警察署内は外見と同じに、何処かくたびれたような薄汚れた感じがするが、それでもきちんと掃除をしているのか、床にはゴミなど落ちてなく小綺麗になっている。
その部屋の中央に置かれてある年季の入った重厚な造りの机に向かい、袖口が赤い紺色の警官服を着た年輩の男が手に持つ書類に目を通していた。
「ん? キミ達は……」
立派な口髭を生やした白髪混じりの男は、入って来た二人に気付いて書類から目を離し、怪訝そうに少年少女を見る。
一人はごく普通の少女に見えるが、もう一人は明らかに町の鼻つまみ者どもと似たような雰囲気を持っている。
見た処、少女は嫌々ながら少年と一緒にいるようには見えない。というか、少女にしっかりと腕を掴まれた少年の方が、仕方なく少女に付き合っているといった感じだ。
一体この二人はどういう関係なのかと男が
咄嗟にレオンが避けなければ、激突していただろう。
若い警官は、そのまま勢い余って重厚な造りの机にぶつかっていく。
「わっと、す、すいません、署長」
ぶつかった勢いで紺の帽子がずり落ちて前が良く見えないユイトは、確かめもせずに傍に立つ少年に向かって早口でまくし立てる。
「でも、大変なんスよっ! またゴロツキどもが、怪しげなポケモンを使うのを見たって話が……」
と言いながら、ずり落ちた紺の帽子を被り直して前を見て目を丸めた。
「あれ? 署長…じゃない……っスね……。し、失礼したっス!」
漸く人違いに気付いて慌ててレオンに謝る。
なんともそそっかしい警官である。
そんな若い警官に、机の向こうに座る年輩の男が、疲れたように声を掛ける。
「私はここだ、ユイト」
「あ、な~んだ署長、そんな所に居たなんて。人が悪いなぁ」
やっと上司の存在に気付き、ユイトはバツが悪そうに頭を掻いた。
そんな部下に溜息で応え、署長は呆気に取られる二人に声を掛ける。
「私はこの町の警察署署長のヘッジだ。キミ達は旅行者かね?」
「ああ」
「そうか……」
その答えに、ヘッジは取り敢えずこの少年は、町の連中とは無関係という事で話を進める。
「では、早い処この町を出て行った方がいい。ここは昔から力自慢が結構多く居てな。少々荒っぽい町なのだよ。だが今は荒っぽい処か完全な無法地帯だ。何が起きても保証はしないぞ」
チラリと少女を見やり、ヘッジは少年に忠告する。
連れの少女の安全を考えるなら、早々にパイラタウンを出るようにと。
どうやら聞いていた以上に、ここの治安は悪いようだ。
「まあ、今日はもう遅い。ここを出て少し町の奥に行った所に宿屋がある。今夜はその宿の一室に籠ってもう外に出ない事だ。そして、明日一番にこの町を出るのだな」
「でも、あの、あたし。昨日ここに来て……あっ」
追い払われそうになり、食い下がろうと机の上に身を乗り出したルナは、ふと扉が開け放された隣の留置所の牢屋の中に、見知った男達を見つけて目を丸めた。
「貴方達っ!?」
「げっ、またおまえ達かーっ!」
牢屋に走り寄って来た少女に気付き、ヘボイがぎょっとした声を上げ、その後に付いて来た少年を見て物凄く嫌な顔をする。
「いいか、ここにオレ達が居る事は、誰にも喋んじゃねぇぞ。特にミラーボさんには絶対に言わないでくれよ。なっ」
牢の中から焦ったように、ヘボイが凄んで二人に頼み込むという器用な真似をする。
ミラーボと聞いて、一瞬踊る巨大モンスターボールが頭の中に浮かび、ルナとレオンは思わずげんなりしたが、頭を振ってそれを頭から追いやった。
「でも、どうしてこんな所に……」
「おまえらの所為だよ」
気を取り直して訊いてきた少女に、寝転がっていた牢屋の臭い簡易ベッドから起き上がり、面白くなさそうにトロイが答える。
「あんなヘマしちゃあ、戻ったら何されるか判らねぇだろ。だからトラック盗んだのを自首して入れてもらったのさ」
「ここに居りゃ、安全ってもんだろ」
得意げにヘボイがニヤリと笑う。
ここに居れば何もしなくても、警察が自分達の身を守ってくれる。
「そうね」
確かに、下手に逃げ回るよりは安全かもしれない。
そしてそれは、自分達にとっても都合がよかった。
「丁度いいわ。貴方達、あのマクノシタは何処で手に入れたの?」
と、ルナは昼間逃げられて聞き損ねた事を訊く。
「それは……」
言えないから逃げたのに、言えるわけがない。
「ねぇ、教えて。お願いっ!」
「いやなぁ……」
「教えてと言われても……」
必死に頼む少女に、二人組は言葉を濁した。
あさっての方に視線を泳がせ、誤魔化すように口笛まで吹く。
その態度にカチンときたルナは、二人を睨み付けた。
「そう、言えないのなら、貴方達がここに居るって事、ミラーボに教えるわよ」
「そ、そんな殺生なっ」
「それだけは、やめてくれっ!」
仰天して、ヘボイとトロイは留置所の鉄格子にしがみついて懇願した。
余程あのミラーボが恐いのだろう。恐怖で顔が歪んでいる。
「じゃあ、教えて。あのマクノシタは何処で手に入れたの?」
「そ、それは……」
「言えないのなら、ヒントだけでもいい。後は自分で調べる」
言いたくても言えずに苦悩する二人組に、レオンが妥協案を口にする。
「それなら、言った事にはならないだろ?」
「な、なるほど」
「それもそうだな」
少年の言葉に、救われたように相槌を打ち、ゴロツキ二人組は口々に答えた。
「広場だ。町の中央にある決闘広場。そこにいる連中に聞くんだな」
「ああ、そこの連中とバトルすればいい。おまえなら、うまく聞き出せるだろ」
「決闘広場か……」
いかにもキナ臭そうな雰囲気の場所だ。
「ふむ、キミ達はこのゴロツキどもと知り合いなのかね?」
それも、先程のやり取りを聞いた限りでは、単なる顔見知りという感じでもない。
いきなり背後から問われ、ルナが慌てて振り返ると、そこに興味深そうに自分達を見ている警察署長のヘッジがいた。
「えぇっと、知り合いっていうか……」
ルナはチラリと牢の中を見やり、憮然として署長に事実を告げる。
「昨日あたし、この人達にさらわれて、麻袋に詰め込まれてフェナスシティに連れて行かれたんです」
「ほう、そんな目に遭って、なおまたパイラに来るとは。ここが怖くはないのかね?」
軽い驚きに目を瞬き、ヘッジは少女に訊き返す。
それに対し、連れの少年の腕を掴んでグイっと自分に引き寄せ、ルナは自慢げに応えた。
「レオンがいてくれるから大丈夫です。彼はあいつらから私を助けてくれて、護ってもくれたんです」
「なるほど……」
この少年は差し詰め少女のボディーガードといった処か……
漸くこの二人の関係が判り、ヘッジは納得顔になって部下を呼んだ。
「ユイト」
「はいっ、署長」
「このゴロツキ二人の罪状に、少女拉致監禁罪を付け加えておけ」
「えぇっ、嘘だろ」
「ったく、余計な事言いやがってっ」
折角情報を教えてやったのに、恩を仇で返した少女を二人は睨み付ける。
怒るゴロツキにそっぽを向き、ルナはレオンと共にさっさと留置所を後にした。
「捜査協力に感謝する。もう遅いから、気を付けて宿に向かうといい」
ヘッジはそう言うと、二人を署外へと送り出した。