未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―ラルガタワー―(8)

 脇の部分を残して髪をそり上げた逆モヒカン頭に、異様に長く伸びた眉と口髭の厳つい顔の大男である。

 筋肉隆々のぶっとい腕に、素肌の上に着ている赤いベストの下からは、はち切れんばかりの大胸筋が覗き、履いている黒いズボンも太腿の筋肉でパンパンになっている。

 男は自分を見上げて表情を険しくするアッシュブロンドの少年に、歯を()き出して(あざけ)るように豪快に(わら)った。

「ぐわーっはっは! 久しぶりだな、レオンっ! まさか、オレ様のこの顔を忘れちまったって言うんじゃあるまいなっ!」

「貴方……っ!」

 何処かで見た事があるような気がして、じっと男の顔を見ていたルナは、パイラの署長室の壁に貼ってあった指名手配犯の顔写真の一つを思い出し、思わず声を上げた。

「まさか、スナッチ団っ!?」

「まさかもへったくれもねえよ。お嬢ちゃん」

 大男は鼻を鳴らして大威張りで応えた。

「その通り、オレこそスナッチ団のボス、ヘルゴンザだ。よ~く憶えておきな」

「そのスナッチ団のボスが、なんでこんな所にいるの?」

 これからレオンはあのシャドーのボスと対戦しなければならないのに、今頃になってこんな所にスナッチ団のボスが現れるなんて。

「ここはシャドーの施設でしょっ。スナッチ団には関係ない筈よっ!」

 レオンを気遣い、ルナはスナッチ団のボスに噛み付いた。

 バトルで戦うのはポケモンで、トレーナーはただ指示を出すだけの様に見えるが、バトル中常に神経を研ぎ澄ませ、戦局を見極め、チャンスを捉えて瞬時に的確な指示をポケモン達に出すのは並大抵の事ではないのだ。

 なかなか勝負がつかない激しいバトルともなると、終わる頃にはポケモン以上にトレーナーの方が心身共にバテて疲労困憊になってしまう。

 ポケモンは回復マシンですぐに元気になるが、トレーナーはそうはいかない。

 経験上それがよく分かっているルナは、シャドーのボスがあの恐ろしい男と判った以上、もう一戦たりとも余計なバトルをさせてレオンを疲れさせたくなかった。

 できればこのままこの大男が自分の言い分を聞いて、何もせずにこの場を立ち去って欲しかった。

 だが、ヘルゴンザは裏切り者の少年を庇って牙を剥く少女を、さも可笑しそうに見やる。

「うへへ、ところがビックリ。関係大ありなんだな、これが」

 分厚い筋肉で盛り上がった肩を器用に竦め、自分を睨む少女に教えてやる。

「あのスナッチマシンを、ただの弱小窃盗団だったオレ達に寄越したのがシャドーってわけさ。それを使って優秀なポケモン達をあちこちから盗んで来いってなっ!」

「何ですってっ!?」

 ルナは驚きの声を上げた。

「って事は、全てシャドーの計画だったっていうわけっ!?」

「そういう事だ。あったまいいじゃねえか、お嬢ちゃん」

 事実を知って愕然とする少女に、ヘルゴンザはおどけた口調で感心してみせる。

 次いで硬い表情で黙然と自分を見据えるアッシュブロンドの少年に鋭い視線を突き刺し、がらりと口調を変えて言い放つ。

「上じゃあ、おまえをジャキラ様が待っているようだが、そうはいかねぇ。大型スナッチマシンを壊され、アジトが壊滅した恨みを今ここで晴らさせてもらうぜ。アジト跡でおまえに返り討ちにあった手下の分もな。

 このオレ様を倒して行けるなどと思うなよ。おまえなど二度と反抗できないように捻り潰してくれる。ぐわーっはっは!!」

 言うなり、一足飛びで二階のエレベーターホールから下に飛び降り、ヘルゴンザは余裕綽々でモンスターボールを放り投げた。

 出してきたのは、一匹が二メートルを超える全身が筋肉の塊で、腰に黄色い直垂(ひたたれ)を付けている。筋肉質の人型をした格闘タイプのマクノシタの進化形であるハリテヤマで、もう一匹が頭にある二本のトゲトゲのツノを合わせて一・五メートルもある虫タイプのカイロスだ。

 前者は大きな両手から繰り出される強烈な張り手は、十トントラックをも吹っ飛ばす威力を持ち、後者は攻撃力が断トツで、虫タイプにも関わらず格闘技を得意としていた。

 それを見てレオンは炎タイプのバクフーンと、ドラゴンと地面タイプを併せ持つフライゴンを出した。

 相変わらず気弱なバクフーンは、出て来て目の前にいる強そうな相手にビクつき後ろを振り返ってレオンの姿を確認し、フライゴンは薄羽を羽ばたかせ、嬉しそうにレオンにすり寄る。

「おまえのいつもの相棒どもはどうした?」

 折角そいつらの苦手な格闘と虫タイプをわざわざ出したのに、当てが外れたようにヘルゴンザが顔を(しか)める。

「こいつらも、俺のいつもの相棒達だ」

「そうかい。ならハリテヤマは『地震』 カイロスはドラゴンタイプに『地獄車』だ」

「っ!?」

 (しょ)(はな)から仲間を巻き込んで『地震』だと!?

「バクフーン、カイロスに『火炎放射』 フライゴンはハリテヤマに『ドラゴンクロー』だ」

 非情なヘルゴンザの指示に眉を(ひそ)めながらも、すかさずレオンも指示を飛ばす。

 その揺るぎないレオンの声にぐっと気を引きしめたバクフーンが、ビクついていたのがウソのような素早い動きで口に溜め込んだ灼熱の炎を放射し、カイロスの全身を包み込む。

 技を出そうと構えを取って躱す間もなくそれを浴びたカイロスは、全身を焼きつくされてそのままの姿勢で仰向けにバッタリと倒れ込んだ。

 薄羽を羽ばたかせ、レオンから離れたフライゴンがすっとハリテヤマの前に躍り出、鋭い爪でその筋肉の塊に一撃を加える。

 大きく仰け反りながらもそれに堪え切ったハリテヤマは、体を斜めにして大きく片足を上げ、しこを踏むように床を思いっ切り踏み締めた。

 だが、さっき受けた傷が痛み、それに最後まで力を乗せる切る事が出来なかった。

 それでも巨漢のハリテヤマが起こした激しい揺れが、唯一床に足を付けているバクフーンを襲う。

 バクフーンは後ろ足だけでは立っていられず、前足を床について効果抜群のそれを何とか堪え切る。

 とはいえ、揺れが収まり、体を起こしても立っているのがやっとな状態だ。もしハリテヤマが無傷だったら、あの激震を堪えるのは難しかっただろう。

「うぬっ、オレ様のカイロスを一撃で倒すとはっ」

 挙げ句に『地震』であの炎タイプを葬る事が出来なかった。

 思った以上の手強さに、ヘルゴンザは唸って次のポケモンを出す。

 出てきたのは体長一・七メートル程の、全身銀色に輝く鋼鉄の鎧で身を固めたような姿をし、翼の羽根は触れるモノ全てを切り裂く鋭さを秘めた飛行と鋼タイプを併せ持ったエアームドである。

 併せ持った二つのタイプがそれぞれの弱点を補い、効果抜群のダメージを与える技が極端に少なくなったポケモンだ。

「レオン、あのエアームドはダークポケモンだわ」

 後ろで二匹のポケモンと共に見ていたルナが声を飛ばす。

「よーくわかったな、お嬢ちゃん。そうだ、これがオレ様のダーク・エアームドだ」

 ニヤリと笑い、ヘルゴンザは傲然と胸を張った。

「レオン。こいつが出た以上覚悟するんだなっ。ぐわーっはっは!」

 と、大口を開けて高笑いをすると、鋭く命じる。

「ハリテヤマ、『地震』 エアームドは炎タイプに『ダークラッシュ』だ」

「バクフーンはハリテヤマに『火炎放射』 フライゴンは『岩なだれ』だ』」

 これ以上『地震』は出させない。

 ふらつく体に力を込め、バクフーンが力を振り絞ってレオンの期待に応える。

 口を膨らませ、ハリテヤマに向かって一気に炎を吐き出した。

 ハリテヤマの全身を気迫の籠った紅蓮の炎が舐める。

 これには体力自慢のハリテヤマも堪える事ができず、苦悶の表情を見せながらバッタリと倒れ伏す。

「ぐぬっ」

 まさか効果抜群でもない技を、たった二撃喰らっただけでハリテヤマが倒されるとは。

 エアームドを出して余裕を見せていたヘルゴンザは、厳つい表情を歪めさせながら次のポケモンを出した。

 姿を現わしたのは、頭に星型の三本の角があり、赤く硬い甲羅に覆われた体に、二本の鋭いハサミを持った水タイプのヘイガニの進化形であるシザリガーだ。

 体長が一メートル強と進化前の倍近くになり、悪タイプも追加されている。

 フライゴンが頭上に呼び出した無数の岩塊が、エアームドとシザリガーに雪崩のように降り注ぐ。

 出てきたばかりのシザリガーはもとより、技を出す為に力を溜め込んでいたエアームドは避ける間もなく喰らってしまう。

 だが、どちらも体が硬いのか、然程効いているようには見えなかった。

 エアームドが鋼鉄の翼を羽ばたかせ、やっとの事で立っているバクフーンに狙いを定めると、轟音と共に体当たりし、その体を吹っ飛ばす。

 僅かに残った体力も全て吹き飛んだバクフーンは、床に叩き付けられてそのまま力尽きた。

「頑張ったな、バクフーン。後は任せて今は休め」

 優しく(ねぎら)い、レオンは次のポケモンを繰り出した。

 水色の体に紫のもったりとした背ビレを持つ、水と地面タイプを兼ね備えたヌオーである。

 ボールから出て来ると、何時もの様に舌を出してお気に入りのアイテムを眺め、ポッと頬を染める。バトル相手の事などまるで眼中にない。

 自分達を無視したふざけた態度に、ヘルゴンザは眉間に(しわ)を寄せて傲然と指示を飛ばした。

「ドラゴンタイプにシザリガーは『クラブハンマー』 エアームドは『鋼の翼』だ」

 まずはあの厄介なドラゴンタイプを潰す。それが終わったら、あの間抜け(づら)に自分を侮るとどうなるか思い知らせてやる。

「フライゴン、シザリガーに『ドラゴンクロー』 ヌオーはエアームドに『あくび』だ」

 レオンも遅れずに指示を出す。

 フライゴンが高速で薄羽を羽ばたかせ、龍の力の宿る鋭い爪をシザリガーの硬い甲羅に突き立てる。

 激痛に顔を歪めながらも、シザリガーは堪え切った。

 そこへサッと鋼鉄の翼を閃かせ、エアームドがフライゴンに一撃を入れる。

 次いで、さっきのお返しとばかりシザリガーが鋭いハサミを振り上げ痛烈な一撃を加えた。

 立て続けの猛攻にフライゴンは悲鳴を上げてよろけるが、何とか持ち直し薄羽を羽ばたかせて体勢を整える。

 フライゴンに一撃を与えた後、旋回してヘルゴンザの許に帰ったエアームドに、くるりと舌を丸めてお宝を口の中に引っ込めたヌオーが、ふわぁっと眠りを誘う欠伸を吹きかける。

 つられたようにエアームドが眠気をもよおし、目に涙を浮かべて欠伸をした。

 それに気付かず、ヘルゴンザは尚も畳みかける。

「シザリガー、エアームド。ドラゴンタイプにさっきと同じ技を叩き付けろ。今度こそやつを潰せっ」

「フライゴン、シザリガーに『ドラゴンクロー』だ」

 そう指示を出すとレオンは攻撃がフライゴンに集中している内に、エアームドに技を決めたヌオーを戻してエーフィを出す。

 相棒がフライゴンな事に、一瞬嫌な顔をしたエーフィはすぐさま臨戦態勢を整え、レオンに自分の方が役に立てるとアピールする。

 フライゴンのドラゴンクローが、今度こそシザリガーの硬い甲羅を砕いた。

 甲羅の破片を撒き散らし、シザリガーが力尽きて倒れる。

「ぐぬぬっ」

 拳を握り締めて太い筋肉を盛り上がらせて唸ったヘルゴンザは、奥歯を軋らせて次のポケモンを出した。

 それを見て、レオンは思わず表情を険しくする。

 それは、木の実の形によく似た草タイプのタネボーが進化したコノハナに、進化を促す「リーフの石」を与えて進化させたダーテング——木のような茶色い体に葉ウチワを思わせる両手と一本下駄の足、背中から足下まで垂れる白く長い毛が顔全体を覆い隠し、そこから長い耳と鼻が突き出している。

 進化した事で草の他に悪タイプも兼ね備えるようになったポケモンだ。エスパータイプのエーフィとは相性が悪すぎる。

 ヘルゴンザがこれを出すと分っていたなら別のポケモンを出していたものを。だが、出してしまったものは仕方がない。

 エアームドが眠気を払うように猛然とフライゴンに突っ込み、その体を鋼の翼で切り裂いていく。

 悲鳴を上げ、フライゴンはよろけるように地に降り、哀しそうにレオンを見た。

 かなり苦しそうだ。体力ももう殆ど残ってはいないだろう。

 そして、相手に一撃与えて鋼鉄の体を更に硬くしたエアームドは、そのままグウグウ寝てしまった。

「ダーテング、エーフィに『だまし討ち』だ。起きろっ、エアームド」

「ダーテングにエーフィは『恩返し』 フライゴンは『火炎放射』だ。もう少し頑張ってくれ」

 エーフィはフライゴン(ライバル)の手前、何時も以上に張り切って痛烈な攻撃をダーテングに喰らわせ、さっと跳び退く。

 そこにフライゴンがレオンの期待に応える為に、渾身の力を振り絞って大きく開けた口から紅蓮の炎を吐き出してダーテングに浴びせた。

 「レオン大好き」の籠った苛烈な一撃に加え、効果抜群の灼熱の業火に全身をこんがり焼かれたダーテングは、全身からプスプスと煙を上げてバッタリと倒れる。

 すかさずそこへレオンが指示を出す。

「エーフィ、『恩返し』」

 即座にエーフィが、またも嬉々としてそれに応える。

 チラリと得意気にフライゴンを見やり、見せつける様にぐうぐう眠っているエアームドに、懐き度マックスの激烈極まりない一撃を与える。

 その間にレオンはコートのポケットからボールを取り出していた。

 左肩の肩当てが微かな唸りを上げて赤く輝き、腕に巻き付くチューブを通って手甲に覆われた左手に持つハイパーボールを赤く包み込む。

 そしてスナッチ可能になったボールを、レオンはエーフィの攻撃を受けてぐらついたエアームドに投げ付けた。

 眠るエアームドを取り込んだスナッチボールはコロリと床に転がると、カタカタと音を立てて揺れていたが、やがて諦めたかのようにピタリと止まった。

 

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