「行くぞ、ブラッキー、エーフィっ」
気合いを入れて二匹に呼び掛け、レオンは力強く指示を出す。
「ブラッキーは『秘密の力』 エーフィは『リフレクター』だっ」
ノーマルタイプ技である『秘密の力』は、バンギラスにあまりダメージを与えられない。
だが、上手くすれば追加効果で痺れさせる事が出来る。ヌオーがやられ、眠らせられなくなった今、少しでもスナッチしやすくする為には、麻痺させて少しでも相手の抵抗力を
そして、『リフレクター』はバンギラスの攻撃に備えてだ。
バクフーンも効果抜群とはいえ体力が十分の状態で二撃受けただけで力尽きてしまったのだ。その威力を考えれば半減させたくらいで、どの程度堪えられるか分からないが、やれるだけの
キラキラと光を反射させ、エーフィが放った透明な防御の膜が、相棒共々体を覆い包む。
それを身に纏い、ブラッキーはバンギラスに向けて自分の内に秘めた力を叩き付ける。
僅かに体を曲げ、不快げにバンギラスは黒い貧弱なポケモンを睥睨し、返礼をみまう。
耳をつんざくような怒りの咆哮に、何もない上空に出現した巨大な岩塊が、次々と二匹の頭上に降り注ぐ。
どうやら麻痺しなかったらしい。
舌打ちし、レオンは降ってくる岩塊を巧みに避け回る相棒達に指示を飛ばす。
「ブラッキー、もう一度『秘密の力』だ。エーフィは『サイコキネシス』でブラッキーを援護しろ」
エスパー技は悪タイプであるバンギラスには全く効かないが、直接攻撃しなければ幾らでも使いようがある。
レオンに応え、二匹は敢然と巨大な敵に向かって行く。
エーフィが『サイコキネシス』で降って来る岩塊を、ブラッキーの頭上から弾いてバンギラスに当てる。
それに気を取られたバンギラスの隙を
しかし、漸く混乱が解けたバンギラスは、ちょこまかと逃げ回っては、うっとおしい波状攻撃を仕掛けてくる二匹を追い払うように、大きく息を吸い込むと冷気を帯びた息を吐き出した。
——『
何でも無節操に各タイプの技を覚えるノーマルタイプならまだしも、バンギラスは岩と悪タイプだった筈だ。それがそのどちらのタイプも覚えそうもない氷タイプ技である『吹雪』が使えるとは。
猛烈な冷気の暴風に煽られ、地に落ちている岩の破片が吹き飛び、氷を纏った石飛礫となって二匹に襲い掛かる。
「岩の陰に隠れろっ」
あんなもの喰らったら『リフレクター』が効いていても、手酷いダメージを受けてしまう。
「バンギラス、『かみなり』でやつらをいぶり出せ」
「なっ!?」
『吹雪』だけでなく『かみなり』まで使えるのかっ!?
立て続けの予想外の技にレオンは愕然となった。
一瞬脳裡に、何故か遺伝子研究を盛んに行っていた、あのダークポケモン研究所での不吉な考えが
——最強のダークポケモンとは、遺伝子レベルまで手を加えた、もはやポケモンとは言えないバケモノではないか……と。
バンギラスの頭上、遥か上空にプラズマの塊が出現し、地上に打ち下ろされる。
それはバトルフィールドに突き立つ岩を縦横無尽に粉砕し、その陰に隠れていたブラッキーとエーフィをいぶり出す。
更に雷によって破砕された岩の欠片が、二匹に追い打ちをかける。
必死になってそれを避けるが、流石に全てを躱す事は出来なかった。
エーフィを庇って避け損ね、ブラッキーが悲鳴を上げる。
「ブラッキーっ!」
血相を変えて呼び掛けるレオンに、倒れたブラッキーが渾身の力を込めて立ち上がる。
キッとバンギラスを見据えて身構え、心配そうに駆け寄るエーフィを一声鳴いて押し止めた。
まだバトルの最中だ。余計な事に気を取られるなと。
傷だらけになりながらも戦意を失わないブラッキーの姿に、レオンは改めて
——だからなんだ。相手がバケモノだろうと何だろうと、ダークポケモンである限り、スナッチするだけだ。
「ブラッキー、『秘密の力』 エーフィは『サイコキネシス』でブラッキーへの攻撃を全て撥ね返せっ」
「バンギラス、『吹雪』だ。あいつらを氷漬けにしろ」
バトルフィールドに突き立つ岩々を回り込み、近づく二匹にバンギラスが口から冷気の籠った息を吐き掛ける。
それが氷の飛礫混じりの暴風となって先を行くエーフィに襲い掛かる。
すかさず立ち止まってフルリと首を振り、エーフィが額の紅玉に凝縮したサイコパワーを放射した。
吹雪に混じる氷の飛礫を弾き、一筋の虹色のトンネルが姿を現わす。
エーフィが開けた道を、迷うことなくブラッキーが疾走する。
抜けた先にいるバンギラスに、痛烈な一撃をみまう。
その直後、不快な呻き声を上げてバンギラスの動きが止まった。
とうとう麻痺したのだ。
「よしっ」
すかさずレオンは既に用意していたスナッチボールを、バンギラスに投げ付ける。
が、時を
「バンギラス、ブラッキーに『ダークラッシュ』だっ」
未だに始末できずにいる二匹に苛立つワルダックが、憤然と命じる。
麻痺しながらも、バンギラスがそれに応えた。
猛然と突っ込んで来る。
「躱せっ、ブラッキー」
だが、傷の痛みでブラッキーの反応が僅かに遅れた。
完全には避けきれずに勢いよく吹っ飛び、そのままバトルフィールドを突き抜けてスタンド下の壁に叩き付けられる。
体を覆っていた物理攻撃を半減する不可視の膜が砕け散る様に消えて行く。
「ブラッキーっ!?」
目を剥き叫ぶレオンに応え、ブラッキーは全身に力を込めて立ち上がるが、すぐにガクリと膝を折る。
リフレクターが効いた上で、完全に技を決められたわけではないのに、一撃でここまでダメージを受けるとは。恐るべき威力である。
「バンギラス、もう一匹にも『ダークラッシュ』をぶちかませっ」
ちょこまかと煩かった片方が身動きできなくなり、ワルダックが悦に入った声で傲然と命令する。
「躱せっ。そして『リフレクター』だ、エーフィっ。ブラッキーは『月の光』で体力を回復しろっ」
突っ込んで来るバンギラスを見据え、レオンが指示を飛ばす。
間合いを測り、エーフィが素早い身のこなしでヒラリと避ける。
だが、バンギラスは止まらない。
「プラスルっ、ピカチュウっ!」
ルナが叫び、同時に全ての技から身を守ってくれる特大の障壁が、レオンに肉薄するバンギラスの前に立ち塞がった。
耳をつんざく様な激しい震動が大気を揺るがす。
その凄まじい衝撃に、守りの障壁が堪え兼ねるように軋み、その中にいるレオンは思わず身構えた。
その反動はこの守りの障壁を維持していたピカチュウの体にも伝わり、苦しそうに表情を歪め額に脂汗が滲む。
次にやられたら、完璧な防御を誇る筈の『守る』の障壁も破られるかもしれない。
それに回復技で一応体力を回復させたものの、もう一度『ダークラッシュ』を喰らったら、リフレクターでダメージを半減させても、今度こそブラッキーは堪えられない。相棒より物理攻撃に弱いエーフィもそれは同じだ。
もう、これ以上時間は掛けられない。
「バンギラス、もう一度『ダークラッシュ』だ」
「ブラッキー、『あやしい光』っ」
決然と指示を出し、レオンはポケットから取り出したボールを肩のスナッチマシンで造り変えた。
ブラッキーが体の随所で明滅する光を怪しく輝かせ、体の麻痺をものともせずに猛然と
それをモロに受け、目が
同時に、レオンは手に持つスナッチボールをバンギラスに投げ付けた。
割れたボールから
だが、麻痺し、混乱しながらも、バンギラスは一秒たりともそこに留まってはいなかった。
フタが開き、
閃光が消えて再びバトルフィールドに現れたバンギラスは、混乱して際限なく上空に岩塊を呼び込む。
傷付いたブラッキーを庇い、エーフィが額の紅玉に集束させたサイコパワーで、降り注ぐ岩塊を自分達の頭上から打ち払う。
麻痺が効きにくいようだから、混乱させて判断力を奪い、スナッチ時の抵抗を少なくさせるつもりが、裏目に出てしまったらしい。
内心で舌打ちし、レオンは再度スナッチボールを投げ付けた。
スナッチボールが取り込んだバンギラスの抵抗を受け、激しく左右に揺れる。
そして、激しく揺れるボールから、再びバンギラスが姿を現わした。
「くっ……」
唇を噛み締め、レオンはすぐさま手にしたボールを投げ付ける。
そして、次のボールを取る為にポケットに手を突っ込んだ。
が、ない。
慌ててポケットの中をまさぐる指の先に、丸いボールの感触があった。
一つだけ。
——これが、最後のボール……
ぐっとそれを握り締め、レオンは肩のマシンを起動させて最後の一つ——タイマーボールをスナッチボールへと造り変えた。
再びボールから飛び出したバンギラスは、混乱し血走った目で猛然と突っ込んで来る。
レオンに向かって。
それを真正面から見据え、レオンは最後のスナッチボールを投げ付けた。
最強のダークポケモンを呑み込んだタイマーボールは、バトルフィールドの地面の上で左右に大きく激しく揺れる。
振り子のように揺れるそれは、一向に止まる気配がない。
「エーフィ、『サイコキネシス』でボールのフタを押さえ付けろっ。絶対に中からバンギラスを出すな!」
「何を言うかっ。最強のダークポケモンの名に賭けて、そこから出て来いっ。バンギラスっ!!」
レオンの指示に、悪の帝王が
額の紅玉を輝かせ、エーフィが激しく揺れるボールをヒタリと見詰める。
何度も揺れるボールのフタが開きかかるが、その度にエーフィは額の紅玉に力を込め、サイコパワーで閉め直す。
それでもバンギラスが出てこようと更に激しく抵抗する。
一向に揺れが収まらないボールを、スタンドの大観衆共々一同は固唾を呑んで見守った。
そして、どのくらいそうしていただろうか。
誰もが流れる
「やっ……た……」
ほっと、レオンが安堵の息をつく。
エーフィもボールを押さえる力を緩めた。
最後のボールを拾おうと、レオンが近づき手を伸ばす。
その瞬間、
地面に転がるタイマーボールのフタが弾けるように開き、中から閃光が
「っ!?」
目を見開いて息を呑むレオンの眼前に、バンギラスの巨体がそそり立つ。
ぎらつく瞳は真っ赤に血走り、完全に見境をなくしていた。
ハイパー状態に陥っているのだ。
トレーナーの指示など必要ない。自分の目の前に立ち塞がる者全てが、バンギラスにとって倒すべき攻撃対象だった。
咆哮を上げ、鋭い爪を持つ強靭な腕を対象者に向けて振り下ろす。
「レオンっ!!」
ルナが思わず絶叫する。
ピカチュウ達に『守る』を指示する暇もなかった。
ボールから
ピカチュウ達でさえ反応できない、まさにあっという間の出来事だった。
ルナの全身から血の気が引き、膝が
バンギラスが猛烈な勢いで腕を振り下ろした衝撃で舞い上がった土煙が、何処からともなく吹いて来た風によって吹き飛ばされる。
そこにレオンの姿は無く、鋭利なバンギラスの爪が、クレーター状に抉られた地面中央に深々と突き刺さっていた。
ルナの居る場所からでは、その突き刺さった爪の先までは見えない。
だが、少女の目には、鋭い爪に体を貫かれて血だらけになって倒れる少年の姿が見えていた。
「あ……」
頭の中が真っ白になり、ルナはピカチュウ達を抱いたまま、ペタリとその場にへたり込んだ。