肩に掛けたタオルで髪の水気を粗方取り、レオンはそれを壁際のくたびれたソファの背もたれに掛けた。
そして、傍らに立つルナにぶっきらぼうにぼそりと呟く。
「寝る」
夕食はルナがシャワーを浴びている内に済ませてある。今日は色々とあって疲れたし、明日もかなりハードになるだろう。取り敢えず考えるのは休んでからだ。
そう思ってレオンは彼女に告げたのだが、それを聞いてルナはドキリとした。
——ね、寝るって……
この部屋にはシングルの狭いベッドが一つ切りだ。つまり本来は一人部屋なのに二人でいるわけである。安全面と特に予算を考えた結果で、その分料金を多少割り引いてもらっていた。
ただ、二人でベッドを使うとなると、ぴったりと体を寄せ合って寝るしかない訳で——
色々頭で理解していても、やっぱり年頃の女の子としては、いざその時ともなると焦るものである。
「レ、レオン。あの——」
「おまえはベッドを使え。俺はこっちで寝る」
ルナの内心の動揺など全く頓着せず、レオンはそう言うとロングコートを着込み、ソファの上にザックを枕代わりにゴロリと横になる。
足許にいたブラッキーとエーフィは、お互い身を寄せ合うようにソファの下で丸くなった。
自分を無視してさっさと寝支度を整えてしまったレオン達を呆然と見ていたルナは、彼から聞こえてくる寝息にハッと我に返る。
「レ、レオン?」
試しに呼んでみるが、返事がない。
そっと傍まで行ってみても、レオンどころかポケモン達も何の反応もない。
本当に寝入ってしまったらしい。
——こうして見ると、レオンの顔って結構整ってたりして……
ちょっと鋭すぎる琥珀色の瞳を閉じていると、柔和な感じすらする。
「じゃなくて、勝手にさっさと寝ないでよね」
というか、一応あたしは女の子なんだけど、意識しなさすぎでしょ。こっちはあれこれ考えちゃって一杯一杯だったてのに。これじゃあまるであたしが自意識過剰みたいじゃない。
ぶるぶると首を振り、薄っすら頬を紅潮させて拗ねたように呟くと、ルナはソファに掛けておいた自分のジャケットを取り、部屋の電気を消した。
ベッドに潜り込み、もう一度ソファの方をチラリと見たが、寝入ったレオンは微動だにしない。
溜息をつき、ルナはベッド脇の照明も消して目を
昨日の事もあって疲れが溜まっていたらしく、すぐに安らかな寝息を立て始める。
それから暫くして、不意にむくりとレオンが起き上がった。
壊れかけたブラインドから外のネオンサインの光が微かに漏れ入る闇の中、足音を忍ばせ、ルナの眠るベッド脇に立つ。その足許には寝ていた筈のブラッキー達もいた。
それでもルナはスヤスヤと、寝息を立てて気持ちよさそうに眠ったままだ。
——本当眠ってしまうとはな……
自分のように寝たふりをして様子を見るのではなく。
こんな真似、自分にはではきない。
見ず知らずの出会ったばかりの男と一緒の部屋で熟睡するなど、襲ってくれと言っているようなものだ。
度胸があるのか、それとも無知なのか——
いや、そもそもこいつは、今までそんな事を考えなくてもいい暮らしをしてきたのだろう。だからこんなにも無防備でいられるのだ。
眠る少女の脇に手をつき、レオンは今一度完全に寝入っているか確認するようにルナの顔を覗き込んだ。
ギシリとベッドが軋んで音を立てる。
だが、それでもルナが目を覚ます事は無かった。危機感がないにも程がある。
自分達は互いに相手の力を利用し合うだけの関係に過ぎない。用さえ済めばそれで終わりだ。そんな奴に気を許すなど馬鹿げている。
この世でレオンが唯一信じられるのは、生まれた時からずっと一緒だった相棒達だけだ。
レオンが手をベッドから離した拍子に、またギシリとベッドが軋む。
「う……ん…」
もそりと動いてルナが寝返りを打った。
その寝顔は安らかそのものだった。
これなら朝まで起きないだろうが、念の為ブラッキーをベッド脇に残す。
そして、エーフィを連れてソファに戻ると、レオンは再び横になり、今度こそ相棒共々暫しの眠りに落ちた。
町の者達が眠りについた深夜、二人の眠る宿から更に町の奥へと入った岩山の断崖の脇に立つ、外壁のあちこちがひび割れて使えなくなった廃ビルの最上階の部屋で、あの例の怪しげな巨大モンスターボール頭の男と二人の部下が、通信スクリーンの前で一応畏まっていた。
「そちらはうまくいっているか? ミラーボ」
「は~い、ジャキラ様。計画はとぉっても順調に進んでおりま~す」
スクリーンに向かって片手を挙げ、ミラーボは軽快に応える。
そこに映る銀髪の男は、レオン達がフェナスシティの市長宅前で出会った、あの赤い目をした銀髪の偉丈夫だった。
「既にギンザルは腑抜けてコロシアムはボクらの思いのまま~。優勝者にはこっそりダークポケモンを渡して、データ集めも
「そうか、他の者達もそれぞれの場所で、計画通り事を運んでいるようだ」
ミラーボの言葉に、ジャキラは満足そうに頷く。
「我等シャドーのダークポケモン計画、いよいよ最終段階も近いぞ」
「ふっほほほ~。ココロとカラダがうきうきして踊りたくなっちゃうな~」
言うだけでなく、ジャキラの前でなかったら、ミラーボはとっくに踊り出しているだろう。
「計画が成功したら、好きなだけ踊るがいい。ではな」
苦笑して、ジャキラは通信を切った。
「ミラーボ様、よろしいのですか? ジャキラ様にあの小娘の事を報告しなくても」
傍に控えていた部下の一人が心配そうに声を掛ける。
後で黙っていたことを知られたら、ジャキラ様の不興を買うのではないかと。
「小娘ェ?」
何を言われたのか分からず、ミラーボは頭に疑問符を浮かべる。
「データ取りに熱心だったゴロツキの二人が見つけたという、ダークポケモンを見分けられる小娘の事です」
「………ぁあ、そういやァ、そんな
言われるまですっかり忘れていた。
「でもォ、捕まえたらボルグに引き渡すつもりだしィ。彼結構興味持ってたみたいだからァ、その
基本ダンス以外は、人に丸投げのミラーボだった。
忘れていても、一応後の事を考えていたらしいと知り、部下も納得して引き下がる。
「さ~てと……」
上への定期報告も終わり、他に用事もない。
ニンマリとミラーボは笑みを浮かべた。
「それじゃ今夜は可愛いポケモンの待っている洞窟でェ、一晩中踊りあかそうかなァ~」
この廃ビルの裏手は切り立った崖の壁がそそり立っており、屋上から昔の鉱山跡に入り込めるのだ。その複雑に入り込んだ鉱山の洞窟の奥深くに、ミラーボは音響バッチリの自分専用のダンスホールを造ったのである。
今ではヒマさえあればそこに籠り、踊りまくるという毎日を送っていた。
ミラーボは片手を当てた腰をくねりとくねらせ、もう一方の手を高らかに上げた。
「レッツ、ミュージックスタート!!」
と軽やかに指を鳴らす。
すると、何処からともなく軽快なサンバのリズムが流れ、ミラーボはそれに乗って腰を振り、ルンルンと踊りながら部下を引き連れて部屋を出て行った。
鉱山の何処か奥深く、悲しげなポケモンの鳴き声が、誰の耳にも届くことなくひっそりと木霊した。