未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―ラルガタワーコロシアム―(9)

 ジャキラの言葉に、ワルダックは憎々しげに自分以上に観衆の注目を集めるポケモンを睨み付け、威丈高に命を下す。

「ケッキング、『地震』 ボーマンダ、『ドラゴンクロー』でヌオーのアイテムを破壊しろ」

 邪魔な死にぞこないのデンリュウを片付けると共に、ヌオーご執心の品である「先制のツメ」を壊す。そうすれば、愛しのアイテムを失った傷心のヌオーは、動きが鈍くなり満足に戦えなくなる。始末するなど簡単だ。

「ヌオー、『吹雪』 デンリュウはケッキングに『かみなり』だっ」

 そうはさせまいと、レオンもすぐさま指示を飛ばす。

 ヌオーはともかく、デンリュウは気丈に振舞ってはいるが、次に『地震』を喰らったら終わりだ。だからその前になんとしてもケッキングを倒す。

 それぞれの思惑に最初に応えたのは、お宝が戻って喜び一杯のヌオーだった。

 「先制のツメ」を口の中にしまうと、誰よりも早く胸一杯に吸い込んだ空気を、喜びを込めた割増しの冷気を思いっ切り吐き出す。

 恨みの増した一撃を喰らわせようと、一直線にヌオーに肉薄していたボーマンダは、凍える冷気の暴風に頭から突っ込んだ。

 効果絶大な攻撃に苦悶の表情を浮かべながら、必死に翼を羽ばたかせて吹雪の届かない上空へと逃れる。

 オーレの過酷な陽射しを浴び、ボーマンダは凍えた体を温める。

 一方モロに冷気の暴風を浴びたケッキングは、体中のぼさぼさな毛を氷付かせながら、寝返りを打つように巨体を大きく仰け反らせた。

 が、そこで麻痺して動けなくなる。

 不自然な格好で反らせたままの体が自重に堪え切れずに、そのままフィールドに叩き付けるように元の姿勢に戻る。

 その反動が地を揺るがし、まるで地震のようにフィールド全体が大きく揺れた。

 上空に空気中の静電気を集めて凝縮させていたデンリュウは、足許をすくわれて地に叩き付けられ、そのまま力尽きてしまった。

 集めたプラズマのエネルギーが四散し、その一部を陽光で体を温めていたボーマンダが浴びて痛そうに顔を歪める。

 そして、同じくその揺れを受けたヌオーは、その衝撃での転倒は危うく免れたものの、技を出した後すぐに舌の上に乗せて見ていたお気に入りのアイテムが転がり落ちそうになり、それを落とすまいと必死にバランスと取っていた。

 それを上空から見たボーマンダは、体が温まった処で再び攻撃を仕掛けた。

 アイテムに気を取られて隙だらけのずんぐりな体に向かって急降下する。

「躱せ、ヌオーっ。上から来るぞっ!」

 鋭い声でレオンが注意を促す。

 しかし、二度と大事なアイテムを落としてなるものかと頑張っているヌオーは、すぐさまそれに応えられない。

 ぐんっと加速度的に二匹の距離が一気に詰まる。

 努力の甲斐なく、ポテリと「先制のツメ」が地に落ちてコロコロ転がった。

 慌ててヌオーは短い両足でドタバタとそれを追い掛け、大切な宝物を取ろうと前のめりに体を屈めて舌を伸ばす。

 鈍重とばかり思っていたヌオーの意外と素早いその動きに、一直線に猛スピードで突っ込んで来たボーマンダは咄嗟に対応できなかった。

 狙った獲物(ヌオー)ではなく、地面に激突する。

 その瞬間、

 ボーマンダは思いっ切り真紅の翼を羽ばたかせて逆制動を掛けた。

 激しい風圧が地面に叩き付けられ、盛大に土埃が舞う。

 その中をフワリと青い巨体が浮き上がり、ボーマンダは間一髪で激突を免れた。

 一方、地に落ちた宝物を舌ですくい上げようとしていたヌオーは、猛烈な勢いで舞い上がった土埃に視界を遮られてしまった。

 思わず目を閉じて舌を引っ込め、それが治まるのを待って再び地に落ちた宝物を拾おうとする。

 が、既にそこには愛しのアイテムの姿は影も形も無かった。

 さっきの突風で何処かに吹き飛ばされてしまったらしい。

 慌てふためき、ヌオーはその行方を求めてキョロキョロと辺りを見渡す。

 そして、見つけた。

 だらけ切ってフィールドに悠然と寝そべるケッキングの目と鼻の先に。

 モノが小さい所為で、結構遠くまで飛ばされてしまったらしい。

 しかも、それにケッキングが興味を示し、毛深く太い指でヌオーのお宝をぎこちない動きで摘まみ上げた。

 麻痺している筈だが、だらけて弛緩している体で多少動いても、それ程影響はないようだ。

「よし、それを握りつぶせ、ケッキング」

 ワルダックが上機嫌で命じる。

 ケッキングは物珍しそうにそれを見やり、クンクンと潰れた鼻で臭いを嗅ぐと、何を思ったのか(おもむろ)にガバリと大きな口を開け、摘んだそれをゆっくりとその上に掲げる。

 食べる気だ。

 仰天したヌオーは、猛然とケッキングに向かって驀進(ばくしん)した。

 しかし、悲しいかな、短足胴長の重い体ではいくら頑張っても間に合わない。

 地響きを立てて爆走しながら、ヌオーは肺一杯に息を吸い込み、冷気を帯びた息を思いっ切り吐き出した。

 ボーマンダが慌てて上空に逃れ、麻痺の残るケッキングはそのままの姿勢で体を覆う分厚い剛毛がピキピキと音を立てて凍り付き、「先制のツメ」も凍って指にべったりと張り付く。

「ケッキングに『瓦割り』だ、バクフーンっ」

 さっきの揺れを受けて力尽きたデンリュウの代わりに出したバクフーンに、決然とレオンが指示を出す。

 寝そべってじっくりと力を蓄えてから攻撃に出るケッキングの一撃は凄まじい破壊力を誇る反面、次の攻撃を繰り出すまでの間が長い。その上今のヌオーの攻撃で体が凍え、麻痺と相俟って満足に動けなくなっている。倒すなら今を置いて他にない。

 出てきた途端ヌオーの暴走を目の当たりにして仰天していたバクフーンは、キッと氷(まみ)れのケッキングを見据えると、すぐさま脱兎の勢いで駆け出した。

 もう息が上がってヘロヘロのヌオーを追い越して行く。

「ボーマンダ、バクフーンに『ドラゴンクロー』だ。ケッキングに近づけさせるなっ」

 バックレーが()える。

 レオンも負けじとヌオーに激を飛ばす。

「ヌオー、ボーマンダに向かって『吹雪』だっ。でないとおまえの宝物を取り返せなくなるぞっ!」

 さっき全力疾走しながら『吹雪』を出すという無茶をやらかし、すっかり息が上がっているヌオーに再びそれをやれと言うのは無理な注文である。

 でもやらなければ、ケッキングが「先制のツメ」を呑み込んでしまう。

 そうなったらおしまいだ。

 荒い息を吐きながらも走り続けるヌオーの脇を、滑るようにボーマンダが低空ですり抜ける。

 そのまま、ケッキングに技を出そうとするバクフーンの背に向け、前足の鋭い爪を振り上げた。

 もう猶予はない。

 ボーマンダの鋭利な爪が、艶やかに黒光りする背中を引き裂く。

 その寸前、ヌオーは愛しのお宝の為に並々ならぬ根性を見せた。

 無理矢理吸い込んだ空気に、どんなものでも瞬間凍結する程の冷気を乗せ、ボーマンダの背中に浴びせかけたのだ。

 ヌオーに冷気を吐く力など残ってないと高を括っていたボーマンダは、効果絶大の氷タイプ技を無防備な背中に喰らい、仰け反って悲痛な咆哮を上げた。

 その隙に、バクフーンが激烈な一撃をケッキングの頭に叩き込む。

 それをモロに受けたケッキングは頭を抱え、激痛にもだえ苦しんでのたうった。

 その拍子に、冷気で指にへばり付いていた「先制のツメ」がポロリと落ちる。

 漸くそこへ辿り着いたヌオーが、息つく間も無く舌を伸ばしてそれをすくい上げた。

 やっと戻って来た宝物を舌の上に乗せて掲げ、小さな目を細めて安堵の笑みを零す。

「おのれっ、この道化めがっ」

 弾むようにぷっくりと太った体で地団太を踏み、バックレーはこめかみに青筋を立てて怒りを露わに吐き捨てる。

「ケッキング、『地震』だっ。ボーマンダ、ヌオーに『ドラゴンクロー』 これ以上の失敗は許さんぞっ」

「ヌオー、こっちも『地震』だっ」

 レオンも叫ぶと同時にバクフーンをボールに戻し、代わりにフライゴンを出す。

 直後、ほぼ同時に放たれた両者の『地震』に激震が起こる。

 コロシアム全体が鳴動し、ラルガタワーを大きく揺るがせる。

 それは基底部にあるドームまでも揺さぶった。

 効果抜群技に立て続けに吹雪を浴び、その上ヌオーの怒りを上乗せたこの一撃に、ケッキングも流石に堪えられなかった。

 寝そべったままゴロリとひっくり返り、そのまま両手両足をだらりと投げ出して力尽きる。

 飛行タイプでもあるボーマンダと、出て来てすぐのフライゴンは一度ボールに戻った事で、「浮遊」の特性を取り戻して『地震』の影響は受けなかった。

 そして、何とか堪え切ったヌオーは漸く戻った「先制のツメ」を舌の上に乗せ、愛おしそうに見惚れている。

 その周囲にほっこりとした空気が漂う。

 が、次の瞬間、

 大気を切り裂き、背後から一気に肉薄した鬼気迫るボーマンダの鋭い爪が、ヌオーの背中に一閃する。

 大きく仰け反り、ヌオーの舌の上から乳白色のアイテムが飛び跳ねた。

 宙を舞うそれに、刹那最大限に舌を伸ばす。

 そして、絡め取った舌の中にある宝物の確かな感触に、ヌオーの激痛に歪んだ表情(かお)に笑みが浮かぶ。

 次いでパクリとそれを口の中にしまい込むと、ヌオーはそのまま前のめりに倒れ込んだ。

 力尽きながらもその表情は、とても満ち足りていて幸せそうだった。

「よくやった、ヌオー」

 色々とやらかしてはくれたが、一番頑張った事には変わりはない。

 (ねぎら)いの声を掛け、レオンがヌオーをボールに戻す。

 先に倒れたケッキングの代わりにワルダックが出して来たのは、体長一・六メートル程の格闘タイプのカイリキーだった。

 筋肉自慢のワンリキーの進化形で、疲れる事のない強靭な肉体を持つゴーリキーを通信交換によって進化させ、二本増えて四本になった腕を駆使し多彩な格闘技を繰り出す。

 それに対し、レオンは長年の相棒の片割れ、エスパータイプのエーフィを出した。

 エーフィは出て来て傍らにフライゴンの姿を認めると、全身の毛を逆立てツンとそっぽを向いた。

 しょんぼりとフライゴンが肩を落とす。

 随分と嫌われたものである。

 けれど、バトルが始まればレオンに褒めてもらう為に、ライバル(フライゴン)とも協力してきっちりと決める事が出来るのがエーフィだ。

「カイリキー、『岩なだれ』 ボーマンダ、フライゴンに『ドラゴンクロー』」

「エーフィ、カイリキーに『サイコキネシス』 フライゴンはボーマンダに『ドラゴンクロー』だ」

 すかさず指示を出す両者の声に、ポケモン達が一斉に動き出す。

 エーフィがフルリと大きく首を振り、額の紅玉に収斂したサイコパワーを、技を出そうと二本の腕を上に掲げて力を込めるカイリキーに叩き付ける。

 エーフィからの攻撃を警戒し、四本のうち二本の腕を前に構えていたカイリキーは、咄嗟に両手をクロスして防御しようとした。

 だが、ライバルより良い処を見せようと、エーフィが放った何時も以上に威力のあるサイコパワーはそれをあっさりとぶち破り、カイリキーの急所を貫いた。

 天を仰ぐように四本の腕を大きく広げ、カイリキーは苦悶の表情を浮かべ、弧を描く様に仰向けにひっくり返る。

「——っ」

 さっきのジャキラ戦を見てはいたが、たった一撃でカイリキーがやられるとは思っていなかったワルダックは、目を剥き声もない。

 そして上空では、ボーマンダとフライゴンの苛烈な空中戦(ドッグファイト)が繰り広げられていた。

 互いにもっとも攻撃に有利な位置を取り合い、飛びながら上下左右に目まぐるしく二匹が位置を変えていく。

 高速で飛び回るボーマンダに対し、フライゴンは曲線を描く様に躱しながら隙を窺う。

「何をもたもたしているっ。さっさとやってしまえ、ボーマンダっ!」

 地上から苛立った帝王の怒声が轟く。

 ビクっと体を揺らし、一瞬ボーマンダのスピードが落ちる。

 その隙をフライゴンは見逃さなかった。

 力強く薄羽を羽ばたかせ、一気にボーマンダに詰め寄る。

 振り上げられたフライゴンの爪を、間一髪体を捻って躱し、ボーマンダはチラッと下を見ると上に逃げる。

 それを逃すまいとフライゴンが追う。

 ——と、

 最速のスピードで上昇していたボーマンダが、いきなり反転し突っ込んで来きた。

 ギョッとしてフライゴンが避けようとしたが、遅かった。

 ボーマンダが激突するようにフライゴンに圧し掛かり、首筋に鋭い牙を突き立てる。

 悲鳴を上げ、ボーマンダを引き剥がそうと、フライゴンがその体を鋭利な爪で切り刻む。

 だが、激痛に顔を歪ませながらも、喰らい付いたボーマンダは離れない。

 中空でもみ合うように二匹は体を入れ替え、錐揉みしながら凄まじい勢いで頭から落下する。

 激しい衝撃がバトルフィールド一杯に響き渡り、二匹が激突した場所を中心にもうもうと土埃が舞い上がり全てを覆い尽くす。

 そして、それが晴れた後には、抉られた地の中心に力なく倒れ伏す二匹の姿があった。

 相打ちというより、バックレーの怒りを恐れ形振(なりふ)り構わなくなったボーマンダが、フライゴンを確実に倒す為に自爆の道連れにしたような感じだ。

 迫力ある壮絶な戦いを目の当たりにし、シンっと静まり返ったコロシアムが次の瞬間、大音量の歓声に包まれた。

「この程度の相手に手こずりよって」

 鼻を鳴らし、バックレーはもう使えないボーマンダをボールに戻す。

「ゆっくり休め、フライゴン」

 (いたわ)りの声を掛け、レオンもフライゴンをボールに戻した。

 レオンの足にすり寄りながら、エーフィが心配そうにフライゴンのボールに目を向ける。

 レオンを間に挟んだライバルだが、本当に嫌っている訳ではないのだ。むしろ頼りになる仲間と認めているからこそ過剰に意識してしまって、ついあんな態度をとってしまうのである。

「大丈夫だ、休めばすぐに良くなる」

 エーフィを安心させるようにそう言うと、横柄に脇に控える銀髪赤眼の男からモンスターボールを受け取った悪の帝王を、レオンは鋭く見据えた。

「ふん、よくもここまでやってくれたものよ」

 傲然と胸を反らし、ワルダックは忌々しげにアッシュブロンドの少年を睥睨する。

「だが、今までは全て余興にすぎん。おまえを捻り潰すなど、この一匹で十分だ」

 と、最後のポケモンをバトルフィールドに呼び出した。

 

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