『ああっ、惜しいです。折角一匹を使用不能にしたのに、相手の卑怯な加勢によって、結局は返り討ちにあってしまいましたっ』
「何が卑怯な加勢よっ。あたしはレオンを護っただけで、アブソルには毛筋程のダメージすら与えていないわっ」
『さあ、次に邪悪な少年トレーナー・レオンの相手をするのは、我らがシャドーの女戦闘員の一人、セクシーなプロポーションのエンディです』
憤然と抗議する少女など気にも留めず、アナウンサーの女は次の対戦相手を紹介し出す。
迫り上がって来たカプセル型の入り口の扉が開き、次の対戦トレーナーが姿を現わす。
長い茶髪をフルフェイスの後ろからなびかせ、シャドーの濃い紫の戦闘服に身を包んだ女戦闘員が。
『ちょっと性格がキツイのが珠にキズですが、料理は得意中の得意とのこと。さて、今回はどのように料理してくれるでしょうか?』
「性格がキツイってのは余計だわ」
ぼそっと自分を紹介する女性アナウンサーの声にツッコミを入れ、エンディはトレーナーの立ち位置に膝をついたまま動こうとしない男を、すらりとした長い足で蹴飛ばす。
「邪魔よ。負けたらさっさと引くのが礼儀ってものでしょう」
「うわっ、キツ——っ」
思わず顔を
そんな声などどこ吹く風とばかり、エンディはイージーを追い払ってトレーナーの立ち位置に収まった。
「貴方がレオンね。会えるのを楽しみにしていたわ」
フルフェイスの向こうから嫣然と、不愛想なアッシュブロンドの少年に声を掛ける。
「こんな大舞台で戦えるなんて、光栄だと思わない」
「………」
「ふっ、まあいいわ。貴方を倒して、幹部に昇進よっ!!」
無言のまま応えない少年に肩を竦め、エンディは勢いよくバトルフィールドにボールを投げ入れた。
出て来たのは体長五十センチ程の大きさで、黒鉄色の甲羅からがっしりとした四つ足を出し、長い首をもたげて甲羅の天辺の穴と鼻から黒い煙を出している、炎タイプのコータスと、同じく炎タイプで悪タイプも併せ持つデルビルの進化形のヘルガーだ。
「レオン。あのヘルガー、今度こそ間違いないわ」
「そうか……」
応えてレオンは鋭い視線を向ける。
あのヘルガーがダークポケモンならば、倒すわけにはいかない。
となるとまたエーフィは出せない。相手が炎タイプではワタッコも同じだ。これで後満足にバトル来るのはヌオーだけになってしまう。
——成程……
ここに来るまでに幹部や戦闘員達がバトルを吹っかけて来たのは、俺を消耗させるだけでなく、コロシアムで自分達が有利にバトルを進められるように、こっちの
そうやって回復させずに次から次へとバトルを続けさせ、ゴロツキ達の面前で
ショーバトルと言ってはいるが、やっている事は公開処刑となんら変わりない。
——そっちがその気なら、こっちにも考えがある。
レオンはベルトからボールを三個取ると、フィールドでなく後ろに控えているルナに放った。
「そいつらの回復を頼む。代わりにバトル山のハイパーボールとネットボール、そしてタイマーボールをくれ」
「分かったわ。はい、これ」
レオンの意図を察し、ルナは肩に掛けたポシェットのフタを開けた。
ここに来る前に彼から預かっていたボールの中で言われた三つのボールを取り出し、受け取ったボールの代わりに放り返す。
それらを手にしたレオンは、ハイパーボールとタイマーボールをベルトに付け、別のボールを手に取るとネットボール共々フィールド内に投げた。
現れたのは水色のずんぐりとした体に、どこかとぼけた愛嬌のある顔をした水と地面タイプを兼ね備えたヌオーと、額に細長い六角形のブルークリスタルの額飾りを付け、躍動感溢れるすらりとした水色の体躯に、白いクリスタルを散りばめたような美しい毛並みを持つ伝説のポケモンの一匹——スイクンである。
ポケモンだけでなく人までも圧倒する威厳に満ちた伝説のポケモンの美しい雄姿に、スタンドのあちこちから一斉に驚嘆の声と溜息が漏れた。
「ちょ、ちょっとっ。貴方、これ反則じゃないっ!」
「反則?」
「そうよっ、トレーナーの手持ちポケモンは、公式バトル規定でも六匹までと決まっているのよ。貴方の出したそのスイクンは七匹目でしょうっ。立派な規定違反よっ!」
自分の訴えを聞いて不思議そうに見返す少年に、エンディが抗議する。
その声をバトルがより楽しめるようにと、トレーナーの指示が観客にも聞こえるよう立ち位置に設置されたマイクが拾う。
そしてスタンド内のスピーカーから流れたその声に同調し、観客達からも非難の声が飛ぶ。
そんな中、レオンはふっと口の端に皮肉な笑みを浮かべた。
「公式ルール無視のシャドーのショーバトルで、公式規定を理由に反則呼ばわりされるとはな」
と、ロングコートの前を開き、ベルトに付いているボールの数を女戦闘員に確認させながら言葉を継ぐ。
「だが、見ての通り、俺の手持ちポケモンはこいつらを含めて六匹だ。規定違反は犯しちゃいない」
「それはあの
「こっちの準備が整わない内に、勝手にバトルを始めたのはそっちだ。だから、こっちも勝手にやらせてもらうまでだ」
自分を
「それに、おまえらシャドーご自慢のダークポケモンは、連戦で傷付き満足に戦えなくなったポケモンか、相性が圧倒的に有利なポケモンじゃないと勝てないのか?」
「なっ!? そんなワケないでしょうっ!」
「だったら別に構わない筈だ。バトってる最中ならまだしも、その前に負傷して戦えないポケモンを交換するくらい」
「そ、それは……」
大いに構う。折角一匹潰れ、二匹も自分の手で後一撃入れれば倒せそうなのに、最初から仕切り直しの様な事を認めたら、幹部昇進が難しくなる。
かといって、その言い分を呑まなかったら、今度は観客のゴロツキどもにダークポケモンが、弱い者いじめしかできない見掛け倒しだと思われてしまう事になりかねない。
いずれにせよ、これは自分で勝手に判断して答えていい問題ではなかった。
『よかろう』
エンディが答えあぐねていると、スピーカーを通してシャドーのボスの声がコロシアム内に響き渡る。
『本来勝ち抜きバトル戦では、途中交換は認められぬところだが、今回に限り特別に許可しよう。但し、交換できるのは戦闘不能になったポケモンのみ、バトル開始前にならばという事でどうだ?』
「ボ、ボス……!?」
「ああ、それでいい」
それがギリギリの譲歩の線だろう。ダークポケモンの商品価値を傷付けない為には、レオンの言い分を突っ撥ねるわけにはいかない。とはいえ、無制限にそんな事を認めたら、見せしめの公開処刑の意味がなくなってしまう。
だが、こういう条件を付ければ、たとえ交換するとしても、それはレオンのポケモンがやられて惨めに地に這いつくばってからの事である。それだけでもゴロツキ達への視覚効果は十分事足りる。
ジャキラはレオンの言い分を聞くフリをして、自分の都合のいいようにしたのだ。流石に悪の組織のボスだけあって、中々喰えない奴だ。
勿論レオンもそれを承知でその提案を受けたのだ。傷付いた相棒達が回復できるならそれでいいと。
『ならば、バトル再開だ』
先程交換した分は巨大組織の余裕を見せて不問にし、ジャキラが合図する。
それを聞くや、レオンは昂然と相棒達に指示を飛ばした。
「ヌオー、ヘルガーに『あくび』 スイクンはコータスに『穴を掘る』」
「なっ!?」
水タイプなのに『穴を掘る』!?
レオンの指示に仰天したエンディは、慌ててポケモン達に命じた。
「コ、コータス、『鉄壁』 ヘルガーは『遠吠え』よっ」
口から吐く水で地面を削り地中深く潜ったスイクンに対し、コータスは何処から攻撃を仕掛けられてもいいように、硬い甲羅の中に首や足を引っ込めて鉄壁の防御を固める。
ヘルガーは空を仰ぎ見るように遠吠えをし、眠らされまいと自らを鼓舞して自分の攻撃力を高める。
そこへ、呑気そうに舌の上に乗せた「先制のツメ」を転がしていたヌオーが、更に大きく口を開けてふわわっと特大の息を吐き出す。
技を出したのか出さないのか、判断が難しいところだが、高めた攻撃力で全身に力が漲るヘルガーが、それに釣られるように大きく口を開けて欠伸をした処を見ると、多分出したのだろう。
次いで、レオンが指示を出す。
「ヌオー、『
それは今まで一度も出したことのない技だった。
警察が麓を封鎖してアゲトビレッジに閉じ込められていた頃、村のショップ前の空き地で次のシャドーとの戦いに備えて特訓していた時の事だ。
まだまだ若い
炎タイプには余り効果は無いが、後ヌオーの持つ攻撃技は皆ヘルガーをも倒してしまう恐れがあり、これ以外出しようが無かったのだ。それでも二匹同時に多少ダメージを与えられる。
「コータス、も一度『鉄壁』 ヘルガーはヌオーに『ダークラッシュ』!」
エンディもすかさず指示を出す。
ほぼ同時に両者が出した指示に、一番に応えたのはヌオーだった。
ヌオーはペロンと宝物をしまった口を再び開け、両手を広げ胸一杯に吸い込んだ空気に冷気を乗せて吐き出した。
「先制のツメ」の効果だが、いかにも鈍重そうなポケモンの余りにも素早い動きに、見ている観客達が唖然とする中、バトルフィールド内の温度を一気に下げながら粉雪の舞う冷風が、激しい勢いでコータスとヘルガーに吹き付ける。
視界が真っ白になり、体温を奪わんと吹きすさぶ凍える暴風に対し、コータスとヘルガーは体内に宿る炎の温度を上げる。
そこへ、コータスの真下から出て来たスイクンが、甲羅の中に縮こまるコータスを宙高く突き上げた。
空中に跳ね飛んだコータスの体がくるりと回転し、そのままドスンと地に落ちる。
甲羅を下にしたまま。
ひっくり返ったコータスは、起き上がろうと首を伸ばし手足をじたばたさせるが、重い甲羅はビクともしない。
——やはり『なみのり』か『地震』じゃないと、一撃で倒すのは無理か……
『鉄壁』で防御を強化されたが、余り効果がないとはいえヌオーの『吹雪』に加え、効果抜群技のスイクンの『穴を掘る』で倒し切る事が出来ず、レオンは内心で舌打ちした。
とはいえ、他にいい
初めての技をいい感じで出し終えて余裕を見せたヌオーに、吹雪の暴風を堪え切ったヘルガーが横手から苛烈な一撃をぶち噛ます。
その衝撃に舌の上からお宝が零れ落ち、ヌオーは痛みに顔を
クルリと舌で口の中にしまい込み、ギンっと攻撃を仕掛けて来たヘルガーを睨み付けた。
——マズイ。
「ヌオーっ、『
不穏な空気を漂わせるヌオーに、レオンは大声で叫んだ。
あのままだと、ヌオーは絶対『なみのり』をする。
体を伸び上がらせたヌオーは、その声にちょっと不満そうな
本当は特大の『なみのり』をぶちかまして目に物見せてやる気だったが、大事なお宝を盗られたわけでもないので、一応トレーナーの顔を立ててやろうという事らしい。
「ヘルガー、目を覚ますのよっ」
エンディが漸く『あくび』が効いて眠り出したヘルガーに怒鳴る。
然程効果のない技でも、眠って入ればそれなりのダメージは入る。起きていれば十分避けられるのに、そんな無様な姿をボスには見せられない。
焦るエンディを余所に、レオンはヌオーが言う事を聞いてくれた事に安堵した。
「スイクン、コータスにさっきと同じ技だ」
もう一方の相棒にも指示を出す。
それを聞いて、シャドーの女戦闘員は更に焦った。
まだコータスは起き上がろうともがいている最中だ。またあれを喰らったら今度こそただでは済まない。
「コータスはとにかく『鉄壁』っ!」
起き上がるより先に、防御を固めるように指示を出す。
ヌオーが再び、今度は恨みの籠った冷え冷えの暴風を吐き散らす。
ひっくり返ったままのコータスの体が暴風に煽られて独楽の様にクルクル回り、眠ったままのヘルガーは鼻っ面に雪を積もらせ、未だに夢の国に行ったまま帰って来ない。
スイクンが蹴散らした土砂と共に、重いコータスの体をさっき以上に高々と弾き飛ばした。
体を上下にくるくる回転させながら、コータスは重厚な地響きを立ててフィールドの上に叩き付けられる。
漸く地に足が付いたが、重い体を持ち上げようと甲羅の上に開いた穴から盛大に黒い煙を出して踏ん張るが、もはや体力は残っておらず、体の重みに堪え兼ねたように長々と足と首を伸ばしてへたばった。
「私のコータスをっ」
きゅっと赤い唇を噛み締め、エンディは次のポケモンを繰り出した。
体長八十センチ程の溶岩色のぶにょぶにょした体の背に、岩で造られた巻貝の様なものを背負っている。炎と岩タイプを併せ持ったマグマックの進化形であるマグカルゴだ。
「マグカルゴにスイクンは『穴を掘る』」
と、指示を出しながらレオンは左手にボールを持ち、それをスナッチ可能なボールに造り変えて眠るヘルガーに投げる。
だが、まだ充分弱っていないのか、すぐに出てきてしまう。
それを見てホッとしたエンディが叫ぶ。
「マグカルゴっ、『硬くなる』 ヘルガー、さっさと起きなさいっ」
その直後地面から勢いよく出て来たスイクンに、思いっ切り体を突き上げられてマグカルゴが横倒しになる。やはり岩の巻貝が重くて起き上がれない。
一方トレーナーの怒声が聞こえたのか、ヘルガーが目を覚ます。
すかさずエンディが指示を飛ばす。
「ヘルガー、ヌオーに『スモッグ』よっ」
「スイクン、スモッグを『風起こし』で吹き飛ばせ。ヌオーは『あくび』だ」
水タイプでありながら、北風の化身と
ヌオー目掛けて吐き出された毒で黒く濁った煙は、スイクンが起こした風で吹き飛ばされる。
そこへ、面倒臭そうにヌオーがふわっと『あくび』をヘルガーの顔面に吹きかけた。
「くっ、マグカルゴ、ヘルガーっ、先にスイクンを『スモッグ』で毒にするのよ」
「スイクン、『風起こし』で躱すんだ」
その指示に、背中でふわふわと揺れていた二本の白い帯が、スイクンの起こす気流に乗ってたなびき出す。
横倒しのままマグカルゴが、首を伸ばして毒々しい黒煙を吐き出す。
スイクンが逃げられないように回り込み、ヘルガーも反対側から勢いよく毒性の強い黒煙を吹き付ける。
その場から動くに動けず、技を出す間もなくスイクンの美しい体が黒煙にすっぽりと覆われ、見えなくなる。
それを見てレオンは拳を握り締め、ルナ達は目を見開いて息を呑む。
「いいわよっ」
これでスイクンは毒に冒され、満足にバトル出来ずに倒れてくれる。
漸く相手を何時もの必勝パターンに引きずり込めて、エンディは喜悦の表情を浮かべた。
相棒の危機に我関せずのヌオーに視線を向け、更にこっちも毒状態にさせるべく指示を出そうとする。
——と、
その速度は次第に早くなり、やがて竜巻のように巻き上げられた毒々しい黒煙は、一気に上空に向かって吹き飛ばされて四散した。
その後には、威風堂々とフィールドに立つスイクンの姿があった。
体に纏った風が毒の煙を寄せ付けず、吹き飛ばしたのだ。
フィールドの外に溢れ出たスモッグも、ピカチュウ達の張った守りの壁に阻まれ、レオンもルナも毒を浴びる事は無かった。
直後、再びヘルガーが眠りに落ちる。
そこへまだ威力の残っていた逆巻く風が、鋭い刃となってヘルガーの体力を削っていく。
グラリとヘルガーの体が倒れかかる。
その機を逃さず、準備していたスナッチボールをレオンが投じた。
一同が見詰める中、眠るヘルガーを呑み込んだスナッチボールは、フィールドの上でカタカタと忙しく左右に揺れ、やがて静かにピタリと止まる。
「うっそ~っ」
大きく目を見開き、エンディは呆然となった。
そこへ容赦なくレオンが畳みかける。
「ヌオー『なみのり』だ。遊ぶのは後にしろ」
ヘルガーに『あくび』をした後、ほっとかれたヌオーはこれ幸いと、バトルそっちのけでお気に入りのアイテムで遊んでいたのだ。
それを邪魔され、パクンとアイテムを口の中にしまい込んだヌオーは、口をへの字に曲げて大きく伸びをした。
今の気持ちを表すように特大の高波を呼び出し、ざんぶりと残ったマグカルゴにその全てを浴びせかける。
まだ立ち上がる事も出来なかったマグカルゴは、当然避ける事も出来ずにモロにそれを喰らい、背中の貝殻の穴から一瞬最期の炎を噴き上げて力尽きる。
「そんな~っ。幹部昇進どころか、クビになっちゃうかもーっ」
料理するどころか、あっさり料理され、エンディは顔面蒼白になって逃げるように、迫り上がってきたカプセル型のエレベーターの中に消えた。