照り付ける陽射しは、容赦なく荒れた大地から水分を奪っていく。
陽炎すら立ち上らなくなった砂漠には、焼けた風が吹き抜けるだけだ。
そんな熱中症患者を大量生産するような暑さの中、ぽつねんと置き忘れ去られた機関車が
一瞬で目玉焼きが出来上がる機関車の焼けた鉄製の外板と違い、機関車の日陰で涼んでいるオンボロながらも未だ現役バリバリのエアコンの室外機は、今日も騒がしい音を立てて動いていた。
外の暑さとは無縁とはいかないまでも、エアコンが効いた店内はほどよく冷え、いつものヒマ人達が今日も元気に暇を持て余している。
「どうしてここは、見飽きた顔ばかりしかいないんでしょうね」
暫く速報もなく、代わり映えのしないテレビ番組に飽きた常連客の一人、テレビの前に陣取っている優男が店内を見渡して、ぽつりと判り切った事を溜息交じりに口にする。
こんな砂漠の一軒屋(?)に来るような、物好きなヒマ人は自分達しかいなからだ。
「そう言うなら、あんたが彼女でも連れて来たらどうだい」
店内で唯一の女性客が、底意地の悪い事を言う。
彼女がいるくらいなら、今頃こんな所にはいない。
「いやぁ、女性を連れて来るには、ここはちょっと道中が過酷でねぇ」
見栄を張って言う優男を、ジロリと壮年の女性客が睨む。
「あたしも、その女性の一人なんだけどねぇ」
「あ……、は…はははっ」
地雷を踏んだことに、優男の頬にタラリと冷や汗が伝う。笑い声にも何時もの元気がない。
「彼女と言えば、あの少年はどうしただろうな」
ふと思い出したようにカウンター席の男が呟いた。
どういう関係かよく分からないが、少女と共にかなりの数のモンスターボールを買って行ってそれきり、何処で何をしているのだろう。
「さあな」
カウンターの中で、皿を洗っている厳つい顔のマスターは気のない返事をする。
「あのボールを持って、もう他の地方に行ってしまったのかもしれんな」
所詮は旅行者——流れ者だ。あんな冷めた目をした者が一か所に留まるとは思えない。そうでなくともこのオーレは、人にもポケモンにも優しくない土地柄だ。
「けど、マスター、そうは言うけど——」
と、言い掛けた男の声を遮るように、外の方から何処か聞き覚えのある爆音が段々大きくなってくる。
ハッとして窓から外を見た男は、ニヤリと笑みを浮かべてカウンター前の席に座り直した。
「噂をすれば、なんとやらだな。マスター」
外の爆音が止まり、暫くして入り口のタラップを上がって来る足音がする。
軋んだ音を立てて扉が開くと、そこに噂の少年と連れの少女がいた。
レオンは店の中に入ると、真っ直ぐに商品棚の方に足を向ける。
モンスターボールがあるか確認し、前回同様の品揃えと数に内心で安堵する。ボールが補充されている処をみると、どうやらすぐに無くなる心配はないようだ。
一方ルナは入り口近くのカウンター前に残り、マスターに声を掛ける。
「ミックスオレ二つください。うんと冷たいやつ」
「ミックスオレ二つだな」
「いや、俺は要らない」
少女に確認を取るマスターに、聞こえたのかレオンが自分の分を断った。
それに猛然とルナが抗議する。
「何言ってるの。ここまでずっと炎天下の中来たのよ。またパイラまで戻らなきゃならないんだから、途中暑さにやられて倒れたら困るでしょ」
「………」
もっともなので言い返せずにレオンは沈黙した。
そっと商品棚に視線を戻し、並んでいるモンスターボールを選んでいく。
「という事で、ミックスオレ二つね」
にっこりと笑ってルナは改めて注文する。
それを了承し、マスターはミックスオレを出す準備をする。
レオンはモンスターボールの他に、今回は懐が温かいのでスーパーボールやハイパーボールも買い込んだ。
カウンターで二人がミックスオレを飲んで一息ついていると、同じカウンター席に座る男が声を掛けてくる。
「あれからキミ達どうしたかと思ってね。今パイラにいるのかい?」
さっき二人の話を聞いていたのだろう。もっとも、この狭い店内では聞く気がなくとも聞こえてしまう。そしてここに居る連中は、久々の二人の話を聞きたくてうずうずしていた。
「ええ」
答える気のないレオンの代わりにルナが応える。
人を拒絶するような少年の態度は変わらないが、連れの少女が応じてくれたことで気を良くした男は、ここぞとばかり畳み掛ける。
「じゃあ、キミ達今までずっと二人一緒に居たのかい?」
「ええ、そうよ」
「それじゃあ、ちょっと聞きたいんだけど、キミ達この間も大量の——」
と言い掛けた処で、店の最奥にある個室のドアが音を立てて勢いよく開いた。
「ふーっ、やっと落ち着いたぜ」
水が流れる音と共に、そこから出て来たライダーの若者の声が店内に響く。
道理で暇潰しのバトル相手を捜していた彼が、レオンが来ても静かだったわけだ。今までずっとトイレに籠っていたらしい。
濡れた手をハンカチで拭きながら席に戻ろうとして、ふと前を見たライダーの若者は、カウンター席に座る見覚えのない明るい栗色の髪の可愛い少女と目が合い、ドキリとしたが、その少女の向こうに青いロングコートを着た、アッシュブロンドの少年を見つけて目を見開いた。
「あーっ、この間の小僧っ!」
つい指差して大声を上げる。
「え? なに?」
目を丸め、ルナが自分とライダーの若者を交互に見やる傍で、レオンは冷ややかに自分を指差す男を黙然と見返した。
「ここで会ったが百年目だ。小僧俺と——」
と、勢い込んで言い放つ途中で、ライダーの若者はいきなり「うっ」と体を硬直させ、ゴロゴロと鳴り出した腹と尻を押さえ込む。
心なしか顔色も悪くなって、だらだらと冷や汗を流し始めた。
そのままの体勢でそろっと体を返すと、だっとトイレの中に駆け込む。
「えっと、今の人は……?」
途惑ったように、ルナはカウンター席に座る男に視線を向けると、男は軽く肩を竦めた。
「ああ、気にしなくてもいいよ。朝からあの調子なんだ」
「いくら暑いからって、かき氷大盛りで十杯も食べればねぇ」
呆れたように壮年の女性客が言う。
それに乗って、テレビ前の優男も口を添える。
「その前に、暑さに負けない精力付けるって、持って来た生卵全部丸呑みしてましたからね」
「あの卵、絶対痛んでいたよな」
マスターにコップを借りて割り入れた生卵からは、微かに微妙な臭いが漂っていた。
傍でそれを見ていたカウンター席の男が証言する。
そして、今に至る——と。
「そ、そうなんですか……」
なんとも言いようが無く、ルナは店の奥を見やった。
ミックスオレを飲み干し、ガタリと音を立ててレオンが席から立ち上がる。
「あ、待ってレオン。あの人貴方に用があったみたいだけど……」
「歯車が先だ」
あんなトイレの住人など相手にしてられない。
ルナもそれを思い出して慌てて席を立った。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったわ、マスター」
礼を言ってからチラリと店の奥を見るが、トイレのドアが開く気配はない。
「あの、さっきの人に、お大事にと言っておいてください」
カウンター席の男にそう頼むと、ルナもレオンの後を追って急いで店を出て行く。
店の外で爆音が轟き、次第に遠ざかる。
元の静けさに戻ると、テレビ前の優男がぽつりと呟いた。
「あの少年、今あの
育ちがいいのか、あの少年と違って随分と気遣いができて礼儀正しい。前回来た時も随分ちぐはぐな組み合わせだと思ったし、本人達も否定していたようだが、立派に彼氏彼女している。なんとも羨ましい限りだ。
「しかも、完全に尻に敷かれてたねぇ」
少女に言い負かされ、決まりが悪そうに商品棚を見ていた少年を想い出し、壮年の女性客がくくっと喉を鳴らす。
不愛想なのは相変わらずだが、あの少女が一緒だと、元気な彼女に振り回わされる、ただの不器用な少年にしか見えない。
「良かったな、マスター。仕入れたモンスターボールが無駄にならなくて」
カウンター席の男がニヤニヤと、目の前でコップを洗う厳つい顔のマスターに声を掛ける。
さっきマスターはあの少年はオーレを出て行ったと口では言っていたが、またやって来るのを期待していたのはバレバレである。でなければ、ここでは無用のモンスターボールをわざわざ仕入れるわけがない。前回スナッチ団に居場所をバラしてしまったお詫びも兼ねているから尚更だ。
「たまたまだ」
殊更ぶっきらぼうにマスターが返す。
バタンっと店の奥で派手な音がした。
「さあ、小僧っ。俺と勝負——って、あれ?」
威勢よくトイレから出て来たライダーの若者は、少年の姿を捜して店内をキョロキョロと見回す。
「とっくに出てっ行ったよ」
呆れ顔で女性客が教えてやる。
「な、なんだとぉっ——うっ」
声を大にして力んだ拍子にまたも腹が鳴り出した。
慌ててトイレに戻るライダーの若者を見て、そこに居る全員が呆れ果てた様に溜息をつく。
どんなに陽射しが暑かろうと、誰が来ようと、町外れのスタンドはライダーの若者の腹以外は、今日も至って平和だった。
ゲームでは本来モンスターボールを仕入れに行く以外用のない町外れのスタンド。勿論このようなエピソードは有りません。なので、ここは結構好き勝手に楽しんで書いています。
これからもここは出て来る予定なので、今までのモノも含めて、この場所の話はサブタイトルを「町外れのスタンド」に変更しました。