足早に駆け下りる足音が階段から響いてくる。
口振りからして、あの女達はミラーボに雇われたゴロツキとは違うようだ。当然色々と知っている事も多いだろう。
さっきのフルフェイスの男女を見付けられなかった以上、あいつらまで逃がしてしまうわけにはいかない。
恥も外聞も無くあっさり遁走した二人を、慌ててレオン達が追おうと階段に走り寄ると、横手から呻き声が上がった。
「う…いたた……」
思わず振り返った先に、床に倒れている若者の姿が目に入る。
あの女達にボコボコにされたのか、全身青アザだらけだ。
そう言えば、あいつらとバトルする羽目になったのは、こいつの所為だった。
一応仇は取ってやったのだ。レオンは構わず行こうとしたが、ルナは慌てて床に倒れている若者に走り寄る。
そんな奴放って置けと言った処で、ルナの性格からしてきっと聞きはしないだろう。かといって、貴重なダークポケモン判別器である彼女を、周り中敵だらけのこんな所に一人置いて行くわけにもいかない。
レオンは足音が遠ざかる階段を
「大丈夫ですか?」
ルナが心配そうに声を掛け、起き上がろうとする若者に手を貸す。
「あ、ああ、ありがとう。助かったよ」
漸く上半身を起こし、若者はホッと息をついた。
「キミ達はギンザルさんの知り合いなのか?」
「ええ、貴方がシルバさん?」
「ああ………」
頷き、若者はハーっと溜息をついて肩を落とした。
「ボクは結局何も判っちゃいなかったんだ。やつら、ギンザルさんのポケモンを人質にしていたんだ。そんな事も知らず、ギンザルさんを責めたりして……」
シルバは唇を噛みしめ、握り締めた拳を床に叩きつける。
「くそっ、やつら、なんて卑怯なマネをっ!」
「ええ、だからあたし達が来たの。プラスルを助ける為に」
「ボクも行く。うっ…いたた……」
ぐっと体に力を入れたシルバは、思わず痛みに呻いた。
「そんな
ルナは立ち上がろうとしたシルバを押し止める。
そこへ——
「ふっほほほ~っ! また会ったわねぇ、キミ達~」
静かだった部屋一杯に、軽快なリズムの曲と共に気色悪い笑い声が響き渡る。
そして、部屋の奥の壁に付いている巨大な通信スクリーンに、忘れようにも忘れられない巨大なモンスターボールが、いや、赤白に染め分けられた超特大アフロヘアの男のドアップが映し出された。
「ミ、ミラーボっ、この卑怯者めっ!!」
スクリーンを睨み付け、シルバが喚く。
それをどこ吹く風と受け流し、ミラーボは言った。
「卑怯じゃなくてェ、人質は立派な作戦なんだよォ~。ふっほほほ~っ」
「何が作戦よっ、プラスルは無事なんでしょうねっ!」
柳眉を逆立て、ルナはスクリーンのミラーボに詰め寄った。
「無事も無事よ~ん。もうすぐボクに懐いちゃうかも~」
「冗談じゃないわっ。何処にいるの? すぐに返しなさいっ!」
「ふっほほほ~っ、逃げも隠れもしないから、洞窟までおいでェ~。それじゃ待ってるよ~。ふっほほほ~っ!」
何処かごつごつとした岩肌を背景に、踊りながら片手を腰に当て、ミラーボが余裕たっぷりに手を振ると、こちらの返事を待たずに通信を切った。
「ちょっと、洞窟ってどこよっ!?」
「この廃ビルの屋上は、すぐ脇の崖の廃鉱の穴に繋がっているんだ。洞窟と言うのは多分その廃鉱の中にあるヤツだよ」
ブラックアウトしたスクリーンに向かっていきり立つ少女に、シルバは説明する。
「噂では、ミラーボはその奥にある洞窟に、自分専用のダンスホールを造って入り浸ってるらしい。さっきの通信はおそらくそこからだと思うよ」
「自分専用のダンスホールって……!?」
確かに最初に会った時も、腰をくねらせて踊っていたけど、そんなものまで造っていたなんて。呆れ返ってそれ以上言葉もない。
とにかく、あんな変態がうつらない内に、一刻も早くプラスルを助け出さなくては。
「行きましょう、レオン……って、何を読んでるの?」
決意も新たに連れの少年に振り返ったルナは眉根を寄せた。
彼女がシルバとミラーボの相手をしている間に、レオンは逃がした連中の代わりに何か情報はないかと探していたのだ。それで部屋の隅に置いてある机の上のファイルを見つけ、読んでいたのである。
それは一階カウンターで見つけたファイルと同じもので、表紙には「ボルグファイルD」と書かれてあった。
「読んでみるか?」
「え、ええ……」
レオンからそれを渡され、ルナは中のレポートを読んだ。
——ダークポケモンについて——
ポケモンの心を人工的に閉ざして戦闘マシンへと造り変えたのがダークポケモンである。このダークポケモンは通常の人間では見る事の出来ない黒いオーラを発しているらしい。らしいというのは、この黒いオーラを見る事の出来る少女が発見された事で、この存在が明らかになったからである。
まだ検証してはいないが、一人でもダークポケモンを見分けられる人間が居るのは、ダークポケモン計画にとって、いずれ厄介な存在になるかもしれぬ。取り敢えず早急にこの少女の身柄を確保し、どうするか対応を考える必要があるだろう。
——ダークポケモン研究所所長ボルグ
そして、そのレポートには一枚の写真が添付されていた。
隠し撮りしたものを大きく引き伸ばした所為で少々ぼやけているが、間違いなくルナとレオンの姿を映した写真である。背景がフェナスシティのようだが、一体何時撮られたのだろうか、全然心当たりがない。
「ねぇ、このファイルに書かれている少女って、もしかしてあたしの事?」
「だろうな」
そんな特殊な能力の持ち主が、そうそう居るわけがない。ここにも一人と書かれてある。何よりルナの写真が添付されているのがその証拠だ。
多分あのフルフェイスの女は、この写真を見たのだろう。だが、廃ビル内の雇われたゴロツキ連中や屋上の男はともかく、ここに居たミラーボの手下らしい女達も、最初自分達に気付いていなかった。まだ全員がしっかりとこのファイルを読んでいる訳じゃなさそうだ。
「くっ……、廃鉱に行くなら気を付けろ。中にいる奴等は強いぞ」
やっとの事で立ち上がったシルバは、痛そうに右肩を押さえて忠告する。
「ミラーボの雇ったゴロツキは、皆コロシアムのファイナルまで勝ち上がった事のある連中ばかりなんだ」
「それなら大丈夫。レオンはそのコロシアムの優勝者なんだから」
自慢げにルナが応える。
「そ、そうか……」
「ああ。それより、動けるなら早くこのビルから出た方がいい」
目を瞬かせて自分を見返すシルバに、レオンはそう勧めた。
それは別に親切で言ったわけではなく、ここに居られて奴等に捕まり、人質にでもされたら、またルナが面倒な事を言いそうだからだ。
「ああ、そうするよ」
足手まといなのを承知しているシルバは、素直にそれに従った。