カプセル型のエレベーターに乗り込んだヘルゴンザは、微かなローター音と共に下に降りて行く。
——レオン……
まさか、彼から全てを奪ったのが、スナッチ団とシャドーだったなんて。
「これで分かっただろ」
ローターの音が聞こえなくなると、レオンは背を向けたままルナに告げた。
「俺がダークポケモンをスナッチしていたのは、おまえに頼まれたからじゃない。全ては自分の為だ。
そしてその為に、ポケモンを想うおまえの気持ちに付け込んで、俺は関係ないおまえを巻き込み、危険な目に合わせてきたんだ」
「そんなっ、あたしは自分から進んで貴方に付いて行ったのよ。可哀想なポケモン達を助けたくて、少しでも貴方の役に立つ為に。それに、シャドーはあたしの事も狙っていたじゃない」
「俺と一緒に居なければ、ああまで執拗に狙わなかった筈だ」
自分の言葉に異を唱えるルナに振り返り、レオンは
「おまえはただ黒いオーラが視えるだけだ」
それだけなら、ダークポケモン計画を進める上で大した障害にはならないだろう。自分に手を貸さずにすぐにオーレを出、南隣の地方にある家に戻って大人しくしていれば、シャドーは一応警戒しても、ルナに手出しはしなかったに違いない。
「俺の所為で、おまえはシャドーに危険視されてしまったんだ」
「それは違うわ。喩え貴方がいなくても、あたしはシャドーと戦ったわ。ポケモン達にあんな酷い事をするやつらを、あたしは絶対許せないものっ」
「どうやって?」
決然と言い張るルナを、レオンが冷ややかに見据える。
「俺無しでどうやって戦うって言うんだ?」
「そ、それは……」
絶対許せないと言っても、自分に出来るのはダークポケモンを見分ける事くらいだ。喩えバトルが出来たとしても、レオンのようには戦えない。
口篭もったルナは、答えられずに唇を噛んで俯いた。
そんな彼女の腕を、いきなりレオンは掴んで
「レ、レオン!?」
「あいつらの狙いは俺だけだ」
驚くルナを引っ張って地上に降りるエレベーターの前に行き、レオンは脇のボタンを押した。
既に地上に降りてヘルゴンザを降ろしたエレベーターが、再び昇って来る。
その音を耳にしながら、レオンはもう一度繰り返して言う。
「上に行くのは俺だけでいい。おまえは俺に付き合う理由は何一つないんだ」
「理由ならあるわっ」
レオンの手を振り払い、ルナは言い返した。
「一番最初に、貴方はフェナスであたしを助ける為にバトルしてくれたわ。見ず知らずのあたしの為に。あたし、とっても嬉しかったわ。だから——」
「違うっ」
自分に感謝するルナの言葉を、レオンは強引に遮った。
「レオン……」
いきなり怒鳴られ、ビクっと肩を竦めてルナはレオンを見た。
その視線から逃れるように顔を背け、レオンはぼそぼそと真実を告げる。
「あの時、俺は麻袋の中身が人だと気付いていた。けど、あいつらが手出ししてこなければ、俺はバトルしなかった。そのままその場を通り過ぎていたんだ」
つまり、助ける気は全くなく、ルナをさらったゴロツキ達が突っ掛かって来なければ、見捨てるつもりだったのだ。自分には関係ない事だから。
「そんな……」
ずっと自分を助ける為に、あいつらとバトルしてくれたと思っていたルナに、この告白はショックだった。
愕然と声もなく、ルナは自分と目を合わせようとしない少年を見詰めた。
次第に大きくなってきたローター音が二人の耳朶を打つ。
エレベーターが来たのだ。
レオンは絶句して茫然と自分を見る少女の背に手を回し、着いて扉の開いたカプセル型のエレベーターの中に彼女を押しやった。
「行くんだ。おまえはこれ以上俺に付き合って、危ない橋を渡る必要はない」
「ま、待ってっ」
ハッと我に返ったルナは、慌てて自分をエレベーターに乗せようとするレオンの手から逃れた。
「その前に、一つだけ聞かせて」
ルナはレオンの顔を正面から見据え、真剣そのものの表情で訊く。
「もしあたしが今、あの時の様に麻袋に詰められてさらわれそうになっていたら、貴方はどうするの? やっぱりあたしを見捨てる?」
「それは……」
助けるに決まっている。今はもうルナはどうでもいい見ず知らずの人間ではなかった。それどころか何の見返りを求めずに、こんな自分に手を貸してくれている。相棒達のように。
レオンにとってルナは、もはやブラッキー達となんら変わりない大切な存在になっていた。
とはいえ、そう言ってしまったら、彼女がすんなりとエレベーターに乗るとはとても思えない。
ゴロツキ相手なら平然と噓八百もハッタリも言えるレオンだったが、真っ直ぐに自分を見据え真剣な表情で答えを待つルナの青い瞳を見ると、途端にそんな言葉は一つも出てこなくなってしまう。
言葉に詰まったレオンは、思わず視線を逸らしてしまった。
でも、ルナはそれだけで十分だった。もしレオンが自分を見捨てるつもりなら、
ルナは
「あたし、貴方と一緒に上に行くわ。あのシャドーのボスが待つコロシアムに」
「おまえ……」
「理由はどうあれ、貴方があたしを助けてくれた事には変わりはないもの」
唖然とするレオンに言うルナの言葉に迷いはなかった。
「マクノシタやルンパッパに襲われた時も、バトル山の谷に落ちた時も、ヴィーナスとのバトルの時や他にも一杯、貴方はいつも身を挺してあたしを護ってくれたわ。だから、あのダークポケモン研究所で言ったように、今度はあたしが貴方を護る番よ」
「ルナ……」
思わず心を揺らしたレオンは、慌てて大きく
「いや、ダメだっ」
こんな自分を、それでも護ると言った彼女の想いは嬉しかった。だからこそ、付いて来るのを認めるわけにはいかない。
「忘れたのか? おまえはその研究所で、下手すると死んでいたんだぞ」
あの能力を利用する為に巻き込んだとはいえ、レオンは自分の目的の為に無関係なルナを犠牲にする気はなかった。ただダークポケモンを教えてくれればそれで良かった。
それなのに、あの時ルナは事もあろうにレオン達を護る為に自らの命を賭けたのだ。
助かったから良かったものの、身勝手な自分の所為で、もう少しで彼女を殺してしまう処だった。
レオンはもう二度と、あんな血の凍る様な想いはしたくなかった。
「で、でも、ほら、大丈夫だったじゃない」
「運が良かっただけだ」
「そんな事ないわ」
あっさりと否定され、ルナはムキになって言い返したが、レオンは取り合わなかった。
「事実だろう」
またあれと同じ事をやって、無事だという保証は何処にも無い。
けれどルナの事だ。同じ様な事が起きたらきっとまたやるだろう。そう確信できるからこそ、レオンは少しでも彼女を危険から遠ざけたかったのだ。
そもそも
「いいか、上で待っているのは、今までのようなやつらとは違う。シャドーのボスなんだ」
拳を握り締め、レオンは硬い声でルナに言い聞かせる。
「こうやってダークポケモンをスナッチしていれば、いずれボスともバトルする事になるだろうと思っていた。ボルグはボスに最強のダークポケモンを造って渡したと言っていたからな」
だから自分は、それをスナッチする力をつける為にバトル山まで行って修行し、百人抜きまでして相棒達と共に力をつけてきたのだ。
「けど、
苦々しくレオンが息を吐く。
「フェナスで初めてあいつに会った時の事を、おまえも憶えているだろ?」
「え、ええ……」
忘れられるわけがなかった。背筋が凍るような凄絶な雰囲気を持った男。
あの血の様な赤い瞳に見据えられた時全身が粟立ち、射竦められたように身動き一つできなかった。
そして、さっき再び会ったあの男は、あの時と何一つ変わっていない。
「自分で言うのもなんだが、あの時に比べれば、俺は随分強くなったと思う。
——だけど、それでもあいつに勝てる気はしないんだ」
「レオン……」
「けど俺は、今更逃げるわけにはいかない」
これは自分で決めてやり始めた事だから。
相手は巨大な組織だ。それに楯突いて無事では済まない事くらい分かっていた。元より、ここまで来られるとは正直思っていなかった。
ただ途中で果てたとしても、自分達家族から全てを奪ったあいつらに、最後に一矢報いるつもりでこのオーレに来たのだ。
ジャキラとのバトルが終わる前に、署長達がコロシアムに辿り着く保証は何処にも無い。その前に勝敗が決まれば絶対ただでは済まないだろう。
それが判っていて、これ以上無関係なルナを連れては行けない。
「だから上には俺一人で行く。喩え勝てなくとも、ヘルゴンザが言ったように精々足掻いてみせるさ」
「じゃあ、ブラッキー達はどうするの? もし貴方が負けたら、あの子達はシャドーのやつらにダークポケモンにされてしまうわよ」
折角元に戻ったポケモン達も。
「そんな事はさせない。その時は皆パソコンに転送するつもりだ」
さっきパソコンの預かりシステムを起動させ、設定を変えてロックを掛けておいた。手持ちのポケモンが全て送られた後は誰も取り出せなくなるように。
そしてその後の管理は全国ポケモントレーナー協会がする事になる。こうすればシャドーも迂闊に手が出せない筈だ。
「だからおまえも、これ以上俺に付き合う必要はないんだ。元々おまえには関係ない事だからな」
負けて報復されるなら自分だけで十分だ。
「いいえ、関係なくはないわ。ずっと一緒に戦って来たのよ。
それなのに勝てるかどうか分からないから、貴方を見捨ててあたし一人安全な所に逃げろっていうの?」
キッとレオンを見据え、ルナは怒りをぶつけた。
「冗談じゃないわっ。あたしを昔の貴方の仲間みたいな、利用するだけ利用して、都合が悪くなったらさっさと貴方を見捨てたやつらと一緒にしないでっ」
「いや、俺は、おまえをあいつらと同じだなんて——」
「いいっ、貴方が何と言おうと、あたしは付いて行くわっ」
慌てて言い返すレオンの言葉を遮り、ルナは憤然と言い放つ。
「勝てるかどうか分からないのなら、尚更よ。付いて行って、貴方がバトルに集中できるよう、あいつらがどんな汚い手を使ってこようと絶対貴方を護ってみせるわっ。
それが本当の仲間ってもんでしょ」
「ルナ……」
彼女の断固とした態度に、レオンは言葉を失った。
そして、今更ながらにルナの仲間というものに寄せる、揺るぎない
「いいのか、本当に? 負けたらどんな目に合わされるか分からないんだぞ」
「その時はその時よ。でも大丈夫、貴方はきっと勝つわ」
本人でさえ自信がないというのに、ルナはにっこりと笑ってきっぱりと言い切る。
「——ああ、そうだな」
最初から負けると思っていたら、勝てるのも勝てなくなってしまう。
勝利の女神の様に自分に微笑むルナに、ふっとレオンは
連休前にコロシアムに上がる前までを終わらせたかったので、ちょっと文字数を少なくして駆け足であげました。
次からはコロシアムで毎回バトル中心の話となります。書き上げるのが少し遅くなるかも知れません。