未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―町外れのスタンド―(1)

 何もない砂漠の真ん中にぽつねんと、置き忘れられたかのように機関車がオブジェのように佇んでいた。

 その周りを壊れたコンテナや車輪、トタン板や杭などで囲んでちょっとした広場が作られ、その脇には古ぼけた給油機が取って付けたように置かれてあった。

 実はそこは、旅人達が旅の途中で立ち寄るスタンドで、機関車はそこのマスターの趣味だった。いらなくなったそれを手に入れて中を改造し、旅人の休憩する店として使っていたのだ。

 ここは昔、この先にあるフェナスシティを建築する際、工事用の資材を置く拠点として使われていたのだが、街が完成した際にここにあった物は全て撤去され、これだけが残ったのである。

 今では旅人の殆どはその先にあるフェナスシティを目指すので、立ち寄って長居する者はヒマ人の常連客以外滅多におらず、常に閑古鳥が鳴いていた。

 そんな町外れのスタンドに、一人の少年がサイドカーで乗り入れた。

 ここに来るのは初めてらしく、ゴーグルを上げて暫く物珍しそうに機関車のスタンドを眺めていたが、ふとその店の前に置かれてある赤錆びたオンボロなトラックの荷台に目を留めた。

 そこにはかなり大きな麻袋が一つ転がっていた。何が入っているのか、ガサゴソと(うごめ)いているのだ。入っているのは多分生き物だろうが、この辺りには野生のポケモンはいないと言っていい程見かけない。

 もっとも皆無と言うわけでもないから、運良く見つけて生け捕りにでもしたのだろう。まあ、少年には関係ない事だが。

 トラックの脇を抜け、少年は店の中に入ろうとした時だった。

 機関車の中から食事を終えた二人の男が、満足げな顔をして出て来た。

 色眼鏡を掛け、崩れた服装をした、どちらもそこいら辺にごろごろ居そうな、いかにもゴロツキと判る風体をした男達だ。

「ふうっ、やっと一息付けたな」

 一人がそう言うと、もう一人も膨れた腹をさすって応える。

「ああ、捕まえるのにえらく苦労したからな。その分メシも美味くなるってもんだ」

 ここはちょっと遠いが、安いのに量が多くてそこそこ美味いから損はない。

「けどよ、まだ済んだわけじゃないぜ」

「そうだな。早いトコ持ってって報告しないとな」

 気が早いと相棒に窘められ、男は頷いてニンマリと笑う。

「そうすりゃ、褒美がたんまりと——」

「貰えるってもんさ」

 相棒の言葉を引き取って、もう一人の男も笑みを浮かべた。

 二人はにやけながら、表に停めてあったオンボロのトラックに乗って早々に行ってしまった。早く仕事を終えて、褒美を貰おうというのだろう。

 それを横目で見送りながら、少年は店のタラップを上がって中に入った。

 中は機関車を改造しただけあって狭く、十人も入ればいい方だった。今は四人程が席に座り、カウンター脇の壁に掛かるテレビを見ている。

 バラエティー番組だろうか、芸人のような派手な格好をした者達が画面一杯にバカ騒ぎに興じていた。

 ——と、唐突に速報を知らせる軽やかな音が鳴り響き、テレビの画面が変わる。

 テレビを見ていた男達が一斉に文句を口にしたが、画面に若い女性ニュースキャスターが映し出された途端静かになった。

 女性ニュースキャスターは、取れ立てのニュースの映像を背に、少々興奮気味に喋り始める。

『当局の発表によりますと、先日エクロ峡谷で爆破炎上した不審な建物は、スナッチ団アジトだった事が判明しました』

 その報道に、店に入って来た少年は微かに眉を(ひそ)め、足を止めてカウンター脇の壁に掛かったテレビの画面に視線を向けた。

 その間も女性ニュースキャスターは早口に内容を伝え続ける。

『スナッチ団とは、ポケモン窃盗団の一味で、かねてより指名手配中でありました。爆破により発見されたアジトは、既にスナッチ団の姿はなく、廃墟のみが残されていたという事です。

 爆破の原因については、現在調査中であり、いずれ判明するものと思われます』

「おい、スナッチ団ってなんだ?」

 ニュースを聞き、一番奥の席に座っていたライダー姿の若者が食事の手を止め、首を傾げて誰にともなく訊いた。世事に疎い彼は、元々ニュースは見ない主義だった。

「スナッチ団てのはな、人のポケモンを奪う、盗っ人野郎どもの事だよ。何でもスナッチボールとかいうモノで、バトル中の相手のポケモンをゲットしてしまうらしい」

 と、カウンターの前に座る男が、物知り顔で説明する。

「トレーナーのいるポケモンをゲットするって、そんな事できるのか?」

「さぁな、俺も噂で聞いただけだしな」

 肩を竦め、カウンター席の男は首を捻るライダーの若者に忠告した。

「そういや、あんたも一応トレーナーなんだろ。精々気を付けた方がいいぞ」

「ふっ……、そんな奴等が俺様に(かな)うわけないだろ。反対に返り討ちにしてやるぜ」

 気障ったらしく前髪を掻き揚げ、ライダーの若者は自信満々に言い放つ。

「そうさ、人のポケモンを奪う奴等なんて、絶対許せないよ!」

 店の唯一の女性客である帽子を被った壮年の女性は、まるで自分のポケモンを取られたかのように憤慨する。ポケモンを家族同然に思っている彼女は、他人事(ひとごと)とは思えないのだろう。

「アジトが壊れて全滅したなら、それに越したことはないけどね!」

「まぁ、なにが起きたか知りませんが、アジトが吹っ飛ぶなんて、悪い事はできませんな。私は悪い事などしないから、何も吹っ飛びませんよ。わっはっは!」

 テレビの前に陣取っている優男の客が、お気楽そうに笑い飛ばした。

 少年は速報の話題に一頻り花を咲かせる客達を無視し、カウンター内にいる厳つい顔のマスターに声を掛ける。

「この近くにポケモンセンターとフレンドリィショップはないか?」

「おや? この辺りじゃ、見かけない顔だな。旅の途中かい?」

 マスターは、青いロングコートの左腕に変わった肩当てをした少年をじろじろと見やって訊いたが、それに少年が答えないのを見て軽く肩を竦めた。

「まぁいい。この先にあるフェナスシティに行けば、坊主の望みのモンはみんなそろっているぜ」

「フェナスシティか……」

 ポツリと呟き、マスターに礼を言うと少年はそこに向かうべく、すぐさま外に出て行った。

 それを見送ったカウンター席の男は、興味深そうにマスターに声を掛ける。

「なぁ、マスター。今の少年、何者だろうな。なんだかワケありっぽかったけど」

 チラリと横合いから見た少年の琥珀色の瞳は、あの年頃の少年のものとは思えないくらい暗く凍てついていた。

「さあな。ポケモンセンターの場所を知りたがってたから、トレーナーなんだろうな」

「え? トレーナーだってか? 今の小僧が?」

 話を止めて再び食事に取り掛かっていたライダーの若者は二人の話を聞きつけ、頓狂な声を上げて慌てて窓の外を見る。

 が、既に少年は行ってしまったらしく、何処にもいない。

「しまったぁっ。暇潰しのバトルができるいい機会だったってのに、俺としたことが食うのに夢中で見逃してしまうとはっ」

「でも随分と不愛想な子だったね」

 大げさに嘆くライダーの若者を後目(しりめ)に、壮年の女性客は胡散臭げに呟いた。

「不愛想というより、『俺に近寄るな』オーラ全開だったよ」

 女性客の言葉に、間近で見ていたカウンターの男はひょいと肩を竦める。

 何処となく人を拒絶するような雰囲気が、その少年から滲み出ていた。それも、今までどんな人生を送って来たのか、あの歳でかなりの筋金入りだ。

 だから何時もなら声を掛けて色々聞きまくる自分も、とうとう一言も声を掛けられなかった。

「けどさ、あの恰好にしても、あんな暑苦しそうな裾の長い長袖のコートなんか着ちゃってさ」

「断熱加工されたコートじゃないですかね」

 テレビ前の優男が顎に手を添え、少年の姿を思い返して口を開く。

「ここら辺は陽射しがきついですからね。なまじ素肌を(さら)すよりもああいったコートを着てた方が、却って涼しいかもしれませんよ」

 と言いながら、帽子を被った壮年の女性客に目を向ける。

「そう言う貴女だって長袖じゃないですか」

「あたしのは日焼け防止用さ。でも男の子なら、真っ黒に日焼けしてた方が健康的でいいけどね。大体あのくらいの年頃なら、もっと元気があっていいのにさ」

「まあ、そんな事より、あの少年の付けていた左腕の肩当てと手甲を見たか?」

 少年の服装が気に入らずにブツブツ言う女性客をあっさりうっちゃり、カウンター席の男は自分の興味を優先した。

 それにすかさずテレビ前の優男が喰いついてくる。

「変わったデザインでしたね。赤いコードが肩当てから腕に巻き付くように手甲に付いていて。若者の間ではあんなのが今流行ってるんでしょうかね」

 スナッチ団の話に熱中していたようで、皆結構よく見ているものである。

 通りすがりの一風変わった少年を肴に、またも盛り上がる客達は、閑古鳥の鳴いているスタンドに居座るだけあって、実に詮索好きのヒマ人揃いだった。

 何処で何が起きようと、誰がやって来ようと、彼等にとっては暇潰しのネタでしかなく、町外れのスタンドは今日も至って平和であった。

 

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