シャドーの思惑に乗らず、連中とバトルせずにその場をやり過ごしたレオンは、ルナを連れて更にドームの奥に行き、階段脇にある部屋を覗いた。
右側の部屋は飲み食いできる場所のようで、チェック柄のテーブルクロスを掛けた洒落たテーブルと椅子が所狭しと並べられ、一番奥にあるカウンターの戸棚には、各種の高級酒類がぎっしりと詰まっていた。
それから右端にあるステージには、ドラムにシンセサイザーなどの生演奏が出来るバンド用の楽器や大型スピーカーが置かれ、その脇にはジュークボックスまであった。
もう一方の左側の部屋は、中央と両壁際にぎっしりとスロットマシンが並べてあり、何時でも遊べるようになっていたが、中央の天井から吊り下げられた「
だが、それの所為で入り口からだと奥までよく見えない。
仕方なくレオンは中に足を踏み入れた。
ルナは物珍しそうにそれらを見回していたが、こういう物に興味のないレオンはどうでもよかった。
スロットマシンや吊り下げられた看板で見えなかった奥には、カウンターとコインの両替機しかないのを見て、レオンは落胆したように
実は彼はドーム内の施設を確認する振りをして、ポケモンの回復マシンかパソコンを探していたのだ。
ここはもう敵地の真っ只中だ。さっきのバトルで大したダメージはなかったものの、相棒達の体調は常に万全にしておきたかった。
とはいえ、メインゲート前のパソコンの所に行って、再びここに戻って来られるか分からない。
一応回復アイテムは十分持って来てはいるが、これからコロシアムでバトルをしなければならない事を考えると、万が一の事を考えてそれらはその時まで取っておきたい。
あの連中にしても、牽制しておいたものの自分を諦めていないのは明らかだった。今もこちらの様子を窺い、バトルに持ち込める何かいい口実はないかと、必死に知恵を振り絞っているのが見て分かる。
もっともこのドーム内に相棒達を回復する手段があるなら、連中とのバトルに応じてもいいとレオンは考えていた。金の代わりにコロシアムの情報を報酬として。
だが、それが無いとなると——
「いらっしゃいませ、お客様。何かお困りでしょうか?」
不意に、奥から出て来た青いエプロンを付けた男が、カウンターの中から考え込むレオンににこやかに声を掛けてきた。
「あ、いや——」
何処にでもいるゲームセンターの係員のような男だが、ここはシャドーの息のかかった所だ。迂闊に訊いて良いものか。一瞬レオンは躊躇する。
「どうぞ遠慮なさらずに。知らぬ仲でもないのですから」
「………?」
係員の言葉に眉を
しかし、いくらよく見ても全く会った憶えのない男である。ルナも心当たりがないのか、訝しげな表情をしている。
「ほらほら私ですよ。憶えていらっしゃいませんか? 随分前にフェナスシティの市長宅でお会いしたじゃないですか」
そう言うと男はさっとカウンターの陰に隠れ、再び姿を現わした時には青いフルフェイスを被り、青で統一されたシャドーの戦闘服を着ていた。
「オレ様の名前はブルーノ。あの時はロッソが世話になったようだな。そして、スナッチ団アジトではベルデが。
だが、オレ様はあの二人みたく、やられはしないぜっ!」
そう言うや否や、いきなりバトルを仕掛けてくる。
現れたのは、どちらも体長一メートル程で、一匹は水色の体に赤い背ビレがあり、発達したアゴはパワフルで、何でも噛み砕いてしまう鋭い牙を持っているアリゲイツ。
そしてもう一匹は汚いヘドロから生まれ、くすんだ紫色の体から猛毒の体液が染み出ているベトベトンだ。
前者は水タイプのワニノコの進化形で、後者は毒タイプのベトベターの進化した姿だった。
「レオンっ。あのアリゲイツ、ダークポケモンだわ」
すかさずルナが声を掛ける。
それを聞き、レオンは草と飛行タイプを併せ持つワタッコと、エスパータイプのエーフィを繰り出した。
出てくると同時にポンッと跳び上がり、ワタッコがレオンの頭上に着地する。
ワタッコが好きなのはレオンというより高い所なので、エーフィはフライゴンみたいにワタッコに対抗意識を燃やすことなく臨戦態勢を整える。
「アリゲイツ、白いヤツに『かみつく』 ベトベトンは青いヤツに『ヘドロ攻撃』しろ」
「ワタッコはアリゲイツに『眠り粉』 エーフィはベトベトンに『サイコキネシス』だ」
同時に指示が飛び交ったが、先にそれに応えたのはレオンのポケモン達だった。
ワタッコがエーフィに噛み付こうと大口を開けたアリゲイツに、パッと眠りを誘う粉を振り掛ける。
同じくエーフィがふるりと首を振り、額の紅玉に収斂させたサイコパワーを、攻撃を仕掛けようとヘドロまみれのブヨブヨの手を掲げたベトベトンに一気に叩き付けた。
アリゲイツはだらしなく大口を開けたままぐうすか眠り出し、ベトベトンは効果抜群の苛烈な一撃に、苦しみのあまり救いを求めるように片手を伸ばし、そのままドロリとくすんだ紫色の体を崩して力尽きる。
「く、くそっ!」
原型を留めないベトベトンをボールに戻し、ブルーノは次のポケモンを出した。
体長一メートル程のエスパータイプのブービックである。バネのような尻尾で常にピョンピョン跳ねていたバネブーが進化して足が生え、力の源である真珠も頭だけでなく胸にも付けて増えた分だけパワーアップしている。
「ブービック、青いヤツに『あやしい光』だ。起きろっ、アリゲイツっ」
「ブービックにワタッコは『ギガドレイン』 エーフィは『恩返し』」
眠るアリゲイツを叱咤する青の戦闘服の男を
独特のステップを踏みながら怪しく両目を光らせ始めたブービックから、ワタッコがピョンピョン跳ね飛んで両手の綿毛を飛ばし、ごっそりと体力を奪い取る。
クラリと立ち眩んだブービックが足をもつれさせる。
そこへ、猛然とエーフィが痛烈な一撃を喰らわせた。
レオン大好きの懐き度マックスの『恩返し』の威力に、ブービックは堪え切れずにバッタリと倒れ伏す。
「なっ……」
手持ちの中で一番素早いポケモンを出した筈が、またしても先手を取られて全く手も足もでないとは。
愕然とするブルーノの目の前で、ハッと我に返ったようにアリゲイツが目を覚ます。
「いいぞ、アリゲイツ。白いヤツに今度こそ『かみつく』だ」
そう指示を飛ばしながら、ブルーノは次のポケモンを出した。
出てきたのは体長が二メートル近い赤い体に青い輪の模様がある地面と炎を兼ね備えたバクーダだ。ドンメルの進化形で背中には火山の噴火口の様な茶色いコブが二つある。
「バクーダは青いヤツに『火炎放射』を吐き掛けろ」
「ワタッコ、バクーダに『眠り粉』だ」
すかさずレオンも指示を出し、相手の二匹に有効打のないエーフィを引っ込め、代わりに地面と水タイプを併せ持つヌオーを繰り出した。
出てきた途端ガブリと噛み付かれ、余りの痛さにヌオーは思わずブッと大切なお宝を吐き出してしまう。
それを見たレオンの
ヌオーがアレを手放すと、色んな意味で非常にマズイ。
「ワタッコっ」
思わず叫ぶ。
バクーダに粉を浴びせ終わり、ヌオーの頭に跳び移ろうとしたワタッコが、ピョンっとレオンの頭を軽やかに蹴った。
手の丸い綿毛で、器用に宙を飛ぶ乳白色のアイテムをべしっと叩き落とす。
それは見事ヌオーが開けた口の中にスポッと入った。
次いでワタッコはそのままくるりと一回転して、ヌオーの頭に危なげなく着地する。程良い湿り気の心地よさに、そこに座りまったりとし出す。
ヌオーはぺろんと出した舌の上に、お気に入りのアイテムがあるのを確認し、痛みを忘れてうっとりとなった。
平常運転の二匹に、レオンはすかさず指示を出す。
「ヌオーは『なみのり』 ワタッコはアリゲイツにもう一度『眠り粉』だ」
「アリゲイツ、躱して青いヤツに『恐い顔』だっ。起きろっ、バクーダ!」
ブルーノも慌てて指示を飛ばす。
だが、今回はワタッコよりも先に、ヌオーが動いた。
パックンと「先制のツメ」を口の中に収めると、小さな瞳でアリゲイツを睨み付けながら大きく伸び上がり、何時もより高さが二割増しの逆巻く高波を呼び出した。
恨みの籠った高波が、ざぶりと敵ポケモン達に襲い掛かる。
併せ持った地面、炎タイプ共に効果抜群の技を受け、ずぶ濡れになったバクーダは体内のマグマが急速に冷え、苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちる様に横倒しになる。
そして、水タイプであるアリゲイツは、あまりダメージが無かった筈なのに、何故がヘロヘロになっていた。恨み付きの高波の威力はかなり強烈だったらしい。
そこへワタッコの『眠り粉』が決まり、またも眠りに落ちる。
チャンスを逃さす、すぐさまレオンがスナッチボールを投げ付ける。
アリゲイツを呑み込んだボールは、大した抵抗もなくコロリと転がって止まった。
「くそォ~っ、あの二人を出し抜いて幹部昇進できるチャンスだったのに~っ!」
聞いていたよりも強さが桁違いだ。
頭を抱えて嘆いたブルーノは、そのまま部屋から飛び出して行った。