オーレ地方の中央に位置する人を寄せ付けぬ不毛の大地に、莫大な金を掛けて建造された高級リゾート
その天を突く様にオーレの全てを見渡せるような高みにあるコロシアムでは、バトルフィールドを囲む数万もの観客を楽に収容できるスタンドに、一体何処から湧いて出て来たのかと思う程の客が詰め掛け、これから行われるオープン記念のメインであるショーバトルの開催を、今か今かと首を長くして待っていた。
『大変長らくお待たせしました。只今から今日のオープンセレモニーの目玉、皆様が心待ちにしていたショーバトルを始めたいと思います』
一向にお楽しみの物が始まらず、やる事も無く持って来た酒で酒盛りし、酔った勢いで喧嘩などし始める輩などがいるスタンドに、何処からともなく女性アナウンサーの声が高らかに響き渡った。
その声に騒然としていたスタンド内が、一瞬シーンとなる。
『では、早速このショーバトルのメインゲスト、シャドーのブラックリストナンバーワンの二人に登場して貰いましょうっ』
おおっと、スタンドのあちこちから歓喜の声が上がり、観客の視線が中央のバトルフィールドに注がれる。
大勢の観客が見守る中、バトルフィールド一杯に赤と青に色分けして描かれたモンスターボールの一角が開き、そこから丸みのある上部に銀色の凝った装飾を施したカプセルのような物が現れた。
透明な扉が開き、中から青いロングコートの左腕に変わった形の肩当てと手甲をした、アッシュブロンドに鋭い琥珀色の瞳を持つ少年と、明るい栗色の髪を軽く結い上げてエメラルドグリーンのリボンをつけ、同色のワンピースの上に淡いピンクの花柄のレースのボレロを羽織った少女が現れた。
同時に、遠くからでもバトルの様子がよく見える様にと設置された、観客席の後ろのあちこちにある巨大スクリーンにも、その二人の姿が大映しになる。
——レオンとルナだ。
タワーの中間部で乗り換えたエレベーターは、このコロシアムのバトルフィールドに直結し、トレーナーが入場する入り口の役割を果たしているらしい。
二人が現れた途端、スタンドから一段と盛大な歓声が湧き起こり、それに混じって口笛や野次まで飛んでくる。
とはいえ、そのどれもが混じり合ってバトルフィールドに届く頃にはもはや明確な言葉をなさず、二人にはただの騒音にしか聞こえなかった。
レオンとルナは驚きの表情を隠し切れない様子で、観客で埋め尽くされたスタンドを眺め回す。
一体どれだけの人間がそこにいるのかまるで見当がつかない。少なくとも数千、いや万近くはいるだろう。
だが、パイラやアンダーのゴロツキだけで、こんなに集まるわけがなかった。おそらく大半は他の地方から来た奴等だろう。シャドーが自分の力を誇示する為に呼び寄せたに違いない。
しかし、広いバトルフィールド内を見渡しても、シャドーのボスの姿は見当たらなかった。
——と、
『遅かったな、レオン。ヘルゴンザにやられたかと心配したぞ』
唐突に、冷ややかな男の声がコロシアム内に響き渡った。
ジャキラの声である。
ハッとして、二人は辺りを見回してシャドーのボスの姿を捜す。
が、やはり何処にもいない。
ジャキラはこのコロシアムの何処かで、スピーカーを通して二人に話しかけているのだ。
『さあ、今からおまえ達には償ってもらわねばならん。われらシャドーに数々の多大な損害を与えてくれたその代償として、ここでバトルしてもらおう』
傲然と言い放ち、ジャキラは二人を嘲弄するように言葉を継ぐ。
『おまえがするバトルは招待状に書いとおり、このコロシアムのオープンセレモニーのメインイベントだからな。精々観客の皆様が喜ぶような素晴らしいバトルをしてくれよ。わっはっはっは!』
その声に、スタンドからも期待に満ちた歓喜の声が湧き上がる。
チラリと後ろを見やり、レオンは小さく舌打ちした。
あのカプセル型のエレベーターは既に床に収納されていた。スタンドも一番低い所でもここより五メートル以上も高い。空を飛ばない限り、もはやここから抜け出す事は不可能だ。
シャドーのボスとバトルするつもりだったのに、その前に嫌でもオープンセレモニーのメインバトルなどと言う、くだらない
——一体どういうつもりだ? 本気で俺にショーバトルをやらせるとは。あの招待状は俺を誘き寄せる口実じゃなかったのか?
油断なく周囲を見回しながら眉を
そこが丸く左右に割れ、二人が乗って来たのと同じカプセル型の入り口が迫り上がって来る。
そして、そこから鍛え上げられた筋肉でパンパンになったスポーツウェアを着た女が姿を現わした。
『さて、相手をするのは逞しい筋肉美を誇る肉体派のランビーです。組織に楯突く身の程知らずの凶悪少年トレーナー・レオンを、どんな技で捻り潰すか楽しみです』
「何が凶悪よっ」
「ピカチュウ達を出して下がってろ」
アナウンサーの解説に噛み付くルナを後ろに押しやり、レオンはバトルフィールドを挟んで対戦する肉体派の女と対峙した。
「こんな大観衆の前だと、流石に緊張するね」
チラリと周りを囲むスタンドに視線を走らせ、ランビーは言葉とは裏腹に余裕
「恥をかくわけにはいかないから、きっちり勝たせてもらうよっ!」
そう言うや、バトルフィールドにボールを放り投げる。
出て来たのは、後ろ足で立ち上がった体長は一・二メートル程の、黄色い腹以外は全身ピンク色で黒頭巾を被ったような頭に小さな二本のツノがあるミルタンクと、その半分程の大きさの世界初の人工的に造られた鳥型ポケモンに「アップグレード」を持たせて通信交換する事によって進化したポリゴン2だ。
共にノーマルタイプで、前者はメスしかいないと言われ、後者は角ばった体型が滑らかに丸みを帯び、進化前に比べ能力値もかなり高くなっている。
「レオン、あのミルタンクっ」
「ああ」
確かにあのダークポケモンのリストに載っていた。
注意を促すルナの声に頷き、レオンはベルトから選び取ったボールを投げた。
出したのは青い体の頭と両手に白く丸い綿毛を付けた草と飛行タイプを持ったワタッコと、黒い背中の襟首辺りから紅蓮の炎を噴き上げる炎タイプのバクフーンだ。
大観衆に囲まれ、バクフーンは気を呑まれたように腰が引け、ワタッコは何時ものようにレオンの頭の上に跳び乗ったが、ちょっと周りの雰囲気に落ち着きなくポンポン跳ねる。
「なんで頭の上にポケモン乗っけてんだい」
やる気満々に水を差されたようにランビーがジト目でワタッコを見る。
スタンドからも口々に「なんだ、あれ」「ふざけてんのか」などの失笑とヤジが飛び交い、それに「なによ、可愛いじゃない」とルナがムッとする。
そんな周囲の騒音など気にも留めず、平然とレオンは応じた。
「何か問題でもあるのか?」
「普通バトルフィールドに二匹並べて出すもんだろ」
「これが俺の普通だ」
別にポケモンを頭に乗せる趣味はないが、ワタッコが降りてくれないのだ。
ちゃんと指示を聞き、バトルしてくれるならもうそれでいい。この件に関してはヌオー同様、レオンは既に諦めの境地にいた。
そんなトレーナー同士の問答を余所に、ポリゴン2はトレーナーの前に立つ炎タイプのポケモンを相手と認識し、瞳を輝かせてくるりと水色の足を回転させると、得意気に高々と
特性の「トレース」によって、バクフーンの特性である「猛火」を自分のモノとしたのだ。
それを見て、肉体派の女トレーナーは苦々しく舌打ちした。
「猛火」は体力が三分の一以下になると炎タイプ技の威力が一・五倍になるのだが、生憎とポリゴン2は炎タイプ技は持っていない。これでは折角「猛火」をトレースしても意味がない。もう一匹の草タイプ専用の特性の方がまだマシだ。
ひょっとしてこれが狙いで、あの草ボンボンを頭に乗せたのかと勘繰りたくなる。
「ああ、そうかい。なら行くよっ。ミルタンクっ、『丸くなる』 ポリゴン2は『
「ワタッコ、ミルタンクに『眠り粉』、バクフーンはポリゴン2に『瓦割り』だ」
ワタッコが両手の綿毛を擦り合わせ、バッと両手を広げて眠りを誘う粉をミルタンクに飛ばす。
それを浴びる直前、ミルタンクがくるりと体を丸めた。
しかし『丸くなる』は『守る』と違い、ただ防御を上げるだけの技だ。それでは『眠り粉』の効果を無効にできない。
ミルタンクは丸くなったまま、ぐうぐうと寝入ってしまった。
その横で、ポリゴン2がゆっくりと深く息を吸い込むような動作をし始める。
その目の前に、素早く距離を詰めたバクフーンが、高々と腕を振り上げ一撃を加える。
苦手な格闘タイプ技が見事に決まり、ポリゴン2は大きく仰け反った。
けれど進化してバージョンアップしたおかげで、辛うじて堪え切る。
そのまま吸い込んだ息に凍てつく冷気を乗せ、一気に放出する。
立ち位置に戻ろうとしたバクフーンは背中にそれを浴び、押されるように前によろけるが、元々氷タイプ技は炎タイプには余り効果は無い。
反対に、それを苦手とする草と飛行タイプを併せ持つワタッコには効果絶大だった。
とはいえ、バクフーンが壁になる形でそれを受けてしまったので、レオンもその頭に乗るワタッコも殆ど浴びずに済んだ。
技を出すタイミングが早すぎたのだ。
ランビーはギリっと奥歯を軋らせて次の指示を飛ばす。
「ポリゴン2、もう一度『吹雪』だよ。よく見て、今度は外すんじゃないよ」
そして、眠りこけるミルタンクに一喝する。
「ミルタンクっ、さっさと起きなっ」
「ワタッコ、ミルタンクに『ギガドレイン』 バクフーンはポリゴン2に『火炎放射』だ」
軽快な動きで跳ねながら両手の丸い綿毛に力を込め、眠るミルタンクから体力を奪い取る。
次いでバクフーンがポリゴン2に火炎を吐き掛け、全身を念入りに焼き尽くす。
さっきの一撃で、殆ど体力が残っていなかったポリゴン2は、黒焦げになってコロリと倒れ伏す。
「くっ、やるねっ!」
力尽きたポリゴン2をボールに戻し、ランビーは次のポケモンを出した。
ミルタンクとほぼ同じ大きさの鋭い目付きのノーマルタイプのザングースだ。
白いふさふさとした全身の毛の中で、両手の先と左耳から左目、そして左胸を通って腹部を斜めに横断するように毛が赤く変色している。身のこなしが俊敏で、両手から飛び出す鋭い爪が最大の武器である。
トレーナーの一喝が耳に届いたのか、ミルタンクが目を覚ます。
「いいよ、ミルタンクっ。バクフーンに『転がる』 ザングースも奴に『ブレイククロ―』をおみまいしなっ」
「躱せっ、バクフーン! ワタッコ、もう一度ミルタンクに『眠り粉』だっ」
内心で舌打ちし、レオンは叫んだ。
思ったよりミルタンクの目覚めが早い。
『丸くなる』と『転がる』はコンビネーション技だ。防御を上げてから転がると技の威力が倍になる。しかも、『転がる』は炎タイプには効果抜群の岩タイプ技だった。バクフーンにはダメージが大きすぎる。
ワタッコが素早く両手の綿毛を擦り合わせて粉を飛ばすが、ミルタンクが丸めた体をその場で回転させ、その風圧でみんな吹き飛ばしてしまう。
転がるミルタンクの動きに注視し、躱すタイミングを測るバクフーンに、横合いから猛烈な勢いでザングースが突っ込んで来た。
ハッと気づいた時には鋭い爪の苛烈な一撃をみまわれ、バクフーンはよろりとよろけた。
そこへ、ミルタンクが回転して威力が増した『転がる』をぶち噛ます。
傷を負った体に、それは思った以上に
苦悶の表情を浮かべ、バクフーンはガクリとその場に膝を折り、前足をつく。
「バクフーンっ!?」
顔色を変え、レオンが叫ぶ。
その声にバクフーンは気力を振り絞り、後ろ足でしっかりと立ち上がった。
「よしっ、バクフーン、ザングースに『瓦割り』だっ」
一声吼え、バクフーンは猛然とザングースに向かう。
「ザングースっ、躱してバクフーンに『切り裂く』 ミルタンク、もう一度『転がる』だよ。今度こそしっかり決めなよっ」
「ワタッコっ、ザングースに『眠り粉』っ」
相棒に鋭い爪を構えて向かって来るザングースに、すかさずワタッコが『眠りの粉』を飛ばす。
ノーマークだったワタッコの横槍に、咄嗟に反応できずにザングースは敵を前にぐうすか寝てしまう。
そこへバクフーンが、持てる力を振り絞った苛烈な一撃をみまう。
寝て無防備な状態で急所にモロにそれを受けたザングースは、
バクフーンを切り裂こうした手を前に伸ばしたまま、体を泳がせてドウっと倒れ込む。
同時にバクフーンも、勢いついたまま二歩、三歩とたたらを踏むように前のめりによろけ、その場にガクリと膝を落とした。
だが、それが幸いした。よろけて歩いたお蔭で、ミルタンクの転がる軌道から
ぶつかる目標を失い、止まれないミルタンクはぐるぐると体を回転させながらバトルフィールドを横切り、相手のトレーナーに猛烈な勢いで突っ込んで行く。
「ピカチュウっ、『身代わり』っ!」
バトルフィールド外から鋭い少女の声が飛び、転がって来るミルタンクを避けようと身構えたレオンの前に、彼を庇うようにヘンテコな形のポケモンが姿を現わす。
とはいえ、勢いの付いたミルタンクは急には進路を変えられない。
そのままそのポケモンに激突し、勢いを殺されたミルタンクはレオンにぶつかる前に止まってしまった。
「ちょいとっ、サシのバトルに手ェ出すなんて、卑怯だよっ」
対戦トレーナーの少年の後ろ斜めで、ピカチュウとプラスルを出して観戦している明るい栗色の髪の少女を
そうだそうだと、スタンドの方からもブーインクの嵐が湧き起こる。
キッとスタンドを一瞥して筋肉女を睨み返すと、それに負けじとルナは大声を張り上げて言い返した。
「そっちこそっ、トレーナーを攻撃するなんてルール違反よっ!」
「何言ってんだいっ。今のは外れた技が、たまたまトレーナーの方に行っちまっただけの事だろ。こんなのはシャドーのショーバトルでは当り前さ。その方がお客様も盛り上がるし、むしろ避けられない方が悪いんだよ」
技が外れた時、必ず相手トレーナーに当るように計算して技を出すのが、ここでは常識なのだ。
——やっぱり、レオンに当てようとしたんじゃないっ……
「それなら、こっちも凄い勢いで向かって来たから、怖くなって身を守ろうと出した技が、たまたまレオンの前に決まっただけよっ」
ぎゅっとプラスルを抱き締め、ルナは平然とうそぶく筋肉女に言い返す。
「それに、技が外れてフィールド外に出そうになったのを止めてあげたんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだわ」
「なんだってェっ」
口が減らない少女に頭に血を上がらせ、ランビーは怒気を破裂させた。
が、その時である。
『ランビー……』
背筋が凍るような冷ややかな男の声が、バトルフィールドに響き渡った。
『観客を退屈させるな。その小娘は放って、バトルを続けろ』
「わ、分りましたっ」
ビクっと体を硬直させてその声に応えると、ランビーは一瞬怒りに燃えた視線を生意気な小娘に突き刺し、対戦相手のアッシュブロンドの少年に向き直った。
「さっさと終わらせてもらうよ。もう一人、たっぷりお仕置きしなきゃならないのがいるからねっ」
そう言い放ち、傲然と指示を飛ばす。
「ミルタンクっ、バクフーンに『転がる』だよっ!」
「ワタッコ、ミルタンクが転がる前に『眠り粉』だ」
ミルタンクが体を丸めて回転し出すまでの僅かな隙に、ワタッコは素早く眠りをもたらす粉を撒き散らす。
同時にレオンは殆ど体力がなくなったバクフーンを戻し、代わりのポケモンを出した。
尻尾の先っぽが二股に分かれた、長年の相棒の片割れのエスパータイプのエーフィだ。嬉しそうにレオンに一声鳴いて、すぐさま対戦相手を見据えて身構える。
「エーフィ『恩返し』だ」
それを聞くなり、エーフィが技を繰り出す。
生まれた時からずっとレオンと一緒だったエーフィの、懐き度によって技の威力が変わる『恩返し』の攻撃は半端じゃなかった。
『丸くなる』で防御を上げていたミルタンクだったが、ワタッコに眠らされてモロに急所にそれを受け、グラリと体を傾けさせる。
「起きるんだよっ、ミルタンク!」
ランビーが叫ぶ。
すかさずレオンは、スナッチマシンで造り変えたハイパーボールを、眠るミルタンクに投げ付ける。
パカリと開いたボールから眩い光が迸り、ミルタンクの豊満な体を絡め取る。
ミルタンクを呑み込んだボールは、大きく左右に揺れながら次第に揺れを小さきしていき、そして大観衆の見守る中ピタリと止まった。
「なにーっ! こんな筈じゃなかったのにっ!」
頭を抱え、ランビーは天を仰ぐ。
スタンドのあちこちでも驚愕に満ちた声が上がった。
「くぅっ、頭に血が上って、つい力み過ぎてしまった……」
口惜しそうにギリっと奥歯を噛み締め、少女を鋭く一瞥したランビーは、肩で風を切って迫り上がって来たカプセルの中に姿を消した。