未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―フェナスシティ―(1)

 町外れのスタンドから西へしばらく行くと、岩山と黄土色の砂漠が広がる中に、突如白い石壁に囲まれた、溢れるほどの水を(たた)えた美しい景観の街が出現する。

 その街の姿に、初めてここを訪れる旅人達は、一瞬蜃気楼でも見ているのではないかと、我が目を疑うのが常だった。

 昔はここも周辺と同じ、人もポケモンも誰一人住めない程の酷く荒れた土地だったのだが、このフェナスシティの先々代の市長が自分の財産を投げ打って自ら開拓したのである。

 地中深くから汲み上げた水を使い、何もない不毛の大地に潤いをもたらすオアシスの街をここに築いたのだった。

 今では様々な施設が充実して大勢の人がここに住み、砂漠を旅する人達にひと時の安らぎを与え、英気を養う場所として人々に親しまれていた。

 

 

 周囲の砂漠から吹き付ける砂埃を遮る為に、街の周りを囲むように造られた水路兼用の白い石造りの外壁をぐるりと回り、町外れのスタンドからやって来た少年は、街の正門付近の駐車場にサイドカーを停めた。

 ゴーグルを上げ、白い壁を左右に分けた正門から見えるフェナスシティの中の風景に目を向ける。

 その手前に先程町外れのスタンド前で会った男の二人組が、オンボロのトラックの荷台から例の大きな麻袋を降ろし、何処かに持って行こうとしていたが、なかなか運べずに四苦八苦していた。

「おい、ヘボイ、何やってんだ。しっかり持てよ!」

 黒い帽子を被った男が、イライラと相棒を怒鳴り付ける。

「ンなこと言ったってよ、トロイ。こいつ動きやがるからさぁ。持ちにくいったらありゃしねんだよ」

 相棒に怒鳴られ、黄色い帽子を被った男は憮然として言い返し、麻袋に向かってあやすように声を掛けた。

「ほれほれ、いい子だから、もう少しの間、静かにしてな」

 だが、麻袋の中身はより一層激しく暴れ、持っていられない。

 ずるりと手から滑り、ドサリと地面に落ちる。

「モゴモガッ!!」

 尚も暴れ、二人から逃げるように転がった麻袋から、突如声が上がった。

「ここから出してよーっ! 人さらいーっ!!」

 少女の金切り声に、男達はぎょっとした。

 どうやら麻袋に入っているのは、野生ポケモンではなく、少女のようである。

「ちっ! 口に貼ったテープが剥がれたか」

「やいっ! 大声出すんじゃねぇっ!」

 トロイが盛大に舌打ちし、慌てて麻袋に怒鳴り付けて辺りを窺ったヘボイは、相棒の後ろに佇む少年に気が付いた。

「しまったっ、そこの小僧に今の話を聞かれちまったか!?」

 これはマズイなんてものではない。

 二人は麻袋より先に目撃者を黙らせるべく、アッシュブロンドの少年を取り囲んだ。

「やい、今の話聞いちゃいねぇだろうな?」

 ヘボイが少年に凄んでみせる。

 それに対し、少年は無言で鋭い視線を返しただけだった。

 妙に肝が据わっている。これは聞かれたとみるべきだろう。

「ちっ、聞かれたからには仕方がねぇ。運が悪かったと、諦めるんだなっ!」

 舌打ちし、ヘボイはベルトからモンスターボールを取り外すと、少年に向かって投げ付けた。

 すかさず後ろに飛び退いて距離を取り、少年もモンスターボールを手に取って相棒達を呼び出す。

 この二人が少女を麻袋に詰めて何処に運ぼうと、少年には何の関心も関係もないのだが、向こうから仕掛けて来たバトルである。引く気など毛頭ないようだ。

 が、怪しいゴロツキが出して来たポケモンを見て、少年は微かに顔を(しか)めた。

 ゴニョニョが二匹だったのだ。

 対する自分の相棒はブラッキーとエーフィである。

 決してゴニョニョ相手に不利という訳ではないが、ポケモンは生態などから幾つかのタイプに分類する事ができ、それによってタイプの相性がある。

 このゴニョニョの場合、ノーマルタイプなので格闘技以外で効果的な打撃を与える技がない上に、結構無節操に多彩なタイプの技を憶えるから、意表を()いた技を繰り出される場合があるので厄介なのだ。

 相棒達はどちらも格闘技を持っていないだけでなく、ここに来るまでの道中一度もポケモンセンターで回復させていなかった。疲労が溜まっている上に相手に効果的な攻撃技がないとなると、バトルを長引かせるのは不利である。

「へっへ、どうした? 怖気づいたのか? 俺達の事を誰にも喋らないってのなら、許してやってもいいんだぜ」

 余程自信があるのか、余裕綽々(しゃくしゃく)でヘボイが挑発する。

 無論少年も負ける気はさらさらなかった。

 琥珀色の双眸で鋭く相手を見据え、少年は淡々と相棒達に指示を出す。

「ブラッキー、エーフィ、左のゴニョニョに『かみつく』と『念力』の集中攻撃だ」

 ポケモンと同じタイプ技なら、その分威力が乗った攻撃になる。

 それを受け、素早い動きでまずエーフィが攻撃を仕掛けた。

 大きく首を振り、強力な思念の力を額の紅玉に集中させて一気に左のゴニョニョに向けて放出する。

 見えない不可視の力が空を裂き、ゴニョニョの体を吹っ飛ばす。

 大きな耳を付けたピンクの丸い体が、地面に叩き付けられる。

 だが、すぐにころりとした体に反動を付けて立ち上がった。

 やはり、一撃で倒すのは無理なようだ。

 ——だが、これでどうだ。

 ゴニョニョが立ち上がると同時に、すかさずブラッキーが攻撃に出る。

 一足飛びに距離を詰め、立ち上がったばかりのゴニョニョの体に鋭い牙を突き立てる。

 これは効いた。

 たまらず悲鳴を上げ、ゴニョニョはへたりとその場にくず折れた。

「こ、このっ」

 余裕を見せた所為であっさりと相棒の一匹が倒され、ヘボイはぎりぎりと歯を軋らせた。

 倒れたゴニョニョをモンスターボールに戻すと、残った一匹に向かって怒鳴る。

「ゴニョニョ、『騒ぐ』だっ。『騒ぐ』を使って相棒の仇打ちだっ!」

 その大声に、怯えたようにビクンと耳を震えさせると、今まで静かに大人しくしていたゴニョニョが、突然大声を出して騒ぎ出した。

 大音量である。

 このポケモン。普段は注意しないと聞き取れないくらい声が小さいのだが、一度(ひとたび)大声で鳴き出すと、頭痛を起こすほどの大声を出すのだ。

「くっ……」

 余りの(うるさ)さに、思わず少年は両手で耳を塞いだ。

 凶暴な凶器と化した声が、ブラッキーに襲い掛かる。

 それを避けられないとみると、ブラッキーは受け止めようと足を踏ん張った。

 だが、『騒ぐ』の威力は強烈だった。

 モロに声の衝撃波を受け、踏ん張っていたブラッキーのしなやかな漆黒の体が大きく後退する。

 それでも首を振ってそのダメージを振り払い、すぐさま立ち位置に戻って体勢を整えると、ブラッキーは少年の指示を待った。

 それを見てホッと表情を和らげた少年は、またキッと相手を見据えると、騒ぐゴニョニョの煩さに負けないように声を張り上げる。

「ブラッキー、エーフィ。あのゴニョニョにもさっきと同じ攻撃だっ」

 得たりとばかり、二匹は騒ぎまくるゴニョニョに、間髪を容れずに続けざまに攻撃を浴びせた。

 その二匹の猛攻に、残ったゴニョニョも耐えられなかった。

 

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