未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―パイラタウン―(5)

 その後、宿はすぐに見つかった。

 「宿」と書かれた(きら)びやかなネオンに囲まれた看板が、夜の帳が落ちかけた空を背に、一際悪目立ちしまくっていたからである。

 パイラで唯一の宿——パイラスーパーグランドホテルで、レオンは部屋を一つだけ取った。別に部屋が無かったわけじゃない。反対に宿泊客は殆どおらず、その気になれば好きなだけ部屋を借りる事ができた。

 ルナは二部屋取って貰いたがったが、それを敢えて一部屋にしたのは理由(わけ)があった。ただでさえ物騒だと言われている町なのだ。もし何かあった時、部屋が別ではすぐに対処できない。

 そして、こっちの方がより切実な問題で、つまりは金がないという事だ。

 大層な名前が付いてはいるがこのホテル、外はオンボロ、中は安普請と、最低レベルの宿の割には通常の料金の五割増しの上、今のルナはバッグが戻ってきたとはいえ無一文である。

 余分な金など持っておらず、ここに来るまで大概野宿で済ませてきたレオンにとって、一人で通常の五割増しの二人分の宿代を払うのは、一部屋だけでもかなりの負担だった。

 二階の一番端の部屋に決め、鍵を受け取る。

 レオンは階段を上がり、廊下の突き当たりにある非常階段に出るドアの鍵を開けて、下に降りられる事を確認すると、ドアを閉めて再び鍵を掛けた。

 それから部屋に入り、相棒達をボールから出す。

 エーフィがレオンの足に体を寄せて辺りを見回すと、ブラッキーは警戒するように周囲を窺った。

 そんな二匹を従え、レオンはまず備え付けのトイレとシャワールームの中を確認し、更に部屋の中を丹念に調べていく。

「ねぇ、レオン。さっきから一体何をしているの?」

 彼の一連の謎行動を、ルナは頭に疑問符を浮かべて見ていたのだが、一向に終わりそうもないのでとうとう痺れを切らした。

「安全確認だ。いざという時の為にな」

 簡潔にそう告げて、レオンは肩に担いだザックの中から、一抱えもする包みを出してルナに放った。

 その中にフェナスシティで買った彼女の着替えなどが入っている。バッグが戻って来るとは思ってなかったので、ルナはレオンに一応買って貰っていたのだ。

「先にシャワーでも浴びていろ。あそこは鍵が掛かるから安全だ」

 そう言いながら、相棒達とベッドの下を覗き込む。

 無法地帯の宿部屋など、自分の目で確かめないと、とても安心して休めない。

 レオンは全部確認し終わるまで、止める気はないようだ。

「……そうさせてもらうわ」

 一瞬大げさなと思わないでもなかったが、彼の気が済むまでやらせた方がいいだろう。

 ルナはジャケットを部屋の壁際にあるソファの背もたれに掛けると、受け取った包みと愛用のショルダーバッグを持ってシャワールームに入った。

 しっかりと鍵を掛ける。

 昨日詰め込まれた麻袋、一体何を入れていたものか知らないけど、体全体がチクチクして気持ち悪かったのだ。何となく麻袋のヘンな臭いも染み付いてしまったように感じる。

 服を脱いで髪を縛ったゴム紐を取ってシャワーを浴びる。

 バッグから取り出した旅行用のソープで全身を洗い、少し熱めの湯でそれを洗い流す。

 更にじっくりとお湯で温めて体をほぐし、今までの疲れを取る。

 そして体を拭いて着替えの服を着ると、髪を携帯用の小型ドライヤーで乾かした。

「あ~っ、さっぱりしたぁ」

 全身を綺麗にしてルナがシャワールームから出ると、既に部屋内の安全確認を終えたレオンは、スナッチマシンを外してロングコートを脱ぎ、薄手の黒い袖なしのハイネックセーター一枚になっていた。

 窓の締めたブラインドの隙間から外を眺める彼の傍で、ブラッキーとエーフィが美味しそうにポケモンフーズを食べている。

「レオン、シャワー空いたわよ」

「ああ」

 窓から見える町並みから視線を外し、レオンは足許に置いていたザックとロングコートを掴んだ。その中にはさっき外したスナッチマシンも入っている。

 何時いかなる時でも大切な物は常に身体(からだ)から離さない。それはレオンが長年培ってきた習性のようなものだった。

 ブラッキーとエーフィがポケモンフーズを食べるのを止め、付いて行こうと腰をあげる。

 それをレオンは止めた。

「食べてていいぞ。すぐに戻る」

 優しく声を掛け、二匹の頭をそれぞれ撫でると、シャワールームへと向かう。

 それを横目で見送り、ルナはソファに座った。

 傍にあるテーブルには、夕食用にフェスナで買ってきたフライドチキンや、ハムとチーズの他に野菜の挟まったバケットなどが置かれてある。

 先にレオンは食べてしまったのか、自分の分しかない。

 待っていてくれてもいいじゃない。とルナは思いながら、食事を再開したブラッキー達と共にそれらを食べ始める。

 そして、数十分後——

「……本当に貴方達って、レオンの事が大好きなのね」

 食事を終えたルナは、呆れたように溜息混じりに呟いた。

 二匹は大急ぎでポケモンフーズを食べ終えると、先にエーフィがシャワールームの前に陣取ってその後をブラッキーが追い、二匹仲良くレオンを待ってそこに腰を落ち着けてしまったのだ。

 まだ馴れていないとはいえ、自分の事など全くの無視である。

 どんなポケモンでもすぐ仲良くなれる自信があっただけに、ルナとしてはちょっとショックだった。

「はぁ、やっぱり一緒にバトルとかしないと、心を開いてくれないのかなぁ……」

 食事を終え、じっとシャワールームのドアが開くのを待ちわびるブラッキー達を眺めながら、いじけて愚痴る。

 ふと、自分の言った言葉に、何か想い出し掛けたルナは、同じ言葉を繰り返して呟いた。

「——心を、開く。心を……開く…」

『ルナや。どんなに心を閉ざしたポケモンでも、一緒にバトルをすれば、いずれ心を開いてくれるものじゃよ』

 脳裡に、昔聞いた祖父の言葉が蘇る。

「これよっ」

 想い出した祖父の言葉に、これならダークポケモン達を元に戻せるかもと、ルナはパッと顔を輝かせた。

 今すぐにでもこの事をレオンに教えたい衝動に駆られ、思わずソファから腰を浮かす。

 けど、あれから結構()つが、シャワールームからは未だに水の流れる音がしていた。

 まだレオンはシャワーを浴びているのだ。汗や体の汚れを落とし、お湯でゆっくりと体を温めて今日の疲れを取っているのだろう。自分もそうだったから。

 そんな処へ声を掛けて邪魔をするのは、なんだか悪いような気がする。今日一日本当に色んな事があり過ぎて、一番大変だったのは彼だから。

 ルナは(はや)る気持ちをぐっと押さえてソファに座り直すと、()れながらもブラッキー達と一緒に、レオンが出て来るのを大人しく待った。

 

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