「何やってんのよっ、あんたが連れて来たんでしょーっ!」
あっさりとやられて情けない声を上げる仲間の男に、長い茶髪の女は八つ当たり気味に喚く。
しかし、そう喚いた処で、自分達の手に負えないのは事実である。
そろりと女は
「お、おい。置いてかないでくれっ」
男も慌てて後を追って逃げて行く。
レオンはその後を追おうとしたが、ルナがそれを呼び止めた。
「ねえ、レオン。ちょっとこれ見て」
さっきのフルフェイスの女が、カウンターの上に置き忘れて行ったファイルを手に取り、レオンに見せる。
その表紙には「ボルグファイルH」と書かれてあった。
中を開いて見ると、何かの研究レポートのようだ。
逃げて行った二人の事は気になるが、これもこれで気になる。
この建物の裏側はあの裂け目に面しているし、周りは瓦礫の山で正面以外に出入り口はなかった。二人が逃げて行くとしたら、この奥か上の階しかないだろう。それなら少し遅れても、この建物から逃げられる心配はない。
「ハイパー状態について……」
表題を読んでみるが、何の事かよく判らない。
二人は更に読み進めていった。
——ダークポケモンは、その戦闘能力の余りの高さの所為か、時として異常な行動を起こす事がある。異様に興奮してバトル中における命令無視や、トレーナーへ攻撃するのである。これを「ハイパー状態」と名付けた。
ハイパー状態になると、ダークラッシュが急所に当りやすいという利点があるが、欠点は道具が効かない事だ。この状態を鎮静させるには、バトル中に呼び掛けて正気に戻せばいいのだが、この方法には大きな問題がある。
正気に戻す度に閉じた筈の心が少しではあるが開いてしまうのだ。この件は更に研究が必要だろう。
ダークポケモン研究所所長ボルグ——
「これって、もしかしてダークポケモンの研究レポート?」
「そのようだな」
驚くルナに応え、レオンは成程と思った。
どうやら、あの異様に興奮した状態を「ハイパー状態」と呼ぶらしい。
そしてそれは、自分達が色々考えて試してきたのが正しかった事を証明していた。
どうしても最後まで心を開かせられず、一抹の不安はあったのだが、方向性が間違っていないのなら、これからもスナッチしたダークポケモンは積極的にバトルさせよう。
レポートを読み終え、二人は他に何かないかとカウンターの中に入って見ると、そこにポケモンの回復マシンと専用のパソコンがあった。
ポケモン専用のパソコンは、手持ちに持ちきれなくなったポケモンを預かったり、ポケモン関連の道具を整理してしまっておくことができる。そして、この端末を操作することで、ここからそれらを出し入れする事も可能だ。
レオンは早速自分のID番号を打ち込んでそこにアクセスし、さっきスナッチしたヤンヤンマを預け、何匹かのダークポケモンを手持ちのそれと交換した。
準備を整えた二人が、いよいよ奥に逃げたフルフェイスの男女の後を追おうとした時だった。
入り口の外よりドタドタと足音が響き、ギンザルが十歳くらいの赤髪の少女を連れて廃ビルの中に駆け込んで来た。
「おお、無事だったかっ。このビルに入ったと聞いて心配したぞっ!」
二人の無事な姿を見て、ギンザルはホッと安堵の息をつく。
ギンザルはコロシアムに近づけない自分の代わりに、一緒に来た少女に遠くから様子を見てもらっていたのだ。
そうしたら、二人はこの廃ビルの中に連れ込まれたというではないか。この町にミラーボと共に姿を見せるようになったフルフェイスの連中の一人に。
ここは普段からミラーボに雇われたゴロツキが出入りする以外は、固くシャッターが閉じられて中の様子がまるで判らない所なのである。
自分の頼みを引き受けた所為で、ここで二人が危険な目に合っているのではと、少女に話を聞いたギンザルは慌てて駆け付けたのだ。
そんな彼に、ルナは早速今得た情報を知らせる。
「ギンザルさん。ミラーボ達はここでコロシアムの優勝者にダークポケモンを渡していたのよ」
「ダークポケモン………? もしかして、あの人まで襲う、凶暴なポケモンの事か!?」
「ええ、ダークポケモンをゴロツキに持たせて、何かさせようとしてるんだわ」
「うむぅ……、コロシアムをそんな事に利用してたとは……」
ギンザルは遣る方無さそうに呻く。
その姿を見て、一緒に来た赤髪の少女は意を決してルナに訴えた。
「お姉ちゃんっ。パパは……パパは人質として、ミラーボにポケモンを取られちゃってるのっ!」
「何ですって!?」
「……プラスルっていうの」
顔色を変えるルナに、少女は大きな瞳を潤ませ、涙声で呟く。
「いじめられてやしないか、心配なの……」
「レイラ……」
涙ぐむ娘の頭を撫で、ギンザルは悄然と肩を落とした。
「本当に恥ずかしい話だが、プラスルがやつらの手の内にあっては、手の打ちようも無くてな……」
「ミラーボのやつ、許せないわっ!」
そんな卑怯な手を使っていたなんてっ!
ルナは怒りに燃えてグッと拳を握り締めた。
「いいわっ、あたし達が取り返してきてあげるっ。ねっ、レオン!」
「あ、ああ……」
もし嫌だと言おうものなら、喰い付きかねない勢いである。
自分に関係のないポケモンの事など、どうでもいいと思っていたレオンは、その迫力に押され思わず頷いた。
「ありがとうっ、お姉ちゃん、お兄ちゃんっ!」
レイラは
「だが、本当によいのか?」
「ええ、任せておいて」
心配顔のギンザルに、ルナはにっこりと微笑んで請け合う。
「それじゃあ、ギンザルさん。このビルの中は危険だから、この子を連れて戻って」
「ああ、色々とすまない。だが、今はおまえ達に甘えるしかないようだ。くれぐれも気を付けてな。ミラーボは見掛けはあんなだが、バトルはかなりの腕だぞ」
そう言い残し、ギンザルは娘を連れて出て行く。
「じゃあ、レオン。行きましょ」
それを見送り、二人はあのフルフェイスの男女が逃げたビルの奥へと向かった。
——と、
「アンタら、こんな所で何してんだっ!」
いきなり声が飛んできた。
見ると、階段下でローラースケートを履いた少年が、不審ありありの表情で二人を見ている。
歳は自分達よりも更に若そうだ。
——ミラーボのやつ、こんな子供まで手下にしているのか?
呆気に取られて答えない二人に、少年は軽く肩を竦める。
「ま、いいか。どっちにしろ、誰が来てもここを通すなって言われてるからな」
そう言うなり、腕に自信があるのか余裕綽々にバトルを仕掛けて来る。
それに応じたレオンは、年下の子供でも容赦はしなかった。
手加減など一切せずに叩き潰す。しかも報酬の有り金八割まできっちり取って。
「こ、子供相手にそこまでするなんて、大人げないぞ」
「バトルに年齢など関係ない」
半べそをかきながら抗議の声を上げる少年を、レオンは冷然と切って捨てた。
バトルをする以上、倒すか倒されるかだ。真剣勝負にそんなものは何の意味もなさない。
「そこを退け」
「う……」
一歩前に出たレオンに、少年はビクっと体を震わせて横に退いた。
——あのフルフェイスの連中、お前ほどの腕があれば、ここで侵入者相手にちょっとバトルするだけで、楽に小遣い稼げるって言ってたのに……
「うわ~んっ。聞いてたのと、全然話が違うじゃんかよぉっ」
堪り兼ねたようにそう泣き叫びながら、少年は自分の目の前を通る二人に背を向けて外に逃げて行く。
「なんかちょっと可哀想かも」
「騙される方が悪い」
何を吹き込まれたのか知らないが、疑いもせずに簡単に信じるからだ。世の中そんなに甘くはない。
ローラースケートの少年に同情するルナに素っ気なく言い返し、レオンは階段を上がって行く。
二人が二階に出ると、そこにもゴロツキがいた。
町で鉱山夫が言っていたように、ミラーボはかなりの数のゴロツキを雇って、この廃ビルの中に配置しているらしい。
それらを負かしつつ、逃げた二人が潜んでいないか、目に付いた部屋の中を片っ端から捜し、二人は三階へ、そして屋上へと駆け上がった。
そこにまた、茶色いポンチョを着た男が一人いた。
「今侵入者を捕まえた処だ。おまえ達もその建物の中に手伝いに行くがいい」
自分を見て身構えたアッシュブロンドの少年を、新しく雇われたゴロツキと思ったらしく、男は屋上にある建物を示して二人を促す。
自分達以外にもこの廃ビルに侵入した者がいるのに驚いた二人だったが、それを