだ。その信頼に応えようとするバクフーンの想いは、技の効果よりも遥かに強かった。
見事に技を決めたバクフーンは、チラッと後ろを見る。
それにレオンが頷いて応えると、パァっと
その横で、黒いドレスのような体をヒラヒラと揺らして宙を漂いながら、レオンのムウマが頭上に漆黒の球を出現させ、くるりと体を一回転させて勢いよくそれを弾き飛ばす。
相手をメロメロにさせようとポーズを取っていたヴィーナスのムウマは、その手酷い一撃を真正面から受け止めてフラフラと床に落ちた。
バラっと首飾りを散らして姿を消す。
「何なのよォっ、もぅっ」
まず相手をメロメロにさせて技が出せない処へ一方的に攻撃を仕掛け、たっぷりといたぶってから倒す筈が、全然思う通りに行かない。
苛立ちにキュッと形の良い唇を噛み締め、ヴィーナスは次の二匹を繰り出した。
一匹は風船のようなまん丸ピンクの体に額の真ん中にくるりと一房巻き毛がある、歌好きなプリンに進化の石の中でも特に滅多に取れない「月の石」を与えて進化させたノーマルタイプのプクリンだ。進化したことで体長も一メートル程に大きくなり、耳が細長くなっている。
もう一匹は体長が六メートル以上あるほっそりと長い体の途中から尻尾に掛けて、赤と青の美しいウロコで覆われた水タイプのミロカロスだ。赤く細長い毛が顔の両脇から生え、反り返った紅色の長い睫毛を持つ。
進化前のヒンバスは、破れた青い尾ヒレに瘦せこけた土色の体をしたみすぼらしい姿をしていたが、ポロックなどを与えて「美しさ」に磨きをかけてから進化させると、こんなに似ても似つかない優美な姿になるのである。
「プクリン、クロすけに『圧し掛かり』 ミロカロスは『なみのり』よ。み~んな洗い流しちゃいなさいっ」
「バクフーン、プクリンに『瓦割り』 ムウマはミロカロスに『十万ボルト』だ」
「はぁっ!? 何よその技っ! ポケモンと出す技のタイプが全然違うじゃない~っ」
レオンの指示にヴィーナスが悲鳴のような声を張り上げる。
さっきの『地震』もそうだが、本来ポケモンが自力で覚えそうもない技ばかり出してくる。それもこちらにとって効果抜群な技ばかりをだ。
動揺するヴィーナスを余所に、バクフーンがプクリンに会心の一撃を決めた。
効果抜群の攻撃に顔を歪めながらも、体力のあるプクリンは何とかそれを堪え切り、反対にバクフーンはプクリンの「メロメロボディ」に触った事でまたもメロメロになった。結構惚れっぽいヤツなのかもしれない。
目をハート型にしてデレデレする相棒を、横目で呆れたようにチラリと見ながら、ムウマが頭上に圧縮したプラズマの塊を造り出し、くるりと体を一回転してミロカロスに向けて弾き飛ばす。
バリバリっと全身を痺れさせ、体力をごっそり削り取られたものの、それをミロカロスは何とか堪え凌ぐ。
それを見て、ホッとヴィーナスは胸を撫で下ろした。
「ふんっ、タイプ不一致の付け焼刃の技なんて、大したことないわね」
途端に大口を叩き、自分のポケモンに発破をかける。
「さぁ、あなた達やっちゃいなさいっ」
ミロカロスが優美な長い体をくねらせ、高波を呼び出してレオンのポケモン達を洗い流す。
けれど、電撃を浴びた直後だったからだろうか、体に痺れが残って上手く技を決められなかった分威力が落ち、その高波を頭から被ったムウマは勿論、効果抜群である筈のバクフーンもそれに堪え切った。
そこへダメ押しとばかりにプクリンがバクフーンに圧し掛かって来たが、やはりダメージの所為で勢いが乗らず、バクフーンを倒し切る事は出来なかった。
とはいえ残る体力は殆どない。それでもバクフーンは気力を振り絞り、まだまだやる気満々だ。
「プクリン、クロすけに『天使のキッス』で痺れさせておやり。ミロカロスはも一度『なみのり』よォ。今度こそみんなまとめて綺麗さっぱりさせなさいっ!」
「バクフーン、ムウマ。辛いだろうが頑張ってくれ」
今手持ちで他にこの二匹相手に余り効果的な技を持っていない。
後一匹ヴィーナスがポケモンを持っている可能性を考慮すると、ここで替えるより押し切った方が得策だ。
——これで決める。
体力が残り少ない二匹を励まし、レオンは指示を出す。
「もう一度同じ攻撃だ」
強い意志を込めたレオンの声に、デレデレとしていたバクフーンの目がハート型から鋭い目付きに変わる。
一気に間合いを詰め、渾身の一撃を繰り出す。
それを脳天に喰らったプクリンは、とうとう目を回してひっくり返った。
大きく伸び上がって新たな水を呼びだそうとするミロカロスに、ムウマが再びバチバチと音を鳴らすプラズマの塊を命中させる。
全身を包む電撃に、ミロカロスも耐え切れずに胴を大きく伸び上がらせ、そのままドウっと床に叩き付けるように倒れ込む。
「いや~んもうっ、ホントなんなのアンタのポケモン。変な技ばっかり覚えちゃって~っ、全然美しくないわっ」
身を
それに取り合わず、レオンは女幹部に問い
「シャドーの幹部の癖に、もうダークポケモンは持ってないのか? ここに来る途中倒した
「誰が格下げですってェっ。たかがガキンチョに一度負けたくらいで降格なんかされなくてよっ!」
いきり立ってヴィーナスが言い返す。
「皆アンタの所為よ。引っ越し途中の研究所に殴り込んで来た挙げ句、警察にまでその場所教えてくれちゃってェっ。
おかげで研究所の周りは今でも警官がウロウロしてて、ダークポケモン造るのに必要な大型プラントが運び出せなくなってしまったのよっ!」
「そうか……」
あの研究所でデータロムを手に入れてから今まで結構時間があった。移転した研究所で新たなダークポケモンが造られている可能性もあるとレオンは考えていたのだ。
だから自分が以前スナッチした幹部達が新たにそれを持っていないから、もしやと思ってカマを掛けたのだが、やはりあれからダークポケモンは造られていなかったようだ。
それが確認できて、レオンは一先ず安堵した。
「何ホッとしたような顔してるのよっ。ホント憎たらしガキンチョだわ」
キッとアッシュブロンドの少年を
「こんなヤツにまた負けたなんてェ。あたしのプライドが許さないわ。あげるわよ、こんなモノっ。
だから、今のバトルはなかった事にして頂だいっ!」
と、身勝手な事をほざいて、手にしていた青いⅠDバッジをレオンに投げ付ける。
しかし、ⅠDバッジを渡しては、負けを認める事になるのではと思うのだが、ヴィーナスはそんな細かい事は頓着しなかった。
「バトルした事なんか忘れちゃうわ。そうするわ。おーっほっほっほ!」
すっかり現実逃避して、高らかに笑いながらドームを出て行く。
「何なの、あれ?」
あまりにも自分勝手な
レオンは憮然として
そんな事を訊かれても困る。大体女の考える事はさっぱり分からないレオンである。その同性であるルナが分からないのだから、自分が分るわけがない。
そして、このⅠDバッジにしてもだ。
三つ目のⅠDバッジを手に入れた二人は、行き止まりになっていたこのドームを出て一つ手前に戻ると、そこにある別の扉に向かった。
そこには戦闘員がいて、またもバトルを仕掛けて来る。
レオンはそれを叩き潰してダークポケモンをスナッチし、更に先に進んだ。