朝支度を済ませると、また宿のフロントに金を払って貴重品以外の荷物を預け、再び二人は決闘広場に足を向けた。
道中人も
広場に着くと、昨日よりもゴロツキの数は少なくなっていた。
二人、特にレオンの姿を見ると反射的に目を逸らし、決して誰も合わせようとしない。
昨日のバトルで、彼の怖さを骨の髄まで思い知った所為だろう。
誰にもバトルを挑まれることなく広場を通り抜けた二人は、その先にあるコロシアムを目指す。
人気のない通りの先に、突然二人の行く手を遮るように、深い地面の裂け目が姿を現した。
向こうまで幅十数メートルはあるそれは何処までも深く、下を覗いて見るとそこに
ただ、時折その闇の奥底から何か光るものが、ちらつくように見える事があったが、すぐに消えてしまうので、多分気の所為なのだろう。
その裂け目の中央付近に、鉄骨の廃材を寄せ集めて造った吊り橋が架けられ、その向こう側には岩場に囲まれて今にも崩れ落ちてしまいそうな、錆びた鉄板が剝き出しの半壊したドームが立っている。
この町唯一の公共娯楽施設であるパイラコロシアムだ。
二人は裂け目から吹き上げる風で揺れる橋を渡り、その前に立った。
——と、
コロシアムの中から、一人の若者がつまらなそうな顔をして出て来た。
一昨日町の入り口で二人に絡んで来た、若い警官にマサと呼ばれていたあの緑髪のゴロツキである。
二人に気付いたマサが、一転して顔をニヤケさせながら近寄って来る。
「てめぇら、聞いたぜ。昨日広場で結構ハデに暴れたそうじゃねぇか。しかも人のダークポケモンばっかスナッチしていくとはな」
「ダークポケモン? あの黒いオーラのポケモン、ダークポケモンって言うんだ」
「黒いオーラ? なんだそりゃ」
ルナの漏らした独り言に、マサは眉根を寄せた。
やはり、あの黒いオーラはルナ以外見えていないらしい。
「別に、こっちの話よ」
「ふんっ、なら、黙ってな」
鼻を鳴らし、マサは少女を鋭く一瞥すると、手にしたモンスターボールをレオンに突き付けた。
「けど、オレ様はそうはいかねぇぜっ」
と、ボールを投じる。
問答無用のストリートバトルである。
すかさずレオンもポケモンを呼び出した。
マサが出したポケモンは、体長が共に五十センチ程の、小柄な白い体と顔まで伸びる緑髪の前と後に平べったい赤いツノを付けたエスパータイプのラルトスと、木の実の形にそっくりな体をした草タイプのタネボーだった。
対するレオンは長年の相棒でなく、マグマラシと昨日スナッチした頭に黄色い花を咲かせ、黄緑の楕円形の体の両脇に大きな耳をつけた、体長六十センチ程の草と飛行タイプを併せ持つポポッコである。
「てめぇ、早速スナッチした奴でバトルかよ」
「ああ、使わなかったら、スナッチした意味がないだろ」
「ああ、そうかよっ。ラルトス、草タイプに『念力』 タネボーは炎タイプに『岩砕き』だっ」
「マグマラシ、ポポッコ、ラルトスに『ダークラッシュ』」
ゴロツキ達はこの二匹に多彩な技を出させていたが、レオンが昨日調べてみたところ、スナッチした全てのポケモンは、何故かこの『ダークラッシュ』以外覚えてなかった。
技を出す為にじっと念を集中させるラルトスに、マグマラシとポポッコは素早い動きで次々とぶち当たる。
その衝撃にラルトスの小さな体が宙を舞い、ドサリと地に落ちた。
弱々しい声を一つ上げ、それきり動かなくなる。
それを見たマグマラシが興奮したのか、前足を地面について頭と尻から激しく炎を吹き上げた。
そこへタネボーが、ととっと走り寄って飛び上がり、炎を吹き上げるマグマラシの頭に岩が砕ける勢いで体当たりする。
頭に衝撃を受けたマグマラシの炎が更に勢いを増し、灼熱色へと変わる。
完全に興奮し、暴走寸前である。
「落ち着け、マグマラシっ!」
レオンが声を掛ける。
ハッとしたようにマグマラシはレオンを見、そして、ゆっくりと後ろ脚で立ち上がった。
頭と尻の炎も元の色と大きさに戻っている。
どうやら興奮状態が収まったようだ。
マサはその隙に倒れたラルトスの代わりに、二メートル近い細長い茶色の体に、腹から尻尾に掛けて焦げ茶の縞模様のあるオオタチを繰り出した。
「レオン、そのポケモン、黒いオーラの……えっと、ダークポケモンよ」
ルナは言い掛けた言葉を、さっき聞いた名称に言い換える。
「へぇ、見ただけでわかるのかよ」
軽く目を見開いて明るい栗色の髪の少女をチラリと見やり、マサは傲然と指示を飛ばす。
「オオタチ、炎タイプに『ダークラッシュ』 タネボーもまた『岩砕き』をぶち当てろ」
興奮したダークポケモンの攻撃は急所に当りやすくなる。ただでさえ攻撃力が高いのにだ。その上一度興奮したら、一旦鎮めてもすぐにまた興奮して手が付けられなくなる。
その事を良く知っているマサは、もう一方を下手に刺激して興奮したダークポケモン二体を同時に相手するより、先に興奮したヤツが再び興奮する前に、攻撃を集中させて確実に仕留める事にしたのだ。
そうはさせまいとレオンも指示を出す。
「躱せ、マグマラシっ! ポポッコはタネボーに『ダークラッシュ』だ」
だが、長い体をくねらせて一足飛びに襲い掛かって来たオオタチの方が、僅かに早かった。
マグマラシは完全に避けることが出来ず、大きく仰け反った。
そこへタネボーが突っ込んでくる。
ぴょんぴょんと飛び跳ねるポポッコが、迎え撃つように弾みをつけてぶつかっていく。
真っ向から激突した両者は、その衝撃で互いに弾けるように勢いよく吹っ飛んだ。
「ポポッコっ」
咄嗟に両手を広げ、体を張ってレオンは黄緑色の体を受け止めた。その衝撃がまだ治り切らない怪我に響き、思わず顔を歪める。
一方、マサは弾丸の様にすっ飛んで来るタネボーに危機感を覚え、慌てて避けた。
その横をすり抜け、ドカッとタネボーが地面にめり込む。
受け止めていたら、多分ただでは済まなかった。当然タネボーは目を回して戦闘不能だ。
レオンの腕の中のポポッコは、さっきの攻撃で興奮状態に陥っていた。マグマラシの方もだ。
「落ち着け、マグマラシ、ポポッコ」
再び興奮したマグマラシに声を掛け、腕の中で暴れるポポッコを宥めて、レオンはモンスターボールを手に取った。
興奮が収まったマグマラシとポポッコをボールに戻し、相棒達に替える。
「へっ、いいのか? ダークポケモン皆戻して」
「ああ、おまえにはこいつらで十分だ」
と言うより、あの二匹ではオオタチをスナッチできない。
マサは新たに灰青色の肌をした筋肉質の人型のポケモンを出してきていた。
格闘タイプのワンリキーである。
「オオタチ、悪タイプに『ダークラッシュ』 ワンリキーも『空手チョップ』を喰らわせろ」
「ブラッキー、オオタチに『あやしい光』 エーフィはワンリキーに『サイケ光線』だ」
昨日決闘広場でバトル三昧したブラッキーとエーフィは、かなり鍛えられて体力も増え、それぞれの能力も上がって技の威力が増していた。更に強力なものへと進化したり、新しい技なども覚えて使えるようになっていたのだ。
『ダークラッシュ』で突っ込んでくるオオタチの顔に、ブラッキーの体の随所で明滅する光が怪しく輝いて炸裂する。
同じくエーフィがふるりと首を振り、額の紅玉から発した虹色の閃光を、片手を振り上げて相棒に駆け寄るワンリキーに浴びせた。
混乱しながらもオオタチはブラッキーに技を決め、ワンリキーはそのままの姿勢で前のめりに地に倒れ込む。
弱点技を決められたワンリキーは、力尽きて立ち上がる事はなかった。
ブラッキーの方は先にオオタチを混乱させた為、受けた技は幾分威力が弱まった。
ダメージはあるものの、すぐさま立ち上がって指示を待つ。
「くっ、オオタチっ、混乱するんじゃねぇっ!」
マサが叫ぶが、オオタチは長い体をフラフラと揺らして何が何だか分からない。
「ブラッキーは『秘密の力』 エーフィは『スピードスター』だ」
指示を出すと共に、レオンは左手にモンスターボールを持つ。
ふらつくオオタチに、エーフィが造り出した星型の礫を勢いよく浴びせた。
全身にそれを受けたオオタチが、倒れそうな体を何とか起こす。
そこへ追い打ちをかけるようにブラッキーの技が炸裂した。
オオタチの体に幾筋もの電気が走り、硬直させた長い体がぐらりと揺れる。
すかさずレオンは、スナッチマシンを作動させて造り変えたモンスターボールを投げ付けた。
割れたボールから
コロリと地面に転がったボールは、二転三転した後にゆっくりとその動きを止めた。
レオンがそれを拾い上げる。
その一部始終を呆然と見ていたマサは、やがて腹立たしげに空になったボールを地面に叩き付けた。
「けっ、なんだい、ダークポケモンとか凄そうな名前付けやがって。大したことねぇじゃねえかっ。コロシアムで優勝した褒美がこれじゃ、ワリが合わねぇぜっ!」
「コロシアムって——。そこで優勝すると、このポケモンが貰えるの?」
「さあな、自分で確かめてみりゃいいさ」
そう言い捨てると、マサは肩を怒らせて去ろうとする。
それをレオンは呼び止めた。
「待て」
「まだなんか用かよ」
苛立たしげに振り返ったマサに、レオンは淡々と言う。
「金がまだだ」
「ちっ」
舌打ちし、マサはズボンのポケットから、有り金の入った自分の財布を取り出して投げ付ける。
それを受け止めると、レオンは財布から幾らか取って緑髪のゴロツキに投げ返した。
全部やるつもりだったマサは、財布を投げ返されて呆気に取られる。
「いらないのかよ」
「全部取ったら不公平だろ」
ヘッジはパイラは今無法地帯と化していると言ったが、レオンが見た処、一見無秩序に見えて、ゴロツキ達の間にはそれなりの秩序が保たれていた。
昨日決闘広場にいたゴロツキ達にも殺伐とした雰囲気はなく、一応合意の上で決めたルールに素直に従っていたのだ。帰りに闇討ちしてくるような奴もいなかった。
ならば余計な波風を立てない為にも、一度決めたルールは守らなければならない。
「——そうかよ」
建前はそうだが、実際は強い奴が自分の好き勝手にルールを決め、変更するのも気分次第だ。それを、律儀に守るとは変な奴だ。
掴んだ財布をポケットにねじ込むと、マサはふいっと体を返して今度こそ去って行く。
それを見送ったルナは、目の前の建物に視線を向けた。
「やっぱり鍵は、このコロシアムに有りそうね」
「ああ」
赤錆びたドームを見上げてレオンは静かに頷いた。