二人組が向かったのは、フェナスシティの正面にある正門口とは別の出入り口の一つだった。
だが、そこに二人の姿は無かった。
代わりに居たのは、一足先にあの気色の悪い巨大モンスターボール頭の男と共に出て行った筈の、赤いフルフェイスと戦闘服を身に付けた男だった。
「おっと、残念ながら、ここを通す訳にはいかないぜ」
おどけた様に軽口を叩きながら、二人が出て行ったと思われる街の出入り口に立ち塞がる。
「そこを
街の連中や市長の所為で、ここまで来るのにも時間が掛かったのだ。これ以上足止めされたくない。
レオンは腰の後ろに手を回し、ベルトのモンスターボールを手に取った。
「ほぉ、このオレ様をバトルで倒すとでも言うのかな?」
「ああ」
「わっはっはっ、これは面白い冗談だ。後で後悔しても遅いぜっ!」
傲然と言い放ち、赤い戦闘服の男は手にしたモンスターボールを投げる。
現れたのは共に体長一メートル弱の、異臭を放つドロドロの体をした毒タイプのベトベターと、頭に真珠を乗せてバネのような尻尾でぴょんぴょん飛び跳ねるエスパータイプのバネブーだった。
相棒達を呼び出したレオンは、ベトベターの悪臭に思わず顔を
ベトベターにエーフィの『念力』、バネブーにはブラッキーの『かみつく』攻撃がそれぞれ炸裂し、効果抜群な攻撃を受けたベトベターは耐え切れずに力尽きた。
が、ハネブーの方はそれにも関わらず、持ち堪えて反撃してきたバ
バネブーの頭に乗った真珠が光り輝き、一点に集中した『サイコウェーブ』がエーフィを襲う。
しかし、エスパータイプであるエーフィに、大してダメージはない。
「ほう、なかなかやるな。だが、こいつはどうだっ」
赤い戦闘服の男は、倒れたベトベターの代わりにもう一匹のポケモンを繰り出した。
体長一メートル程の艶やかな黒炭のような背中をし、尻と頭の部分から炎が噴き出ている。炎タイプのヒノアラシの進化形であるマグマラシだ。
「あ、レオンっ」
後ろ脚で立ち上がった直立不動のマグマラシを見るなり、やっと追い付いたルナが驚愕の声を上げる。
「あのマグマラシ、黒いオーラのポケモンよっ!」
戦闘マシンにされたポケモンはマクノシタだけではなかった。他にもいたのだ。
「あれもか……」
思わず目を凝らして改めてマグマラシを見てみるが、やはりマクノシタの時と同じにレオンには黒いオーラは見えない。
だが、ルナの青い瞳には、マグマラシの全身を覆うように、体から噴き出す黒いオーラがはっきりと見えていた。黒いオーラに囚われたポケモンの姿が。
「ふんっ、やはりそのお嬢さんは野放しにしてはおけないようだな」
鼻を鳴らし、明るい栗色の髪をした少女に、赤い戦闘服の男はフルフェイスの奥から鋭い視線を向ける。
ビクっと体を震わせ、一歩
「レオン、お願いっ、マグマラシも助けてあげてっ!」
「ああ」
それには、まずスナッチするのに邪魔なバネブーを、確実に倒しておかねば。
「エーフィ、ブラッキーに『手助け』 ブラッキーはバネブーにもう一度『かみつく』だ」
「バネブー『リフレクター』 マグマラシは『穴を掘る』だ」
それぞれのトレーナーの指示を受け、ポケモン達が技を出す。
バネブーの真珠玉が光り輝き、味方のマグマラシ共々、蒼く煌めく光に覆われる。
そこへ、相棒の技で力を増したブラッキーが猛然と突っ込んだ。
『リフレクター』に威力を削がれながらも、ブラッキーはバネブーの力の源である真珠玉に鋭利な牙を突き立てる。
乳白色の玉に亀裂が走り、乾いた音を立てて砕け散った。
力の源である真珠玉を失ったバネブーは、力尽きて石畳の上に転がった。
後はマグマラシだけである。
だが、その時既にマグマラシは地中深く潜っていた。
穴を掘って地中に潜られてしまうと、手の出しようが無い。しかも、何処から出て来るのかまるで分からないのだ。
その上あの男は、相手が複数いるのに攻撃対象を指定しないでマグマラシに技を使わせていた。そうなると普通、ポケモンは誰を攻撃すればいいか判らず、途惑って技を出すに出せなくなるのだが。それができたのはトレーナーの命令には絶対服従の、戦闘マシンと化したポケモンだからこそだろう。
この『穴を掘る』は地面タイプ技だから、飛行タイプか、せめて「浮遊」の特性を持っていれば決して喰らうことはないが、生憎とブラッキーもエーフィもそんな特性は持っていなかった。
「エーフィ、『リフレクター』だ」
どちらが狙われるか分からない以上、取り敢えず防御を強化して辺りを油断なく窺うが、マグマラシは地中に潜ったまま、一向に出て来る気配がない。
油断なく周囲を見回し、一瞬も気の抜けない少年を、赤い戦闘服の男はニヤニヤと笑って見ていた。
辺りに緊迫する空気が流れる。
まだ、マグマラシは姿を現さない。
——どこだ? どこから出て来る?
周りに視線を走らせるレオンの緊張が頂点に達する。
と、その時——
トンっと、さり気なく男は石畳を蹴った。
次の瞬間、
石畳を吹き飛ばし、マグマラシが姿を現す。
ブラッキーに避けようもない痛烈な一撃を浴びせる。
石畳に叩き付けられ、ブラッキーは悲鳴を上げた。
「ブラッキーっ!?」
レオンは顔色を変え、相棒を呼ぶ。
それに応えて一声鳴くと勢いよく立ち上がり、ブラッキーはダメージを振り払うかのように何度も首を振り、再び相棒の隣に並び立つ。
まだやる気十分である。
「よし。エーフィ、ブラッキーに『手助け』 ブラッキーはマグマラシに『秘密の力』だ」
「マグマラシ、ブラッキーに『煙幕』だ」
マグマラシの口から真っ黒な煙の塊が吐き出され、ブラッキーの顔に炸裂する。
黒煙の塊に目をやられ、ブラッキーは狙いを定められず、攻撃できない。
前足でしきりに目の周りを擦るが、
「くっ」
ぎりっと奥歯を噛み締め、レオンは再度指示を飛ばした。
「エーフィ、マグマラシに『恩返し』だ」
「マグマラシ、エーフィにたっぷりと『煙幕』だ」
赤い戦闘服の男が余裕を持ってマグマラシに命令する。
マグマラシがまたも口を膨らませ、黒煙の塊を吐き出す。
「躱せっ、エーフィっ!」
すかさずレオンが
黒煙の塊が当たる寸前、ひらりとエーフィが飛び退いてそれを避けた。
それを見たマグマラシが、更に次々と黒煙の塊を吐き出していく。
命中するまでそれを続ける気だ。
「何時まで避け続けていられるかな」
マグマラシに攻撃する処か、黒煙の塊を避けるのに精一杯のエーフィを、赤い戦闘服の男は嘲るように見やる。
エーフィが避ける度に白い石畳が黒く染まり、四散した黒煙で周囲の空気が黒ずんでいく。
視界が悪くなる中、エーフィは俊敏な身のこなしで次々と黒煙の塊を躱し続けた。
中々マグマラシの攻撃が決まらず、ついに赤い戦闘服の男が痺れを切らす。
「さっさと決めろ、マグマラシっ」
苛立たしげに怒鳴り散らす。
そろそろブラッキーの視力が回復してくる頃だ。
さっさとエーフィの目を潰し、二匹が身動き取れなくなったところで、『ダークラッシュ』で一気にとどめを刺す。
格の違いを見せつける為にも、あまりもたもたしてはいられなかった。
エーフィが石畳を蹴る音に向けて吐き出すマグマラシの黒煙に、とうとう辺り一面が黒い霧に覆われたようになる。
赤い戦闘服の男は、ふとその中に、何か明滅するような光が見えたような気がした。
目を凝らして再度そこを見詰めるが、何もない。
——気の所為か?
そう思った瞬間だった。
漂う黒煙を引き裂いて、漆黒の影が黒煙の塊を吐くマグマラシに激突した。
仰け反るマグマラシの体に沿って幾筋もの電気が走る。
麻痺したのだ。
そして、その横には黒い体の随所に光を明滅させたブラッキーの姿があった。
合図するように一声鳴いて、マグマラシと男に向かって身構える。
——馬鹿なっ!?
愕然とする赤い戦闘服の男の耳に、淡々とした少年の声が響く。
「エーフィ、『手助け』 ブラッキーはマグマラシに『かみつく』」
麻痺したマグマラシの体に、ブラッキーが相棒の力で威力を増した鋭い牙を突き立てる。
声にならない悲鳴を上げ、直立不動で立っていたマグマラシが初めて前足を石畳に着いた。
今の攻撃はかなり効いたが、まだ完全に体力がなくなったわけではない。
「立てっ、マグマラシっ!」
血相を変え、赤い戦闘服の男が怒鳴る。
その声にマグマラシは何とか従おうとするが、体が痺れて動かない。
すぐその傍で、すかさずブラッキーが
直後辺りを漂う黒煙を、投げられた一個のモンスターボールが引き裂いた。
「これで、終わりだ」
黒煙の中から聞こえてきた冷ややかな少年の声に、体に当たってマグマラシを取り込んだスナッチボールは、抵抗するように激しく左右に揺れていたが、やがて諦めたように動きを止める。
「くっ、これほどのものとはな」
いつの間にエーフィとブラッキーを入れ替えたのか。いや、マグマラシは見えなくても、確かにエーフィが石畳を蹴る音に反応して攻撃していた。
おそらく視界が悪くなるや、あの小僧はエーフィを囮として使い、目の回復したブラッキーを黒煙の中に潜ませて攻撃の隙を狙っていたのだ。
その上、黒煙で見えなくてもブラッキーの声で、ボールを投げる位置とタイミングをきっちり合わせてきた。
状況をうまく利用され、これ程までに鮮やかにしてやられるとは。これではトロイ達を責められない。
黒煙の中から姿を現し、マグマラシをスナッチしたボールを拾い上げるアッシュブロンドの少年を憎々しげに睨み、赤い戦闘服の男はギリっと奥歯を軋らせた。
「それだけの腕を持っていながら、何故スナッチ団を裏切った?」
「そんな事より、マグマラシに何をした?」
男の問いをバッサリと切り捨て、レオンは核心を突く。
このようにされたポケモンはまだ他にいる筈だ。今後もそれらをスナッチするなら、もっと詳しい情報が必要だった。
「そうよ、一体何をしたら、ポケモンがあんな風になってしまうの?」
レオンの後からついて来たルナも、それに乗っかり問い詰める。
ポケモンをスナッチしたら終わりではないのだ。あの黒いオーラを取り除き、無くした心を取り戻させて初めて助けた事になる。
「簡単なことだ。ポケモンの心を人工的に閉ざして余計な感情を排し、攻撃に特化させただけだ」
「人工的にポケモンの心を閉ざす? そんな事できるの!?」
赤い戦闘服の男の言葉に、ルナは驚きの声を上げる。
本当にそんな事ができるのだろうか。
一方レオンはそれに大した反応も示さずに質問を続ける。
「それで、どうやったら元に戻るんだ?」
「ふん、それを知った処で、おまえらには何もできやしないぜっ!」
そう吐き捨てると同時に、バッと男はまだ傍に立ち込める黒煙の中に駆け込んだ。
「待て!」
一瞬の隙を
黒煙を抜けるが、そこに男の姿は無かった。
突如、背後でエンジン音が轟く。
エンジンの爆風で四散した黒煙の向こうに、赤いバイクに股がる男の姿があった。
男は黒煙の中で二人をやり過ごし、自分のバイクに向かったのだ。
「マグマラシはくれてやる。それで満足するんだなっ」
捨て
「あんっ、逃げられたっ」
ルナは悔しがったが、今から正門の駐車場に置いてあるサイドカーを取りに行っても、とても追いつけない。
だが、このままで済ますつもりは毛頭ない。奴等の行先の見当は付いていた。
男が逃げ去った砂漠を一瞥し、レオンは
「あっ、待ってレオン。何処へ行くの?」
「パイラタウンだ」
あの二人組はそこでルナをさらい、この街に連れて来た。
「そうね。そこに行けば、きっと何か判るわ」
拳を握り締め、決意も新たにルナはレオンと共にその場を後にした。