シーンと静まり返っていたラルガタワーのコロシアムに、興奮した女性アナウンサーの声が響き渡る。
『なんとっ、なんとっ! 我等がシャドーの真の支配者であらせられる帝王ワルダック様が、不甲斐ない部下達の仇を自らの手で討ってくださるとの事。
我等がシャドーに逆らう身の程知らずの不届き者達に、今度こそキツイ鉄槌を下してくださることでしょう!!』
そのアナウンスに、スタンドのゴロツキ達が一斉に湧き上った。
「このわたしがわざわざ相手をしてやるのだ。おまえが最強と思うポケモンを揃えて掛かって来るがいい。それでもこのわたしの足下にも及ばぬだろうがな」
「………」
尊大に言うワルダックに、レオンは言葉を返すことなく手持ちとルナに預けたボールの幾つかを交換する。
激闘を終えたばかりだが後一戦、これで最後だ。
チラリと頭上を見上げ、レオンは目を細めて空の太陽の位置を確認した。
このラルガタワーに入ってかなりの時間が
予定通りなら、今頃下の方はここにいる連中にバレない様、秘密裏に当局が制圧に動いている頃だろう。
後はヘッジ達がここに上がって来るのを待つだけだ。
この最後のバトルに打ち勝って。
バトルフィールドを挟んで、レオンはシャドーの真のボスと対峙した。
「準備は整ったようだな。新たなシャドーの時代の幕開けに相応しいバトルを期待しておるぞ。すぐに勝負がついては観客もわたしも退屈だからな」
と、ワルダックが自分のポケモンをバトルフィールドに呼び出す。
共に体長が二メートル近く、人型の首から胸にかけて腹の一部が黒い他は全身がメタリックレッドの体躯をした虫と鋼タイプを併せ持つハッサムと、全身ピンク色の中でぽってりした腹と唇がクリーム色をしているエスパーと水タイプを兼ね備えたヤドキングである。
前者は虫と飛行を併せ持っていたストライクに、アイテムの一つである「メタルコート」を持たせて通信交換する事で進化させたものだ。
進化したことで体色が草に溶け込む緑色から光沢のある鋼を思わせる真紅に代わり、タイプも飛行から鋼タイプに変化している。
そして両手の鋭利な鎌は、横に目玉模様の付いた鋭く尖ったハサミと化していた。
一方後者はいつもうつ伏せに寝転がっているヤドンにアイテムの一つ「王者の印」をもたせて通信交換した時、交換先で貝型のシェルダーに頭を噛まれた際、頭に沁み込んだ毒素によってただならぬ能力に目覚めたらしい。
四つ足から二足歩行となった頭には赤い宝珠を付けた巻貝の冠を被り、襟元に紅白の襟巻を付けている。
その体の後ろで手の様に前足を回した姿は何処か気品が感じられ、ワルダックよりも王者の風格に溢れていた。
それに対し、レオンが出して来たポケモンは地面とドラゴンを併せ持ったフライゴンと、電気タイプのデンリュウだった。
フライゴンは出てくると同時に薄羽を羽ばたかせて身を翻し、レオンの背後に回ってしっかりと前足で肩を掴んで嬉しそうに頬ずりし出し、デンリュウは左右にゆっくりと体を揺すりながら自分の立ち位置に着くと、チラリとフライゴンに戻るように指示を出すレオンに向けて、フリフリと尻尾の先の赤い電気玉を機嫌よさそうに振る。
悪の帝王の前でも、レオンのポケモン達に緊張感のカケラもない。
「ふん、元に戻った役立たずのポケモンは、やはり躾がなってないようだな」
刺々とした髭を生やす顔を
「ハッサム、『剣の舞』 ヤドキング、フライゴンに『スキルスワップ』」
「フライゴン、ハッサムに『火炎放射』 デンリュウはヤドキングに『かみなり』だ」
決して役立たずではないと、むしろ頼りにしている相棒達に、レオンも昂然と指示を飛ばす。
それに喜び一杯に二枚の薄羽を羽ばたかせて応えたフライゴンが、素早く大きく仰け反る様に体を起こし、口から灼熱の炎をハッサムに浴びせかける。
併せ持つ二つのタイプ共に効果抜群の炎に全身を炙られ、ハッサムは『剣の舞』をする間もなく黒焦げになり、ガクリと両膝を付くとそのまま前のめりに
次いでデンリュウが、額の電気玉で空中の静電気を集めて凝縮し、それを一気にヤドキングに打ち下ろす。
苦手な電気を膨大に浴び、ヤドキングは全身を硬直させたものの倒れはしなかった。
ぎぎぎっと硬直した体をぎこちなく動かし、薄羽を動かしてフィールドすれすれに浮かぶフライゴンを睨み据える。
ヤドキングの双眸がギラリと光を放ち、それを浴びたフライゴンがガクンと体勢を崩して地に足を付く。
その代わりにヤドキングの体がふわりと宙に浮き上がった。
ヤドキングの『スキルスワップ』によって、互いの「浮遊」と「マイペース」の特性を入れ替えられてしまったのだ。
だが、浮遊に慣れていないヤドキングは空中でバランスが上手く取れず、重い巻貝の王冠を被った頭が下になってしまう。
メタリックレッドの体を黒ずませて倒れ伏すハッサムの横で、上下逆さまになって浮遊するヤドキング。なんとも珍妙な光景である。
それを目の前にして、ワルダックが苦虫を嚙み潰したような
本来なら『剣の舞』で攻撃力を強化したハッサムが、その後『バトンタッチ』で次に出す予定のケッキングにそれを引き継がせ、次いでヤドキングが『スキルスワップ』で得た「浮遊」の特性をも与えて更に強化するつもりだったのだ。
それがあんな格下相手にハッサムがあっさりと落ちてしまうとは。
何事も自分の想い通りにならないと気が済まないワルダックにとって、許されない失態である。
黒焦げになって倒れるハッサムを不快げに一瞥し、ボールを傍に控えるジャキラに放る。
自分でモンスターボールに戻してやる気もないらしい。
ジャキラがハッサムをボールに戻すと、バックレーは予定通りケッキングを繰り出した。
体長二メートル程の薄焦げ茶色の巨体を、逞しいし腕を枕にして地面に寝そべって現れたケッキングは、額がやたらと広く後頭部から胸元にかけて白い毛に覆われている。半目に開いた目の下は隈があり、潰れた鼻に大きな口の端には鋭い牙の先が突き出ていた。
一日二十時間以上寝そべって殆ど体を動かさない、ノーマルタイプのナマケロの最終進化形だ。進化しても世界一のぐうたらポケモンに変わりはないが、図体が大きくなり体力が有り余り過ぎている分、怠けている時に溜まったエネルギーを一気に使って発揮される爆発的なパワーは計り知れなかった。
今度こそ目論見通りに事を運ぶ。
傲然とワルダックが命を下す。
「ケッキング、『地震』 ヤドキングはケッキングに『スキルスワップ』だ」
「デンリュウ、ヤドキングに『雷パンチ』 フライゴンは「ドラゴンクロー」だ」
ケッキングはただでさえ凄まじい破壊力を持つのに、「浮遊」の特性を持ってしまったら尚更手が付けられなくなってしまう。
レオンとしては何としてでも阻止したい。
だが、ケッキングは世界一のぐうたらポケモンとは思えない程素早い動きを見せた。
すぐさま寝転がったままの巨体を、大きく反り上げて一気に地に叩き付ける。
激震が地を揺るがし、そこに立つ者全てに容赦なく襲い掛かる。
頭を下にして浮遊するヤドキングには効果は無かったが、特性が「マイペース」になってしまったフライゴンとデンリュウは足許からの激烈な一撃に、大きく体を仰け反らせた。
立っていられずデンリュウはゴロゴロと地を転がり、フライゴンはその場に膝を付く。
おおっとスタンド内から歓声が沸き上がる。
流石はシャドーの真の支配者、たった一撃で簡単に形勢を逆転させてしまった。
——と、
倒れたと思ったデンリュウが、ヨロリと立ち上がった。
目の前にいた逆さまヤドキングに、ふらりとよろける様に突き出した拳を叩き付ける。
拳に込められた強力な電撃がヤドキングの体を蹂躙する。
流石にこれは効いた。
ヤドキングは白目を剥き、口から白い煙を吐いてポテリと地に落ちた。
「ぐぬぅ……」
またも目論見通りに行かず、ワルダックは顔をどす赤黒く歪める。
本来なら電気タイプに効果抜群のあの『地震』に、デンリュウが堪えられる筈がないのだ。
やはりハッサムから攻撃力強化の『剣の舞』を引き継げなかった所為で、僅かに威力が足りなかったのだろう。
返す返すも不甲斐ないハッサムの役立たずぶりに怒りが込み上げる。
倒れたヤドキングをボールに戻し、ワルダックは次のポケモンを繰り出した。
体長一メートル半程もある青い体躯の背に真紅の翼を生やし、胸元や頭、そして長い尻尾の下の部分も赤く染まった、厳つい顔付きのボーマンダである。
頭が鋼鉄のように硬いドラゴンタイプのタツベイの最終進化形で、飛ぶことを夢見て翼が欲しいと強く想い続けた結果、進化というより体の細胞が突然変異を起こして見事な翼が生えたという変わり種だ。
飛行タイプも兼ね備えるようになった上に攻撃力も各段にアップし、またその厳つい顔で威嚇されると、相手は思わず居竦んで戦闘威力が削がれてしまうのである。
フライゴンは薄羽を羽ばたかせて素早く出て来たボーマンダの前に移動し、ヤドキングの代わりに『ドラゴンクロー』をおみまいする。
出て来たばかりで相手を威嚇する間も無く効果抜群技を喰らい、ボーマンダは体を切り裂かれ悲鳴を上げた。
「デンリュウ、大丈夫か?」
全身土だらけにして戻って来たデンリュウに、気づかわしげにレオンが声を掛ける。
ボーマンダに一撃加えて身を翻して来たフライゴンも、自分よりダメージの大きい相棒を心配そうに見やる。
そんな二人にデンリュウは嬉しそうに一声鳴いてくるりと身を返し、ユラリユラリと精一杯尻尾の赤い電気玉を振ってみせるが、フライゴンに一撃喰らった所為で更に凶悪になったボーマンダの威嚇を受けてちょっと涙目になる。
未だに小僧のポケモンを一匹も倒せず、自分は既に二匹もやられてしまった事に、ワルダックの苛立ちは増すばかりだった。
——まだ早いが、こうなっては……
「ジャキラ、あれを」
「はっ」
ワルダックに応え、傍に控えていたジャキラは金属製の箱を取り出し、フタを開けて恭しく差し出した。
中には柔らかな緩衝材の中央に二本の小瓶が入っている。
ポケモンの栄養剤の一つ、攻撃力を上げる「プラスパワー」だ。
その一つを手に取り、ワルダックは技を出した後、だらけて動こうとしないケッキングにそれを与える。
——またかっ。
レオンはぐっと拳を握り締めた。
あの破壊的な攻撃力を更に上げるとは。ねちねち
カラになった小瓶を放り、ワルダックは傲然とグルルッと相手を威嚇し続けるボーマンダに命じた。
「ボーマンダ、『ドラゴンクロー』をフライゴンに浴びせろっ」
「デンリュウ、ケッキングに『電磁波』だっ」
特性が入れ替わったままのフライゴンでボーマンダの相手をさせるのは不利だ。
レオンもすかさず指示を出しながらフライゴンをボールに戻し、代わりにとぼけた愛嬌のある顔をしたヌオーを出す。
そこへ、真紅の翼を広げ、復讐に燃えたボーマンダが土埃を巻き上げながら突っ込んで来た。
相手が替わったものの、構わずさっきの恨みを晴らすべく、前足の鋭い爪を顔面に向けて一閃させる。
出て来た途端、必死に何かを探し始めたヌオーが、思いっ切り前屈みになった処への一撃だった。
顔面目掛けて勢いよく振り降ろされた爪は、ものの見事にスカって宙を裂く。
そのまま体勢を崩し、慌ててボーマンダは翼を羽ばたかせた。
土埃が舞い上がる。
その中をヌオーは小さな目を凝らし、必死に探し物をしている。
他の事は眼中にないようだ。今はバトルの最中だから後にしろと言った処で聞きはしないだろう。
レオンはさっきバトルが始まる前に、ルナから受け取ったものをポケットから取り出した。
「ヌオー、おまえの探し物だ」
と、必死の形相のヌオーに放る。
脊髄反射的にヌオーの口からベロンと長い舌が飛び出、放られたそれをパシッと絡め取る。
バクンっと一旦口の中にしまった舌を再び出すと、その上には乳白色の愛しいお宝が鎮座していた。
それを確認したヌオーは、小さな瞳から嬉し涙を滂沱と流がす。
ジャキラ戦で「先制のツメ」を落としたまま気を失った事を憶えていたのだ。
ヌオーは生き別れた最愛のものにやっと巡り合えた喜びを、舌をくねらせてポンッとお宝を宙に放り上げると、落ちて来たそれを口から噴水のように噴き上げた水で受け止めて表現する。
そして、更に水で受け止めた「先制のツメ」を、噴き出す水圧を調整して回転させるという
その横で、デンリュウは体に溜めた静電気を放出し、怠けるケッキングに浴びせる。
寝そべったケッキングの巨体に纏わり付く様にプラズマが走り、そのまま麻痺してしまう。
そのプラズマの光がヌオーの口らか噴き上がる水に反射し、キラキラと
巨大スクリーンにもそれは大きく映し出され、観ているスタンドの観客達は大いに湧いた。
「ワルダック様」
ヌオーのパフォーマンスを忌々しげに
「あの『先制のツメ』を持つヌオーめは危険です」
色んな意味で。
現に今も観客は偉大なる
いきなり思いっ切り体調が崩れました。
もはや拷問。
今もかなり結構しんどいです。