未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―ラルガタワー―(7)

 アリゲイツのボールを拾い、レオンは念の為カウンターの中を覗き込んだが、やはり目当てのものは何処にも無かった。

 となれば、情報は欲しいが仕方ない。これ以上相棒達が消耗しない内に上に行った方がいいだろう。

 部屋を出ると、さっきの連中がまだ諦めきれずにチラチラとこちらの様子を窺っている。

 また絡まれる前にレオンは上に行くべく中央奥にある階段を上がった。

 エレベーター前に陣取っていた黒メガネの男が、上がって来たレオンに慇懃(いんぎん)に声を掛けてくる。

「お客様、招待状はお持ちでございましょうか?」

「ああ」

 レオンはコートのポケットからそれを出して見せる。

 それを確認すると、黒服の男はエレベーターの前から退き、二人に(ささや)いた。

「たった二人で、よくここまで無事に来られたね。てっきりヘッジ署長と一緒に来るとばかり思っていたのに」

「誰だ、おまえは?」

 やけに馴れ馴れしく話しかけてくるばかりか、パイラの署長の事まで知っているとは。

 警戒して身構える二人に、男は黒メガネを取ってニヤリと笑った。

「ボクだよ。シルバ」

「えぇっ!?」

「しーっ、静かに。ここにいる連中に気付かれてしまう」

 口に指を立てて思わず声を上げたルナに注意し、シルバは周りを見回した。

 チラチラと二人の様子を窺うも、誰も近づいて来ない事を確認すると、黒メガネを掛け直して言葉を継ぐ。

「実は署長に頼まれて、昨日からこうして変装して潜り込んでいたんだ」

「昨日から?」

 毎回潜入しては見つかって捕まっていたのに、今回はよくバレなかったものだ。

「ああ、お陰で色々な事が分かったよ」

 内心で驚く二人の想いを余所(よそ)に、シルバは得意げに報告する。

「やっぱりここはシャドーの息のかかったカジノで、連中はここのコロシアムを使って例のダークポケモンを使ったバトルを目玉に、ここに世界中の金持ちを集めて組織の資金を稼ぐつもりらしいんだ。

 何しろ勝っても負けてもバトルは人を引き付けるし、特に強いやつが出るとなれば尚更だからね」

 そしてダークポケモンの強さを見せつけ、商品としても売ろうというのだ。観に来た金持ち連中相手にオークションを開いて。

「なんて事なのっ」

 ルナは憤然となった。

 ポケモン達をあんな酷い目に合わせた挙げ句、見世物にして売り捌くなんて。

「シルバ、このタワー内で、回復マシンかパソコンがある場所を知らないか?」

「それならこのエレベーターを上がった所にある階段下の小部屋の中に有るよ」

 少し考え込んでシルバは上に視線を向け、そして二人に忠告する。

「でも、気を付けて。シャドーのボスが最上階のコロシアムでキミ達を待ち構えているとか。しかも、最強のダークポケモンを持ってるって話だ」

「ああ、判ってる」

 頷き、レオンとルナはカプセル型のエレベーターに乗り込んだ。

「じゃあ、ボクはここで署長達を待って、合流してから行くから。キミ達くれぐれも気をつけて」

 そう念を押し、シルバはエレベーターの扉を閉めた。

 側面が強化ガラス張りのカプセル型のエレベーターは基底部のドームを出、タワーの三本の脚部の中央にある透明なパイプを通って昇って行く。

「わぁっ、すっごーい……」

 昇るエレベーターの中から外を見渡し、ルナは思わず感嘆の声を上げる。

 そこからは外の景色が一望に見渡せるのだ。荒涼とした黄土色の砂漠と赤茶けた荒れ地の中に、でこぼこと突き出ている奇妙な形をした岩の数々。

 そして、フェナスシティの周囲を囲む白い壁や、北西に広がる砂漠の遥か向こうにはバトル山を始めとする険しい峰々が見える。

 二人はそれらを眺めながら、全方向見渡せる透明なパイプの中を吸い上げられるように昇って行った。

 程なく脚部の中間辺りにあるタワー下の景色を映す銀色の球体の中に入って行く。

 二人がエレベーターを降りると、そこは一部が二階構造になっていた。

 エレベーター前には半円のロビーがあり、基底部のドームと同じように壁に沿って水路が造られ、澄んだ水がゆったりと流れている。

 ロビーの左右には壁に沿ってカーブを描く絨毯張りの階段が二階へと続き、そこは更に上に向かう二基のエレベーターホールになっていた。

 そして、左の階段下は仕切られて部屋になっているのか、扉が見える。

多分そこがシルバの言っていた、ポケモンの回復マシンとパソコンが置いてある小部屋なのだろう。

 そこに入ろうと二人が足を向けると、不意に扉が開き、中から一人の男が出て来た。

 見覚えのある男である。

 背が高く、ザンバラな長い銀髪に赤い瞳をした精悍な顔付きの男だ。細身に見える体はピッタリとフィットした紫の服を通し、筋肉によって極限まで引き締まったものだと一目でわかる。

 その全身から発する雰囲気はオーレの暑い空気をも凍てつかせるような、残忍な冷たさに満ちていた。

 以前、フェナスの市長宅前で会ったあの男だ。

 口の端にうっすらと笑みを浮かべ、二人を見下ろす血の様な真紅の瞳は、獲物を前にした大蛇を思わせた。

 ゾッとしたルナはその視線から逃れるように、凝然と男を見上げて立ち尽くすレオンの背にしがみつく。

「ついにここまでやって来たか。いや、見事なものだ。レオン君、ルナ君。歓迎しよう。ラルガタワーにようこそ!」

 感心したように親しみを込めた口調で男は二人に言う。

 しかも何故か自分達の名を知っている。

 レオンは警戒も(あら)わに、無言で銀髪赤眼の男を見返す。

「わたしの名はジャキラ。憶えているかね? フェナスシティで出会った時の事を。君とはいずれ戦うような気はしていたが……」

 そこでふっと言葉を切ったジャキラは、感慨深そうに目を細めてアッシュブロンドの少年を見やる。

 ——この男が、シャドーのボス……

 こんな所で幹部達が何度も口にしていた名の男とのいきなりの対面に、息を呑んだ二人は顔を強張らせ、全身に緊張が走った。

 それに構わず、ジャキラは余裕の笑みを浮かべて言葉を継ぐ。

「まさか、ここまで来てもらえるとは思ってもみなかったよ。

 さあ、もうすぐ始まるぞ。君達の歓迎会がな。わたしは一足先に行って待つとしよう。準備を整えて、なるべく早く来てくれよ」

 立ち竦む二人の脇を通り、ジャキラはそのまま階段を上って行く。

 階段上にシャドーのボスの姿が完全に消え、すぐに何かが閉まる音がした。

 ローターの音と共に自分達が乗って来たものと同じものが、あの男を乗せて頭上の透明なパイプの中を上がって行く。

 そのエレベーターの先がコロシアムなのだろう。

 それが完全に見えなくなると、二人は呪縛が解かれたように大きく息を吐いた。

「——あの(ひと)がシャドーのボスだったなんて……」

 顔を青褪(あおざ)めさせ、呆然とルナが呟く。

 ずっとダークポケモンをスナッチして元に戻すことしか考えていなかったが、今まで散々シャドーの邪魔をし、幹部まで倒してきたのだ。その内組織のトップであるボスが出て来てもおかしくはなかった。

 でも幹部達があんなだから、ボスもその類型だと勝手に思い込んで、あんな恐ろしい気配を(まと)う男だとは思わなかったのだ。

「レオン、どうするの?」

「………」

 無言でシャドーのボスが消えたエレベーターのパイプを凝視していたレオンは、それに応えずに階段下の扉に向かう。

「レオンっ、何処に行くの!?」

「やつは上で待つと言ったんだ。少しくらい遅くなっても逃げやしない。今はやつより皆を回復させる方が先だ」

 そう言って、小部屋の中に入って行く。

 中はシックな造りのカウンターが設けられていた。その奥にポケモン回復マシンとパソコンが設置されている。

 コロシアムが正式にオープンしたら、ここで出場するトレーナー達が、ポケモン達の体調を整えながら出番を待つのかもしれない。

 レオンはカウンターの中に入り、回復マシンの窪みに持っていたモンスターボールを置いた。スイッチを入れるとマシン上にあるランプが点滅し出す。

 次いでポケモン達が回復するまでの間、レオンはパソコンに自分のⅠD番号を打ち込んで操作した。

 やがて回復終了を知らせるブザーが鳴り、レオンはモンスターボールを取ってベルトに取り付ける。

「準備できたの?」

「ああ」

「じゃあ、行くのね?」

「ああ、だかその前に話がある」

 ごくりと唾を呑み込んで確認を取るルナに、レオンは改まって言う。

「なに?」

 小首を傾げてルナはレオンに向き直った。

「上には俺一人で行く。おまえは下のドームに戻り、そこでシルバと署長達を待つんだ」

「え、でも、シャドーのボスはあたし達二人を待っているのよ。それにあたしじゃなきゃ、ダークポケモンは見分けられないわ」

「ダークポケモンは後六匹だ。ポケモンの種類も判っている」

 ヴィーナスはあれから新しいダークポケモンは造られていないと言った。だったらデータロムのリストが全て解析されている以上、もうルナの目に頼らなくとも、どれかダークポケモンか判断できる。

「それって、もうあたしは必要ないって事?」

「ちがっ……」

 思わず否定しかけた言葉を呑み込み、レオンはぐっと拳を握り締めた。

「——ああ、そうだ。俺が必要だったのは、ダークポケモンを見分ける能力だけだ」

 だからもうお前は用無しだと、顔を強張らせるルナに冷然と言う。

「そんな……」

 確かに彼が自分の事をそんな風に思っていたのは知っていた。

 でもあの偽者騒動辺りから人を拒絶するような言動も減り、聞けば昔の話も少しずつしてくれるようになっていた。

 だから漸く心を開いて自分を受け入れてくれたんだと思っていたのだ。ただのアイテムではなく助け合って一緒に戦う「仲間」として認めてくれたんだと。

 なのにこんな時にそんな事を言うなんて、ルナは彼の言葉が信じられなかった。

「……レオン、どうしてそんな事を——」

 きっと何か理由(わけ)があるのだろうと、ルナがレオンにそれを訊こうとした時だった。

 微かなローター音が聞こえてきた。

 二階にあるエレベーターの一基が上から降りて来たのだ。

 ハッとして話を中断した二人は階段の下に行き、身構えて音のする方へ目を向けた。

 中々二人が上に来ないから、ジャキラが痺れを切らして戻ってきたのかと思ったのだ。

 この球体の上部を突き抜けて通る右側のパイプに、人を一人乗せた透明のカプセル型のエレベーターがすっと降りて来る。

 下から見えたのは一瞬だったが、どうやらジャキラとは違うようだ。

 では一体誰がと、警戒しながら階段下で待っていると、エレベーターから降りて来た男が二階の階段前で立ち止まり、下にいるレオン達を見下ろした。

 

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