未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―パイラタウン―(9)

「へぇ、スゲェじゃねーか。人のポケモン、ゲットしちまうなんてよ」

 何時の間に人だかりができたのか、その内のゴロツキの一人が馴れ馴れしくレオンに声を掛けて来た。

 さっきの女と同年代位の革のライダースジャケットを着たニヤけた茶髪の若者である。親しげな笑みを浮かべているが、目は笑っていない。値踏みするようにジロジロとレオンを見回している。

「もしかして、おまえスナッチ団か? アジトが壊滅したってニュースで言ってた」

「………」

「まっ、いいや」

 自分の軽口に無言で返した少年に、茶髪のゴロツキは軽く肩を竦める。

「誰だろうと、ここでは関係ねぇ、バトルが全てだからな」

 モンスターボールを取り出し、ニヤッと笑う。

「さあ、バトルしようぜ。挨拶代わりのストリートバトルだ。ただし、俺様が勝ったら頂くのは金じゃなく、おまえがあいつから奪ったヨルノズクだ」

「ちょ、ちょっと——」

 一方的なゴロツキの言い分にルナは慌てたが、口を挟む間もなく、茶髪の若者は自分のポケモンを呼び出した。

 ぼさぼさとした茶と白の縞模様の毛並みのジグザグマと、愛くるしいピンクの体をしたエネコである。よく愛玩用に飼われるノーマルタイプのポケモンで、体長はブラッキー達より若干小さい。

 チラリとレオンは相棒達に視線を向ける。

 まださっきの戦いで受けた傷も体力も回復していない。レオンとしては気が進まないが、二匹とも気力はまだ充分のようだった。

 ——これなら連戦しても何とかなりそうか……

「……いいだろう」

「へへ、そうこなくっちゃな」

 若者は指を鳴らし、舌舐めずりする。

 レオンとライダースジャケットの若者が決闘広場の中央で対峙する。

 それを広場に居たゴロツキ達が取り囲み、はやし立てながら好奇の目で二人のバトルの行方を見物している。

「ブラッキーはジグザグマに『かみつく』 エーフィはエネコに『念力』だ」

 それを受け、二匹はそれぞれの得意技を相手に叩き付ける。

 しかし、ジグザグマもエネコもその猛攻を何とか堪え切った。

 茶髪のゴロツキが、自信たっぷりの余裕を持って指示を出す。

「エネコは白いヤツに『猫の手』 ジグザグマは黒いヤツに『ミサイル針』だ」

「っ!?」

 レオンは思わず目を見開いた。

 『ミサイル針』は虫タイプ技だ。普通ノーマルタイプは覚えない。が、ジグザグマはノーマルタイプには珍しく、自力で覚えるのだ。

 そして、タイプの違うブラッキーとエーフィが、共に苦手とする技が、この虫タイプ技だった。

 ジグザグマがこれを持っていたからこそ、このゴロツキは強引にバトルを吹っかけてきのだ。

「避けろっ、ブラッキー!」

 レオンが叫ぶ。

 だが、遅かった。

 素早く体を大きく膨らませ、毛を逆立てたマグマラシの全身から無数の針が飛び出し、避けようと身を返したブラッキーの体に突き刺さる。

 悲鳴を上げ、ブラッキーはガクリと腰を落とした。

 それでも気力を振り絞って立ち上がる。

 一方、エネコも攻撃を繰り出していた。

『猫の手』によって、戦闘に出ていない味方の技を借りて攻撃を仕掛ける。

 エネコの頭上に出現した闇を固めたような漆黒の玉が、勢いよくエーフィの体に直撃する。

 ゴーストタイプ技の『シャドーボール』だ。エスパータイプのエーフィには効果抜群の技だった。

 全身を闇に覆われ、エーフィは苦悶の悲鳴を上げた。

 かなり効いている。

 もはや立っているのやっとの状態だ。

「くっ……」

 レオンはあの外見に惑わされ、簡単にバトルに応じた自分の迂闊さを呪った。

 二匹とも、もう一発同じ技を喰らえば、とてもじゃないが持たないだろう。

 もし仮にいい傷薬を使って回復させた処で、やられるのが少し遅れるだけの事だ。しかも、まだ『シャドーボール』を使える奴が後に控えているのである。

 ——どうする……

 レオンは無意識に腰のベルトをまさぐった。

 そこには、昨日スナッチしたマクノシタとマグマラシ、そしてさっきのヨルノズクのモンスターボールがある。

 ふと、昨夜のルナの言葉が脳裡に蘇る。

『心を閉ざしたポケモンも、一緒にバトルしていると、段々心が開くって』

 それを聞いた時、無理矢理心を閉ざされ、攻撃力を上げて好戦的な性格へと作り変えられたポケモンを、バトルになど出したら余計症状が酷くなるのではと、レオンは危惧したのだが。

 ——このままでは……

 チラリと心配そうに自分達を見ているルナを一瞥し、レオンは覚悟を決めた。

「戻れっ、ブラッキー、エーフィ」

 そして、手に取った二つのモンスターボールを投げる。

 ボールが割れ、中から肉厚のずんぐりとした体のマクノシタと、尻と頭から炎を噴き出した艶やかな黒い背中のマグマラシが姿を現した。

「ちっ!」

 ライダースジャケットの若者は忌々しそうに舌打ちする。

 あと少しであのヨルノズクが手に入ると思ったのに、まだ他にポケモンを持っていたとは、計算外だった。だが、ジグザグマもエネコもまだいける。今目の前にいる二匹、特にこちらが苦手な格闘タイプのマクノシタさえ倒せば、後は楽勝である。

「エネコ、あいつらを思いっ切り『くすぐる』んだ。ジグザグマはあのずんぐりに『頭突き』をかませろ」

 エネコは一声甘えた声を上げ、身動きせずに黙然と立ち尽くす二匹を、次々にピンクの尻尾でくすぐった。

 そのこそばゆさに二匹の緊張が緩む。

 そこへ、ジグザグマの頭突きがマクノシタの体にぶち当たる。

 攻撃を受け、マクノシタは仰け反った。

 が、すぐに体勢を立て直し、ジグザグマを睨み付ける。

 腕をブンブン振り回し、怒りを抑えられずに唸り声を上げる。吊り上がった細い目は真っ赤に血走って鬼気迫る形相である。

 攻撃を受けて興奮したにしては、これはあまりにも異様だ。

 ——やはり……

 レオンは表情(かお)を強張らせた。

 好戦的な性格に歪められた所為で、異常に興奮しやすくなっているのだ。

 興奮し過ぎて見境を無くしたマクノシタは、トレーナーの命令を待たずに突っ込んで行きそうだ。

 このままにしておいては、あのフェナスシティの市長宅でいきなりレオンを襲った時のように、何をするか判らない。

「落ち着け、マクノシタっ!!」

 聞こえるがどうか分からないが、レオンはマクノシタを宥めようと叫ぶ。

 ハッとしたようにマクノシタが体を震わせる。

 フーッと息を吐いてブンブン振り回していた腕を降ろし、血走った目も元に戻っている。

 どうやら落ち着いたようだ。

 ホッと、レオンは小さく安堵の息をつき、すかさず指示を出す。

「マクノシタはジグザグマに、マグマラシはエネコにそれぞれ『ダークラッシュ』だ」

 それを聞いて、茶髪の若者は仰天した。

「やべぇぜっ。避けろ、ジグザグマ、エネコっ!」

 慌てて叫ぶが、それより早く二匹は動いていた。

 全身にたわめた力を一瞬にして解き放ち、凄い勢いでそれぞれの相手にぶち当たって行く。

 その猛攻に、ジグザグマとエネコは吹っ飛んだ。

 そのままジグザグマは力尽きる。

 一方エネコは、ふらつきながらも立ち上がった。

「ズルいぜっ、二匹もアレを持ってるの、隠してるなんてよっ」

「聞かなかったのは、おまえの方だ」

「くぅっ、そうかよっ」

 軽くいなされて若者は悔しげに顔を歪め、次のポケモンを出す。

 ふんわりと空中に浮かんで現れたのは、黒い髪をなびかせ、首に赤い珠のネックレスをしたような、目のぱっちりとしたゴーストタイプのムウマだった。

 先の二匹から、てっきり次もノーマルタイプかと思ったら、ゴーストタイプだったとは。おそらくあの『シャドーボール』はムウマの技なのだろう。もしエネコじゃなくムウマ本人に使われていたら、今頃エーフィは力尽きていたに違いない。

 出て来たムウマを見たルナが顔色を変え、喘ぐように言う。

「レオン、そのムウマも黒いオーラのポケモンだわ」

 ——こいつもか……

 レオンは眉を(ひそ)めた。

 何処にでもいるような町中のゴロツキ連中が、何故こんなにもあのポケモンを持っているのか、やはり昨日あいつらが言っていたように、ここには何かある。

「マクノシタ、マグマラシ、エネコに『ダークラッシュ』だ」

 まだ控えがいて、『猫の手』を使われると厄介だ。まずは邪魔なエネコを確実に始末する。

 指示を受け、先にマグマラシが猛然とエネコに襲い掛かった。

 その一撃に、やっと立ち上がったエネコの体が宙を舞い、地面に叩き付けられる。

 悲しげな鳴き声を上げ、エネコはその場にコテリと倒れ込む。

 一方マグマラシに先を越され、攻撃を仕掛ける相手を失ったマクノシタは、くるりと残ったムウマに体を返した。

 攻撃するつもりだ。

「待てっ、マクノシタっ」

 慌ててレオンが止めたが、マクノシタは聞いてはいなかった。

 相手が誰だろうと構わず、最初に指示された事を忠実に遂行する。

 肉厚のマクノシタの腕から繰り出される『ダークラッシュ』が、ムウマのふわふわ浮かぶ黒い体に炸裂する。

 その衝撃に、重さを感じさせないムウマの体が吹っ飛んだ。

 目を回し、ムウマが力尽きたようにフラフラと地面に落ちかける。

 このままムウマが倒れたら、スナッチができない。

 さっとレオンとルナの顔に緊張が走る。

 ——と、

 地面まで後数センチの所で、ムウマは体勢を立て直してふわりと浮き上がった。

 ホッと二人は思わず安堵の息をつく。

「ムウマ、マクノシタに『あやしい光』だ」

 もうポケモンを持っていないのか、次のポケモンを出さずに茶髪のゴロツキが指示を飛ばす。

 マクノシタを捉えたムウマの双眸が不気味に輝き、怪しげな光を放つ。

 それを目にした途端、マクノシタは混乱した。

 ただでさえ興奮しやすく、見境なく攻撃する奴なのに、混乱してしまったら本当に何をするか分からない。

 それにもう、さっきのムウマの様子ではこれ以上『ダークラッシュ』は使えない。倒してしまう危険性が大きいからだ。

 だが、替えるにしても、後手持ちで満足に戦える奴はいない。皆傷付いて満身創痍なのだ。

 ——仕方ない……

 意を決し、レオンはモンスターボールを左手に持つ。

 左腕に装着したマシンによってスナッチボールへと変化したそれを、ムウマに投げ付けた。

 パカリと開いた口から眩い光が(ほとばし)り、ムウマの黒い体をからめ取る。

 ムウマを呑み込んだボールは、地面に落ちて激しく左右に揺れた。

 しかし、今までの様にすぐにその揺れは止まらなかった。中でムウマが激しく抵抗しているのだろう。

 ——やはりさっきの一撃だけだと、まだスナッチは無理か……

「出てこい、ムウマっ! こんな奴にゲットされるんじゃねぇっ!!」

 茶髪の若者が必死になって呼び掛ける。

 それに応えるように、一層揺れが酷くなる。

 ——ダメか……

 レオンは別のボールを手に取った。

 ムウマが出て来た直後に、もう一度投げる為だ。

 そして、次の瞬間、

 唐突に、ボールは揺れるのを止めた。

「やったわ、レオンっ」

「くっそ—っ やられちまったぜっ」

 スナッチの成功にルナが喜び、ライダースジャケットのゴロツキは額に手を当てて空を振り仰いだ。

 

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