建物の中では、派手な服装のゴロツキの女が二人、傷付いて床に倒れている若い男を見下ろして嘲笑っていた。
「侵入者っていうから誰かと思ったら、あんた、ギンザルんトコの人間じゃない。一人でのこのこ乗り込んで来るなんて、おバカだねぇ~」
サングラスを頭に掛け、半袖の黄緑色のシャツの上に黒チョッキを着ている赤毛の女が、嘲りの声を上げる。
若い男は傷付いた上半身を起こそうともがきながら、女にくぐもった声で言い返した。
「く……。ミ、ミラーボは何処だ? ボクがやっつけてやるっ!」
「聞いたかい、スーラ。やっつけるだって。こんなにやられちゃってるのに、笑っちゃうね」
赤毛の女は可笑しそうに顔を歪める。
「ボ、ボクは、必ずおまえ達を、この町から追い出してやるんだっ」
尚も気丈に声を上げる若者に、二人の女は爆笑した。
「ホント、元気がいいねぇ」
赤毛の女がスーラと呼んだ、エンジのシャツに白い毛皮のボレロを着た紫の髪の女が、笑い過ぎて目に涙を溜めて若い男を見下ろす。
「あんたもギンザルと同じように、ポケモン人質に取られなきゃ、大人しくならないのかい?」
「な、何だってっ!?」
「おや、知らなかったのかい。随分前にギンザルはミラーボ様にバトルを仕掛け、負けてポケモンを取られちまってるのさ。ね、ブレス」
「そうそう、それでギンザルは愛しいポケモンの為に、涙を呑んで大人しくしてるってわけさ。泣けるねぇ」
と、二人の女は茫然とする若い男を嘲弄する。
その横手にある、閉じていた扉がすっと開いた。
「誰だい?」
二人が扉の方に振り返ると、見覚えのない少年と少女が立っていた。
レオンとルナである。
ルナは床に倒れている若者を見て、
「レオン。あの
「ああ」
確かに見覚えがある。おそらくこの若い男が、風車小屋の歯車を盗んで行ったシルバとかいう奴だろう。歯車をあの工事現場に捨てた後町に戻り、どうやったかは知らないが、この廃ビルに忍び込んでいたらしい。
「おや、あんた達、もしかしてこいつの知り合いかい?」
二人の呟きを耳ざとく捉え、スーラがすっと目を細める。
「ギンザルの雇った用心棒トレーナーだったりして?」
「それじゃ、ちょっとおもてなししなくっちゃっ!」
軽口を叩いてブレスが前に進み出、チョッキのポケットから出したモンスターボールを放った。
どちらも体長六十センチ程の、銀色の流線形の体に長いヒレを持つ水タイプのテッポウオに、虫と毒タイプを併せ持つ六つ脚のイトマルである。
「レオン、ダークポケモンよ。そのテッポウオ」
黒いオーラを見て取って、ルナがすかさず声を飛ばす。
ならばテッポウオは倒せない。
レオンはエーフィとポポッコを呼び出した。
まず先にダークポケモンをスナッチするに邪魔な奴を倒す。
「テッポウオは草タイプに『オーロラビーム』 イトマルはエスパータイプに『吸血』だよっ」
「エーフィ、イトマルに『サイケ光線』 ポポッコはテッポウオに『眠り粉』だ」
赤毛の女と同時に、レオンもすかさず相棒達に指示を出す。
素早くエーフィが首を振り、額に輝く紅玉に収斂された思念の光をイトマルに放ち、ピョンピョンと軽やかに飛び跳ねるポポッコは、体を揺すって頭の天辺にある黄色い花から眠りをもたらす粉をテッポウオに振り掛ける。
動きの遅いイトマルは喰らうのを覚悟で、その後相手の体力を奪って回復するつもりだったが、予想以上の効果抜群技の威力にそのままコテリとひっくり返る。
テッポウオもピョンピョコ動き回るポポッコに、狙いを定める前に粉を浴びてぐうぐうイビキをかいて寝てしまった。
「ちっ」
舌打ちし、ブレスは新たにポケモンを呼び出す。
現れたのは体長六十センチ程の、ピンクのハートの形をした水タイプのラブカスだった。
「ラブカス、エスパータイプに『水の波動』 テッポウオ、だらしなく寝てんじゃないよっ」
「エーフィ、ポポッコに『手助け』 ポポッコはラブカスに『メガドレイン』だ」
レオンは二匹に指示を出し、自分はモンスターボールを左手に持った。
それをスナッチボールに造り変え、眠っているテッポウオに投げ付ける。
ポケモンは野生でもそうだが、ある程度体力を削って弱らせなければゲットしにくい。だが、眠らせたりすると抵抗が少ないので、それをしなくても捕まえられる場合があるのだ。
エーフィの手助けを受けて力の増したポポッコの『メガドレイン』が、ラブカスの体力全てを奪い尽くす。
その横で、ボールに取り込まれた眠れるテッポウオは、さしたる抵抗もなくスナッチボールに収まった。
「ウッソォーっ。あたしのポケモン達が全く歯が立たないなんて、こいつタダ者じゃないっ!」
テッポウオをスナッチされ、おまけにイトマルやラブカスもあっさりとやられて、ブレスは愕然となった。
「まさかと思ってたけど、ダークポケモンを見分ける小娘に、それをスナッチする小僧——
あんた達だね、ミラーボ様に楯突く命知らずなガキどもってのは」
「………」
「こんな所にまで乗込んで来るとはいい度胸だね。その思い上がり、後悔させてやるよっ」
言うや否や、手にしたモンスターボールを放り投げる。
現れたのは、薄紫の体はそれ程大きくはないが、先っぽが手の様に物が摘める長い尻尾を入れると体長が一メートル近くなるエイパムと、体長がエイパムの倍もある細長い体をしたオオタチだった。どちらもノーマルタイプのポケモンだ。
チラリとルナに視線を向けるが、二匹を見ても何も言わない。
この中にダークポケモンはいないと判断し、レオンはブラッキーとマクノシタを出した。
「格闘タイプにエイパムは『ダブルアタック』 オオタチは『乱れ引っ掻き』だよっ」
「ブラッキー、エイパムに『かみつく』 マクノシタは『クロスチョップ』だ」
ほぼ同時に指示を出したものの、動きは相手の方が素早かった。
オオタチがさっと長い体をくねらせ、避ける間もなくマクノシタの体に鋭い爪で縦横無尽に引っ掻き、エイパムが長い尻尾を振り被って一撃を加える。
自分達にとって脅威となる格闘タイプをまず倒す気だ。
ブラッキーがそれを阻止しようと、エイパムがもう一撃マクノシタに喰らさせようと尻尾を振り被った瞬間、思いっ切り尻尾の先に噛み付いた。
余りの痛さにエイパムが悲鳴を上げて尻尾を振り回す。
パッと尻尾を放し、ブラッキーは難なく床に降り立った。
集中砲火を浴びたマクノシタは、痛みで気分が高まり興奮——ハイパー状態に陥り、血走った目でギョロギョロと辺りを見回す。
噛まれた尻尾を両手に持ってフゥフゥと、息を吹きかけるエイパムをギロリと睨む。
「落ち着け、マクノシタっ」
レオンが声を掛け、多少落ち着いたように見えたマクノシタだったが、エイパムにおみまいしたのは『クロスチョップ』ではなく、『ダークラッシュ』の方だった。
激しい勢いで技の威力の増したダークポケモン技を急所に喰らわせる。
身軽なエイパムの体が吹き飛ばされ、建物の壁に激突する。
そのままずるずると床にずり落ち、エイパムはパタリと倒れ伏した。
一方マクノシタも、猛攻に堪えて残った体力が今の技の反動で全て無くなり、グラリと体を反転させてその場に倒れ込む。
「………」
「くっ」
無言でレオンはマクノシタをボールに戻し、スーラはギリっと奥歯を噛み締め、代わりのポケモンを繰り出した。
体長二メートル以上もある、濃紺の翼を広げたような大きな体躯のマンタインである。水タイプと飛行タイプを併せ持つポケモンだ。
「レオン、そいつダークポケモンだわっ」
——このデカブツもか……
レオンは微かに表情を歪めた。
いかにも体力がありそうである。倒すならともかく、スナッチする為に丁度いい加減に体力を削るのは相当骨が折れそうだ。
「ブラッキー、マンタインに『あやしい光』」
取り敢えずそれでマンタインを牽制し、マクノシタの代わりにエーフィを出す。
「オオタチ、悪タイプに『乱れ引っ掻き』 マンタインはエスパータイプに『バブル光線』だよっ」
「エーフィ、躱してオオタチに『サイケ光線』 ブラッキーは『かみつく』だ」
マンタインが混乱している内にまず邪魔なオオタチを片付ける。
オオタチより素早い動きでエーフィが技を決め、仰け反った処にブラッキーが思いっ切り噛み付く。
怯んだ所で、更にレオンは相棒達の得意技を叩き込む。
立て続けの猛攻に、流石にオオタチも持ち堪えることができなかった。
長い体を床の上に長々と伸ばして力尽きる。
一方、『あやしい光』を喰らって混乱したマンタインは、技など出せる状態ではなく、ふらついた体を部屋の壁のあちこちにぶつけた挙句、わけが分からなくなって自分自身を攻撃し出す。
「ちょ、ちょっと、マンタイン。攻撃すんのは自分じゃなくて、あっちだよっ」
慌ててスーラが喚くが、混乱したマンタインには聞こえない。
レオンも、予想以上のマンタインの混乱ぶりに焦った。
勝手に自分で体力を削ってくれるのは助かるのだが、これでは攻撃出来ない。下手に手を出して倒れでもしたらスナッチできなくなる。
レオンはブラッキーを待機させ、エーフィをボールに戻すと、ポポッコを呼び出した。
「ポポッコ、混乱するマンタインに『眠り粉』だ」
ぴょんっと一際高く飛び上がると、ポポッコは眠りを誘う粉をばら撒く。
その粉を浴びたマンタインが、やっと大人しくなる。
すかさずレオンは用意しておいたスナッチボールをマンタインに放った。
ボールの光に絡め取られたマンタインは、抵抗することなく捕らえられた。
「ちょっと、どう言う事っ!?」
あんまりな結末に、スーラは両手で頭を抱えて相棒以上に驚愕の声を張り上げる。
強すぎる。しかもこうまであっさりとダークポケモンを奪われるとは。とても自分達の手に負える相手じゃない。
「ブレス、ここは——」
「あいよ、スーラ」
お互い目配せして頷き合うと、ぎっと目の前の少年少女を睨む。
「あんた達、このままですま——せてやるよっ!」
と、一瞬思わぜぶりに溜めた後、そう喚くとくるりと身を翻し、脇にあった階段を脱兎の勢いで駆け下りて行く。
まだやる気かと身構えたレオン達は、二人のあまりに見事な逃げっぷりに思わず目を丸めた。