それは後ろ足で立ち上がると体長が二メートル程になる、見るからに凶悪そうな
鎧を付けたようなモスグリーンの巨体の中で腹の部分だけが青く、背中には尖った岩を連ねたような背びれを持ち、太く長い尻尾に両手両足には鋭い爪がある。
地中深くで生まれ、小さな体ながら大きな山を丸々一つ平らげる程の
進化したことで地面が悪タイプに変化し、凶暴さに一段と磨きがかかっている。
「う……そ………」
バトルフィールドに現れたバンギラスを目にするや、ルナは愕然となった。
同時にバンギラスの足許から渦巻く風が湧き起り、砂や小石を舞い上げてバトルフィールド一杯に荒れ狂う。
バンギラスの特性である「砂起こし」の所為だ。
この特性を持つポケモンがバトルに出ると、そのフィールド内は丁度岩タイプ技の『砂嵐』を使ったと同じような状態になる。
しかも、一定時間過ぎると自然に治まる『砂嵐』と違い、「砂起こし」はそれを打ち消す特性を持つポケモンを出すか、天候に影響を及ぼす別の技を使わない限り、ずっとこの状態が続くのだ。
そして、この砂嵐の中では、岩、地面、鋼タイプ以外のポケモンは、全身に荒れ狂う風に飛ばされた砂や小石の
「くっ」
目に入る砂嵐に舞う砂や小石の飛礫を頭に乗せているゴーグルをして防ぎ、レオンもフライゴンの代わりのポケモンを出した。
すらりとした艶やかな黒い体に精悍な顔付きをしているのに、何時も出てくると自信なさそうにおどおどビクビクとしているバクフーンだ。それでもバトルになるとレオンの期待に全力で応えようと、果敢に相手に攻め込む健気な奴である。
目の前をバラバラと飛び交う砂や小石の飛礫に、バクフーンはビクっとして体を丸め、涙目でレオンに振り返る。
励ますように力強く頷き返したレオンに、ルナが
「レオン、あのポケモン、ダークポケモンだわっ」
「なにっ!?」
データロムに記録されていたダークポケモンは、さっきのメタグロスで最後だった筈だ。現にその後新たなダークポケモンは造られていないと、ヴィーナスは確かに言ったのだ。
それなのに、このバンギラスがダークポケモンだとっ!?
「そうだ。このバンギラスこそ、我がシャドーが誇る、最強のダークポケモンだ」
ルナの言葉を肯定し、ふんぞり返ってワルダックが自慢する。
同時にジャキラからプラスパワーの小瓶を受け取り、バンギラスに与えた。
力を誇示するようにバンギラスが
「………」
レオンは表情を険しく、砂嵐の向こうのバンギラスを見据えた。
あの時ボルグはジャキラ様の為とは言わずに、シャドーの
しかし、メタグロスが最後だと思っていただけに、レオンにとってこの事実は深刻な問題だった。
モンスターボールがもうあまり残っていないのだ。メタグロスの時でさえ、あれだけ抵抗されたのである。わざわざボスの為に造られた最強のダークポケモンならばそれは尚更だろう。
そう考えると、ポケットに残っているこの量では心許無かった。
だが、やるしかない。
ここでバンギラスのスナッチに失敗すれば、折角署長達がシャドーの連中を一猛打尽にしても、そのボスであるワルダックを逃がしてしまう恐れがある。
そして奴はまた別の地方で同じ事を繰り返すだろう。己の野望を成就する為に。
そんな事、絶対にさせない。
今回の事を決意してこのオーレに来た時、途中で果てる事も覚悟していた自分が、期せずしてここまで来られたのだ。だったらもう誰も自分の様な想いをさせない為に、今ここでシャドーの野望を打ち砕く。
とはいえ、バンギラスを倒さずにスナッチしなければならないとなると、『あくび』を持つヌオーが倒されたのが痛い。
——どうするか……
名は知っているが、バトルするのは初めての相手だ。タイプは確か岩と悪タイプだった筈だ。
となれば——
レオンは砂と小石の飛礫に堪えるエーフィを引っ込め、代わりにもう片方の相棒を出しながら、どうすれば少ないボールでバンギラスをスナッチ出来るか思案した。
「バンギラス、『岩なだれ』だ」
砂嵐の向こうでワルダックの声が傲然と響き渡る。
その声に、すぐさまレオンも指示を出す。
「バクフーン、『日本晴れ』 ブラッキーは『かみつく』だ」
それに応え、バクフーンが背中から肩に掛けて噴き上がる炎を盛大に燃え上がらせ、天に向かって雄叫びを上げる。
カッと上空が輝き、激しく渦巻いて飛び交っていた砂礫が、ふっと勢いを無くしてバラバラと地に落ちる。
後には燦々と輝くオーレの太陽が、惜しみなく強い陽光をバトルフィールドに降り注ぐ。
勝手に相手の体力を奪ってくれる砂嵐を潰され、ワルダックが忌々しげに舌打ちし、晴れた視界の向こうにいるアッシュブロンドの少年を睨む。
前に飛び出して来たブラッキーが、バンギラスの硬い足に噛み付いた。
だが、バンギラスは怯むことなく両手を広げて
眩しい陽光の中に、突如頭上に一抱えもある岩塊が無数に出現する。
プラスパワーの所為か、岩塊の大きさも数も桁外れている。
次の瞬間、それが一斉に降り注ぐ。
こんなものが一撃でも当ったらただでは済まない。
「躱せっ、バクフーン、ブラッキー!」
レオンが叫ぶ。
次々と落ちてくる岩塊を、俊敏な身のこなしでバクフーンとブラッキーが躱していく。
躱された岩塊が、地響きをたててバトルフィールドに突き刺さる。
それが障害となり、二匹の逃げ場がどんどん削られていく。
また一つ、落ちて来た岩塊を躱したバクフーンの背に、いきなり鋭利な石飛礫が襲い掛かった。
思いもよらない背後からの攻撃に、バクフーンは悲鳴を上げて仰け反った。
ガクリとその場に膝を折って前足を地に着ける。
その艶やかな黒い背には無数の傷が刻まれ、血が滲んでいた。
「バクフーンっ!?」
レオンが驚きに目を見開く。
今の攻撃の石飛礫は、降って来た岩塊が先に落ちてバトルフィールドに突き立った岩に激突して砕け散った破片だ。
それが石飛礫となって近くにいたバクフーンを叩きのめしたのだ。
さっきのだけでは終わらず、他の岩塊も次々と二匹を中心に落ちた岩の上に降り注ぐ。
それを躱しても、砕け散った無数の破片が四散し二匹を襲う。
そしてそれは、トレーナーの立ち位置にいるレオンも例外ではなかった。
勢いよく飛んで来る鋭利な石飛礫がゴーグルやコートに当り、掠めた頬に血が滲む。
「プラスル、ピカチュウっ」
慌ててルナが叫び、巨大な半球の障壁がレオンを護るように覆う。
だが、バトルフィールドにいる二匹を守るものはない。
「ブラッキー、バクフーン、岩から離れろ!」
岩の突き立つ中心にいては、いずれ逃げ場も無くなる。
「バンギラス、『岩なだれ』だ」
逃がすまいと、更にワルダックが追い打ちをかける。
それを阻止すべく、レオンも指示を飛ばす。
「ブラッキー、『あやしい光』 バクフーンは『瓦割り』だ」
何とか岩と石飛礫の囲いから逃れたブラッキーが、横手からバンギラスに向かって自身の体の随所で明滅する光を怪しく輝かせる。
それをモロに見たバンギラスが、呻き声を上げて煩わしそうに左右に頭を振る。
そこへバクフーンが接近しようとするが、バトルフィールドに突き立つ岩々が邪魔で上手く近づけない。
「バクフーン、岩に登れっ。その上を駆け抜けろ!」
下から行けないのであれば、上から行けばいい。
レオンの指示に、バクフーンは後ろ足でダッと地を蹴ると、勢いよく目の前に立ち塞がる岩の側面に跳び付いた。
そこを足場に三角飛びの要領で、隣に立つ岩の上に跳び乗る。
痛む背中に顔を
バンギラスの正面の岩に跳び乗ると同時に、後ろ足で思いっ切りジャンプする。
その勢いを利用し、混乱し意識が朦朧とするバンギラスの脳天に、会心の一撃をみまう。
効果抜群の一撃を喰らい、一瞬意識が飛んだようにたたらを踏んだバンギラスは、次の瞬間カッと目を見開き頭上に向かって咆哮した。
上空を覆い尽くす程の岩塊が瞬時に出現する。
そして、雨
バクフーンに向かって。
だが、前方にはバンギラス、左右に後方、どちらも岩に囲まれたバクフーンに逃げ場は無かった。
なす術もなく、重なり落ちる岩塊が巻き上げる土煙の中に姿を消す。
「バクフーンっ!!」
思わずレオンが叫び、その後ろで見ていたルナも真っ青になってギュッと抱えていたピカチュウ達を抱き締める。
不自然に積み重なった岩がガラガラと音を立てて崩れ落ち、土煙が治まったそこには無残にも全身傷だらけになって倒れ伏すバクフーンの姿があった。
「よくやった、バクフーン。おまえの頑張りを無駄にはしない」
バクフーンを戻したボールを強く握りしめ、レオンは鋭い双眸でバンギラスを見据えると、最後の一匹、生まれた時から自分と共に戦ってくれている相棒の片割れ——エーフィを出した。
それを観て、バンギラスの戦いぶりに興奮して歓声を上げていたスタンドの大観衆から、新たな歓喜の声が湧き起る。
見応えのあるバトルに湧きながらも、互角以上に奮戦する少年に押され気味になり、ジャキラ同様先に手持ちが一匹になった帝王に誰もが一抹の不安を覚えた矢先、圧倒的な力で少年のポケモンを叩き潰したのである。
しかも、最後に残った少年のポケモンは、威圧的な巨体を誇るバンギラスに比べれば、いかにも小さく弱々しく見えた。
これでもう勝ちは決まったようなものだ。スタンドのあちこちから一転してシャドーの悪の帝王と、そのダークポケモンを
それを心地よさそうに耳にし、ワルダックは満足そうに笑みを浮かべる。
そんな中、ボールから出て来たエーフィは、傍らに生まれた時からの相棒の姿を見つけて嬉しそうに体をすり寄せ、レオンに一声鳴くとすぐさまバンギラス相手に身構える。
思えば、このメンバーでバトルするのは随分久しぶりだ。
このオーレに来る前は、この二匹以外頼れる者はいなかった。
それが、リライブする為に使っていただけのダークポケモン達も、元に戻った後も共にバトルしてくれて、何時の間にか相手の相性に合わせてポケモンを選ぶようになり、この二匹を揃ってバトルに出す事は無くなっていた。
——そうだ。もう二匹しかいないのではなく、これでまた昔に戻っただけだ。
足許で、体も重さも自分達の数倍はあろうかという凶悪な相手に怯むことなく臨戦態勢を整え、自分の指示を待つ相棒達を頼もしく見やり、決意も新たにレオンは気迫の籠った琥珀色の双眸で最強のダークポケモンを睨み据えた。